容子 2003年6月29日21時23分から2009年1月30日23時43分まで ---------------------------- [自由詩]ある、朝/容子[2003年6月29日21時23分] 朝 目覚めましたらそれはそれは パパもママも窓の外を歩く人も皆 片方の手に小さな人が絡み付いていまして 乳白色の柔らかそうな人が絡み付いていました 五月に入ったばかりだったのでしかたがないとも思いました おはようと声を交わし パパとママの手に視線向けてみてもなお 片方の手に小さなひとが絡み付いていまして その表情はパパとママの人でそれぞれに違いました 優しいパパとママの顔とは違いうつろな顔で絡み それはパパとママを映しているかのようでした 中学校三年生の頃だったと思います 隣りの席だった男は 授業中の友人との会話のさいに楽しそうに笑っていたのに ふと見たノートの文字は乱雑に歪んでいて怒っているかのようでした その日の朝男は進路のことで母親ともめてから登校したのだそうです 掃除中の雑巾がけをしていたさいに男は腰のポケットから落ちた 生徒手帳をとっさに拾い上げポケットへ入れ焦っているかのようでした その手帳の中には男の好きな女生徒の写真が挟んであったのだそうです 手の方が正直な男だと思いました 隣りの席だった男は 授業中に数多くの種類の文字をノートの上に綴っていたので その度わたしは彼の表情とその文字とを見比べていたのです 手の方が正直な男だと思いました 朝 あの中学校三年生の頃を思い浮かべながら 目玉焼きの黄身を潰し パパとママに絡み付く人を見ながら 牛乳など啜りついて 五月に入ったばかりだったのでしかたがないとも思いながら わたしは寝ぼけ眼で朝食をとっていました ---------------------------- [短歌]赤い月/容子[2003年7月16日2時54分]      放課後の静まりかえった女子トイレ金魚が一つ産み落とされる   揺れ動く尾びれ背びれに滲む跡肢体をつたう金魚群   奔放に泳ぎまわるや体内の水槽覗き金魚と目が合う   ふかふかの白綿ベットに寝かせゆく生まれた金魚が潰れぬように   ランドセル赤色背負うその意味をトイレを泳ぐ金魚で知った   スカートを初めて気にして階段をのぼった自分のあとには鱗   抜け殻をランドセルへと詰め込んで家への道を泳いで帰る   背中には教科書詰まったランドセル熟れゆく月が少女を変える ---------------------------- [短歌]シーツの赤月/容子[2003年11月20日23時23分]      制服の短いスカートから伸びた二本の白い柔肌の足   繭糸を紡いでできた足の線混ざりけのない清潔な線   きず口を塞ぐかのように押し込んだあなたのそれは何かを語った   繋がったわたしはあなたを包むたび伴う痛みに小さく鳴いた   夕焼けの真っ赤な空が滲み込みシーツに浮かぶはわたしの赤月   真っ白いシーツに佇む月一つ生温かく脈打ちゆらぐ   悪い子ねシーツの月は呟いて鋭い三日月わたしを刺した   ごめんなさいあなたの娘は先程に自ら望み体を汚した   檻越しに丸まる兎の目に似てる真っ赤に濡れたわたしの両目   赤色に染まってシーツに栄える月隠れるわたしをしらじら照らす   帰り道背後に迫る満月がわたしを見るさま崩れて欠けた   汗ばんで湿った制服から薫るわたしの匂いが女性へ変わる   制服の短いスカートから伸びた二本の足は女へとなる ---------------------------- [自由詩]かだんのおしろ/容子[2004年3月10日0時28分] だえきをたくさん ふくませた かだんのなかの ちゃいろいつちの ずっとずっと おくふかく ねむったままのひめひとり ずっとずっと めをとじる ねむったままのひめがいる ひめさま ずっとまっている いとしいおうじのくちづけを だえきをたくさん はきすてた かだんのなかの ちゃいろいつちの ずっとずっと おくふかく ねむったままのひめはまつ ずっとずっと ただひとり ねむったままのひめはまつ いとしいおうじのくちびるを だえきをたくさん はきすてて おうじはひめへ だえきをおくる さけよさけよ とうたわんばかり おうじはひめへ だえきをおくる ずっとずっと おくふかく つちのしたから めざめたひめが かれいにさいてあらわれて おうじとふたたびあうひまで ずっとずっと おくふかく ずっとずっと たえまなく おうじはひめへ だえきをおくる かだんのなかの ちゃいろいつちへ ---------------------------- [自由詩]ふゆの女/容子[2004年3月18日3時04分] たろうが好き たろうが好き 好き 好き 一番好き 何よりも好き 好き たろうの癖も たろうの嘘も すべてを知って いるつもり つもり つもり つもり 積もり たろうが好き たろうが好き 好き なの 誰よりもずっと 好き たろうのことを たろう以上に わたしね すべてを知って いるつもり つもり つもり 積もり 積もった 積もった たろうの頭に 真っ白い わたしの 真っ白い 想いが 想いが 重い 重く たろうに積もり たろうの首が 斜めに 曲がり 曲がる 曲がり 曲がった わたしの 想いを 頭に 積もり 積もらせた たろうの頭 が ここからでも 見え 見える 真っ白い 白い 白い 降り積もった 降り 降り 積もった わたしの想い たろうに積もった わたしの 想い 真っ白い たろうの頭が くたりとたおれた のが 見えた 春になったら 想いは溶けて たろうの頭が すくりとおきあがる こと それくらい解っている 解っている ---------------------------- [自由詩]金魚ランドセル/容子[2004年4月17日17時11分]  赤いランドセルは女の子の特権よ  真っ赤な真っ赤なランドセル  その中に  金魚の群れを飼っている  小学校三年生の夏  真っ赤なランドセルをせおって歩く姿に  隣の家のえみりさんを感じるの  と、三才上のお姉ちゃんが言っていた  小学校六年生の彼女は  月に一度  背中のランドセルから逃げだした  真っ赤な金魚を産み落とすの  それはね  小学校三年生のわたしには  まだ分からない世界なんだって  黒いランドセルに憧れたのはあの頃  幼なじみの太郎くん  と、木登り競争で一度も勝てなかった日々  小学校一年生のわたしは  太郎くんの  背中に背負った黒色ランドセルが  とってもすてきな宝物の  ようなね  それくらい高価なものに思えたの  でもわたしには背負えなかったわ  わたしは  金魚を飼っているからね  金魚を増やしていくからね  赤いランドセルは女の子の特権よ  真っ赤な金魚のランドセル  その中で  金魚は増える泳ぎゆく  小学校3年生の夏  今日の月は赤いわね  背中のランドセルよりも  今日の月は赤いわね  そろそろ金魚に餌をあげようか  それは  お姉ちゃんに教わった  とても  簡単でおいしい餌  隣りの席の足の早い彼のことを想うの  金魚は勢いよく  それを食べると赤さが増すの  ランドセルの中で泳ぎ群れ  金魚は今日も赤く熟る  小学校3年生の夏 ---------------------------- [自由詩]じゃがいもの花/容子[2004年6月14日20時01分] 泥のついたじゃがいもを手に取り 母さんはわたしへと目を向け 折り返し台所の窓に映った自分へと そして再びわたしへと目を戻す 心なしかじゃがいもの泥を洗い流すときの 母さんの手は力強く見え その姿を見かけた翌朝のわたしは きまって化粧に時間をかけ一等の笑顔で 母さんにおはようを言う それでもなお朝食卓に並ぶ 調理されたじゃがいもは お椀の味噌汁の中から 母さんと同じ目で わたしを眺めてくるものだから 泥のついたじゃがいもを手に取り 母さんがわたしへと目を向け 折り返し台所の窓に映った自分へと そして再びわたしへと目を戻す そんな母さんを見かけた夜は 布団の中へとうずくまり 土の中へもうずくまる 泥臭いわたしから生えたじゃがいもの 新芽がいずれは咲かすその花を じっと待ちじっと待ち やがて朝を向かえる ---------------------------- [自由詩]梅雨の教室/容子[2004年7月21日2時43分] 雨おじさんが、 今日もたくさん教室の窓に張り付いて、 にやにや にやにや わたし達を見ては、 弾けたり潰れたり消えていったり 雨おじさんが、 窓にたくさんたくさんの雨おじさんが、 にやにや にやにや わたしと目が合えば、 意地悪く笑ったり呟いていったり 雨しとしと 雨しとしと と、 音が聞こえてくるのでわたしは窓へ目を向けられません。 先生、 あなたに雨おじさんが見えていますか あっちゃん、 けいくん、 みんなは雨おじさんが見えているよね 雨しとしと 雨しとしと と、 雨おじさんのやって来る音が今日も教室を弾きます。 ので、 わたしは窓へ目を向けられません。 ---------------------------- [自由詩]赤 (いち)/容子[2004年12月30日22時18分] たろうを眺めるたびに こそばゆくなる こそばゆい こそばゆい こそばゆい くうらんの何にも入っていないあそこから 押し寄せる 大群 真っ赤な 魚 のわたし たろうを眺める と こそばゆい されど 眺める こそばゆい こそばゆい 両足 の 間 押し寄せる 大群 たろうを眺めるたびに 押し寄せる 魚 の 群れ こそばゆい の声 と 共に 産まれた 魚 産まれた のは 魚 か 真っ赤な 声 か わたし か 跳ねる 跳ねる たろう くねる よじれる こそばゆい たろうを眺めるたびに こそばゆくなる こそばゆい こそばゆい こそばゆい 両足の間 あ 今 また 産まれる ---------------------------- [短歌]あいしてる 改札 わかれみち/容子[2005年9月16日21時04分] わかれみち夕陽が君を支配する今日ほど夕陽を妬んだ日はない 落胆と転がる小石と空の雲蟻の巣すずめ手をつなぐ最後 焼け爛れ燃えゆく西日吸い込めばわたしに残る君は焦げるか ままごとの続きとはいかぬ恋人という名の役を脱いだのだから はぐれぬと掴み続けたシャツの裾一年余りの時間の染み跡 流れ雲二人の隙間に一片の形保てぬ想いがひらり 戯れぬことばとことばすれ違い駅前交差点にて塵と化す さよならと二度とは逢えぬ君を背にJR大宮駅の改札を抜ける 駆け込み乗車ホームに駆け寄る君の幻白線越えれず あいしてる「あ」から始めた二人には最後にわかれ「わ」「を」「ん」幕降りる ---------------------------- [自由詩]赤 (に)/容子[2005年10月23日22時44分] 金魚の尻尾を 一匹ずつ 親指と人差し指とで 摘まんで 西の空へかざして 流れる空に赤を重ね見た どうでもいいような思い出が 西の空へ吸い込まれ行く金魚の 開いたり閉じたり 開いたり閉じたり を 繰り返す口元から 吐き出されるものだから 開いたり閉じたり 開いたり閉じたり と 薄くなる空気に わたしの口までつられ動く 繰り返し動く口元から 音のない声が 西の空へ吸い込まれ 摘ままれている金魚は それが口に入り込むたび びちびち と せわしなく動き やがて 赤みを増して 空の西へ吸い込まれる ---------------------------- [短歌]【短歌祭参加作品】体内宇宙(遊泳)/容子[2005年11月12日3時19分]  瞼裏、無数に散らばる星のくず此処にも体内宇宙が在った  行きますと勇んで飛び立つ君の性ロケット一台操縦者の君  破かれた宇宙の入り口塞ぐ君リモコン押せども戻りはしない  こんなにも小さな輪を持つ躯故、土星の輪まで鳴き声響く  息揚がり絡み波打ち今君とスプリングする宇宙遊泳  素粒子のひとつぶひとつぶ色づけばシーツの染みに花開く赤  果て終わりぐんなりもたれる君の背を宇宙を論したガリレオが抱く  幾千の命の亡骸手に掬いごめんなさいと口へ弔う    傷物のわたしを眺める椅子に居る置いてけぼりの昨日のわたし  この躯せめて口から清めよと体内宇宙へ一口の酒を ---------------------------- [短歌]【短歌祭参加作品】こちら冷夏/容子[2006年7月27日1時17分] 冷えきった繋いだ手と手を温泉で去年の炎暑を取り戻そうとす 耳元で優しく君が囁いたあの夏のさよならを海で泳がす 夢うつつ瞬時に散りゆく白昼夢、儚く消える思い出花火 ねえ、先生。わたしが熨斗紙纏いつけお中元なら受け取ってくれる? 炎天の下で説かれた『愛してる』冷凍都市で今年も解凍 15歳、髪を結い上げ覚悟する蚊帳から手招く母親の真似 はぐれ人流星群に攫われた君の影追い今年も探す 夕立と汗にずぶ濡れ制服の透けたブラウス俯いた君 襟元を乱し帯締め下駄鳴らし別れ人との最後の宿題 口つぐみ視線を逸らし喉鳴らす、ちりんと風鈴心音隠す 寝乱れて汗ばむ半裸ぬぐう情、情事の跡から別れ路辿る 機が熟し、ぬらりと肢体を抜ける赤わたしの金魚すくいを君が 未だ尚別れた生き人想い生き、抜け殻のわたし蝉鳴く墓地へ 今し方お腹に隠したすいかがごろり大きく落ちる甘い夕焼け 背を向ける君に悟られまいと声張り上げ「さよなら」扇風機越しに ひと夏の身体の汚れ清めよとプールの隅の消毒槽へ 「応答せよ、こちら冷夏」とそこここに咲き匂うは青白い夏 ---------------------------- [短歌]【短歌祭】赤いつぼみ/容子[2006年12月20日23時30分]   膨らんだ真っ赤な少女が綻べば真綿の雪に椿がぽとり   体内で春を待ちきれずに芽吹く血潮に染まった椿のつぼみ   花びらを散らさぬように雪の上そろりと歩くも染みが点々     赤い紅ひく母さんの寒椿、まぼろしを越えこの身へ宿る   払っても抜いても肢体に絡む枝、寒雨に晒せど花ひらく赤   教科書の「冬は命が眠る」など真っ赤な嘘だと椿を手折る   つらら針、未練を断ち切るかの如く置いてけぼりの気持ちに刺さる   両足をつたい滲んだ赤い雪泣いては染まる雪うさぎの目   かじかんだ凍った手足と裏腹に熟れたつぼみは少女を咲かす ---------------------------- [自由詩]赤 (さん)/容子[2007年3月7日4時46分] 午後五時ちょうど わたしは両足をひらきます まぶたの向こう側で 色落ちた石壁に描いたあの人の姿が ため息に吹きさらされて 薄れてゆくのを眺めます そのたびに 西の空から一斉に 真っ赤な金魚の大群が こちらへ スカートの裾をひるがえしにやって来ます 制服のプリーツスカートを 両手でたくし わたしは両足をひらきます まぶたの向こう側で 薄れゆく石壁に宿したあの人の欠片が 速まる気息に合わせて 擦れゆくのを感じます そのたびに ひき千切れんと食い縛る 真新しい水門が こちらで ひらいた両足にくくった鈴を鳴らします そのたびに スカートのプリーツは帰路に迷い 綻びかける水門には西の空が映ります 両足のあいだを流れるせせらぎに 金魚はあの人の幻影を餌に赤みを増して 横目でわたしを笑うと 今日も水門に触れることなく 西の空へ戻ってゆきます まぶたの向こう側で 描いたあの人の姿が 消えてしまう そのときまでの束の間の戯れです ほんの十分程度の秘めごとです そうして 午後五時十分 わたしは両足をもどします 制服のプリーツスカートを 両手で伸ばし わたしは普段どおり 何事も なかったかのような 澄まし顔で 帰り道に戻るのです ---------------------------- [短歌]【短歌祭参加作品】結局なんら変わらない日々/容子[2008年3月20日3時05分] 幾度かの春を迎えてみたもののリセットした振りまだ知らん振り あの晴れた日の出来事が第一話なら明日の朝は何話目かしら 手を引かれ新たなホームへたどり着くそれすら何度も忘れぬように 境界線えくぼに浮かぶ水たまり ちろりと泳ぐ遠いおもいで 「さようなら、また明日ね」と繋げどもおうむ返しにはいかない距離感 口笛を奏でる合間にキスひとつ吹き込まれるのは別れのメロディ たましいを込めて手折ったひこうきを飛ばしてみるも変わらない日々 ---------------------------- [短歌]死んじまえ協定/容子[2008年8月23日21時00分] 「死んじまえ」ノートに何度も繰り返すそれだけが僕の存在証明 「死んじまえ」夜な夜な母が父へ云う口癖今夜もリフレインする夜 「死んじまえ」線香代わり、と呟いて両手合わせる祖母の横顔 「死んじまえ」キスの合間に繰り返しささやくあの娘の心は知れず 「死んじまえ」少女はトイレを流しつつ産まれた金魚を葬る儀式 「死んじまえ」君のことばにつき果てた僕の化身は宇宙を泳ぐ 「死んじまえ」耳をつんざく合いことば 息する間もなく降りそそぐ声、声 ---------------------------- [自由詩]赤 (よん)/容子[2009年1月30日23時43分] 1 真っ赤な口紅をひいた唇が びちびち びちびちと 突然せわしなくふるえだしたかと思えば 西の空へ泳ぎ逃げてしまった。 あの日からわたしは言葉をなくした。 2 赤が右鼻から垂れた。 てっきり 熟れすぎた体から滲みでるといわれる かの有名な幻の珍魚かと思ったけれど それではなかったようだ。 あまりの生臭さに うっかり舐めてしまったことを後悔した。 3 赤い薔薇の夕焼けに 明日は朝から雨だろうと 歩道橋の真上でふと思っただけなのに 誰かに空の薔薇を荊ともども瞳に投げられた。 そんなちんけな目に 気品漂う高貴な夕焼けの薔薇を 映してたまるか、 お前にお似合いなのはこいつだ。 わたし宛の捨てぜりふが 暗闇にびちゃりと響いた。 4 嘘ばかり吐きすぎたわたしの体は 真っ赤に膨れてしまった。 口を開こうにも唇は 逃げ足の早い屋台の金魚。 息を吸おうにも鼻は 呼吸のおぼつかないどぶ川の金魚。 君を見つめようにも瞳は 視点の定まらない目玉のでばった金魚。 嘘の過剰摂取で 体に隠しこんできた 嘘という名の 真っ赤な金魚の面々が 漏れだしはじめたのだ。 そんなお話。 言うまでもなく 真っ赤な真っ赤な金魚の嘘です。 ---------------------------- (ファイルの終わり)