大覚アキラ 2009年8月27日15時09分から2020年7月27日15時04分まで ---------------------------- [自由詩]受精/大覚アキラ[2009年8月27日15時09分] なんの兆しもなく 啓示が降り注いでくる みどりの空の彼方から 呼応するように たましいの最深部で あらゆる種類の 絶望のかたちが 砂糖菓子みたいに 崩落してゆく 無限に共鳴する あからさまな歓喜 始発列車に飛び乗って みどりの空の彼方をめざし 想像力を超えた音域で 響きわたる口笛を 吹きならしつづけろ 静謐をぶち破って 未踏の大地に あたらしい種を蒔け ---------------------------- [自由詩]儀式/大覚アキラ[2009年12月16日18時16分] 今この瞬間が ものすごい速さで反復され続けていくので すっかり気の抜けたビールが 待ちくたびれたまま蒸発していく 深夜2時の居酒屋 鶏や豚の脂でべたついたテーブルの上 今この瞬間に きみを 押し倒して きみの気持ちなんかどうでもいい 知ったこっちゃない 息を止めれば 時間が止まるって そう信じていた頃の気持ちみたいなものを もう一度挿入して 心とか 魂とか きみの体の真ん中あたりにある部分に 今この瞬間に もう一度挿入して 地下2階の居酒屋 タバコの灰と醤油で汚れたテーブルの上で 転がっている携帯電話は 永久に圏外 今この瞬間から 永久に圏外だから さあ どんな願いでもかなえてあげよう ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]【批評祭参加作品】馬野幹のやさしさについて/大覚アキラ[2010年1月13日23時24分] というわけで、今回もまた大好きな馬野幹について語りたいと思うのです。 『ラストオナニー』馬野幹 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=125719 何かが終わるとき、人はなぜかやさしい気持ちになるものです。 卒業だったり、退職だったり、年末だったり、死だったり。 ほかにもいろいろ、ね(時にはやさしい気持ちになれない終わりもあったりしますけどね)。 どうしてなんだろうね。 終わる、ということによってもたらされるカタルシスがそうさせるのかな。 それとも宗教的な「赦し」の感覚に近い何か、かな。 この『ラストオナニー』という作品は、そういうやさしさに満ちているよね。 終わりに向かって減速しつつ、すべてを脱ぎ捨てながら搔き消えていくような、やさしさ。 こんなに美しく、やさしい詩が、この世にあといくつ存在するだろう。 この作品に限らず、馬野幹の作品は意外にも(意外じゃないか、ごめんね)やさしさに満ちている。 『夜勤明けのガードマンへ』とか、 みんなが大好きな(笑)『金(キム)』なんかも、 そこには無条件で全身で抱きしめてくれるようなやさしさがある。 やさしいなあ。そして美しいなあ。 でもさ、馬野幹がほんとうにみんなに叩きつけたいのは、 きっとこういうことなんだと思う。 社会人になるとなかなか面とむかってあほとは言われなくなるでしょう だが俺は君に言おう うすうす気づいているだろう 君はあほだ そうさ。 詩を書くなんて、あほのすることなんだよ。 そしてきっと馬野幹に言わせれば、それを批評するなんてのは、最上級のあほなんだろうな。 素敵だ。       ※文中、敬称略。       ※文中の引用は、馬野幹『グリーングラス』より。 ---------------------------- [自由詩]ゆるやかに/大覚アキラ[2010年6月2日18時52分] 仕事と仕事の間の エアポケットのような 30分間 中崎町と天六の真ん中あたりの こじんまりとしたおしゃれなカフェで 居心地の悪さを背負いながら コーヒーを飲む 午後2時 この街は 昼と夜で 流れている空気が違うので 呼吸の仕方にも 昼と夜で ちょっとした工夫が必要だ なのに この街の昼の空気に慣れていないおれは コーヒーを飲みながら むせてしまったりする よく行ったあのカウンターだけの店も 随分雰囲気が変わって いまはもう 前を通るだけになってしまった そもそも あの人と一緒でなければ あの店に行く意味もないので たまにしか足を運ばなくなった この街のことを おれは ゆるやかにわすれていく あの店の名前も あの店のバーテンの人懐っこい笑顔も 苦手なアルコールのせいで赤くなった頬も 明かりの消えた人気のないアーケードも 冬の空気で冷え切ったブレスレットの冷たさも 風にかき消える煙草の煙も 繋いだ手の暖かさも こうやって ゆるやかにわすれていくのだ なにもかも ゆるやかにわすれていくのだ ---------------------------- [自由詩]スカイツリー/大覚アキラ[2010年8月25日14時02分] 白い塔の表面を カッターナイフで削ってみると そこから 赤い血が滲んできたので 包帯を巻いてやった それが正しいやりかたなのかどうかは 知らない コンビニのゴミ箱に捨てられていた 薄っぺらなパンフレットにはこう書いてある この白い塔の 陶器のように透き通った白 その半分は おもしろ半分に殺されたあらゆる生き物の 骨から抽出した成分でできていて あとの半分は どこにでもある ごくありふれた金属でできています どうでもいいエピソードだ パンフレットにはこんなことも書かれている 塔の最上階には 最新型のプラネタリウムが造られていて 選ばれた子どもたちだけが そこで うつくしい人工の星空を見るのです おれは もう子どもじゃないので そのプラネタリウムを見ることはできないけれど できることなら おれの子どもにはそれを見せてやりたい 白い塔から 真っ赤なリンゴがひとつ スローモーションで 落ちてくる そのリンゴが地面に叩きつけられて 粉々にはじけ散って アスファルトの上の薄汚い染みになる その直前の 0.001秒の瞬間に世界を凍らせて その瞬間が永遠につづく そんなことを想像をしながら おれは 白い塔の真下で 死んだふりをする ---------------------------- [自由詩]シロップ/大覚アキラ[2011年7月19日12時51分] まっしろなひかりと 吐く血の赤の 混じりあうところに のみこまれるようにして消えたい 16グラムの毒を 透明な真空に溶かして飲みほしたら 色褪せてしまうことばは もう必要ないから きみに今すぐ 会いたいよ ---------------------------- [自由詩]喪失/大覚アキラ[2012年9月19日21時39分] 這い上がって くるみたいな あの感じ 背骨を 震えが そういうのは なくなった もうなくなってしまった 終わることのない音楽に うつくしい という名を付ける その衝動のはじまりの場所を 見つける その瞬間の 震えが 這い上がって 背骨を のようなあの感じ そういうのは もうなくなったんだ だから 終わることのない音楽に 限りなく透明に近い 白い光を混ぜ合わせて 消していこう ひとつずつ もうなくなったから もうなくなってしまったから ---------------------------- [自由詩]残像/大覚アキラ[2012年10月9日23時45分] おしまいの向こう側に 光なんか見つけて ほんのすこしドキドキしても そんなのはきっと残像 瞼の裏側にしか存在しない映像がある って 前にも使ったことがある言い回し だけど それを知ってる者同士にしか わかりあえないことがある それもまた事実 きみが か細いラインの向こう側から 送ってくる信号は SOSなのか それとも ただの呑気な世間話なのか あるいは か細いラインの向こう側にいる きみは すでに残像でしかないのか 舌ざわりのいい言葉たちには 毒があるってこと 呑みこんでから いつも思い出すけど 手遅れ だからいっそのこと 致死量までください なんて やさぐれてつぶやいてるけど どうせ明日の朝の アラームをセットしてから 眠るんだよね おやすみ ---------------------------- [自由詩]エキゾチック・ジャパン/大覚アキラ[2012年12月27日5時06分] 殺人現場みたいな コンビニエンスストアが 造られては壊されていく 次から次に 雨上がりに湧き立つ虹のように 美しいこの国の 新しいジェノサイド 電波の届く場所が世界の半分で 残りの半分は電波の届かない場所 ぼくは その境界線の上を 軽やかなステップで歩いていく めまぐるしく繰り広げられる ポップな虐殺を横目に見ながら あちこちで巻き起こる 憂鬱なカーニバルに手を振りながら 軽やかなステップで歩いていく 昨日開店したばかりの 真新しいコンビニエンスストアで レジのバイトの女の子を旅行に誘ってみたら 意外にもあっさりとOKで 海沿いの町の温泉に行くことにして 地図なんかまったく見ないで 北に向かって車を走らせた やがて 美しい国の果てに辿り着いて そこは 夜が凍っていて 降り注ぐ花びら ゼリーみたいなオーロラ 波打ち際は怖いぐらい静かで そして 温泉などどこにもなかった 女の子とは そこでキスをして別れた ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]driving alone/大覚アキラ[2013年1月14日5時48分]  年に一度か二度、真夜中に車に乗ってどこか遠くに行きたくなる。すれ違うヘッドライトもまばらな高速道路を、一人っきりで、ただ黙って車を走らせ続けたくなる時がある。  目的地なんか必要ない。カーステから流れるBGMは絶対にいらない。美しい星空やキラキラした夜景も見えなくていい。ただ、淡々とエンジン音を聴きながら、真っ暗な道を走り続けるだけ。  必要以上にスピードを出すのでもなく、かといって制限速度を遵守するわけでもない。ごく自然に、その瞬間に必要なだけアクセルを踏み、必要な速度を保ち続けるだけ。  ハードボイルドを気取っているわけでもないし、決してセンチメンタルな気分なんかのせいでもない。それは、むしろ自意識や感傷とはもっとも遠くにある行為。  そしてもちろん、意味なんかない。  数時間ただ走り続けたら、どこか辺鄙な場所にある自動販売機とトイレしかないような名前も知らないPAで車を停める。誰もいないだだっ広い駐車場のど真ん中でタバコを一本吸ったら、それでおしまい。  次の出口で高速を降りて、Uターンして手近な入口から再び高速へ。家に着くころには東の空が紫色の光に染まり始めている。  あとは、ベッドにもぐりこんで眠るだけ。 ---------------------------- [自由詩]ゾンビ/大覚アキラ[2013年3月2日0時27分] コンビニで とろけるプリンを買ってきて 食べ終わってから 別添のカラメルソースを かけわすれたことに気づく みたいな そんな感じ プラスチックの 小さなスプーンを なめて なめてから 捨てる みたいな そんな感じ 生きることの意味をさがすうちに 生きることの意味をさがすことが 生きることの意味になって あれ? 意味わかんない みたいな そんな感じ プラスチックの 小さなスプーンでは モニタの中のゾンビの群れを 殺すことなんかできません でも ゾンビってそもそも死んでるのに 死んでるゾンビを殺すことなんて できるのかなあ って コンビニのゾンビみたいな店員が レジを打ちながら だるそうにいう 意味わかんないよ おまえ ---------------------------- [自由詩]虹のすべて/大覚アキラ[2013年8月5日12時56分] ひとは 母音だけで会話するときに かならずしも 自分に正直だとはかぎらない 相手に誠実だともかぎらない 水色のキャンディが 口の中で溶けていく速さで きみはやがて いろいろなことを 約束された手続きのように忘れていくだろう 射抜かれる明け方 黒い文字の果てしない羅列に 息をのむアンドロメダ きのう羊を殺した野蛮な道具で 明日は畑を耕して種を蒔く 太陽に手をかざし まぶしそうに目を細めながら 手を振る遠い人影 きみはしずかに 祈りの言葉をつぶやくだろう 母音は光に似ている 光は液体に似ている 液体は時間に似ている すべては流れていくという一点において 共通のものであると断言する 鎖骨の窪みにたまった汗が 森の奥の誰も知らない泉みたいで 人肌のぬくもりを思い出させる きみはそこに 水色のキャンディを投げ込むだろう 波紋が広がって響きあう同心円の うすぐらい明け方に 死んだ道路の上で宇宙が近づく 脱ぎ捨てて裸になって さあ母音だけで会話しよう ---------------------------- [自由詩]棄て(られ)た夜に/大覚アキラ[2013年11月1日23時28分] 遠いところまで行って 棄ててきたなにかを 遠くから思う 耳鳴りのように くりかえし くりかえし 人は 信じうるものを 信じるのではなく 信じたいと願うものを 信じるのだろう 神様とか 運命とか 愛とか そんなものよりも いま 指先に触れている この湿度と温度を わたしは信じる いや 信じたい 信じたいと 願う それはたぶん 祈りだ 遠いところまで行って 棄ててこなければ その意味が わからないこともある そして わかったときには 祈りはもう 届かない ---------------------------- [自由詩]しるし/大覚アキラ[2013年11月20日1時02分] スーパーで買った卵が ふたつ割れていた  ものごとには  必ずしるしがある リビングの時計の 電池が切れて止まっている  ほんの些細な  どうでもいいようなことだけれど 先週修理したばかりの 自転車のタイヤがまたパンクした  何かが  ダメになっていくしるし お気に入りのカップを ぼんやりして割ってしまった  掛け違えたボタンのように  噛みあわない歯車のように きみと一緒にいても いつもより楽しくない  それはそう遠くない  終わりのしるし ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]極私的レコメンド:11人の詩人による11編の詩/大覚アキラ[2014年1月6日14時01分] 藤永健さんの『もうすぐ現代詩フォーラムがができて11年経つという事実と11のレコメンド(http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=283829)』に触発されて、ぼくも同じコンセプトでレコメンドを選り抜いてみました。 ここに挙げた作品の他にも、この現代詩フォーラムには優れた作品が山のようにあります。「なんでアレが入ってないの?」という声も多々あるとは思いますが、このレコメンドを選ぶにあたっては、ポイントの多寡や技巧的な巧拙を基準にするのではなく、あくまでも、ぼく自身が「繰り返し読みたいと思うもの」を選んでいます。他にも採り上げたい作品は多々あるのですが、悩み抜いて11編、選びました。ちょっと長いですが、是非それぞれの作品もお読みいただけると嬉しいです。  = = = 山内緋呂子さん 『一回目が好き(合いの手入り)』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=18513 ものすごく想像力を刺激される作品。エロスが単なる“エロ”に染まってしまう、そのギリギリの境界線上で言葉とイメージが戯れ合っている。最終節の3行の投げ遣りさも効いているよね。ここで目玉焼きを焼いたりトーストをかじったりしてしまうと、いきなり所帯染みた陳腐な恋愛詩の匂いがプンプンしてくるのだろうけれど、チョコポッキーだけ食べさせて追い出した(笑)。そこが、タイトルとの整合性をも感じさせ、この作品の見事なバランスを成立させていると思います。  = = = 石畑由紀子さん 『焼肉情事』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=8021 作品の中でも語られている「二人で焼肉を食べている男女は、そういう(男と女の)関係である」という、よくある下卑たオトナの視線をモチーフにしながら、とっても切ない作品。ところどころに挿入される男の台詞の無神経さと、主人公の内面で繰り広げられるモノローグの対比が鮮やか。これにメロディをつけて、aikoにでも歌ってみてほしいなあ。健さんがレコメンドしている『上海された』も、是非読んでほしいです。  = = = チアーヌさん 『かわいい匂い』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=20788 チアーヌさんの作品から一編を選ぶのはなかなか難しかった。好きなのが多すぎて(笑)。悩み抜いた末、これを推すことにしました。“女性性”というような言葉はあまり使いたくないんだけど、チアーヌさんの作品の多くが、女性性を軸にしているのを感じます。男には書けないものを描いているなあ、という印象。中でもこの作品は、男には絶対書くことのできない、そんな作品。と言いながらも、これはチアーヌさんの作品の中ではむしろ異色だと思う。  = = = 青木龍一郎さん 『石井が死んだ』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=151962 こんなに不思議な詩を、ぼくは他にあまり知らない。失礼を承知で正直にいえば、この作品は決して技巧的には優れてはいない。何が言いたいのかもよくわからない。にもかかわらず、この詩には、ぼくの心をつかんで離さない強烈な何かがある。数ヶ月に一度は読み返してしまう。これは何なんだろう。  = = = みいさん 『ごらん、ゆうぐれる』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=17732 これはねえ、意味とかあんまり考えないで読んでほしい。この作品に連ねられた言葉を、あなたの目から取り込んで、脳からつま先まであなたの身体ぜんぶをフィルターみたいにして透過させて、そこに湧き上がってくる映像や匂いや音や湿度や、そういう様々な感覚をぜんぶ感じてみてほしい。上手く表現できないんだけど、いろいろなスイッチを押されると思います。この詩について語る時には、“イメージ”っていう言葉を使うのが、なんだか陳腐に思える。そんな詩です。  = = = ヘンナー・キョニューりな 『ちひろ/山手線』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=196121 現在は、「ちんすこうりな」名義で現代詩フォーラムに投稿している作者。彼女が以前の筆名で投稿していた作品です。 この作品のタイトルに含まれている“ちひろ”というのは、漫画家・安田弘之の『ちひろ』に登場する主人公のことだよね。ちひろは風俗嬢。自由で、優しくて、でもちょっと残酷で、そして孤独。あ、これじゃあ漫画の“ちひろ”の話だな。たぶん、世の中の女の子の半分はこの作品にすごく共感するけど、残りの半分は全然共感できないと思う。性的倫理観みたいなものをとっぱらっちゃえば、これほどロマンティックな詩はあんまりないと思うんだけどな。  = = = Tsu-Yoさん 『麻雀』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=118602 この作品については、現代詩フォーラムとは別のところでコメントをしたことがあるので、ちょっと長くなるけどそれを転載させていただきますね。 以下転載。 「いいか、坊や、死んだ奴は負けだ。負けた奴は裸になるんだ」 麻雀打ちの多くが知っているこの言葉。そういう現実に自分が立たされたとき、そんな言葉を口にできる人間がどれだけいるのだろう。きっと誰もが心の中で「最低だな」と思うのが精一杯だろう。 この作品には、麻雀を打ったことのない人には理解できない空気が流れている。しかし同時に、麻雀を打ったことのない人にも確かに伝わる何かが一本の芯として備わっている。それは、 >運が良い、とか >運が悪い、とか >そんなものでは片づけられない何か が、人生には確実に存在するという事実である。 麻雀というゲームは人生そのものだ。優れた技術を持った百戦錬磨の打ち手が、馬鹿ヅキのド素人にコテンパンにやられることもある。配牌で国士無双13面待ちテンパイなのに、上がれずじまいということも、可能性としてはある。ボロ負けのオーラスでトビ寸前の状態から、ダブル役満を上がって奇跡の逆転だってあり得る。それこそが、麻雀の面白さであり、儚さである。そして、人生もそういうものなのだろう。 死んでいった人間に対してかける言葉なんて、ぼくたちは何も持っていないのだ。ぼくたちにできることといえば、「最低だな」と思いながら、それでも麻雀を打ち続けること、言い換えれば、最低な現実に踏みとどまって、人生と闘い続けること、それだけだろう。  = = = 043BLUEさん 『かきフライ』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=35066 本当は、あんまりこういう“グッとくる”感じの作品は採り上げないでおこうと思ったんです。いや、あんまり深い理由はないんですけど。でも、迷った末にこれを入れることにしました。こういうのって、子どもの語り口調で書かれると、どうしてもグッときちゃうでしょう。きますよね。ずるい。でも、そういう技巧的なあざとさ(ごめんなさい)以上に、この作品の本質にあるどうしようもない悲しみのほうが、くっきりと際立っていると思うんです。  = = = いとうさん 『Imagine. And imagine.』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=3595 嫌悪感を催しますか?目を背けたくなりますか?想像するのもまっぴらですか?でも、一度頭の中に浮かんだイメージは、ことあるごとに何の前触れもなくあなたの脳裏に蘇るはず。この詩をどう読むか、この詩から何を感じ取るか、それはあなた次第。必要なのは、イメージすること、それだけ。  = = = ともちゃん9さいさん 『ふかい』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=167861 今回挙げた11作品の中で、これは是非とも音源として聞いていただきたい作品。ぶっちゃけ申しますと、わたくし、ポエトリーリーディングとかそういう類のものが結構苦手なのですが、この、ともちゃん9さいさんは別。特に、この『ふかい』という詩は、何回読んでも(何回聴いても)、いい。独特の揺らぎを伴いながら自在に変化する速度とテンション。テキストと併せて、是非聴いてみてください。 http://youtu.be/jyUCmQIp_6s  = = = かいぞくさん 『終える虹殺しについて』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=157001 かいぞくさんといえば『いるかのすいとう』が、この現代詩フォーラムにおいては一つの金字塔のような作品として挙げられる詩人だと思うし、ぼくも『いるかのすいとう』は大好きだけれど、敢えてこの作品を推す。瑞々しく、透明で、しなやかなのに鋭く、心に刻まれて忘れられない一編。わずか20行の中に、世界がある。これまでに、もう何回読み返したかわからない。  = = = 馬野幹さん 『ラストオナニー』 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=125719 11人の最後は、やっぱり馬野幹さん。この人は、なんていうかもう、存在自体が“詩”みたいな人。この『ラストオナニー』については、以前、批評祭の時に雑文を投稿させていただいているので、そちらを参照していただければ。 「【批評祭参加作品】馬野幹のやさしさについて」 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=201430 実は、馬野さんについては、他にもこんな雑文を投稿してます・・・ 「詩的インプラント 〜 馬野幹氏に捧げる鼻歌 あるいは馬野幹宇宙人説 〜」 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=59382 「■批評祭参加作品■馬野幹への恋文」 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=100255  = = = ・・・以上、11人の詩人による11編の作品を挙げてみました。 いわゆる批評という感じのものを書くのが苦手ですので、健さんほど巧みな言葉ではありませんが、ここに挙げた作品をお読みいただいて、この現代詩フォーラムの豊かさを少しでも感じて頂ければ幸いです。 惜しむらくは、候補に挙げていた方の中に、既に退会してしまった方が数人いらっしゃったこと。現代詩フォーラムは、そういう意味では水ものです。気に入った作品は、テキスト保存しておかないとダメですね・・・ ---------------------------- [自由詩]カップラーメンができあがるまでの間に/大覚アキラ[2014年1月30日4時46分] たとえば おまえが カップラーメンに熱湯を注いで 3分間ぼんやりと待っている間に おれは 南太平洋まで行って カジキマグロを一本釣りしてこよう たとえば おまえが トイレの中で口を半開きにして ネットのまとめサイトを眺めている間に おれは プルーストの『失われた時を求めて』を 一字一句違えることなく暗誦してやろう たとえば おまえが おれの知らない誰かと手をつないだり キスをしたり他にもいろいろなことをしている間に おれは おまえの知らない誰かと手をつないだりしないし キスしないし他にもいろいろなこともしたりしない たとえば おまえが おれの知らない誰かの腕の中で 幸せだったわと呟いて息を引き取っていく間に おれは カップラーメンに熱湯を注いで トイレの中で口を半開きにして ネットのまとめサイトを眺めながら おまえの知らない誰かと手をつないだり キスしたり他にもいろいろなことをしたり そんなことを想像しているうちに 3分間経ちました いただきます ---------------------------- [自由詩]猫のいる部屋/大覚アキラ[2014年2月13日10時35分] わた し は ねこ だ な まえは ま だ ない  殺伐とした空気が支配する部屋で、 きみは子猫に名前を付けようとしている。 子猫が産まれてからもう三日が経った。 わた し の ほかに も きょうだいが い た は ずだが き がつくと わ たしひと り に なってい た 四匹産まれたが、産み落とされた時すでに一匹は死んでいて、 その日の夜に二匹目が死に、翌日の昼に三匹目が死んだ。 にんげ ん が のぞ きこ んでいる わたし は ねむ ってい るが そ の けはい をかんじるこ とは で きる 残った最後の一匹が タオルを敷いたダンボールの隅で、 丸くなって眠るのを眺めながら きみはずっと、その子猫の名前を考え続けている。 に んげ ん は すこ し ほほえ んで い る その りゆ うは わか ら ない 母猫は二日目の朝に出ていったままだ。 たぶん、もう帰ってこない。そんな確信がある。 ここ は あ たた かい そして さつばつ と し ている どのみち、明日にはおれたちも この部屋を出ていかなくてはならない。 子猫の名前よりも、 明日の夜をどこでどうすごすかを決めるのが先だ。 わ たし は ねむ りにおち ていく この ま ま めざめな い か もしれ ない なのに、そんなことはお構いなしに この殺伐とした空気が支配する部屋で、 きみはずっと、子猫の名前を考え続けている。 わた し は ねこ だ な まえは ま だ ない ---------------------------- [自由詩]なごり雪/大覚アキラ[2014年3月19日22時15分] 走り去る青い車の テールランプながめながら 流線型の感情を抱きしめる どうせ終わったことだから もう悲しむことにさえ意味はない 遠雷が 湿った空気を震わせる 瞼の裏側で すべり台の上で翻るスカートが フラッシュバックする 何回も 何回も 川沿いの砂利道には この冬最後の雪が降り始めていて たぶん三時間も経てば あの薄汚れた砂利道は 白く美しく埋め尽くされるだろう おねがいだ 誰も足跡をつけないでくれ どうか おねがいだ ---------------------------- [自由詩]1秒間に24回の速度で生まれては消えていく宇宙を言葉で繋ぎとめる/大覚アキラ[2014年3月20日15時39分] 翻るミニスカートのすそが 軽やかに空気を切るような その鮮やかさで言葉を繋いでいく 1秒間に24回瞬きする眼が 1秒間に24回切り取る映像 そのスピードで言葉を繋いでいく イメージに火をつけて 耳のうしろのあたりが熱くなる あの感じを 何度も 何度でも 味わいたいから 言葉を繋いでいく 言葉で繋いでいく 誰も知らない魔法だ おまえの首の下あたり 胸のふくらみのはじまるところ イタリアのスーパーカーを連想させるような その しなやかで暴力的な曲線 そこに 言葉を書き記す イメージ アクセル一気に踏み込む要領で 映像を猛スピードで言葉に変換する フィルタリング ドライヴ 放電する言葉 パルス パルス パルス 翻るミニスカート 1秒間に24回翻るミニスカート 1秒間に24回描く胸元の曲線 ほら ここに宇宙がある 掌の上の無限 瞼の奥の刹那 その感じを 何度も 何度でも 味わいたい ただ それだけのこと ---------------------------- [自由詩]アーバン・ライフ/大覚アキラ[2014年3月20日15時51分] コンビニのある風景の中で あたりまえのように生きている 交差点に立って周りを見渡すと 視界に5軒ものコンビニが存在する そんな生ぬるい便利さと手軽さに 日々愛撫され続けている生活を 無条件に愛している 都市に生きるということは そういう価値観に染まるということ 時々 逃げ出したくなる先は ひなびた温泉地でも ゆったりとしたリゾートでもなく ただの圏外 電波の届かない場所 若く柔らかな緑の芝生が 足の裏をくすぐる感触を いま裸足で踏みしめながら 姿の見えない鳥のさえずりに 恐る恐る耳を傾ける そっと 肌を撫でていく風に 何かから切り離された自由と 何かから切り離された不安を 痛いぐらい感じながら 都市に生きるということは 孤独の意味を思い知らされるということ コンビニのない風景で生きるということは あたりまえのように不便で 仕事で出向いた先の 中途半端な地方都市の辺境で ちょっとした買い物のために コンビニを探しても見つからず 無性に苛立ってしまう 都市に生きるということは そんな生ぬるさに飼いならされるということ 結局 帰る場所や 逃げる場所など そんなもの どこにもない 夕暮れの濁った温もりや 朝焼けの澄み切った冷たさ そんな液体のような空気の中に 水中都市のようなビル群が林立する その上をゆっくりと 小さな飛行機が横切っていく この限りなく美しい風景 それをまるごと切り取って 自分の中に取り込んでしまいたい スキャニングして バックアップを取って もしシステムがクラッシュしても この美しい風景から再起動する そういう準備をしておきたい 都市に生きるということは そんな脆さにすがって生きるということ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]【HHM2参加作品】絶対的矛盾としての馬野幹について/大覚アキラ[2014年3月22日23時02分]  詩を書くという行為が、自分の中ですでに終わってしまっているんだということに、ぼくは数年前から薄々気づいていた。(作品に対する他者評価はさておき)キーボードに向かえば、頭で考えるまでもなく指先から勝手に詩が生まれていた頃に比べると、さっぱり書けなくなってしまっていたからだ。  そもそも“書ける/書けない”という軸で、詩を捉えてしまっている時点で、もう終わってしまっているんだろう。  恐らく本質的に詩というものは、書こうとして書くものでもなければ、書けるから書くのでもない。詩を書こうとして書いた詩は、それがどれほど詩的であったとしても、詩“的”なものでしかない。限りなくnearlyであっても、決してabsolutelyではない。  究極は、「書いてしまったものが詩だった」というぐらい無自覚な地平の上に唐突に成立してしまう、どこかしら犯罪的な匂いさえ感じる行為。それが詩を書くということだと、ぼくは思っている。  詩を書いてしまう人間には、大別して二種類いると思っている。  何かが極端に過剰な人間と、何かが極端に欠落している人間だ。  前者は、身体に纏った分厚い脂肪を鉋で削り取るように、あるいは、胃に収まり切らなかった吐瀉物を永遠に吐きだし続けるように、そうやって言葉を解き放ち続けている。  後者は、地球の真ん中まで開いている大穴にカレースプーンで土を投げ込むように、あるいは存在しない背中の翼を思念の力で具現化しようとするように、そうやって言葉を紡ぎ続けている。  この、一見相反するように思える二者を悠々と股にかけ、圧倒的な矛盾を内包しながらその境界線上で軽やかにステップを踏む男がいる。  馬野幹だ。    若く情熱があり頭の回転の早い人たちは、はやく自分が何者であるかを定義したがる  早く世界に出て自分の態度を説明しようとする  どれだけ自分が一人前であるのかを社会に認めてもらおうとしている  分かる、  君のハートが燃えているのはわかるから落ち着け  何者でもない時にどこまで広げられるかにかかっているんだ  もっと矛盾しろ  脳は後から君に追いつく  正反対にあるものを愛せ  こころの変容を  きみが可能性だ  書を捨ててマントルへ旅立て  毎日違う女の子に告白して大切な人を失って号泣しろ  んで次の日から男の子に告白しはじめろ  一人も人間がいない地球で太陽と対決しろ  地球できみ一人になったら本当に太陽は喋りだすぞ!  あれはただ回転している燃えた馬鹿じゃない  臆するな  キスしてやれ  すべてのおもい出が一度に訪れてきみはとめどなくなみだあふれて  乾いた大地から草木がはえ  鳥たちはおおぞらを飛び交い  ニモは海賊船のなかで恋に落ち  やがてせかいはきみのようになる  一読して、ぶん殴られるぐらいの強烈さだ。一番ぎらぎらしていた頃の吉増剛三でさえ、裸足で逃げ出すぐらいの強烈さがある。「マントル」が、マンショントルコのマントルでも、マントル対流のマントルでも、そんなものはもはやどちらでもいい。この作品に限らず、馬野幹の書くものの殆どは、まさに「書いてしまったものが詩だった」という、それだ。  人間は生きていく上で、矛盾を解消したり、矛盾を乗り越えることに腐心し続ける。それこそが、あたかも人生の目的であるかのような錯覚さえ抱きがちだ。そして、多くの場合、その矛盾から目を背けて生きることで、自分のテリトリーを守ろうとする。  だが、「もっと矛盾しろ」、そう馬野幹は言う。矛盾を内包している、もしくは矛盾そのものである馬野幹の言葉だからこそ、突き刺さる強さがある。読み手の人間としての立ち位置に向けての、強烈な問いだ。  突き詰めれば、技術とかレトリックとか、そういうものでどうにかなってしまうものは、どこまでいっても詩“的”なものであって、純粋にソリッドな詩そのものではない。結局、詩は努力した結果、書けるものなどでは、決してないのだ。馬野幹のような、存在そのものが詩である人間を前にして、ぼくたち凡人が太刀打ちできるはずがない。  だからオマエラ言えよ!  わからないって言えよ!  格好つけて人殺してんじゃねーよ!  わからないって言え! 私はわからないと!   僕は本当は知らないと! 分からないです! わからないって言ってみろ!このクズ共!ネクタイ緩めてんじゃねーんだよこの野郎!  逆に締めすぎてんじゃねーんだよこの野郎!  分からないっていってみろ! 私はわからないですって言ってみろ!  俺の詩に解説つけてる場合じゃねーんだよクソ野郎!  わからないですと!  分からないですといってみろクソ野郎!  そう、わからない。わかるはずもない。ぼくも、クソ野郎の一人にすぎないのだ。  だが、理解できなくても、説明できなくても、感じることはできる。  おまえら、これが、詩だ。これが、詩なんだよ。    ※文中の引用は、    馬野幹『若い人に捧ぐpoem』全編    (http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=31678)    馬野幹『朗読用テクスト 未完成交響詩 第17楽章「詩人のやさしさについて」』部分    (http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=9576)    以上2作品よりそれぞれ引用しました。 ---------------------------- [自由詩]PINK/大覚アキラ[2014年4月5日19時13分] 桜など本当はどうでもいいはずの 酒を飲んで騒ぎたいだけの花見客どもが 急に降り始めた雨に悪態をつきながら しかしどこかしら楽しげにはしゃぎながら コンビニの中になだれ込んでくる 最近テレビでよく見かける女優に 横顔が少しだけ似ているОLの濡れた髪に 薄いピンクの花びらが何枚も貼りついていて 安っぽいスーツを着た男たちが彼女を取り囲んで 競うようにその花びらを取り除いている 女の濡れた髪 それをまさぐる男たちの濡れた指 薄いピンクの濡れた花びら コンビニの濡れた床 AVのワンシーンみたいに現実感のない場面 そんなこととは全く無関係に コンビニの前の歩道では 雨に濡れた花びらが無残に踏みにじられ そのたびに透明になっていく 一瞬ごとに透き通っていく ---------------------------- [自由詩]さきくさの咲く頃に/大覚アキラ[2014年4月14日4時28分] 衣擦れの音の軽やかさが 春がすぎたことを告げる 夏のはじまりは 眠りの季節の終わり 彼方に見える稜線から 歌声とともに虹が湧き立ち ゆるやかな目覚めが きみの奥の火種に熱を与える 光を孕んだ衣は輝くばかりで きみは燃えるように眩しい 終わることのない祝祭は まだはじまったばかり ---------------------------- [自由詩]あ い/大覚アキラ[2015年5月7日20時00分] 「あ」と 「い」の間に それが存在すると仮定して そこにきみの姿を描いてみる 知らないから知りたくなる 知ってしまうと見たくなる 見てしまうと触れたくなる 触れてしまうと手に入れたくなる 手に入れてしまうとわからなくなる わからないから答えが欲しくなる 「あ」からはじまって 「い」で終わる 瞬きよりも短く 一生よりも長い瞬間 答えがわからないと不安になる 不安になるから立ちすくむ 立ちすくんで目を閉じる 目を閉じるから見えなくなる 見えないから怖くなる 怖くなってきみにしがみつく 「あ」と 「い」の間に たぶんそれは存在しない 答えはどこにもない だから 「あ」からはじまって 「い」で終わる この瞬間に身を委ねて あいまいなままで きみの体温を感じていたい ---------------------------- [自由詩]RCサクセション/大覚アキラ[2016年4月22日18時44分] もしもおまえがひとりで いけないんなら おれがおまえといっしょに いってやってもいいよ もしもおまえがひとりで うたえないんなら おれがおまえといっしょに うたってやってもいいよ もしもおまえがひとりで わらえないんなら おれがおまえといっしょに わらってやってもいいよ もしもおまえがひとりで しねないんなら おれがおまえといっしょに しんでやってもいいよ でもやっぱりしにたくねえよ ベイビー でもやっぱりしぬのはいやだ ベイビー だからいっしょにいこうぜ おれといっしょにいこうぜ ---------------------------- [自由詩]おぼえがき/大覚アキラ[2016年4月22日21時59分] 目を閉じて 目を閉じて再生する 晴れ渡った空の深い青と 瞼の裏側に焼きついた残像 風に散った桜の淡いピンクと 足元に積もった枯葉のグレー 晩冬の風の冷たさと 陽射しのぬくもり 涙と ほほえみ 真実と 偽り 信じうるものと 騙されても構わないと思えるもの 生ビールと 梅酒のお湯割り いまこの瞬間と 10年先の世界 煙草の煙と 刺すように冷たい夜の風 環状線の改札と タクシーの「空車」のランプ アスファルトと 床暖房 声と 文字 目を閉じて 目を閉じてもう一度再生する 瞼の裏に焼きついた 青空の残像 雪が舞う 真っ青な空に さあ ほんとうのことを ほんとうだと 信じることができるものを探しに ---------------------------- [自由詩]肌/大覚アキラ[2018年6月26日20時38分] 触れる、 それだけで世界がやさしい光を帯びていくその時に、 わたしは目を開いていたい。 わたしのすべてを使って、 おまえの重さを、柔らかさを、温かさを、 はかるように、ためすように、たしかめるようにしながら、 絶えず冷静な観察者でありたい。 わたしの爪が、指が、掌が、舌が、頬が、唇が、髪が、 おまえの白くなめらかな肌の上に、 誰も知らない世界の地図を描いていくのを、 白痴のように見つめる目撃者でありたい。 肌と肌の間を隔てるものをすべて脱ぎ捨ててしまって、 二人して愚かな子どものようにただ欲しいだけ 抱き合い、与えあい、奪いあいながら、 おまえの姿をこの目に焼き付ける記録者でありたい。 おまえが、おまえでいられるぎりぎりのところに 爪先立ちで立っているその先に、 ぽっかりと口を開けている肌色の深淵を おまえといっしょに覗きこむ共犯者でありたい。 触れる、 そこからはじまる世界でおまえとふたり、 わたしたちは目を開いていよう。 ---------------------------- [自由詩]音楽/大覚アキラ[2018年7月5日17時38分] 140文字なんかじゃ語りきれない何かを ありったけ全部ぶちこんで叩きつけてみろよ からっぽのままで終わった 生乾きの青春みたいな10代も 何通りもの終わらせ方を シミュレーションするだけの20代も 諦めてないふりをするのばっかり 上手になった30代も 諦めちゃったふりをして 生き延びる狡さを身につけた40代も おいこら そこのてめえ BGMなんかつけてんじゃねえよ 借り物の音楽で自分の人生を演出して 140文字のくだらないつぶやきと キラキラしたまがいもので飾った写真に封じ込めて おとぎ話みたいに よかったね すてきでしょ なんてさ 草生えるね文字どおり 一面の草原だ どうよ このすげえキラキラ感 さあ おとぎ話のはじまりです 物語にはBGMがなくっちゃね そんなわけでバンドでも組んでみようか なんてね いいね じゃあおれギターやるわ あたしキーボードね そんじゃぼくはベース おれはドラムなんかやってみようかな ボーカルがいないので募集することにしました 世界中に放つ140文字のメッセージ いっしょに届けよう ぼくたちの音楽を ぼくたちのメッセージを 届け音楽 届けメッセージ 届け 届け BGMにすらなり得ない 幾千万の干乾びた音楽たちが 誰もいない冷え切ったスタジオの中で チューニングのやり方さえ知らないギターの弦の上で 嘘が上手なおまえたちの唇で 安っぽい白いイヤフォンの先っぽで タイトルさえ思い出せないヒットチャートのてっぺんで 生まれもしないで 死にもしないで ただ消えていく 生まれる前に消えていく そこには 草すら生えない ---------------------------- [自由詩]死んだ感情は線路の上/大覚アキラ[2018年12月27日19時56分] ビールにおつまみ コーヒー お弁当はいかがですか そんな感じの台詞を 抑制の効いた しかしよく通る声でつぶやきながら 小太りの売り子がカートを押して近づいてくる 月曜の午前中 新幹線の乗客たちは みんなまるで死人のように静かだ 朝8時台に新大阪からのぞみに飛び乗れば 正午前には東京で打ち合わせのテーブルに着いている とんぼ返りすれば 夕方からの大阪での会議にも出席できる なんという馬鹿げた便利さと快適さだろうか あ ちょっとおねえさん アイスクリームを この便利さと快適さを手に入れたにもかかわらず 愚かなぼくたちは どうしても観たい展覧会を観るためでも テレビで見たあのハンバーグを食べるためでも 愛しい人とほんの数時間会うためでもなく くだらない打ち合わせと つまらない会議のためにしかそれを使おうとしない 死んだように無表情な 感情の切れっ端を繋ぎ合わせ 線路の上を突っ走る白い箱に乗せて 乗せて 東へ 東へと 富士山は薄曇りの空の下で 今日もあいかわらすだらしなく広がっている アイスクリームは いつまで経っても溶けない ---------------------------- [自由詩]帰り道/大覚アキラ[2020年7月27日15時04分] 来た道を帰っていくだけなのに 頭の悪い恋人たちはいつも迷子になる まぼろしのように遠ざかる土砂降りのテールランプを おぼつかない足取りで追いかけるゾンビたち 38口径で撃ち抜かれた頭蓋骨に花束を どこにも続いていない帰り道で ぼくたちは何度でも初めて出会う ボーイ ミーツ ガール きみの名前を教えてくれ 25時のセンチメンタルな悪魔祓いに花束を どこにでもあるありふれたコンビニエンスストアで ぼくたちは何度でもさよならを告げる ミート イズ マーダー ぼくの名前を忘れないでほしい 13階の非常階段に脱ぎ捨てられたコンバースに花束を 物語はとっくの昔に終わっているから もう退屈なBGMはいらない シートの破れたオートバイにまたがって ここではないどこかへ帰ろう ---------------------------- (ファイルの終わり)