士狼(銀) 2008年5月17日18時26分から2012年9月2日15時40分まで ---------------------------- [自由詩]白昼夢/士狼(銀)[2008年5月17日18時26分] 寝苦しい夜を終えた朝に母が言った 洗濯機の中を覗きこんでいると その一言を思い出す 同じものを何度もぐるぐると網膜に回しながら 嗚呼、わたし、洗い流されてゆけ。 ---------------------------- [自由詩]夢/士狼(銀)[2008年6月4日18時48分] 彼の右腕を切断した翌日から左目が痛み始めたがその程度でよいならば受け入れよう E165は漫画のような瞼をしてただ僕を見ている 見ているだけ にっこりと笑んだまま死んだE165は夢の中で僕を観察している あ、右腕を探しているのかい ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ 恐らくそれは間違っているから12回目の途中で唇を噤む 無表情な英数字は青緑色で名前のない彼を識別する 剥皮された肉体は腐敗の速度を増して僕たちの胸腔を侵食、心臓が痛い 肺を締め付ける薬品の匂い 死体 黙祷 銀色の刃先は鈍く光り鋭く簡単にかつて生きていた細胞を裂いていく 枯れてしまった血管はゴムの様で靭帯を引っ張って感触を知る僕たちはまるで無邪気な子供だ 残酷な 前方には死体がお行儀よく並んでいて後方には頭蓋骨が見下ろしてくる ビニル手袋には、肉片。 ---------------------------- [自由詩]sub*ject./士狼(銀)[2008年6月18日20時38分]    さよな*らさよなら    、六月*の雨の日、    前線の*停滞と耳障    りな警*戒音、僕た    ちは一*度も約束を    交わさ*ないまま、    死別し*た。  赤いリ*ボンの似  合う君*を、大き  な大き*な冷蔵庫  が幽閉*して、    鈍く軋*む、ぎぃぃ    、悲鳴*のような、    開かれ*た扉から見    える赤*いリボン、    肌を撫*でる冷たい    空気が*重たくて、    理解す*る。  はじめ*まして、  さよう*なら、    さよな*らさよなら    、僕た*ちが一度も    出会う*ことのなか    った夕*暮れの下、    黙祷、*名前のない    子を名*前で呼ぶ、    静かな*声。 ---------------------------- [短歌]14と16の境界/士狼(銀)[2008年6月21日23時13分] 通過する――14時前の平日がトンネルの隅で俯いていた 14時は疎らで誰もが15時が来るのを知ってる。僕は迷子だ。 明日には会えない気がした。15時の駅で降りた足元の風、 15時は昼だと思うし16時から夕方なのは僕の勝手 右耳のイヤホン・路線図・白昼夢・(×無関心な)16時過ぎ ---------------------------- [自由詩]だから犬歯が疼く夜はあなたに噛みつきたくなる/士狼(銀)[2008年7月7日0時07分] 犬歯が疼く夜は あなたのことを考えてしまう 黒猫が一方通行道路を逆走していて わたしはみゃぁおぅと鳴いて忠告をした 哀しみに月はなく 瑠璃色の眼は立ち止まり この影をきちんと認めて にゃあ と言って暗闇をすり抜けた きっとあの子には交通ルールなんて関係ないんだって 鍵を閉めてから気がついた わたし、 まっすぐな眼差しはもう少なくなってしまって 周りのおんなのこたちは きちんとみることをしないのに 街中に溢れる嘘を見ないふりして 見えることを 隠している わたしにはルールに縛られた猫が五匹くらいいるから おんなのこたちの裏を知っていて 怯えた猫たちは月のない夜に 泣く だから犬歯が疼く夜は あなたに噛みつきたくなる ほんとうは狂犬のわたしが五匹の猫でごまかしている日々を 笑ってくれるあなたの鎖骨に 噛みつきたくなる 噛みついて 甘噛みをして わたしがわたしであることを 確認したくなる。 牙が埋もれていく日常はおんなのこたちと変わらなくて わたしはきっと 猫を逃がして静かに泣くから ---------------------------- [自由詩]落陽/士狼(銀)[2008年7月19日1時11分] 落陽、その時に見えたのは希望でも何でもなかった 羊を数えた夜が明けないから 一匹ずつ撃ち殺そうとして 銃創、その時に知ったのは暗闇でも死でもなかった 捨てないように、逃げないように、殺しました 泣いたのはどちらだったか分からないくらいに 溶け合った 正しさに踊らされる毎日と 昼間の星を知らない人は似ているのだろうか とか、 血溜まりに寝そべって思う 涙は温かい 落陽、 天気雨が音楽を運んで 雨上がりの空気が陽炎を創り出すから 嘘が見える あの人は多分 どこかで哀しく笑って 昼間の流れ星を数えたりして 今日も嘘をつく 落陽、その時に聴こえたのは明日の最初の産声だよ そんな 優しい嘘 ---------------------------- [自由詩]約束/士狼(銀)[2008年7月26日22時22分] 雨はいつだって突然に 感覚を刺激する 懐かしい音に 身動きが ――…取れなくなる 夕方の雨は だめだ カーテンレースを握りしめた 手の 震えが治まるまで アスファルトを叩く雨の 軌跡を眺めていた 救急車のサイレンが拡散して 波紋が 共鳴する てのひらの熱 夕焼けは眩しくて 約束が溶け始めたことを知る ---------------------------- [自由詩]ひとしずく/士狼(銀)[2008年7月29日17時34分] オーデュボンの目が映した、まるで日食のように昼間を暗くするリョコウバトのその大群にも、最後の一羽にも、わたしはもう二度と会えない。 会えない。 減少する熱帯雨林の隅のほうで誰の記憶にもどの記録にも残らず消えていく生物。名前がないということは、それはもしかしたら幸せなことに繋がったのかもしれない。 けれどどこにも繋がらないまま、どんなに足掻いても、 もう二度と会えないものたち。 走る列車からバイソンを撃ち殺すスポーツが屍ばかりを残して去っていった。 バイソンの頭骨が積み上げられた山で笑う記念撮影。白黒写真に映える、 骨の白さ。 人が殺して、 それでも人にしか、 救えない。 正義  「なぞなぞを出そう   ウニや貝を食べるラッコが漁業に被害を与えるとして   漁業高を上げるためにラッコを殺したんだ   けれど漁業高は下がる一方だった   なぜって   ウニが小さな生物を守るコンブの森林を食べてしまったからだ   住処を奪われた小さな魚たちは   みな違う場所へ行ってしまった   ほんとうは不必要な命なんて      どこにもないんだ」   日本のオオカミは殺された。太古の大いなる神は、最後の一匹が標本になって消え失せた。神聖で可愛いシカたちはいつしか害獣とされ始めた。森林の植生にとっても生態系にとっても害獣になった。 誰かがオオカミにならなくちゃいけない。 いけない。 生きていくためのブッシュミートを責められない。ぬくぬくと生きているわたしは、 人が殺して、 それでも人にしか、 救えない。 人はパーツ毎に見れば最も弱い動物で、目も耳も力も、速さも。だから考える。考えて、武器を作る。戦う。殺す。誇示する。頂上にいるのだと思う。考えて、機械を作る。革命。破壊。考えて、 だから、考えて、 人が奪ったものは人にしか救えない。 ---------------------------- [自由詩]爪ヲ切ル/士狼(銀)[2008年8月10日0時15分] その付属器官は 本人も気がつかない柵(しがらみ)を 蓄積している、密やかに。 パチリ、パチリと切り落としながら 纏わりついていた何かを 少しだけ知る 過ぎ去った日々 明日のわたしは、少しだけ新しい ---------------------------- [携帯写真+詩]ひまわり/士狼(銀)[2008年9月1日23時48分] ぼくはこうして かくれていますから だけどそばにいますから あなたがひとりを泣くよるに ぼくはひっそりふうしゃをまわします からからからとはしります あたらしい風がふきますように だからげんきになったら ひまわりのたねをください ひまわりのようなえがおといっしょにください ---------------------------- [自由詩]濁流/士狼(銀)[2008年9月8日0時15分] (ゼロ 僕は欠陥品である、と仮定する。 少年少女、互いに確かめ合うのは傷口。証明の始まりを上手く書き出せないから存在を不安に思う。ティーンエイジャー、 違う! そんな括りでは収まらない。声を枯らし、破片を強く握りしめたら薄い静脈から赤く滴るような、繊細なカテゴライズをずたずたにする。 例えば鉄塔に落ちた雷が焼き尽くした、そういった細胞や神経の類、集合体。僕という宇宙の中で繰り返される生と死。 そして惑星はいつか死滅する。 月に兎がいるかどうかは問題でない、ただ臍の緒の先を追いかけているだけなんだ。 僕ではない宇宙の鼓動、その先にいる、誰か。 そう、この行間が指し示すもの。恐らく、それ自体。 (ゼロ+イチ √。 僕たちは、ひとり。だから割り切れない。だから二乗されない。だから枠の中から出ることができなかった。だからひとつのカテゴリに括られる。だから自らのルートを辿ることに恐怖した。ぬかるみは、思っている以上に安定してしまう。 だから、靴をなくす。 生まれ(いいえ/てしまっ)た時の最初の声を、覚えていますか。風に揺れたカーテンの残像を。頭骨が結合する感覚を。を。 音、光、温度、香ったのは夜だった筈だ。 母親という生き物は特別なんだ、子供にとって、 嗚呼、 生物学的に勝るのは女だ。認めよ、でなければ、僕たちは血溜まりから生まれ落ちなかった。 ---------------------------- [自由詩]終焉/士狼(銀)[2008年9月25日0時01分] 夜。 膨大な暗闇の その堆積を知らない その密度を その質量を この不安を 君は知らない 夜。 解答のないパズル 終わらない数式 積まれた書類 書き殴る指 丸くなる 四肢の 先に 夜 夜。 腐った果実が 冷蔵庫の端で震えている 夜。 携帯電話で低温火傷をする 小さな画面は発光し 狭苦しい世界の繋がりを 望んでいる 夜。 1/fのゆらぎが 僕たちを揺るがす さよならした世界を 光の速度で失ってゆく 誰も要らない僕が要らない 夜。 世界の終わりに一緒にいるのは 君だといい ---------------------------- [自由詩]***/士狼(銀)[2008年10月5日1時10分] 好きかもしれない人は 好きな人になり 好きな人は 好きだった人になり 好きだった人は 苦手な人になり 苦手な人は 嫌いな人になり 嫌いな人は 知らない人にかわって わたしの体には 裏切った数だけの痣がのこって 愛ほど 恐ろしいものも そうはないと思うから だから わたしは失っていく 愛ほど素晴らしいものはないと言う その喉を切り裂きたい 切り裂きたい あまり切れ味のよくないナイフで 愛したものが壊れていく様を 映しながら息絶えてくれるなら 朽ちた唇に約束を ひとつだけ ---------------------------- [自由詩]心臓/士狼(銀)[2008年11月15日16時23分] 悲しみを知らない人などきっといません、 同じような顔で同じような服を着て、 量産型が街を歩いているよ、 ねぇ、 おかしいね、 おかしいね、 同じでなければ怖いんだ、 臆病だね、 と鳩たちが笑っているというのに、 知らないふりをして、 忘れたふりをして、 仮面の分厚くなった人たちが、 鏡を前にするとき、 ひび割れた隙間から、 歪んだ自身を見つけたとき、 悲しみは、 いったい何処へゆけばよかったのでしょう、 心臓へ戻ってきた血液の中に、 僅かに忍ばせた全身の悲しみは、 いったい何処へゆけばよかったのでしょう、 かなしみを亡くした彼女は、 もはや笑うしかなかったのかもしれません、 愛していたカナリアが死んだときも、 笑っていました、 涙をなくしたら、 此処においで、 と彼女は笑います、 彼女の笑顔はわたしを悲しくさせるので、 それは確か雨の夜でした、 波紋が共鳴を繰り返す中で、 満月をみたような気がしたのです、 わたしは、 ホットミルクに砂糖を入れて、 スプーン一杯分の毒を忍ばせて、 涙を探すことにしました、 海の色はかなしみの涙の色ではありません。 ---------------------------- [携帯写真+詩]赤血球/士狼(銀)[2008年11月19日23時43分] 僕たちはこんなにもちっぽけで、 世界はこんなにも壮大だけれど、 この体の中にはとても小さくて、 でも地球よりも大きなものたちが詰まっていて、 一日に2000億が死に、 一日に2000億が生まれ、 僕という宇宙は、 赤血球の戦争を知っているのだろうか、 細胞は、 多分、 あの小さなスイミーみたいに、 僕たちは寄り添って生きていけるんだ、 今日もやっぱり陽は沈んで。 ---------------------------- [自由詩]眼球/士狼(銀)[2008年11月26日22時27分] カンガルーの母親には常に三匹の子供がいましたが、 お役所が決めてしまったので、 年上の二匹は殺されてしまいました、 胚の子が生まれてくるまで、 お腹の袋に子供がいないので、 カンガルーの母親はなんだか不安になってしまって、 荒野を歩いては子供ぐらいの大きさのものを入れました。 それは時に無造作に廃棄された生活ゴミでした、 角や破片がカンガルーの母親のお腹を傷つけました。 それは時に殺された動物の死骸でした、 腐敗が進むにつれお腹の傷は化膿してしまいました。 それは時に座礁した鯨の子供でした! カンガルーの母親はただ無心に千切って泣きました。 何を入れても落ち着かないので、 カンガルーの母親は泣きながらお役所に行き、 わたしの子供を返してください、 返してください、 と何度も何度も頼みましたが、 お役所の屋根に住む鳥たちは取り合ってはくれませんでした、 環境対策だから(諦めなさい 死んでしまったのだ(諦めるな(殺されたのだ それは間違っている?(それは正しい?(淘汰されるべきは誰だ? 太陽が落ちるときを、 静かに受け入れられるものに、 武器など要らぬ 嗚呼その眼球の美しさ! 鳥たちが口々に騒ぎ始めたので、 お役所の人たちに見つかった、 ボロボロの母親は殺されてしまいました、 その時生まれた子供は、 薄れていく体温を追いかけて、 冷たく硬くなる母親にしがみついて死にました。 遠くの方で柵の中の羊たちが、 くすくすくす、 と笑っているようでした、 ぷあぷあと泣いていたのは、 或いは珊瑚の海であったかもしれません、 真っ青な空と真っ白な雲の見事な昼のことでした。 ---------------------------- [自由詩]曲線/士狼(銀)[2009年2月5日2時28分] 因みに、 今日の夜は丈夫ですよ 消灯時間は過ぎたのに カーテンのゆらめきを数えている 冷蔵庫の唸りは パレードの始まり 睡眠麻痺は中枢をゆっくりと壊していく 本当は何がしたいのって 聞かれるのが 怖かった 気づく わたしという女の曲線はとても醜い 夜が夜でないといけないのは 暗闇が直線になれないのと 同じ 水平線の曲線が美しい それ、ランドマーク ---------------------------- [自由詩]ウォーターサーバー/士狼(銀)[2010年3月24日19時40分] 噎せ返るような鉄錆の匂い ぞぞぞぞと這い上がる、 正体不明の警告 止まない水音 ひたひたと忍びよるのは 影のない、 転がっていたのは物だった しなやかな筋肉は硬直を始め この眼はもう、 それを生物として捕捉しない ぼくたちは あといくつ、ブラインドを持てば 世界に適応できるのだろう 食卓に並ぶ死体の山、 ぼくは渇いている ひび割れる前に、水を、 水を飲まなければ 蜃気楼に絡めとられてしまう 水を、 水は、 ブラインドの隙間から覗いた世界は 見たいものしか映さない、綺麗な世界で とうの昔に水は失われていて 溜息、ひとつ。 ---------------------------- [自由詩]プリオン/士狼(銀)[2011年2月6日13時25分] (×  目を開けたら何かがそこに立っている気がして  強く目を瞑る  突然シンクが音を鳴らす  暗い部屋に低い音が反響して足元から冷たくなっていく  そろり、と薄目を開けると    あ ) 腹が減ったな、と思い 通りを一つ越えたところにある弁当屋で唐揚げ弁当を買った 手持無沙汰に鍵を鳴らしながら帰ると 彼女がいた あれ あ、おつかれさまです と言われて初めてそれが彼女を着た隣人なのだと気付いた あ、それが昨日言っていた例の女ですか ええ、ええ、そうなんです、どうですか、この表情、たまらないでしょう 本当に、その赤いハイヒールもよく似合っていますよ これは私のこだわりでしてね、今日、初めて人間を着るもんだから そうでしたか、  ああ、そういえば、お聞きしたいことがあるんです なんでしょう? 中身はどうなさるんです? 中身、ですか? ええ、その、何と言えばいいか……昨日の、猫も、今の彼女も、その… と、彼女は笑いだした 愉快で愉快でたまらないといった感じだ 僕は理解ができないでただただ彼女の笑いが収まるのを待った ああ、すみません、あなたが面白いことを言うから、ふふ、もう少し待ってください、ふふふ  それ、彼女の中身ですよ 彼女が指差したのは僕が持っていた弁当屋の袋だった    え。 視線を落とすと 彼女の赤いハイヒールには猫の毛がたくさんくっついていた ---------------------------- [短歌]インスパイア/士狼(銀)[2011年5月22日23時03分] 蹴り飛ばした意思の行方は風まかせ本当はずっとこうしたかった 太陽に背く向日葵おまえもか不適合って誰が決めんだ 交差する秘密の哲学と犯行声明ジエチルエーテル夢を見せてよ 説明書一旦置いて君に会う免罪符をつくる放課後 白い花、語る瞳と染まる頬『やっぱり寂しい…』(なにそれ殺す気!?) 真剣なふりして秤にかけていた提出期限と賞味期限   (アイなんて解けるのがもう前提で差し出されたら食べちゃうよね) 残像を掴んだその手でこめかみに突きつけるのは銃口じゃない アルコールに沈んだ冷たい月の下 不器用な手つきでもう一度死ぬ 蹴り飛ばした遺志の行方は桐箪笥の中の手紙だけが知ってる ---------------------------- [自由詩]チアノーゼ/士狼(銀)[2011年5月23日22時57分] 生きるとは呼吸、そして死は眠りだ。 エマージェンシー、イマージェンシー、イマジネーション。突如音のない世界に放り込まれ、治まらない耳鳴りに首に心臓が上がってきたかのような動悸がする。 そのいきものから拍動は感じ取れるも横隔膜の動きはなく、青紫に変色し始めた指先が呼吸停止を告げ、開始される人工呼吸、心臓マッサージ、張り詰めた手術室。蒼白な空気を肺いっぱいに吸い込み狂ったように繰り返される心肺蘇生、それはもう物になる可能性に占められていても、頭の隅では分かっていても、弱々しいぼくたちは諦められないのだ。 たかがイヌ一匹、たかがネズミ一匹、それでも生きているひとつ、生きていたひとつ、可能性がマイナスに振りきれるまで戻ってこいと一心に酸素を送る。 なんて滑稽なんだろう、苦痛を与えない倫理に従って、瞬間で脳を焼き瞬間で首を落とすくせに、毎日の屠殺は気にも止めないくせに、 それらに4つの感情しかないと知っていてもどこかで疑っているのだ。 恐竜の化石を国際単位の陰謀だと仮定して楽しむように、ずいぶん昔の心優しい意地悪な神様が未来のぼくたちの生活が快適であるように彼らには高度な感情がないとぼくたちより前の科学者に思い込ませたんじゃないかって、むしろそうであることを望んでいる、そんな澄んだ虚ろな眼で裁かれるには、ぼくたちはあまりに汚れて脆弱すぎるから。 目を覚ましたらぼくたちは研究所のネズミで、少ない感情を操ってケージの外に思いを馳せる、何も分からないまま眠ったらもう二度と目覚めない。 あぁそうだったらどうしよう、どうしよう、いつ死んだっていいとかつて口にした言葉を何度も何度も咀嚼するのに飲み込めない、 この長い夢から目覚めるのはどうしてこんなにも恐ろしいのだろう。 呼吸するように死に、眠るように生きる、彼らの中に自分を見つけたら瞬間で振り切るしかない、でないと、破れ始めた真実に殺されてしまうよ。指先からチアノーゼ、高い音で迫ってくるサイレンに呼ばれている、 次はきっとぼくの番だ。 ---------------------------- [自由詩]生物屋の彼女/士狼(銀)[2011年5月26日22時58分] 生物屋の彼女の口癖は『早く地球滅びないかなー』だったりする。冗談ではなく本気だから困るのだ。え、なにそれ、君はぼくすらも滅びればいいと思っていたりするの?だなんて聞けない、なぜなら予想される答えはyes以外の何物でもないからだ。愛しい彼女はキスをするのと同じ温度で言い放つに違いない。 生物屋の彼女の休日は無いに等しく、ぼくよりもネズミと過ごす時間の方が遥かに長い。それでも、肩にのせたネズミに名前をつけて『アルジャーノンだよー』って写メールを送ってくる彼女は楽しそうだからそれでいいんだ。ああ神様、もしいらっしゃるなら来世でも彼女を研究者に、ぼくを彼女に愛されるネズミにしてください。 生物屋の彼女は甘えるのが下手だ、とぼくは思いたい。彼女が言うには寂しさの閾値が違うらしいのだが、感情にすら理由をつける彼女は理系なんだと実感する。彼女のセリフを借りるなら『寂しさの閾値は君より高いかもしれないけれど、哀しみの閾値はきっと随分低いわ』。(ぼくはいつだって君に触れていたいのに。) 生物屋の彼女は、脆い。ソファーに並んで座りながら体育座りの彼女を横目で見る。彼女はよく『頭と踵がくっつくように背骨が折れる』想像をするらしい。想像だけでも痛そうだな、と思っていたらやっぱり、彼女は珈琲を啜りながら顔をしかめていた。それぐらいの罰がなければ採算が取れないかしらね、気をつけていなければ聞き取れないくらいの声で言うその細い体にどれだけの重荷を背負っているのだろう。ぼくは気がつかなかったふりをしてシュガースティックを渡す。 落ち込んだときには甘いもの。苦い珈琲に、少しだけ優しさを混ぜて。君の戦いはまだまだ続くだろうから、ぼくといるときくらい、ただの不器用な女の子でいてくれていいんだよ。 『……今度からカロリーオフのお砂糖にして』 「!!」 ---------------------------- [自由詩]多幸症様症状を呈する彼について/士狼(銀)[2011年6月8日21時17分] わたしの隣でいつも幸せそうに笑う彼は きっと多幸症なのだ わたしはわたしに価値を見出だせないというのに 彼は、自分ではなかなか気がつけないものだよ、と笑う 君はチワワみたいだと思っていたけど、違った、シャム猫だ、 と勝手なことを言いながら笑う アルジャーノンに君を取られたみたいで少し寂しい、 とか言ったらやっぱりかっこわるいよね、と笑う そういやハラミって横隔膜なんだっけ、 君と会わなかったらずっと知らなかったんだろうな、と笑う、ねぇ、 気味悪くないの って襟元つかんで問いただしてやりたい いつだったか ふとした瞬間に表層化する暴力について聞かれたとき わたしはヘルペスのようだと思いながら ココア入りの新しいマグを受け取ったのだけれど 彼は火山のようだと言った 火山の噴火に一般人が感知しない過程があるように きっとその怒りが力として表れるまでに 近くにいる人が地学者のように察してあげられたらいいのに ねぇだから 君が怒ったらそれは気づけなかったぼくの責任なんだよ、 ってちょっと切なそうに笑った ああこの人はなんて なんてばかなお人好しなんだろう その予兆に気がついたところで観測者にそれを鎮める術などなく 噴火まで騒ぎ立てるより他ないというのに ああだけどこの人はなんて なんて 「         」 いいや 可哀想に きっと神経系に異常があるに違いない ああだけどそれはわたしだって同じなんだ 普通ってなんだろうね 感染すれば生涯DNAに潜在するウイルスのようだなんて わたしはなんて ああやっぱりわたしはわたしを愛せない こないだ割ったマグだって この新しいマグだって あなたと選んだってだけでほんとはすっごくお気に入り なんて 絶対言わないけど ときどき見せる切ない瞳もかっこわるいねってその声も 勝手なことを言うばかでお人好しなその心根も きっとあなただから好きだなんて 絶対言わないけど その隣はすごく安心できるから 「今日のココアいつもより甘い気がする……」 『でもちゃんと、カロリーはオフにしてあります。気にしてたでしょ?』 ---------------------------- [自由詩]Note./士狼(銀)[2011年8月4日21時39分] ○電車――走る匣体。棺。中には死人が詰まっていてぼくたちはホームと電車の隙間の21mmを各々の足で越えることで死と生を繰り返す。 ○ポニーテールの幼女――黒のギンガムチェックのワンピースに黒いリボン。死装束。ポニーテールを留める白いレースのリボンが生きている証であり、未発達な体をくねらせてポールにしがみついている。父親の足元にしゃがみこみくりくりとした小動物のような瞳を空へ向ける。暗礁。 ○ナースサンダル――血痕で装飾された白。持ち主はおそらく拒食症でギリギリの眼をしている。 ○左脚にケロイド――ひきつれた傷痕を不躾に眺めるとそれが単なる火傷や挫傷によるものではなく何かを消すためであったと推定できた。ケロイドを厭わないほどのもの、タトゥー?しかし左脚に?それはなぜ? ○ヴィトンの財布――中身より外見ばかり気にする男たちのこと。類語)ヴィトンのバッグ。 ○喧しいママたち――『A子ちゃんママと』『D先生が』『新しくできたコンビニ』『『えー!?』』『やばくなーい?』『でもさー勉強って』『詰め込みだから』『あたしは子供が』『サッカー選手に』『医者』『若い男の先生が』『教師なんかに』『子供は任せられない』『裏口入学が』『A子ちゃんママは誰と付き合ってるの?』 ○傘――凶器。試食係の眼球を突き刺すもの。雨の日に開かれるもの。 ○首のないラットの幽霊――目撃者多数。証言1。深夜になるとラボの実験台の上を走る音がする。証言2。自分以外いない筈の部屋でゴトン、と音がする。証言3。音の方に目を向けるとしっぽがちらりと見えた。証言4。ラット室から逃げ出したと思いしっぽを捕まえたところ静かに暴れるそれには首から上がなく、それがいたところにはラットの頭部が落ちていた。隣の女性講師が飛び降りたのはこのためと言われているが定かではない。 ○双子の老婆――片方は死んでいる。 ○牛柄の猫――昼間は生きているのが不思議なくらいに弱々しい眼をしているが、夜中の国道でこちらを向いたそれはぞっとするほど鋭い光を放っていた。その光はタペタム層の反射だけでは説明がつかない、なぜならその視線に刺されたぼくは畏怖すら感じたのだ。猫の眼は別の世界への扉だと聞くが果たしてあの牛柄の猫はいったい誰を連れて行ったのだろうか、今はもう見かけることがない。ぼくはただ、「待っている。」。 ---------------------------- [自由詩]24時に自殺する鯨/士狼(銀)[2011年8月9日22時04分] 鯨は賢いから 殺してはいけないのだと 海の向こうでは騒ぎが続いている 賢くないわたしは きっと殺されてしまうから その前に沈んでしまおう 深く、深く 肺が潰れてしまうところまで シーラカンスにさよならを告げて 頭からゆっくり沈んでしまおう もし 息苦しくて浮かんでしまいそうになったら あなたがわたしを殺して 噛みついて呼吸を奪って 深く、深く 脳が酸素を欲しがるときまで 白いシーツを波立たせて 昨日のわたしが死ぬときまで そしたらわたしは実感できるから いま、生きていること。 ---------------------------- [自由詩]デートは延期になりました。/士狼(銀)[2011年8月12日0時18分]  息を止めて苦しくなって初めて生きていることが実感できる、みたいなのを描いたら一日置いて思っている以上に近いところに本物の死が笑っていることに気がついた。本物、っていうと偽物がいる気がしてアスファルトに投げ出されたままの体で考えてみたら、ぼくにとってそれは睡眠なんだろう、と思うに至った。気がついたらぼくの視界からは青い空が見事に消えていて、黒くて熱いアスファルトと赤い水溜まりしかなかった。あれ、頭は打っていない筈なのに視界が白くなってきたのは何でだろう。ぼくに触れているのは誰?  ぼくが意識をなくしていたのはごく僅かな時間だったに違いないのだが、そこからは轢かれた瞬間以上に訳がわからなくて救急車のストレッチゃーごと運ばれた病院で『入院した方がいいかもしれませんね』と若い看護士が笑顔で声をかけてくれた。そのまま回れ右して帰ろうと思ったのだけれど全く体が動かなかったから「入院はいいです、帰ります」とだけ言葉を発して、それがとても体力を使う行為だったと自覚する頃にはぼくは眠りに落ちていた。  あと少し運が悪かったら頭がなくなっていただろうね、と全身の損傷具合を診た医師に言われてなんとなく、マリーを思い出した。自由気ままな、マリー・アントワネット。彼女は毒蛇で自害だったか、ギロチンで死んだのは彼女の夫だったっけ?それから、そうやって人は死ぬのか、と思った。百聞は一見にしかず、考えるより産むが易し。実際にあと一歩踏み込んでしまっていたら死に囚われていたと分かるとああこんなにも簡単に生命維持は破綻するのだと嫌でも気づかされる。いや、人に限らない、生き物は突然終わりを迎えるのだろう。過程にはいくつもの分岐があるが行き着く先は皆等しい。そういえばあの道ではネコやネズミがぼくが血で汚すよりも先にアスファルトと同化していた。  満身創痍という四字熟語のイメージが白一色だった理由を自分の体を見下ろして納得しながら、涙の数だけ強くなれたらよかったのに、と自分に脚があることを何度も確認しながら夕闇の中を片足で歩いて帰った。熱の上がり始めた体に夕立は肌寒く、雷の音はいつもより頭に響いた。ロキソニンをラムネみたいに舌先で転がすと何とも言えない味がする。ぼくは今、生きている。 ---------------------------- [携帯写真+詩]にこっ!/士狼(銀)[2011年8月13日17時34分] やぁ。 笑ってるといいことあるよね、 って、 ぼくの飼い主は口癖のように言うます。 不器用なのです。 だから、 ぼくも笑ってみたです。 にこっ! (飼い主ー、やーい、お腹空いたよー) peco* ---------------------------- [自由詩]羽のない鳥/士狼(銀)[2011年8月18日19時02分] ことばの世界から遠ざかってしまったのは 見ようとしても見えなかったものが 見たくないのに見えてきてしまって 見えるものだけが正しいと思ってしまったからだった 気がついたときにはもう 粘着質な糸にぐるぐる巻きにされて 大きな牙が喉元にきていたのだ ああ ぼくに 羽はない よ ? 感情を司るココロは胸部にはない 脳の一部が反応した結果だ 犬は笑わない 笑っていると思いたいのは人間だ 心臓は胸腔の正中左寄りに位置するのが正常であり 心臓をハート型に描かれた人は心臓に疾患がある 生き物は星にはならないのだ そうしてぼくは 鳥になれなくなった 大きな牙がぼくの喉笛を掻き切ると そこからひゅーひゅーと頼りない音がして ああ空気が漏れているのだろうと 重たい瞼を押し上げると 我先にと飛び出していたのは自由なことばたちだった それはしばらくして沈黙し ぼくはただただ空っぽの体で愕然とした 大きな牙はもう次の獲物を狙い定めていて 空っぽのぼくは発することばを失ったまま ことばの世界で生きていたのに 理屈に絡まれたぼくはそれを認められなくなって 遂に愛想をつかしたことばたちは この愚かな生き物から旅立っていったのだった ぼくはいつだって 鳥になることができて 海を自在に飛んでいたのに 嗚呼。 ---------------------------- [自由詩]夜明けには死が待っている/士狼(銀)[2012年2月6日18時44分] これで終わりだ 哀しみの淵に佇んで 棺桶に片足を入れてみる そこは冷んやりとしていて おそらく恋しいとか愛しいとかいう 奥底から生まれるそういった波に襲われて 目覚める前の君の体温を思い出す こどものように 温かな 泣いてしまいそうな程の幸せを だからこの夜だけは 手放せない 終わらせたくない 太陽を黒い泥濘に沈めて 世界を凍結させてしまいたい それでも いくら烏を殺しても 夜は深くならなかった 朝が君を起こす前に 死んでしまいたかったのに 夜明けにはいつも通りの ポーカーフェイスを貼り付けて ひとこと君に預けたら この幸せを殺さなければならない 「さよなら。」 ---------------------------- [携帯写真+詩]scene 03/士狼(銀)[2012年9月2日15時40分] その地平線は 感情によって形を変え 拡声器に先導されるパレードは 歪みを生みながら日々を歩く その悲しみや怒りを横目に ただただ憂うスコールの中で ぼくたちは どこまで行けるのだろう ぼくたちに 他に帰る地などないのに 上空に空いた穴が 静かに警告を発していても ここが灰に沈むまで そのパレードは続くのだろう ---------------------------- (ファイルの終わり)