鈴木歯車 2019年6月1日22時45分から2019年9月7日23時04分まで ---------------------------- [短歌]青い目/鈴木歯車[2019年6月1日22時45分] 生姜焼き定食なんて食べながら「来世もヒトがいいね」と言った 煙草ならしっかり消した 不審火で死んだ友への無実をこめた 泣くだろうけれどいつかは聞かなくちゃ、ぼくの右目が青い理由を 思い出は美しいなんて嘘なんだ酒酒酒酒酒酒をくれ ここは砂の国 おそらく夢想家は1000の言語で海と呼ばれる いつまでも聞いててあげる いちどだけぼくを殴った昔の話 「父さんにそっくりの字」と母は言う 彼の写真も知らぬ私に 想像の夜はいつでも涼しいか、精液のように夕立が降り ランドセル置いて出てった日々たちよ 今はスーツの君に輝け 浴室をブラシで掃除するだけでゲルニカを描くピカソの気分 指の隙間を埋めたくて君の手を見つめることも恋だったよな? ---------------------------- [自由詩]盲目/鈴木歯車[2019年6月1日22時52分] おれは水溶性だから 泣いている人とか、 こういう灰色の 天気が嫌いだ、 カゲロウみたいに 目の前がふらふら歪んで、 傘の無い人もろとも いきなり消えてしまうのは 怖いな、  「匂う」   「何の匂い?」    「雨の匂い、     いや、鉄の匂いがする」 血の匂いがするのは、 電線が目の前を切り落とす 空間兵器だから ご覧、もうすぐ 暖かい夕焼けが来て、 朝はしっかりしてたはずの おれの目もつられて 衰えていく、 なぜおれは泣いているのか、 盲目のきみをちょっと うらやましい、 と思っただけ ---------------------------- [自由詩]花譜/鈴木歯車[2019年6月13日2時03分] 裏切られて 裏切られて 恋の代わりに 安らかな呼吸を信じよう あたかも にじんだ少女が 色彩に埋もれるように 粒子のざらついた日光が ピントのきかない景色を さらにまだらに削ってからというもの 言いようのない不安は きまって後から見つかるようになった 細い体の内部へ沈んでゆく 死にも似た感覚から逃げ出すようにして 夜は神経のようにトゲトゲとしている 輪郭のボケた少女が にじんで、 にじんで、 にじんで、 花の香りに紛れて、 空気にかき混ぜられて、 雨に貫かれて、 消える 本当の空が無い国をひた走った 午後ばかりの風が 爽やかに響くことはもう ないだろう 知りたいのは傘の群れの中で もっともぼやけた脳波だから 笑ってるのか泣いてるのか いまいち分からないような顔で ぼくの話を聞いてくれる人が居たら よかった、 のに ね、 ---------------------------- [自由詩]さざなみ/鈴木歯車[2019年7月27日23時22分] いつの間にか やわらかい風の速度が しゅんびん、 という空耳を残して 細いぼくの体をすり抜け ドップラー効果みたいに  ずっと後ろの方で デリケートな生き物に進化する それはきっと海からやってきたんで 泳げぬぼくはつい走りすぎてしまう 気管支が人より狭くて たばこを吸うたびに  のどのおくで うすめまくった波の音がきしむから、 街灯の白々しい光の下でぼくが ふいに、 死に顔になってしまうような そういう天気ばかりを愛してしまう 傷のすずしく開く音がしても  振り返ってはいけない   振り返ってはいけない    振り返ってはいけない、 ぼくはさざなみのような呼吸をしている ---------------------------- [自由詩]編み物ver1.1.1.1.1.1.1.1.1.../鈴木歯車[2019年9月7日23時04分] あなたはある日から編み物に熱を入れはじめた はじめ一本だった糸を、互い違いに名前を付けて、 それらで淡々と、まぐわいを繰り返すことがたまらないのと笑っていた  ひどく静かに 実はあなたを黒い淵から救い出すつもりだった ぼくは編まれたものを  ハサミで引き裂いたりもした 事実、かぎりない交配の果てに生まれたものは 化け物ではなく おびただしい数の ただの赤い毛糸の衣類だったのに 何がそんなに恐ろしいの、とあなたは言った そんな話が持ち上がるたび ぼくらは殴り合ったりもした 何が恐ろしいのかはとうとう分からなかったし こんな季節に赤いセーターなんて 狂ってんのか ぼくがその部屋をこっそり出て行ってから数年が経った 逃げるように職と住所を転々としているから 友達のいないまま暮らすのには慣れたが、 部屋がいつまで経っても片付かないのは何でだろう? そういやあの編み物はどこにしまっていたんだ 埃一つ無い モデルルームのような1LDKだったが ぼくが結局着なかったやつらは一体どこへ? (たとえば皆のパラメータが多角形で現れたりする 様々な図形のなかで ぼくらは 凹んだ部分をみがき続けることで現れた空間の  何ともいえない鋭さについて誇っていたのだ そして意味の分からない動作を おはようからおやすみまで繰り返すあなたを どれほど疎ましく思っていたか 今はもう思い出せない) 今日も妙な夢を見た 赤い糸があなたの小指から出てきて ぼくのうなじにじゅくじゅくと寄生していく夢だった あなたとひとつになってしまわぬように ぼくはどこかへ走り出す ただそんな夢だった あなたは今でも あの清潔すぎる部屋で 誰にあげることも叶わない帽子を捨てずに 洗い続けているのだろうか 自分以外の痛みには鈍感な性分だったから、 いつか訳の分からない どす黒い毛玉になり果てても、 あなたは帽子やらセーターやらを 洗濯機で あらあらしく洗った後 それでも消えない一抹の赤色に 心臓に近い形の愛を見出して 静かに笑っているのだろうか 肌寒い部屋の中で いつまでも いつまでも ---------------------------- (ファイルの終わり)