クーヘン 2020年12月17日13時40分から2021年9月13日15時38分まで ---------------------------- [自由詩]早退/クーヘン[2020年12月17日13時40分] 遥かな草原に立ち尽くす夏制服の、三限にて早退した僕の、幻影の。 四限のプールの、命の歓びの、それだけが心残りのような細き背の。 ---------------------------- [自由詩]恋人/クーヘン[2020年12月22日12時07分] 寒夜の洗面所に、固形石鹸は芯から冷え、それは無垢な恋人のよう。 悪事に染まった我が黒き掌でよければ、優しく包んであげましょう。 ---------------------------- [自由詩]3百円/クーヘン[2020年12月28日10時43分] 嘗て、大阪の隅っこで起きた0.000003億円事件。 おつかいの、おつりの3百円、少年がネコババした事件。 ---------------------------- [自由詩]風任せ/クーヘン[2020年12月28日10時45分] 主の戻らぬ蜘蛛の巣は、日毎に艶を失い、いつかは風に壊されて。 命はいつも風の町からやってきて、風任せに元の町へと帰ってく。 ---------------------------- [自由詩]けれども/クーヘン[2021年1月3日12時21分] 木洩れ日の揺れる小道に神様が、やはり現れてはくれず、けれど。 けれどとは言ってみたものの、やはり現れてはくれず、けれども。 ---------------------------- [自由詩]屑/クーヘン[2021年1月8日15時09分] 星屑も、パン屑も、人間の屑である僕も、みんな、いつかは許されて。 屑としての命、その日がくれば白粉となり、神の一吹きで翔んでゆく。 ---------------------------- [自由詩]屍/クーヘン[2021年1月14日15時22分] 憧れは橘って苗字で、漢字1字で4音の響きが格好良くって。 まぁ橘にはなれずとも、その内に僕も、屍にはなれるだろう。 ---------------------------- [自由詩]帰らないでよ/クーヘン[2021年2月5日16時05分] ねぇ、帰らないでよ 君の自転車の反射板の光、 今すごく良い感じなんだよ 青と黄色が溶け合ってて美しいんだよ だから帰らないでよ 僕とここにいてよ こんな、しがない夕方だけれども、 コーラなら奢ってあげるから 大人になんかならないでよ お陽さま、傾いてゆくけれども 待って、待ってよ 僕、まだ君の星座も知らない 同じ星に生まれたけど、 きっと違う星からやって来たんだよ だからかな 寂しくてたまらないよ ねぇ、帰らないでよ 君の自転車なんてパンクしちまえ どこへも帰れず どうにもならず いつまでも、ふたり ここで、こうしていようよ ---------------------------- [自由詩]次の街灯/クーヘン[2021年2月8日14時43分] 次の街灯までを何とか生きる あの小さな光までを生き繋ぐ 何億光年先の?後の?心底の?天上の? 分からないけど、今はただ歩く 一夜一夜を、一歩一歩と ふくらはぎのヒラメ筋で ちょうど僕は魚座なわけだし なんて、冗談も挟みつつ 一夜一夜を、一歩一歩と、 次の街灯までを何とか生きる ---------------------------- [自由詩]太陽が煮崩れてゆくよ/クーヘン[2021年2月12日12時26分] 太陽が煮崩れてゆくよ 刻一刻と、取り返しがつかない程に 肉じゃがには男爵ではなくメークインだと そう母は教えてくれたのに きっと僕が買い間違えてしまったせいだ だから太陽は煮崩れてゆくんだ 母は泣いているかな 神様は怒っているかな みんな、僕に愛想を尽かしたかな もう帰る場所がないよ 合わす顔もないよ 嗚呼、太陽が煮崩れてゆくよ いつかの夕刻、母の背中、西日の台所で 刻一刻と、取り返しがつかない程に ほら 太陽が煮崩れてゆくよ ---------------------------- [自由詩]出掛けなくっちゃ/クーヘン[2021年2月15日12時14分] 特別、僕のことを大切にしたりはしない 特別、僕のことを粗末にしたりもしない 毎度、ふぅん、という相づちの そんな友達がほしい 約束なんかしなくてもいいような 午後の書店にて偶然会うような そのあとは店先でアバヨをするような そんな友達がほしい 「友達なんかいらねぇよ」と、つんけんと だけど、どこか寂しそうな背中でもって いつまでもたっても僕を愛称で呼んではくれない そんな友達がほしいから 明日は、いじけてないで、出掛けなくっちゃ ---------------------------- [自由詩]えのき茸/クーヘン[2021年2月24日15時11分] えのき茸の石づきをザクッと切り落とす その瞬間の、何とも言えぬ罪悪感よ それでいて、なぜだか心がスッとする みんな、離れ離れとなり 父ともサヨナラ、母ともサヨナラか ご先祖様が繋いだ数珠に、鋏を入れるみたく 後ろめたいのに、なぜだか心がスッとする 生まれ育った町に背を向けて もう二度と決して後戻りはしない、と えのき茸の石づきをザクッと切り落とす つもりだったのに 今宵こそは、そのつもりだったのに ---------------------------- [自由詩]体育座り/クーヘン[2021年2月28日10時36分] 僕はホルマリン漬けの少年だった 理科備品室の奥底の、埃の積もった標本瓶の その深海に、いつまでも眠っていたよ そのせいか、大人になった今でも寝坊助で 肌はというと、夏の午後にも蒼白く 暇さえあれば、体育座りで、いじけてる ---------------------------- [自由詩]青き旅/クーヘン[2021年3月4日10時43分] いつの日にか、少年は青き旅へと発つ 胸ポッケの小瓶には、父の遺骨の一欠片 彼は歩く どこまでも自由に、時に苦悩し 知らぬ間に、うっすらと髭の生え 彼は歩く 安全な舗道から、ふと獣道へ入ったり 牛蒡のようだった四肢も、今じゃすっかり 彼は歩く 水を求め、覗き込んだ湖面には 嘗ての父と似た顔が、そこにはあり いつの日にか、少年は青き旅から戻る そこに少年の姿は無く、在るは一匹の青年 ---------------------------- [自由詩]すかすかすっからかん/クーヘン[2021年3月17日21時44分] これでもかと歯石を取り尽くされ すかすかすっからかんの帰り道です もう何も持っていません 昨日までの悲しかった人生も 明日からの悲しいであろう人生も もう何処にも無いのです それはそれは少し寂しいのですが どこか爽快な気分なのです もう何も持っていません 歯間も軽く、足も軽く、心も軽く そんな、すかすかすっからかんの帰り道です ---------------------------- [自由詩]夕暮れは、いつも/クーヘン[2021年3月23日14時27分] 夕暮れは、いつも隣に座ってた 河川敷の土手に、いつも僕と座ってた 何を話すでもなかった ただ何となく、二人で座ってた 夕暮れは、いつも時間になると帰ってった 泥だらけのマウンテンバイクで帰ってった 僕は軽く手をふった 夕暮れは、いつも川の向こうへ暮れてった その命を燃やし尽くすように暮れてった いつも、いつも訊けなかった 「君はどこへ帰るの?」と ---------------------------- [自由詩]変なTシャツ/クーヘン[2021年3月29日14時27分] 変なTシャツで出掛けよう 誰にも彼にもクスクスと笑われよう 指をさされて馬鹿にされよう とてつもなく白い目で見られよう 親の期待を裏切ってしまおう 一生の約束を破ってしまおう そんな自分をも許してしまおう 鼻の奥から鼻歌うたおう 心の底からスキップしよう 他人の目などジャガイモの芽だと思おう ほんのちょっとの勇気を出そう マトモなTシャツはマトモな人に任せよう そして、僕は変なTシャツで出掛けよう 出掛けてしまおう、そうしよう ---------------------------- [自由詩]春の頸動脈/クーヘン[2021年4月5日14時06分] 出血多量のごとく、桜は咲き乱れる 満開に、とてつもなく溢れ出す 一刻の猶予もない 春が苦しそうに何かを叫んでいる しかし、人々は通り過ぎてゆく なぜ誰も知らん顔なのか 今ここで、春が死にゆくというのに 花弁の一滴一滴、ぽたぽたと 一刻の猶予もないのに なぜ僕までも知らん顔なのか 足早に過ぎてゆく季節に足を止め、 春の頸動脈を止血してやらねばならぬのに ---------------------------- [自由詩]そよちゃん/クーヘン[2021年4月12日21時44分] そよかぜは、そよそよと吹いて そして、いつからか、よそよそしい 「そよちゃん」と呼びかけたって 振り向きもせずに、通りすぎていく かつてのように、またお話がしたいのに 僕が大人になったせいか 心が通じ合わなくなるのは、さみしいね ねぇ、そよちゃん もし、もしも、この声が聞こえているのなら 明日ね、僕のえりあしを揺らしてね ---------------------------- [自由詩]忘れない/クーヘン[2021年4月18日13時47分] 君が教えてくれた勿忘草の花言葉を忘れない ううん、そうじゃなくって、 勿忘草の花言葉を教えてくれた君を忘れない ---------------------------- [自由詩]みだり/クーヘン[2021年4月23日14時20分] はてさて、みぎを選ぶべきか はたまた、ひだりを選ぶべきか どうにも悩み疲れたのなら みだりを、ぜひ、どうぞ みだりが何者かと申しますと 物腰の柔らかな気のいい奴で まぁ、優柔不断だとも言えますが そこはご愛嬌ということで はてさて、みぎを選ぶべきか はたまた、ひだりを選ぶべきか どちらかひとつ、ということはなく ここはひとつ、常識にとらわれず みだりという選択肢を、ぜひ、どうぞ ---------------------------- [自由詩]スケベエ/クーヘン[2021年5月18日13時50分] 革張りのソファーに夏肌を吸われ、少しスケベエな気持ちになったり。 しかしそれが合成皮革だと気付くと、少しスケベエな気持ちが萎えたり。 ---------------------------- [自由詩]影/クーヘン[2021年5月22日13時53分] 僕の影は僕本体よりも薄く華奢で、か細く切ない少年のように。 薄曇りの午後には一層、彼は薄く透け、あちらへ消え入りそうに。 ---------------------------- [自由詩]三つ編み/クーヘン[2021年5月27日14時07分] 願わくば、彼女の長い三つ編みに巻き込まれ、ぐいっと押し込まれ。 上手く言いくるめられ、やがては絞め殺され、終いには引き抜かれ。 ---------------------------- [自由詩]ゆけたのなら/クーヘン[2021年6月21日19時38分] 白鯨ゆく遥かな青天を 僕もゆけたなら 四肢の折り目を開き やっと、やっとの夏の日を 僕もゆけたなら 平泳ぎの一掻き、一蹴り 果てしなく自由に 生まれたままの姿、形 汚れなき陰茎をぶらんと揺らし 僕もゆけたなら どこへゆくのかは知らずとも 白鯨ゆく遥かな青天を 僕もゆけたなら ゆけたのなら ---------------------------- [自由詩]夏の子孫/クーヘン[2021年7月23日16時31分] 夏の子孫になり損ねました また置いてけぼりです 誰もが暑い坂を駆けてゆくのに 白い夏制服の誰もが それなのに僕ときたら 汗のかき方さえ習得していません 父も祖父も曾祖父も、 おそらく呆れているでしょう プールも見学です 夏の子孫になり損ねました それゆえに、 夏への憧れは増すばかりです ---------------------------- [自由詩]犬になる/クーヘン[2021年7月29日15時13分] 昼間、干しておいた敷き布団 どこか小麦の香りかな ひとまず、嗅ぐ 犬になる 犬になっている暇はない はやく眠らねば 眠らねば、ならぬのに やはり小麦の香りかな ふたたび、嗅ぐ 犬になる 犬になっている暇はなくとも やめられない 小麦の依存性は凄い まだ眠ってしまいたくない そして、嗅ぐ 犬になる 吾が輩は犬になる 愛嬌はまだ無い 無くとも ---------------------------- [自由詩]糊代/クーヘン[2021年8月25日14時51分] 日々に少しの余白を どうか忘れないでいてね なんにもしない日とか 空ばかり眺めていたりとか そういう 一見すると無駄のような 切って捨ててしまいそうな だけどね どうか忘れないでいてね それは糊代と言ってね とても大切な ---------------------------- [自由詩]とろっとろ/クーヘン[2021年9月6日15時00分] とろっとろに吐露したい 溢れて、流れ出しちゃいたい もう隠しごとは嫌だ 毎夜に寸胴鍋で煮込みまして とろみ、とろとろ、とろっとろ とっくに出来上がってるよ おたまじゃくしの幾億の おたまで混ぜたり掬ったり もう一人遊びは嫌だ 可愛い君に吐露したい 溢れて、流れ出しちゃいたい どろっどろでは決してなく あくまで、あくまでも とろっとろに吐露したい ---------------------------- [自由詩]幸せ/クーヘン[2021年9月13日15時38分] 命を失える幸せ 命あるもの、みな持っている 生まれたその瞬間から 心底の利き手に持っている 決して失うことのない幸せ たったのひとつ、確かな幸せ 今日は悲しくて泣いていても 明日はもっと泣いていても 命を失える幸せ 命あるもの、みな持っている 持っているというべきか 手を繋いでいるというべきか ---------------------------- (ファイルの終わり)