紫音 2008年8月2日1時46分から2009年5月14日19時18分まで ---------------------------- [自由詩]アンビバレンスシティ/紫音[2008年8月2日1時46分] テレビのスイッチを入れる あまり偉そうにも見えない小役人な校長が あまり反省もなく頭を下げる 気付きませんでした とりあえずの場の空気をつくり 権力という名のワイドショーは いじめの報告はゼロでした と こちらは偉そうに怒ったフリをする 見慣れた茶番 予定調和の偽り 本質はいつも遠景に 迷惑そうに追いやられ しかめ面で消えていく 心地よくすらなく 吹き飛んだ原発のように 溶け出して 混ざり合う 偽りの多重奏 いつだって いつだって 徒競走は同時にゴールをし 皆が一等賞で 日本には軍隊がなく 会社には不正がなく 学校にはいじめがない 人は皆平等です そんな偽りも続けていれば いつしか偽りの真実になっていく 全員が白雪姫の舞台 それのどこが平等なのか そうやって作られた平等と 個性を活かせという矯正が アンビバレンスに心を裂いていく 裂きイカのように そんなに平等が良いなら 財産を全て没収し 能力や外見の差さえ意味を無くしてしまえば 望みが適うはず そう 強制収容所のように 哀しいかな そこですら 看守との 共生で平等でさえなく それが いかに惨めで醜悪であろうと 人は 極限で 本質を体現するのだと いつしか そんなことすら忘れ 忘れたフリをして 偽りの中に うわべすらない 得体の知れないものを生み出していく みんな平等で 個性もなく 外見も同じで 複製品のように鋳型に納まり 劣等感を誤魔化し 才能を否定し テレビを消す 偽りの拡声器を 自分の醜さは いかにしても消すことができず 未熟であることを認めるが故に 未熟であることに気付くことを 誰かが覆い隠した 見慣れた番茶が 混沌と澄まされていく そして今日も 明日も 見て見ぬフリを 知らぬフリを 気付かぬ フリ を ---------------------------- [自由詩]夏の日/紫音[2008年8月6日20時33分] 五年前 路面が煮え立つほど暑い夏 プールの栓を抜いたような夕立 の 中でぼくは キミの嘘を受け止めた 小さな嘘 あまりに小さいから 雨上がりの水溜りに そっ と 浮かべてみた 三年前 ビルが蕩けて見えなくなるほど暑い夏 お風呂の栓を抜きながら夜 に 空を見上げて キミの嘘を飲み込んだ ちょっと大きな嘘 ノドの奥に引っかかるから うがい薬と一緒に ぺっ と 吐き出してみた 一年前 不思議と涼しい風が心地よい夏 コーラの栓を抜いたような爽やか な 日差しの中にぼくは キミの嘘を忘れていた すっかり消化して しまったものだから 思い出すこともなく ほっ と 一息ついた つい昨日 屋根の上で目玉焼きが焼けるほど暑い夏 固く動かないコルク栓を抜くようなひどく疲れた日 の 終わりにぼくは キミの嘘と交じり合っていた 大きな嘘 大きすぎるから 見上げても見えない水星のように すっ と 夢から消えていった じゅー キミをぐちゃぐちゃにして 引き裂いて その どろどろ に 流れる様を 笑いながら 食べてしまいたい じゅー 目玉焼きの中に封じ込めた キミの嘘 ぐちゃぐちゃのどろ ど ろ  に そんなキミが 目玉焼きになって 夢の中に現われて 名前すら呼べなかったのは なぜだろう もう 覚えていない キミの名前 どろどろのキミは どくどくと脈打って とろとろのキミは あつあつの目玉焼きで 白い皿の上の 目玉焼き を ぐちゃぐちゃにして 絵を描けば なんとなく憂鬱な この今という時間を 箪笥の防虫剤くらいに 気にしなくて済むだろう か ぐちゃぐちゃにして 絵を描けば 洗い物という後悔が 微笑んでいる ---------------------------- [自由詩]蜃気楼/紫音[2008年8月7日22時59分] 川縁の土手の上 砂利道がザクザクと泣く バットを持った集団 野球 ではない 唐突に囲まれる 幾人にも 財布もなく 時計もなく なんら渡すものもなく そんなことはわかっていたのだろう 目付きが悪い それだけの理由 殴り甲斐もないらしく 威嚇だけの時間が過ぎる そして解放 すれ違い様 生意気だ、と 言われた理由も 目付きが悪い のだと 視力だけの せいでもないのだろう 日差しに負けた 伏し目のせいでもないのだろう きっと 目付きが悪いのは 性格のせいで 生意気なのは 性格そのままで くだらないと感じたままに 目が語るのだろう 侮蔑を隠すでもなく 投射するのは 小石を投げるのに似て 相手の脳裏に 波紋をつくる それでも 殴られるでも いじめられるでもなく まるで居ないかのように 過ぎてゆく 無視するほどもなく 周囲の世界に 自分はいない たまに現れると 鬱陶しいので ちょっとだけ絡むが すぐに「居ない」と気付く だから 世界を傍観する 諦観する そこに 不在だからこそ 町行く人波に 飲み込まれながら 隔離し隔絶し 居場所がない わけではない から こそ 炎天下 晴天下 の ホログラフィーのように 抹消され気付かれざる自分を 投棄しよう 外在の不在として 不在の内在として 雨粒が降るように 砕けた先に 何も残らないように 蒸発し やがて世界を挑発し その無反応を 笑い飛ばそう 川面に浮かぶ コンビニ袋ほどには 気付かれることも ある だろう ---------------------------- [自由詩]モノクローム街道/紫音[2008年8月8日13時18分] 日めくりカレンダーを まとめて捲るように過ぎる 感傷さえ許されぬ日々 疲れた旅人の マッチ棒のような細い足 先を急ぐ大きな目 アリのように小さく ゾウのように大きく いつもそこに壁がある 藍墨茶の空 烏羽色の海 視界のモノクローム 交じり合い鬩ぎ合い 人の形を失いながら フランス人形を握り締め 旅は果てなく続き 歩みは遅々として進まず 砂丘に足を取られ ガスの霧に溺れ 絡め捕られる人の成れ果て 不器用の持つ切れない鋏 余計なものを切り刻み 何も得ることなく やがて諦めゆくとして それでも足は 一歩ずつ前へ もしくは四つん這いで 一手ずつ後へ 輝かしい明日もなく 虹色の夢もなく 電子回路のノイズに追われ 感情を還元し データ化し 解析する あ の 時の何かは 汗と共に流れ落ち 水溜りとなって 渇き散る 遠い向こうの 顔知らぬ人の不幸よりも 目前の壁を叩く 薄皮は破れ とめどなく血が流れ それでも それでも それで? コインの裏表のように 誰も気にせず 時として間違っているとしても 大切であればこそ 旅路の道連れに 血の澱みとともに ぷっくりと膨らんだ血管が 破れて裂けて 偽者の金髪を染め上げ 無い答えを探す *** 始まりはいつも些細なことで きっかけはいつもくだらなく あたり前があたり前として ただ そこに 線を引く 一線 超えるべきか 越えざるべきか 迷うほどもなく 知らぬうちに破る境界 意味も価値もない教戒 蔑みの視線の矢が その手を柱へと打ち抜き 折れかけた足を 網が掬っていく 救いなき日々 線を引かれ 破るだけの日々 苦味はコーヒーのようで 渋味は抹茶のようで 飲み干したため息の数は 輝く星よりは少なく 草原の花よりは多く 一晩の安らぎは 明日の苛立ちを産み 際限なく連鎖する 旅 壁など登ればよいと 気づいていても 知ってはならないことだから 壁を叩き続ける ふと現われる 扉を掴むために 枕などない眠りを胸に 旅は続く 似合わないテンガロンハットに穴を開けて ---------------------------- [短歌]ほら、あの日の夏、今日の夏/紫音[2008年8月8日20時02分] ふるふるとふりふりとしてふらふらと熱射ネクタイ袖から熱気 ほらごらん覗いて気づく胸の穴ぽかりと抜ける月明かりの影 昼夜と問わず流れるラジオから遠く聞こえるあの日の向日葵 ---------------------------- [自由詩]調律師と靴紐/紫音[2008年8月12日18時32分] 誰もいない路地裏の街灯の下 空を見上げて呟く 少女 一人 星も月もない夜に 膝を抱えてうずくまり 火照った脈を測りながら 忘れ去られた夢を食べながら 獏は大きくなった 誰も望みもしない 誰からも望まれもしない 大人になった やがて空を翔るために 薄明かりが漏れる街並みの縫い目 旋律が縫い付ける虚無と現実 少年の声 ファルセットの響き 誰も気づかない暗闇の中 調律師は現われる 失われた境界 人と世界を繋ぐはずの 解けた紐を 再び結ぶために 調律師は歌う 善も悪も虚偽も真実も 全てそれが世界であると 曲がった胡瓜を捨て 葡萄から種を奪いながら 切り刻んできた紐は もう結びなおすことも難しい それでも 調律師の少年は歌う ファルセットの光は 闇夜にこそ輝くから 月も星もない夜 現われる 影も見分けが付かないほどに 旋律を奏でながら やがて消えていく 星は掃除され 月はワインのつまみにされ 薄明かりはぼうと薄暮となり 闇夜は消されていく 調律師の世界は殺される 天使のような羽もない ただの少年の調律師 やがて消えていく瞬き 調律師は大人へと調律され 喪失が成長を促し 大人の獏になる 鐘の音の祝福が 調律することさえも忘れさせ 流れに任された獏は 自分だけの世界へと帰る 音律の無い世界へ 解かれ切り刻まれた靴紐を残して ---------------------------- [自由詩]「昼下がりの憂鬱」/紫音[2008年8月17日1時14分] 目の前に広がる光景は ぎらりと反射するガラスだらけのビルのおかげで わずかに十メートル先で遮られ その隙間にさえ 絶え間なく人が流れ 流れ 意識の濁流が茹だる暑さで朦朧とする 流れ 流れ いつからこんなにも人が多いのだろう 裏道に入れば 昼間なのに閑散として 廃墟のようなボロ喫茶があるだけで 開いているのか それとも空いているのか それさえもわからない こういう店のコーヒーは当たり外れが大きいから 要注意だ テストの山勘と同じくらい 外れたショックはでかい 当たればラッキー だから 同じくらいに外れてくれるのが泣ける 入るべきか入らざるべきか いつからこんなにも躊躇するようになったのだろう 遠く響く豆腐屋の音 引き売り 誰が買うかわからないけど 顔が見えることで安心するものもあるのだろう ついつい億劫で メールとネットで済ませてしまう 顔が見えないことで得る安心とは逆の 出来れば話したくもないので 一生この豆腐屋には縁が無いに違いない 空が飛べないことと同じ 縁が無い 喧騒と静寂が ビルを挟んで背中合わせの都市(まち)で 静寂は華やかに死んでいく 一年後には消えてしまうテナントのために 人工の楽園が創られる 人の波が訪れ やがて消えゆく一瞬のために ガラスとアスファルトと 人工的な自然とでできる世界に ただ新しさだけを求め 飽きたら捨てるだけのために それでも それでもこの都市(まち)で 生きていく すべてを使い捨てて 失うものを得るために または 初めから得るものなどないことを 忘れてしまうために たった一つ確かな 立っているはずの地面さえ 暑さと眩暈であやふやになるのに 確かなことなどどこにもありはしないのだ だから ここで生きていく ほんの少し 忘れかけたことさえ 何だったか忘れてしまい 忘却を支えに 流されていく 見上げた空の飛行機雲が 掠れて消えていく前に 掴まえることができるだろうか たったいま この瞬間に 忘れようとしていることを 朝起きて なんとなく昼を過ごし いつも通り眠りにつき その繰り返しで いつも同じ顔と会い よくわからない世間話に相槌をうち それとなくやり過ごし 過ぎていく時間 あまり多くの人に会っても 超えられない断崖のように 通じない悲しみを得るだけだから 繰り返しも悪くないと 一人 考えている 暑い日の昼下がり コーヒーは粉っぽくて  とても不味い ---------------------------- [自由詩]カラカラカタカタ/紫音[2008年8月17日2時02分] 雨も夜明けも飽きてしまった 漫然と死にゆくために 生きているわけではないはずなのに すっかり感覚も磨り減って のびきったゴムのように 慣性さえも失くしてしまった あたり前の情景が 八ミリビデオのようにコマ送りの細切れで 切り取る術すらないまま いつしか今日はテープが切れて カタカタとリールだけが回っている 何を映し出すつもりだったのか 趣きぶかいセピアですらなく カラーですらなく 落書きの線画のような 自分 腐りゆく自分 もう 切れてしまったのだろうか そんな恐れさえ           心地よい いっそ全てデジタルにして 上から水をかけて静かに埋葬すべきだろうか なにも 残らない    ように ---------------------------- [自由詩]空蝉/紫音[2008年8月17日9時26分] 暖かくなると頭に何か湧いている人が出る とはよく聞くが 暑くなると いっそう頭が釜茹でで どうでもいいようなことばかりを考える むしろ思考停止 蛙の輪唱 蝉の輪唱 いや 蝉は臨床 釜茹での頭に聴診器  病んでますね!(嬉しそうに)   余計なお世話です  ところでお名前は?(真面目な顔で)   忘れてしまいました  重症ですね!(とても嬉しそうに)   余計なお世話です  何か悩みでも?(笑みを浮かべて)   なぜ色恋が売れるのでしょう?  楽しいからでは?(面倒臭そうに)   なぜ楽しいのでしょう?  劇的だからでは?(ほとほと面倒臭そうに)   そうでしょうか?  そうでしょう(諦め顔で)   だから歌うのですか?  そうですね(神妙な面持ちで)   でも僕は嫌なのです  何がですか?(再び面倒臭そうに)   疑問に疑問で返す答えも愛や恋を歌うのもこうしてあなたと話すのも、   とてもとても嫌でなにもかもがどうでもいいことのように感じるから、   それはそれは嫌なのです嫌悪です憎悪ですどうして僕はこんなですか?  末期的ですね!救いようがありません!!(嬉々として) こうして蝉の心療は打ち切られた ほんとうはこんなことを聞きたいわけでもなく もっと他の たとえば なぜ何年間も埋まったままで 出てきてすぐ死んでしまうのか なんていうことを聞きたかったのかもしれない ミンミンミンミンミンミンミンミンと煩く反響する その声がうっとうしいだけだったのかもしれない だから あいやこいをうたえないのかもしれない あふれすぎている あまりに あふれすぎどれもがきれいごとでここちよく だから だから 理由を探すことは 卵に醤油かソースか塩かケチャップかで揉めるくらい どうでもいいこと過ぎて 蕩けた頭では考えるのも億劫だ (もちろん それがとても大事なことだ ということは知っている) 蝉は美しい 謳歌している/生を それができないことは ちょっと寂しいかもしれない または哀しいのかもしれない トイレで紙がなかったときくらいには かなしいかな 謳歌するには長すぎ 紙がないことに気付くのは遅すぎる 無味無臭の真実に 色と香りをつけた それは歌い奏でる だから剥ぎ取ってしまえ 虚飾に満ち満ちた アールデコの世界から  喜んでください  楽しんでください  感動してください 押し付けのまやかしの埋め立てに使うほどに消費された 多彩な言葉から もう眠りたい 望んだものでも望まれたものでもない ただ在るだけの停止に向かってブレーキをかけつつ 慣性移動するからだを クラッシュさせてしまいたい 重症だ 暑さで参ってしまったに違いない どこに行くのか または 行くべきなのか こたえなどないままに 煙を吹かしながら ただ さまよい あるく ある 苦 手紙を書くこともなくなり すっかり言葉も忘れてしまい もう 見たいものを見る術もなくし あるがまま見えるがまま 惨めになってしまった すばらしい 毛穴という毛穴を開き 腐臭を放ちながら 前など見えず 後ろを振り返らず わき目もふらず 無心にあるく 綺麗でも華麗でもなく 泥臭い心こそ 嘘くさいものごとをこそ 見据える真実が浮かび上がる 過剰装飾のラブホテル サクラ写真の出会いサイト 臭う 香しいほど そこは人ではなく動物のワンダーランド オリジナルなどなく パッチワークのように ありとあらゆるものを繋ぎ合わせた 蝉ほどの純情さも持ち合わせていない 色香の世界 暑さで溶けてしまわないよう 走り続けよう あと何十年か 消え去るその日を得るまで 蝉は抜け出てしまったが 殻ほどには人の形であるうちは ---------------------------- [自由詩]自問自答と風邪薬/紫音[2008年8月19日1時09分] 私は誰でしょう こう問いかけて、応えてくれる人がいるだろうか 自問自答は風邪薬に似てあまり効き目がないのだが 半分は優しさで出来ているのでしょうがない(自分への) どうにも居場所が無いようで どこに居ても落ち着かないのです ここにいても あそこにいても どこにいても 思えばほぼ全ての友人が 本名ではなくペンネームで呼びかけてくる今となっては、 役所か銀行か郵便局が逆に別世界のようだ どちらも自分であり自分でないような 会社ですらニックネームでしか呼ばれない 更新物は自動更新なので、新たに申し込まなければ書く機会もない この前とある件で散々名前を書かされたのが新鮮なくらいに さて 言葉に何らかの力があるとして 名前にもそれは及ぶだろうか 及ぶとして名前を変えたらどうなるのだろうか 全てがリセットされる といったゲームの御伽噺ではないので そんなこともないのだろう いつの間にか定着しいつの間にか更新されていく 制服みたいなものか 中学生、高校生、ちょっと飛んで社会人(スーツ、ね) それが人を表すようで 名前よりもそちらの方が優先されてしまったりもする だからどんなに童顔でもスーツを着て子供料金は咎められる あ〜見た目だから、ね そんなわけだから 名前を変えるのも制服を変えるようなものなのかもしれない 私は何でしょう 性別明記してても名前で間違えられるし 記号は記号でしかないのだから それほど何が変わるわけでもないので 私は何、と問うたとして 問題は私が私である という確信が無いところにあるのかもしれない 私って何だよ? 私が私を私として規定できないのに、何故問う必要があるのか 名前もジェンダーも肩書きも 結局は他人が識別する記号でしかないはずなのに なぜこうも問う? 疑問のべき乗だ 数学は苦手だ 赤点だらけだったし かと言って 言葉もうまく語れないのだから いったい私は何なんだ? ティーカップの底に残った角砂糖のようだ いっそ洗い流してしまいたい 半分の優しさは 自分にだけ甘い ---------------------------- [自由詩]夏の日の少年/紫音[2008年8月21日0時50分] 明日 というのは 明るい日 らしい 少年は 少女を追いかけて 過ぎ去っていく 少女はいつまでも 少年よりも早く 大人で 少年は たぶんずっと子どもで だから 少年は夏の日のまま 夏の日の ママを追いかける 亭主関白 という 掌の孫悟空 ---------------------------- [自由詩]潮騒を感じながら/紫音[2008年8月22日0時01分] 寄せて返す 大きくも緩やかな 原初小さきモノを抱きつつ 命を生み出す揺り籠 寄せて返す   ゆ〜     ら      ゆ     ら 青く豊穣にして 冷たく冷厳とあり 泳ぎ乗りて やがて飲み込み消えてゆく 全てを赦し 陽射しさえ緩し 上でサーファーは乗り包まれ 下で魚群が踊り囲み  舌はそれを繋ぐ 断崖をも削る強さ 受け止めるしなやかさ 嵐に漕ぎ出した海人 戻る場所も帰る場所も やがてたどり着く大地へ託し  どんぶら   ざっざっ 生まれ出でる前の 進化の過程 おさなきよわき命を生む  胎内を抱きし強さよ 風はやがておさまり 静まりゆくそこに ふたたび命の小波が ---------------------------- [自由詩]クチナシ/紫音[2008年8月26日23時42分]  重そうな黒い カバン 文字だらけの書類 読みかけの本  手垢塗れの手帳 着晒しのスーツに  疲れた革靴  前に立つ凛とした女性の 黒髪の戯れ ガタンゴトン  ガタンゴットン 揺られながら つり革でリズムを刻む  ガタンゴトン ガタンゴトン  収められた書類は 語ることなく 終えた仕事の遺骸  揺られ埋葬される カバン  仕事の揺り籠 仕事の墓場  カバン ガタン  カバン ゴトン  カッバン 黄色味を帯びた肌を  熱気で紅潮させる 湿気の重みが 車窓を滲ませる 重そうなカバン  デザインの画板 シュレッダーで  跡形もなくバラバラに 何も語らず 何も語れず  やがて忘れ去られる ガバンガタン 次は新宿〜  合成音のアナウンス 抑揚のおかしな声  継ぎ接ぎの注意 ガタンゴトン  バタンガッバン もう使われることなく 無かったことにさえされる書類 一斉に人が流れる あ、まだそれバラバラにしなきゃいけないのに! ---------------------------- [自由詩]少女でも少年でもないのだから/紫音[2008年8月27日0時15分] 少女である ということが特権であった時代は過ぎ 少年である ということが特権であった時代はもっと前に過ぎ いまや 少女でもあり少年でもある ということが特権であるかどうかも怪しい 死ぬ権利 ということが言われて久しい 死ぬ義務 ということは免れようもないので義務ではなく いまや 生きながら死んでいく ということが死にながら生きているのと区別がつくかも怪しい 峠を越えたあたりの山小屋で ここで飢えていくのだな と感じた瞬間に 目の前に一斤のパンがあり あり難いと思いながらも 死ぬことも許されないのかと 希望を霧散させる 世界には飢えて死んでいく人が数多いるというのに ここでは飢えること自体がニュースにさえなり ニュースは娯楽でしかないことが 此処という存在を歪にしていく そこには 現実感がない 薄情でどこかおかしいのかもしれない が 表面張力のように無理して感じてるフリをするよりも 分からないことを分からないという その強がりをどこまで許容するのか さりとて 少女でも少年でもないわけで いつ時代が過ぎ去ったのかも気づかず ぼんやりしているうちに 死ぬことの役割を考えるようになり 死ぬ ということは どこかで飢えている一人が生きることに繋がるのだろうか それとも 関係なく 此処に飢えられない人がもう少しだけ 飢えられないだけなのか ---------------------------- [自由詩]【詩とは何か祭り参加作品】 枯葉に満ちた山の向こうへ/紫音[2008年8月28日1時01分] 色づく   赤に    茶に     橙に   モ  ザ       イ     ク  のように やがて散りゆくことを知らず 絶える直前が美しいのだと 旅人は言ったとか言わないとか 追い立てるように  風   は  吹 き 知らず気づかず時は駆け やがて、は、もうすぐ、になり、いま、になる 時計の音は命を削り きのう、きょう、あした 旅人は  もう   いない 指を立てても 風を感じることはできず 目を見開いても 散りゆく葉を見ることもできず 旅人の温もりは冷たく固く 美しさは儚さと同衾する 言ったことも言わなかったことも やがて もうすぐ、いま、散って  ゆ く 残骸と成り果てて とうの昔に絶えてしまったとしても 風に翻弄されつつも 舞い踊り  舞い散り   舞い去り 言の葉は 死んでも詩として 風の翻弄の中で 時の吹き荒れる中で 死してもなお  色づき   舞い    駆ける 色づく死 言の葉が満ちた 山に登ろう 理由は必要ない そこに 山があるのだから ---------------------------- [自由詩]語群探知機/紫音[2008年9月2日12時14分] 消費のエスカレーションが混沌とする夜 言葉もまた例外ではなく 鋳型で生産され無闇に消費され 資本主義万歳 であるような夜 漁火を灯し 沖合いへ 地図もなくあても無く探す 群れ集まる言葉を捜して やがて消費し尽くしてしまうとしても 豊穣な言葉の海から 傷つけないようにやさしく 力強く 群れを誘い込み 引き上げる 烏賊のように釣り上げる または異化した それとも易化した はたまたイカした言葉を吊り上げる 誘蛾灯に集まるように群れていく 「あ」 「い」 「う」 「え」「お」 愛餓え男? ちょっと寂しい 売れてしまわず 蒸れてしまう  言葉 うっかり蒸し加減を間違えると 無視されてしまう 消費者は厳しい 虫であれば 黙殺されてしまうことも ああ無情 諸行無常 夜の海は霧が降る 言葉は変化し流動化する 確かなものの一つとしてない海原で 手ずから灯りを掲げ 海図の無い航海へ 宝などどこにも無い 息をするように 手探りで 言葉を探す それが消尽してしまうとしても 群れ集う「それ」に溺れて 釣られる言葉はオリジナルなどなく 複製と加工の産物として送り出される 買われるために 売られるために 捨てられるために 言葉の複製 刻まれるDNA 傷だらけのDNA 複製のエラー 変異することで生まれる創造 または偏移して表情を変える連なり   見つからない語群の反射波   それを探す旅   深呼吸で肺を満たすように   胸いっぱいの言葉を   それともお腹いっぱいの言葉を   語群を見つけ   言葉をゴックン 哀しいかな 詩はお腹を満たしてくれない ---------------------------- [自由詩]夏の終わりの終わりに/紫音[2008年9月3日0時18分] 無機質な温もり の夏が終わる 今日も何もなく過ぎていき 変わることなく壊れていく一日 鉄とガラスとコンクリート で出来た城が崩れる 今日も何もなく過ぎていき 代わることなく壊れていく私 そういえば 縁日で買った金魚はどこにいっただろう 水槽代わりの保冷箱は 陽光に晒され 三毛斑の猫にでも いたずらされているのかもしれない どうでもいいことが 走馬灯のように巡り 脳内麻薬のアンバランスが 知的を痴的に置換する 照り返しがキツイ 無機質な夏が終わる ---------------------------- [自由詩]無力にして鋭利 それは重い鈍痛として/紫音[2008年9月3日0時48分] 世界でもっとも無力でもっとも鋭利な武器 言葉をもって 詩をもって 何をする 綺麗事を書き連ねるつもりもなく シャンデリアは宮殿の奥へと封印し 救済したいとか共感してもらいたいとか 大仰な嘘大げさ紛らわしい ことをしたいわけでもない クライストにはなりたくもない 散文的な素養があるわけでもなく 先人の学があるわけでもなく  (それで何を書く) 対峙した世界の向こう側に 抉りこじ開ける力を持って 詩を書いてて楽しい? と聞かれてどう答える そもそも答える必要があるのか 答えなど必要なのか あらゆるものを数字に還元し 分解していく世界で これでさえ こうしてデジタルに溶解していくというのに むしろ アナログにすることさえも困難であ るのに 理知的な遊びをしたいわけじゃない この武器は遊びじゃない というほどの気概があるのか 問題は別にある (問題?) 革命も闘争も化石と化し 歌詞が仮死を迎え それでもなお放出される武器は 果たして何をもたらす どの言葉が当たるのか ロシアンルーレットでもしているつもりか くだらないつまらない ごっこ遊びじゃない そんなことをしたいわけじゃない 空を突き刺す電柱を這う 混線した電線のように 突き詰めることが 突き放すことが 突き落とすことが 突きつけることが 世界と対峙している それは幼稚にして無力な武器 だからこそ 可能性の胎児 閉ざされた口を 四肢に変えて 放たれる 化膿性の ---------------------------- [自由詩]金魚姫/紫音[2008年9月8日21時27分] どうやらここがとてもとても明日で 透明なはずのここは鈍く曇っていて 上を見上げればちょっと青みがかっていて (水槽だよな) なんて ぼんやりしてみたりもする 息苦しいのはきっと酸欠だから 酸素ボンベでも投げ入れてくださいご主人様 と祈るはずのご主人様はどこのだれ 不条理が条理であるようなここは 飼い主の姿さえ見せてくれない (写真くらいはあるかもね) と小石の裏をひっくり返してみても 何も見つからない 縁日で売られていたときの可能性は ここではもう余命を数えるほどに狭められ それでもとりあえず食べることが大事だから せっせと飼われている (哀しい) という感情はいつしか消え 女工哀歌か蟹工船か そんな言葉もいまとなっては教科書の中の話で リバイバルとか歴史は繰り返すとか なんでも理屈を付けたがるのは悪い癖 金魚な自分にとっては何の意味もない 理屈は助けてなんてくれないのだから 見えない硝子の壁にぶつかるように 今日も自動ドアに気づかずにぶつかって また一つ笑い話を作ってしまうほど ひらひらと軽やかに(見えるように)生きて 綺麗でもなく高くも売れない金魚を買ったここは いまごろ後悔でもしているのだろうか/飼い主 (パクパク パクパク) 酸素が足りない金魚 酸欠はいろいろと体にも頭にもよくないらしい だからかな 詩なんてものを始めたりもする 水槽の中が溶けたインクで濁っても 止められない 尾ひれも胸びれも傷ついてボロボロだけど 赤や黄や白や 色とりどりに見せかけてもいるけど 金魚は金魚 長い間交配を重ねて作られてきたように きっと買い主に都合が良いように いつの間にか作られてみたのかもしれない そしてやはり金魚のように 買い主に価値があるものはなかなかできないのだから 縁日で売られるくらいになると相当に価値が低い だから詩なんてものを書いたりする (君は詩的を私的と誤解していると指摘してくれた君) そう そんなことは気づきたくもない 金魚な自分はいつまでも金魚なのだから せめて水槽の中くらい 自由という檻の幻想を見てみても良いじゃないか それが夏の終わりに消えゆく夢だとしても 消え去り際が泡のように美しくもないとしても ---------------------------- [自由詩]あきのあお/紫音[2008年9月24日22時20分] 夏の蒼が秋の青へ パステル絵の具を撒いたような 明るく ちょっとポップな 空 広げたフトンで 大きく深呼吸 秋の匂いはちょっと土くさい まだ緑だか茶色だかわからない 隣の家の木は いったいなんて名前だろう 大きくて広がっていて でも 空に手を伸ばすよりも 土が恋しそうな木 そういえば 夏は あの木から 草の青い匂いがしたんだっけ それとも 庭から もうすっかり匂いは乾燥して 少しカサカサ音がするんだ おかげで部屋の中まですっかりカサカサで フトンは乾くけど肌もガサガサで ついでに咽も水分足りない感じで こうやって年をとっていくんだ なんて感傷に浸ってみるのも秋だから 腐っていくのと乾いていくのと 同じ死んでしまうならどっちが良いだろう どちらにしても 夏の青い匂いにさえ ならないのだ けれど きのう掃除をしていたら 十年前の秋の写真が出てきて 思わず笑ってしまったのは内緒 十月なのに なんて夏っぽくて暑苦しいんだろう いまも そうだったら  嫌だなぁ 秋は秋らしく 枯れ始めたなら せめて華麗に 土の匂いのように 土に還るように 秋の青は 少し懐かしく   淋しいくらいでちょうどいい ---------------------------- [自由詩]聴こえないふり/紫音[2008年10月17日12時26分] 午前零時のもやもや月明かりの先に お猿のシンバル リズムを刻む  シャンシャン   シャンシャン 少しずつ大きく 風にそよぐ待宵草も 霞んで遠く消え隠れ  ジャンジャン   ジャンジャン 耳を澄ませば聴こえる声も 目を凝らせば見える姿も 響き応える評さえも 見ざる言わざる聴かざるで      お猿は一人 騒いでる 天上天下唯我独尊 お猿は三輪車を漕いでいく シンバル叩いて踊りだす 誰もいないかのように 投げっぱなしの詩を口ずさみ 一人月光夜想詩楽団  シャンシャンジャンジャン   シャンジャンジャン ---------------------------- [自由詩]雨とアキバとトイレの匂いと香りについての考察/紫音[2008年11月10日13時00分] 秋雨というのはひどく冷たく (ほんのりと金木犀の匂いがして) ちょっと生っぽい (フレッシュではなく、賞味期限切れの刺身のアレ) トイレ、みたい (芳香剤の匂いは金木犀らしいですよ) だからきっと (子どもが楽しんだりするんでしょう) 残念ながら秋葉原では そんな匂いしないのですよ コンクリ/メイド/鉄/汗 嫌な匂いです 人も記号になって、並ぶんです       循環小数  みたいに (ここからあそこまでで一まとめ、あと一緒) 靴にちょっぴり雨が染み込むから なんだか足も嫌な匂いです ああ 自分が腐臭を漂わせている  相応しい 匂い 携帯小説/青春メッセージ/刺青とへそピアス 軽くて薄くて世界最小最軽量 (文字数が内容に反比例 短歌なら良かったろうに)   * 眼鏡で野暮ったい服装で隣の人とはよくしゃべる 似ている 誰も彼も/そこもここも/いつもいまも 矜持と関心さえ 鋳型みたいになって (バリは出るけどね) タンスに収納された異世界 掌で踊りましょう/掌ノ上デオドケマショウ ほんのり甘めの醤油注し こびりついた赤黒い粉っぽいソレ 舐めてみるとやっぱり醤油なのだけど 似ているだけではみ出しものなんだ 楊枝とつまみさえ 敬遠してしまうのだから 雨粒でも眺めていよう トイレ トイレ トイレ 股の名は知らない 流されても流されても 残るよ コレ   * 栗饅頭/秋刀魚の塩焼き/茶碗蒸しの銀杏 匂いは世界を誤魔化して ---------------------------- [自由詩]指定席/紫音[2008年11月13日16時23分] 「ここにしなさい」 「そこにします」 「あそこにいなさい」 いつしか指定され 落ち着いて 過去になる 偉大な恐竜も 壮大な樹林も 決まった層からしか出てこない そう そこが過去になった彼らの指定席 埋もれ 沈み 積もり 与えられた痕跡の場所 かつて自由に疾駆した脚も 天に向かい広げられた葉も 石となり 偶然が見つけるまで 眠りにつく 決めていくのは 人ではなく 不可視の指 やがては人も 言葉も まだ 座りたくはない そこ に 慣れていく 嵌っていく 指定席 そこから見える世界は 鳥を見上げるように 海を見渡すように 自由のようで届かない ---------------------------- [自由詩]月蝕華葬/紫音[2008年11月21日17時39分] 曇り翳り 月隠れ 両の手を高く掲げ仰ぎ見る しんとした静けさの虚ろに 刻みゆく水時計 鳩羽色に染まりし夢現は 深く 深く 沈みゆき 刻まれるリズムが ピヤノの黒鍵へと重ねられ 在りし日の無邪気をなぞる 星無き夜 孕まれた狂おしさ 少女の袂は 風に満ち 魂は物言わず歩を進める 血鉄の薫りの漂うことなき 無垢への礼賛 誘われし 光無き舞い調 遠く 遠く 果つることなく 少女は永劫へと葬られる 花枯れる事無き 永久の夢 白き透き通りし葦は 焦がれて求め 踊として 明くる事無き 永劫の華 ---------------------------- [自由詩]ニセモノピカソが世界を仮縫いする日/紫音[2008年11月27日15時32分] 空が裂けた日 しょうがないので仮縫いをしておいた そのままでは不恰好なので しょうがないので眼帯を被せてみた パッチワークの空は化膿していた ちょっとだけ 芯があった ところで 空が避けていることを 僕以外知らない 気づきもしない パンパンに膨らんだ風船が避ける音は 空には響かないから 誰もわからない 鉄板の上のキャベツが縮んでいく 熱くて狭くて小さくなって 裂けた空はまだまだ広いけれど 足裏にはもう踊る場所も残っていない 蛸が踊るくらいにはバチバチと弾けるけれど 飛び跳ねる油 虹色の油脂膜は弾け消え 不恰好なお好み焼きだけが布団代わりに敷かれている 夢はこんがり黒焦げて パリパリっと焦げた感じもまた裂け目ができて仮縫いしたくなる いつもいつも 仮縫いしか出来ないので しょうがなく継接ぎで繕っておくことが いつしか自然になってしまったので もうこの言葉だってニセモノピカソナンダ ナンダ   ナンダ? キョウモカリヌイカリヌイカリヌイ カリカリタベテキョウトモカリヌイ デントウモブンカモイチゲンサンモジョウレンサンモ ギョウサンレモンデキョウモキョウトデ ---------------------------- [短歌]小集 「夜巡り」/紫音[2009年1月19日14時05分] 陽の光指のフレームに切り取ると世界は消えて残る面影 携帯を開いては閉じリズム取り鳴らない音に膝が震える 夜道さえ静かならざる都市だからせめて黙って紫煙燻らせ 向こう側テレビに映る鏡像に問いかけてみよ 生きる何者 笑い声交じらぬ耳には耳障り十歩離れた身は目障りで こころ剃髪からだ暴発 空回り踊る阿呆を見る阿呆 ハリネズミ目にはシャッター心に壁を スクランブルで立ち竦む葦 指踊り黒鍵だけで弾き語り夢無き舞台が塗り潰されて ---------------------------- [自由詩]ひとのきかん/紫音[2009年1月30日11時20分] 発せよ記せよ ことば ことば ことば 口唇のぬめりを 指先のしなりを 以って 意識の解体が世界を懐胎し 生れ落ちた ことば 語れよ残せよ ことば ことば ことば 眼球の視矢を 土踏まずを 以って 人 ひと 一 再編し再生し 育ち熟れた ことば 聳え立つ摩天楼の揺らぎに 影を添える月に似て 詩は人の器官として世界を捉え 鏡面として映す 神経の高速道を神速で飛ばし駆け巡り 温泉のゲルマニウムに身体が浸かり湯巡り あらゆる事象を切り取り 現前へと移す 生と死の対角線上に線分を引き 聖と詩を二分する等分を探し 机上の天地創造はまた 人の期間の有り様 かつて踏み締めし足を以って 人となり展開し転回した天界の矢が 火と共に人を失わせた歴史に 詩を以って槍とし死を以って盾とす ひとふたまるまる ロンドン塔が正午を指し示す時 豊穣なることば を以って 人は人へと還る 詩は再び世界を拓き 人の帰還が始まる 世界を呼吸するために 詩を 気管とし 器官とし 帰還が始まる 発せよ記せよ語れよ残せよ ことばを掲げる炎として 火との奇観に歓喜の歌を ---------------------------- [自由詩]「no lapel badge or Ellie shows」/紫音[2009年2月13日23時14分] 手を広げ縦に横に半径1メートルに満たない円を描く そうして切り取った球状の世界に籠る 眺める世界は全てが偽りでありながらディズニーランドほどには裏切らない 其処は全てが嘘だけれども 此処は絶妙なバランスと巧妙な地雷 故郷 名前 国籍 性別 IQ TOEIC あらゆるものを階級に認識に用いながらそれが蜃気楼ほどにも確かではなく 頬を撫でる風も掌の体温を奪う電柱も感じるほどには確かではなく ミッキーマウスの皮を被ったダンサーのように人の川に流される 知ったわけではないが きっと今際の縁に立つ気分に似ている 銀座のディスプレイの中で着替え途中のマネキンが半裸で睨み 今日も一日視姦されなければならない身を哲学に語るとき 死んだはずのマルクスが東大の図書館にぼぅっと蘇える どうやら資本主義が溶解しているらしいから共産主義の妖怪の時間なのかもしれない 欲しい物なんて無いのだけど何かを買わないと落ち着かないからカメラを買ってみた 手で囲った世界はすぐに消えてしまうからもう一度世界を切り取るために 切り取られた白縁の其れはもう二度と見ることも無いのだけれど 自分が誰か何かを考えるよりも余程輪郭を確かめさせてくれる 写るのは何も無い空であり誰もいない廃墟であり煩わしい生が無い 哀しくも素敵な数瞬の後にも無くなってしまうだろう世界 インク切れのプリンターがカタカタと音を奏でている 家族とか恋人とか友達とか諸々のアルバムに収められた肖像 その関係はポストモダンの蜘蛛糸に絡め取られていく 真っ赤な四角い其れは私が発する言葉という言葉を飲み込んで 気の効いたヤギが途中で食べてくれるから誰にも届かない きっと生きているということがスーパーのチラシ裏に書いたメモ書き程度にどうでもよく フリーダ・カーロと同じ程度にいい加減でどうしようもない 腐乱していく胸の奥でFrancfrancな心の入れ物はプランプラン千切れかけている 呼吸は腐臭を漂わせプシューコフーとダースベーダーのように音を立てて哀れまれ マッチ売りの少女もきっとマッチなんて買って貰えないまま人知れず消える 明日は燃えるゴミの日だから可燃ゴミ集めなきゃ なんてどうでもいいはずの毎日に繰り返し訪れるクダラナイ決め事を律儀に守る自分がなんだか可笑しい 生ゴミは燃えるから自分もまとめて出そうかなんてブルーマウンテンに憂鬱を乗せている ここでは萌えないものは要らないらしいから きっと燃える自分はゴミなんだ エコじゃなくてエゴだからレゴと一緒に燃やしてもらったら煤くらいは証になるかしら 証?そんなものは欲しくもないし残す必要もないはずなのに何故かそんな言葉が浮かぶ 誰かが見ているから?見て欲しいなんて頼んでいないのに? 捨てられるのは怖いから鉋で削るように自分を削いでいったらいつの間にか何も残っていなかった 出汁も出ないつまらない抜け殻 人という制服を被った空洞 そんな制服に襟章は不要だ 空ろで何も無い身に纏った人という形には フリーダ 彼女は何がしたかったのだろう トロツキーと不倫をして スターリンの肖像を飾って過ごすなんて そしてエリー 何も無いからこそ求め 何も要らないからこそ拒み 虚ろに征服されて逝く心に 人の形を保つ制服を纏って 襟は破り捨て燃やしながら 花無き春に 再び世界に扼殺され その偽り故に終わることなく沈みながら 触れる手を解き 触れる手を抱き アンビバレンスに引き裂かれ それでも世界を切り取る その先に何があるとしても 何も無かったとしても ---------------------------- [自由詩]light the light/紫音[2009年2月16日21時27分] 東京タワーに陽が刺さる時分に煌々と輝く 窓から漏れる明かり 色とりどりの街灯 魅惑のネオン 徹底的に破壊的に光の砲撃は闇に報復する 茜色の夕雲はつかの間の闇の扉であった それは遠い遠い昔話 おじいさんとおばあさんがいて二人がおじいさんとおばあさんの物語を孫に聞かせていた頃の話 蒙を啓くと称して夜を切り裂き始めた頃暗黒時代が終わりを告げたのは 名前付けだけではないのだろう 南満州鉄道に急行が走り、九州に戦後初の急行気道車が走り、高度成長の夢の超特急が東海道を走り そのいずれもが「ひかり」と呼ばれていたことも今は遠い昔話 ひかりひかりひかり いつの時代も「ひかり」は進歩の象徴 あらゆる場所を光が覆い尽くし四方八方から浴びせられるそれはいつしか影を消してしまった 鏡すら無い時代 自分自身を見つめるもっとも原初の闇=影 それすらも見出すことは難しく 目映さ故に眩暈さえ覚え ワンワンと頭蓋の奥にこだまする ノイズが狂わせるシナプスの光は心地よい誘惑とともに闇を忘れ    ひかりとこだまが時空を切り刻み始めた頃 この島の夜も絶えていった 車窓を過ぎ去る田園はテレビに映るそれを変わらず 照らし出された深海からは発光の抗いが消え アポロが月に置いた反射板は地球と月の間を光で貫き結びつける 知らないことは恥ずべきことであり口を開けばググレと蔑まれ 光の速さで世界中からインフォメーションを掻き集め その中にはアポロが月に行かなかった話もあるわけで それは現代の御伽噺 知らない分からないことを光で照らし構築された妄想の砦   きらりと光ることもない都市伝説の成れの果て 展望台から見渡す一円の東京は点点と、しかしあらゆる光で塗り潰し勝利の狼煙を上げる 闇を捨て嬉々としてあらゆるものを照らし照らされてゆく一日の終末 全てを見透かし見通し理解し把握するための白光は 高架下の駐輪場さえも陽光を浴びる菜園と見紛うばかり 目も眩み立ち眩み一歩進むことさえも困難な都市の回廊を彷徨い立ち止まる 身体を突き抜けるヘッドライトの群れに襲われ気怠い熱気を纏い ホワイトアウトしていく夜に立ち竦み 僅かに生気を漂わせるのは足元で円を描く下水臭いビーグル達だけ   眠ることも休むことも許されないアイアンメイデン Light the light. The dark is killed. The all of the world is covered with the light. We obtain the right Of the light. Called, called, and called! The light shouts and the light is shot. After frenzy, the light requests the dark. ---------------------------- [自由詩]勿忘草/紫音[2009年5月14日19時18分] ひっそりと沼地のほとりにしっとりと 薄青色の忘れ物 Vergiss−mein−nicht! 人知れず咲く一輪に ふっつり切れた魂一つ Vergiss−mein−nicht! 聞こえぬ叫びと心の裂け目 隠して埋めて見ないふり Vergiss−mein−nicht! 思えば明日は遠くなり 昨日の明日は過ぎてゆく Vergiss−mein−nicht! 届かぬ詩歌の忘れ物 真摯な紳士の落し物 Vergiss−mein−nicht! Vergiss−mein−nicht! いつからなにを失って どこにそれを落としたの? ---------------------------- (ファイルの終わり)