帆場蔵人 2020年3月28日15時16分から2021年10月5日1時11分まで ---------------------------- [自由詩]春景に立ち/帆場蔵人[2020年3月28日15時16分] 風が強いから洗濯物を追いかけて 綿毛が背中を撫でていく、さよなら 踏みぬいてしまいそうな青い草地を 蛙が春へと飛んでしまったから ひとりきりで立ってます スイカズラの甘い蜜を分けあって いたのはまだ、雛鳥だったころで 朝陽のたびに同じ太陽に手をかざして 庭の草葉の陰で死んでいく鳩を看取った あそこにはほら、綿毛をなくした、花 それでも、花、でしょう 壊れてしまっても万華鏡はきれい クルクルとまわりながら温かな洗濯物を 抱きしめて後ろ向けに、落ちていく 懐かしい春という春の風のなか ひとりきりの、みじかい、旅路で 私の手にはまた皺が刻まれた ---------------------------- [自由詩]冬の虹はありますか?/帆場蔵人[2020年4月19日0時14分] ねこのお腹は温かい、ね アスファルトに倒れて 春を殴った肩よりも ねこのお腹も温かいね 初めて内臓に触れた朝の陽に 射られ冬を齧った犬歯より 切り裂かれていく弧をえがいて 腹でも、肩でも、犬歯でもいい 誰か冬の虹を知りませんか? ねこの内臓 は重くて あたたかい 歯の隙間に虹の欠けら がのぞくねこのお腹には あたたかい虹があるね それは冬だね ---------------------------- [自由詩]海への帰路/帆場蔵人[2020年4月21日1時16分] 北の地を放浪しても 得るものは老いた馬の 澄んだ瞳だけだった 若駒とともに嘶いたが そのように走れなかった 鞄をひらきぶち撒けて 夢も希望も熱狂も棄て 敗残兵なりに鞄は軽く 行けるところまで歩いた やがて大地が切れて海岸線の 帰れ、という声を聴いた、海は 開かれていた、等しく、足取りは軽く 空の鞄に感謝するべきだ、と土産物屋の 爺さんが笑った、澄んだ瞳と空を 鞄に詰めて、海鳥の射角を見定め 俯く、南から来た男の 三線の足取りで 翔べないままに戯けて 海を渡る風を踏みつけた 海はひらかれている、頬や肩を たくさんの海が流れていくなかで 俺も海にひらかれていった ---------------------------- [自由詩]眼を閉じてきけ/帆場蔵人[2020年4月24日0時00分] あそこで泣いているのはちいさな風の音 あそこで笑っているのもちいさな風の音 草の根分けて風の根わけてくる 風の音 風の子らが草の根わけていく 茂みや屋根を踏み鳴らしていく 坊やの手には 風ぐるま とろん とろんと 風の根が 天をはしり 風ぐるま とろんと 地をはって 風車をまわし水車をまわして風の根は 天と地を繋ぐ柱にかわりゆくあそこで 泣いたり笑ったりしている人びとの夢 とろん とろんと 轟きながら夜をゆらす 誰が知るだろう、あの風ぐるまをまわした 風の子が、あの子守唄を運んできたのだと あの天地を廻す車軸の回転が幼かったころ そんな時を誰が思うだろう 夜が朝を生む、生まれて生きて死んでいく 眼が閉じられ開いていく、潮の満ち引きは 絶えることなく海へと続いている、足あと あくび、目蓋が重くなり手からぬけおちる 風ぐるま、とろん と 吐き出して…… 朝陽がとけたみずを飲む馬の鬣がゆらゆら 水面をゆらして、川底の石を擽ぐる風の音 ---------------------------- [自由詩]便箋/帆場蔵人[2020年7月25日9時23分] たよりは いちまいの いかだ もじがながれていく いちまいの はがながれて いく ことばのかわ りはなく ながされて よりそうは かのように いかだのうえ もじはほねか たよりのない きみのもじながれ ---------------------------- [自由詩]看取りの道/帆場蔵人[2020年7月30日14時03分] 一握の砂ひとつぶの水 すべての生命が埋まる 井戸は枯れ空は満ちて からぐるまが空を廻す ひとつぶの星一握の月 滴りまた井戸が満ちて 掌におさまるひとつぶ 如何様にも煌めく澪標 一握の砂ひとつぶの水 男と女、女と男、ひと ひとつぶなれどすべて ---------------------------- [自由詩]かみなり/帆場蔵人[2020年7月31日19時18分] 遠雷が鳴る あとかさき かなかなひぐらし かなしんで 夏の報せ、がたくさん奪っていった なつのせみはるのせみ黙っていった 遠野で踊るハタタ神、てをのばして あの遠雷に帽子を被せたい 鉄塔を僕はひたりと登って きた道が雨の気配に湿って やがて、雨中に沈むだろう 鉄塔の蜘蛛や糸にすがる、亡者と話し 帽子を片手に持ちながら、鉄塔ゆれて きた道ゆく道雨に沈んで、鬼灯あかく 遠雷をともして、鬼灯ともり、くちなわたれて つかめどもつかめども、遠雷はつかめないのだ かなかなひぐらしかなしんで声をなくしていく 遠い野に落ちる、遠雷、それは運命のようだ 遠い野にみちる蝉の声、ただ遠いだけなのだ 遠い野はただ遠い、ただそれだけなのに遠い ひたりひたり遠い野にてをのばして ひとり僕は帽子を鉄塔に被せた ---------------------------- [自由詩]夏を慰撫する歌/帆場蔵人[2020年9月18日15時20分] 何も誇るものはないというのに夏と 誇らしげに肩を組みまた来年と囁いた 飽きれるように笑って夏が歩みさって 中央通りの真ん中に蝉を落としていった 入道雲を墓に見立てて空に還してやれば 雲たちは鰯に羊に狼に蝉に姿を変えて 秋桜の蕾の口元をほころばせる それを指差して秋口と微笑んで 日捲りカレンダーを散らす少女 それは秋のいたずらな陽気を生みだして 道ゆく人の捨てる扇に書かれたちいさな秘め事 少女がめくるトランプのスート琥珀の開きかた 千年の後に置かれる椅子に座り朗読される悲しみ それぞれがそれぞれの呼び方でそれを秋に囁いて また来年また来年またおいでと夏を慰撫すれば ますます秋は秘密を胸にして謎めいていく ---------------------------- [自由詩]なんでもない夜の戯れ/帆場蔵人[2020年9月25日1時17分] 窓を叩いていますのはだれでしょう だれでもありません、星明かりです 星明かりではありません、月明かり 月明かりでもありません、家守です 家守の足跡追いかけてだれが歩いて いくのでしょう、カタカタ、家鳴り 家鳴りと家守がしまい忘れた風鈴と 戯れると風がますます強くなります ---------------------------- [自由詩]あらしのよる/帆場蔵人[2020年10月28日22時18分] 雨風に家が鳴いているから 壁の写真を剥がして日焼けを数えて太陽を 探しています、乾いた唇が忘れた温度は カップの欠けた縁みたいに痛覚を撫でる 破いて散らした写真の風吹は夏の嵐を さらに、呼んで、窓の外には、骨の折れた 傘が雲の一点に穴をあけ手招きしています あれは今はもう無くした幼い日々にいた 誰かの影、雲の上には太陽が待っている けれど、私は一足飛びに飛べないから この壊れかけた家を守る家守です しまい忘れた風鈴が家鳴りと戯れていたら ほら、湯の沸いたポットが吹き出す、悲鳴 破いた写真のなかに見つけた太陽が輝いて 目をすがめながら、私は冷たい床を這いまわる ---------------------------- [自由詩]足音のひとつひとつ/帆場蔵人[2020年11月18日1時43分] あしおとをきいてみよう どすどす おこってるのか ばたばた あわててるのか とたとた かわいいあしか ちりとてちん らくごかさんかな ちどりあしの よっぱらい  ずんずんずん つまがくるぞ  いちもくさんに  にげだしてみたけれど ぼくにはつまがいなかった つまがない いやいや つまらない あしおと もうひとつ あしおとがあれば おどってるみたいになるのにさ ひとりのあしおとは さみしい ---------------------------- [自由詩]たまゆら/帆場蔵人[2021年3月6日15時04分] 耳から咲いたうつくしい花の声たち 眠っているときだけ、咲く花がある あなたはそれを観る事はないだろう 生きた証し、誰かの 言葉に耳を傾けた証し 母さんの声は咲いているか 愛しいあの娘の声は 知らない人の知らない花も咲いている 家族の親しい声も、忘れさられた声も 等しく咲いて花弁は散り朝の陽に濡れる前に 枯れていく、花弁を一枚口に含めば あなたの事がもっとわかるだろうか 耳を傾けてあなたの声が咲くのをみたい けど誰も自分の耳に咲く花を観る事はない 仰向けで手を組むあなたの耳を見つめて いる、過去と現在を行きつ戻りつ、揺れる声たち ---------------------------- [自由詩]もうバスが来るころだろう/帆場蔵人[2021年4月24日14時47分] 慄け優しい昼の日差しに 女の帽子の湾曲の叫びを 手を差し延べるのは誰だ 静かに発酵していく発泡と発疹 すべては突き刺さったアイスピック それはそうだとしてなんでもない バスが曲がってくる頃合いだ どこへ? どこかへ? どうして? クリームソーダのアイスは溶けた バスタブのなかでほんとに完全に 死んでいるんだ、信じて欲しい もう俺は何処にもいけやしないのだ ---------------------------- [自由詩]きりんのかそう/帆場蔵人[2021年5月13日2時26分] (Q.きりんはくびがだいたいどれくらい のびるんですか?) 私は街の雑踏のなかのきりんを見たことがある 長い首で歩いているだけで、窓を覗いていると言われ 足下がおろそかになり、ひとにぶつかり謝っている 頭が高い、のだと、謝るさまなのかと責めたてられて エラい人の凱旋の垂れ幕に 引っ掛かり申し訳なさそうに きりんはあまりに、なかない ただ、身を縮めビルにもたれて、身動ぎしなくなって そんなきりんを省みるものは、もう街を出て故郷へと帰る 人々だけであり、それにしたところで、どうしてやる事も 出来ずに草や水を与えて次第に毛艶をうしなう脚を撫でて 気まずそうに目を伏せて、去っていく、私もそうであった きりんはきりんの居場所にいたら良かったのか 今ではきりんの体はあのビルの壁に写りこみ 親子連れや観光客が記念撮影をしているのだ あのきりんを責めるひとはもうなくあのきりんは忘却されて このきりんは遥か昔からそうであったように認められている きりんの魂はどこに行ったのだろう、ときりんの足元で シュラスコを売るブラジルから来た男に尋ねると肩を竦め 串に刺したシュラスコと釣り銭を差し出し、 「クニでオフクロさんが首を長くして待ってるだろう、と 言われるんだ。きりんはあんたのオフクロさんなのか? 違うだろ、あんたのオフクロでもないのになに気にするの」 そう言って首をとんとん、と叩いて笑った その流暢な日本語に喉が震えて私は黙った きりんのかげろうシュラスコは喉を焼いた 帰りの雑踏のなかで首の短い動物と私はたくさん すれ違った、特急電車の車掌に切符をみせながら きりんの魂まで、というと車掌は首をさすって あなた、本当にきりんを見たのですか と、問うから僕は、いいえ、と (A.はっきり言ってわかりません! でも、首と頭の長さは、だいたい、同じらしいよ) だいたい、ちょうどいい長さの答えできりんを諦め、笑った ---------------------------- [自由詩]どこまでも春の日/帆場蔵人[2021年5月15日14時28分] 水面をうねり進むのは 中州と呼ばれているものだ 息継ぎもなく川を這う その背で 菜花の黄が もえている 微かにひかる ガラス片 あれは 人の手から 逃れて 中州の鱗に 転じて跳ねて 軽や  かに   流れ     それは     とても   春、    い         ざ 蠢 て る 花 ざざ 、ざ ざ、ざ  い   菜    ざ 息継ぎもなく川を這う、ガラスの鱗、菜の色 風と水を呑み干し、中州はときにひとも呑む 背の上で手を振っている、あれは、誰だろう 流れ流れて丸くなった 石、悠久に顔は削れた のか、それともそれとも…… 中州が身をくねらせる あゝ、春ですね、石切りをする子どもたち 中州まで届くだろうか、いつかの春のように ---------------------------- [自由詩]居酒屋にて/帆場蔵人[2021年5月16日22時24分] 揚げ過ぎたコロッケ食っとるんや キャベツなんて高過ぎて買えんしな なぁ、野菜くれんか、屑でええから えッ、無理なんやろ、わかっとんや  そんなもんやから あのキャベツ畑に 行ったんや、死体でも 転がってそうな夜やった あそこらは昔、コレラの患者がようさんでて ひい爺さんは焼き場からあぶれた死体の前で 脅しの番をしとったんや、親族でも近寄らせん 生きとるんか死んどるんか ビクビクしてたんやないか 番に立つ爺さんが一番怖い もうそんなん、皆んな忘れて、あの角の地蔵さんが おどしの地蔵さんて言われて病い快癒の御利益しか 覚えてないんやからなぁ、世間なんてそんなもんや カラス除けのビニールが、パラパラ 畑の夜を叩いて、地面に顔出しとる キャベツが黙ってこっちをみとった なぁ、お前らも世間なんてそんなもんや思うやろ 狩られて出荷されて喰われるだけ、ひとつぐらい 俺がもうて何が悪いんや、何しても変わらへん キャベツの首をひとつ、ふたつ狩り、みっつ目を 手にして顔を上げたときにな、菜の花がみえた 菜の花は綺麗やなぁ、蝶々がようさん、俺も あんなかの一匹やったかもしれん、いまや 蛾やけどな、一匹逸れて、我をはってな 空を飛べたんはいつの事やったやろなぁ 蛾がぱっとお月さんに当たって消えたら 背筋がな、ピシャリと伸びてしもたんや グェ、グェェグェッェェェ、ッ、ッッ…… 蛙がないたんか、手から落ちたキャベツが 足を打って俺がないたんか、わからへん キャベツというキャベツがこっちをみとる 葉に隠された眼、あれは、誰の眼なんや 堪忍や、堪忍やで、堪忍や…… なんやお月さんに叱られとる気がして もうがむっしゃらに走って逃げたんや ほんで22円のコロッケ、食べとんや、なぁ 兄さん、悪いことはやっぱりできへんもんやな ハゲ鷲みたいな爺さんは ひとのビールを飲み干し ゲップしてひとの手羽先 骨までしゃぶるしゃぶる キャベツ食べ放題、 終了のお知らせが貼られ 注文をしてないコロッケが まぁるい月みたいに置き去られ 齧れば三日月がみえる 揚げすぎたコロッケ食っとんや、水槽の蛙が げぇぇぇこ、爺さんはいつの間にか、いない ---------------------------- [自由詩]くだらねぇ、と叫べば/帆場蔵人[2021年5月30日20時10分] バイオリンが弾いてみたかった しらねぇよバカやろー、と犬に言われ そりゃそうだわ、と泣いているからね もう駄目なんだろうと始発とすれ違う なんでもありませんよ、と千回繰り返してる 二枚舌のバイリンガル、バイオリンが弾きたい 出来心のつぶやき、今夜は月が綺麗ですね、なんて どいつもこいつも眼を泳がせてちゃんとみてみろよ ちゃんと罵って馬鹿にしてくれよ、なぁ、犬よ バイオリンを弾いてみたかったんだ、なぁ わ、おん……と月に叫んでみたんだ バイオリンよりよほど似合ってたよ 二枚舌を引っこ抜いて、そうしてさ バイオリンが弾いてみたかった、と わおん、わ、おぉん、と叫んだのさ 負け犬だろうさ、だけれどさ 叫べば叫ぶそれだけでバイオリンの あの音にそれはどこか似てたのさ 終電のアナウンス、しらねぇやバカやろー すれ違うように雲が晴れて月が綺麗ですね バイオリンを弾いてみたかった、それだけ ---------------------------- [自由詩]踏みぬけない青/帆場蔵人[2021年6月13日14時32分] 防災倉庫が物憂げに佇んでいる 足元には雑草、お前はだれだ 晴れやかな青空が枠にちいさく 囚われた お前はだれだ、苔むした ブロック屏は四面四角だ 囚われた、とり忘れた箱 囚われた お前は、一体、誰だ 口を塞がれた、ヒトよヒトよ 言葉なく、滑らかに飛び出した 燕が、あぁ、何処から何処へきて すれ違いに防災倉庫を過ぎり、かくす 凡ゆる憂鬱を振り払っても 拭っても晴天は晴天だ、ひと 雑草の如く蔓延り、生える 物憂げな 防災倉庫を 呑み込む 雑草に、似た、ヒト、ヒト、ヒト 枠さへ消えて碧く&(アンパサンド)青い 防災倉庫はなくなりはしない 俺は物憂げなまま雑草を引き抜いた 燕たちはあおく青く、ただ青い ---------------------------- [自由詩]ネッカチーフをしらないあなたへ/帆場蔵人[2021年6月21日1時58分] ちかちかとひのくれたみち ちょうちんあんこうだとおもえば ちかちかひかるネッカチーフをつけた おじさんだった、おじさんはちょうちん あんこうに似ていたからネッカチーフを まいているのか、くらいやみそこでおじさん なにをしているのだろうか、ネッカチーフを ひからせながら、それはとてもさみしいひかり やがてちかちかとおざかるネッカチーフも とおざかるおじさんかあんこうか、もうわからない ひねくれたぼくのみち、ネッカチーフよりねじれた ひからないネクタイとちょうちんあんこうのぎじえ だれもかれもがさみしいひかり、ネッカチーフちかちか あぁ、とおくからぼくがこちらをみているおじさんはぼく やみそこのちょうちんあんこうちかちかひのくれたみち ネッカチーフがいつのまにかくびにまかれていた ---------------------------- [自由詩]巣ごもり/帆場蔵人[2021年6月25日19時33分] 無口な口を縫いつけましょう 言葉は如何にも無粋ですから 帽子をかぶせた  宇宙がかくれた   はばたきながら    地球は夕暮れた だから、ね……    蚊がうるさいよ   処方箋通りの海  波打ち際の死体 もう千年が過ぎ 頭から足先まで白布で隠して 含み笑いしているあなたと私 ---------------------------- [自由詩]千年風化/帆場蔵人[2021年6月28日22時51分] ? いつか風のあきらめが訪れた としても僕らが滅びたあとで なにも伝わらないから頬をつたうのだ アーガイル柄の床の軋み  骨格があちらからこちら   誰だってそうなんだろう    標本になるまで踏まれた 現実にだれもが宿を借りているから マンホールにだれかがそこにすんでいて ホールケーキが齧りすてられるばかり    あきらめと痕跡、喰い散らかされた葉っぱ   からのぞく水玉模様の水たまり歩く蝸牛は  忘却に閉じたまなじりを二枚貝のかたわれ が偲んでいる、砂のなかはあたたかすぎた ? ひろいあげてください、ふりはらいながら そのしろさがかなしみの測量なんだって どこにもかかれてないことわりばかり  頬にふれた風はいつから現実に宿っていたのか  ここからそこ、あちらまで、どこまでだろうか  きっとはかりかたをわすれてたちつくしている 傘はない割れた皿からもれおちていく  そんなものをうけとめるためよりも  りょうのてのひらにはめがやどって  ぱくりぱくりひかりもやみものんだ    そして見上げていた 風よ、もう傍らで  ねむればいいんだ お前の手触りは犬に似て猫に似て どれでもない、はざわりの音たち 傘はあった骨の折れたしがないね ?           千鳥格子に水の回廊が 千年をかけて築かれたそうですよ、骨が折れ積みあがり             書き殴るまでもない なぶられたことばゴミ箱をゆりかごにして            うえからしたへしたからうえへ せせらぎ死に水を横流しする奴ら            その痛みまで横取りするな、散れ (ひろいあげてください、ふりはらいながら)   きょうからあすへあしたからきょうへ   きのうからおとついへみずのかいろう   だれもがせんねんをいきわすれたから おしえてあげてください、なにもかも、わすれて ? それでも、あきらめはこない、風骨の琴線をさぐろう ? わすれさられた椅子はしあわせだ しあわせで泡のようにはじけても 帽子をかぶっていてもすきにして ストライプだ水玉だって寝そべり 終わりの日と待ち合わせしている ---------------------------- [自由詩]憧れ/帆場蔵人[2021年6月29日0時14分] 虎がいます 胸の中に虎がいます 人喰い虎か、人良い虎か、人良い虎は寅さんかい ほら、見なよ、あんな虎になりてぇんだ けれどこいつは張り子の虎です 淋しがりやで強がりで 涙を飲み込み 痩せ我慢 張り子の虎が意地を張る ねぇ、あんた そうして笑って見せるんですよ 痩せても枯れても虎は虎 あなたが笑ってくれたらば 滑稽でも上等です 2017.10.7 ---------------------------- [自由詩]ひょうはくされる切符/帆場蔵人[2021年7月20日18時00分] (白壁につたう蔦を歌うから壊れたカメラうつらない右眼) 朝が来る鉄道路線よ、そろそろ別れのあいさつをしようか 町を囲む白壁を跨いで夜をさすらう巨人たちは去っていった やがて町は空梅雨の笑い声に呑まれて砂漠と化して誰もが 心地よくねむるなかで 温かな砂の重みに  嘔吐した 砂になれずひかれたものたちの血でできた川へと 白壁の蔦を剥がしながら流れて行きたかったのだ 落書き、悪戯書き、剥落、とても流麗な文字だった 『酔いが覚めたらきみはアンドロイドになれる』 誰かに譲ってばかりで右眼さへ なくなってしまった、俺は壊れた カメラと一体化して、蔦をつたい歩く 蔦はまだ血管であった名残りを残していて 砂になろうとしている口や白壁から覗く舌が ゆるされないことばかりつくしてひにんのはてに はじまらないひとよひとよ ひとよにひとみごろし うめたのはじぶのひみつでなく たにんのひみつ はなどろぼう はかあらし はかあらまし あらしはたいじょうほうしん しんしんとしんけいつうわできますから しらないばかり するされないことばかりつくしてひにんのはてに はじまらないひとよひとりひとよにひとにごらし…… いちわの百舌がしんでいるこいつはなにを囀ったのか 俺の舌は蔦たちの遺言をよみとろうとしてこんがらがる 落とした右眼がみているものが違う世界を示唆していた 虚実を地層と壁にしていくのはことわりなのは周知の 通り、ダイヤ通りなら始発列車がもう来るはずなのだ 俺はそれを写してこの虚実の層を厚く、壁を鮮やかに 虚飾する、自覚的に飾りつける、旅を続けるためには いくばくかのかねがひつようだからかだ、その筈なのだ 呆けた壁、呆けた砂、そんなものに足を取られる 流 砂 のあ わ いをぬけ て いく列車の繰 り返す ダ イヤ を描き続け る職人がま たひと り身を投げた あ  はれあは れわれ るやは  れ るやんごと な 夜をさすらう巨人たちのあしあとすらきえさり 呆けた砂に足を取られる、白壁の蔦がぶちりと 血を散らして、涙よ、砂にのまれてきえるのか 行く方知れずをたずねてはひとり壁に頭おしつける いくばくかのかねをにぎりしめさまよいまようばかり 俺の部屋、しろすぎる光量に酔いながら、まだひとだ 壊れたカメラ右眼が渦巻きながら朝を俺は嘔吐した ---------------------------- [自由詩]放浪者と廻者/帆場蔵人[2021年8月6日12時55分] ? この夜にはふたつの月がある 手、埋葬、される 太陽が失われたときの名残り 耳に、注がれる、火 ? 電車が駅に入ります ※漂泊しすぎにご注意ください  ほら、無数の骨組み、クジラ、ヒト、アドバルーン……  ひやしあめ、ひやしちゅうか、かなしそうなetc.etc.  鉄コンキンクリィィと、と と と、熱さ で とけ た うなぎもほろび、花鳥風月もほろび、ヴクの歌に生きるだけ 故郷は遠きにありておもうもの、また、かなしくうたうもの   汀、  渚とはなにか  汀、汀、  蟹は砂のなかから   汀、    化石さへみつからない   去りし海を呼べ砂に傾いた灯台の群れよ   廻者(ヴク)は砂と空へ歌を捧げる、海をしらぬひとびと 無数の砂丘は墓であった、諦めのうえに降る砂漠の海 骨組まれていたものが、額縁からはみだしてはぐれ 回転する鳥たちを詠みあげヴクは琴の 弦に変えていく捻られひきしまる歌声 継がれる火と遠くに在った火の名残り 鎮まれと、痛みも悲しみも怒りも、やがて風化する 立てかけられた   梯子どこにもとどかず   人魚はのぼる足もない  汀、汀、汀、去りし海を呼べ砂に傾いた灯台の群れよ 翆、と呼ばれるその楽器は、翠ともいうらしいのだ 奏者の性別によって変わるのだという、かわせみ、が どんなものであったのかは太陽とともに失われた ? 電車は来なかった、また誰かが身を投げたのだ 俺はヴクにさそわれるままにしらけた六脚馬にのり 傾いた灯台の狭間をぬけていく、砂がまた渇いた ヴクの歌はわからない、俺はそれを知りたい 流砂はそこにたどりつくのか、わからない、砂をかきわける 六脚馬のあゆみ、鳥はなぜ回転をはじめたのか、海はどこへ うしなわれた、故郷への道は砂に埋もれて、行き方知れず   (なぁ、 おしえてくれ、  いや、   いいんだ) どこへ……   どこへ どこへ…  どこへ…… 線路はそこにある、朝はない、ないとあるの蛇たち 風砂に還ろうとする身体を編み直してくれる、ヴク とりつくしまをさがしていた、すべてはそこにある ---------------------------- [自由詩]どこまでもつづくせかい/帆場蔵人[2021年8月20日22時58分] 暇つぶしによる暇つぶし 隔てられてようやくきづいた しらないふりで溶けている彫像 忘れてしまった顔が、多過ぎる ひとの顔がなくなり始めている だれが喰ったのだ? いや逆にお前が喰われたのではないか 路傍に吊り下げられた、あれがみえるか 鮟鱇によくにているが、河豚かもしれぬ 顔をなくした亡者たち、腹の皮を割いて 濁流が流れおちてゆく ひたひたひた ひとひとひとひと 誰か流れをのぞきこむ スクリーン越しの歪みが歪む 艶めく鉤針だけが、在る、鈍く重い鉤針だけが、在る 顔よ、顔が、顔に、カオカオさんが走りゆく、顔だ、顔か あかあかと あかあかやかおよ、あかあかとかおよ、かおよ 顔よ、顔が、顔に、カオカオさんが走りゆく、顔だ、顔か しらないふり      溶けている彫像 忘れてしまった顔         多過ぎる   ひとの顔がなくなり始めている 顔を探した男が鉤針に突き刺さり吊りさがる 昼さがり、カオカオさんの貌に浮かぶ男の貌 隠された口元に浮かぶ、貌よ、貌よ、貌よ…… ---------------------------- [自由詩]夏至祭は終わった/帆場蔵人[2021年9月2日13時10分] 抉り取られた枝、から 予告もなく傾いていく 網が からめとる とられない 誰かの手紙が捨てられて 落書きばかりにうんざり ひさかたの果実にうつつをぬかす 転がる、ひかり、分散、なつのひ 夏至祭へと至るパレード、はらり いつまで待てばいいのか? 雨降りの日には雨漏りに尋ねている 名前が欲しいのか。いらないから捨てた 手紙には宛名がなかったのだから 砕け散った跡だけ 忘れ去られていく 汚れた皿をあらう ゆるやかに彫刻刀で 月を削り象っていく ゆびでなぞるころには あの空き地に角が満ちる 枝がしなり、羽撃いて 路上からまた誰かが消えている しらないうちに誰か増えている 予告もなく、夜明けが顔を射る スケジュールに生命が宿る。点を打つ 意図、がゆるやかに笑っていくうちに 行き過ぎたパレード、もう秋の夕暮れ 実り過ぎた過日が、落ちて砕けた ---------------------------- [自由詩]月のみえない夜にねこ/帆場蔵人[2021年9月3日19時52分] 眠れない夜にはねこを洗う  静かにわめいてるドア越し あけてはいけないと静止する あけてみてみたいと開始する それでは、有料、悠々、遊泳 幽霊、みたいではいられない 佇みながら座るための場所を探す わめいてみたら、案外、静かだ 真昼から消えた夜 ドア越しに叩く暗号 角砂糖、を噛み砕いて 整列する好奇心を磨く ねこをあらうたびに 毛がぬけて炭酸から ぬけたものが漂うと 真夜中のねこを洗う くるくるまわるねこ 夜から抜け落ちたねこ ひとりであることなんて しあわせのさだまらなさ きみのうたごえはねこだ 開始するか静止するか ドアノブを握り、唸る まるで昼のような白夜、について 私は考えていた、ねこはしろいか ねこはくろいか、しょっぱい、か 真夜中にあらわれていくねこ、 ひきかえして真夜中に座り直す、 猫が鳴く、餌皿が空だ、月が出た ---------------------------- [自由詩]渡し守/帆場蔵人[2021年9月17日22時04分] 私の果樹園には 今にも倒れそうに 傾いだ梅の木がある 心が荒れて時化るときその木を思い出す 海から河へ河から海、海から流れる川と 言ったのは誰だったろうか、渡し守の唄か 心が時化ている荒々しい白波 白々しい白波、心は海のよう 凪いだままではいられない 鴎も海猫も飛びたったまま 嵐が過ぎ去るまで水平線と 仲違いしている、嵐に祈る 空と海のあはいが 帰ってくるように 境い目で手を繋ぐ 遠い場所に笑いが転がっている 心が時化ている鳥を追う暇もない 虚舟にのせられ、ただ祈るだけだ 渡し守たちがたくさんの祈りを捧げている 水平線のみえない畑に漂着した梅の木は傾いだまま 根を張り実をつけた、時には空も晴れているだろう ---------------------------- [自由詩]光合成/帆場蔵人[2021年9月18日1時08分] 宵闇通りをお迎えにあがります ブン、はブンであり吾輩ではない ようやく木に将来が吊るされた ふるびた     かんざしが          流木に刺され 朝陽を待ちながらさみしく影をさする、痩身、鐘を鳴らして、 辺りでブンは石を積んでは崩れてかぞえる、 もしくは光合成できずに 真夜中にひかれないかなしみ ありふれたらありふれた ブン、はブンであり何者でもない ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]暇つぶしによる暇つぶし/帆場蔵人[2021年10月5日1時11分] "華麗に終わるはずもない、そんな末路もしかたない人間だもの"  靴を揃えて、   (やさしい歌よりも悲鳴が好まれるなら かなしみになけ、朝告げ鳥を抱きしめ 盲いた夜は眼を瞬かせやってくるのだ)  もう擦り切れ、穴が靴下にあいた、あぁ、穴子食いてえ (その足にあう靴と踏み締めるための大地 その手にあう水かきと磨かれた銀の鱗が その頭にあう鶏冠の赤を反射してくれる)  コンビニで靴下買えばよかった、残金三百一円也 (楽隊の音に合わせて夜の皺に入り込むなら 知れ、識るのだ、叫び、報らねばならない 全てがとても運が悪くて、とても運がいい)  みっともないか、関係ないか、そうなんだよ (終わりを迎える少年と少女たちが すべてをしって、蛹へとかえって 無駄だとしても、しあわせを踊る)  黙って飛べ、黙って飛べ、だまっ、、、噛っんじゃった (飛べはしない朝告げ鳥が高台から   飛翔する、ただひとつの玉の音として    ほどけた楽隊のリボンが落ちていった) ……痛い、あんま高くなかった、靴下どうしよう、 あ、今日、月曜か。ジャン・プでてるよ、参ったな、 残金301円か……             (馬鹿は死んでも治らないらしいからな、ポエム、まだ 書きたりないんです、誰か、救急車呼んでくださいよ) 近所の野良犬が、財布をくわえててたからさ、奪ったの そしたら血がついてて、中身は301円とレシートの束に 複数の病院の診察券、ラッキーなことないよなぁ、え? 通報?、しないよ。届けて事件性がとか言われてもなー まぁ、暇つぶしにポエムのネタにしたんだけどさ、結局、 何があったのかはわかんないよね。だいたいはつまらん ことばかりなんよ。きみ、ちょいと降りてきて話さない? おじさん、暇でさぁ、遺書書いてたらきみがみえてね このポエム、酷い出来なんだよ、きみならどう書くかな 年寄り助けると思ってさ、少し時間くれないかなぁ、 意見くれたら好きにしていいよ、ジャン・プ読んでる? 呪術海鮮だっけか、人気なんでしょ?最後に続き読みなよ おじさんなんか、ハンターの二乗さん、二年待ってたんだぜ もう、疲れてさぁ、俺の時給が八百三十円から八五〇円に 上がってもハンターの二乗さん、連載再開しないんだから うんざりだよ、うんざりさ、うんざりするに決まってんだろ なぁ? おい、きいてんのかよ。あ?時給八五〇円舐めんな あーァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!こんなの詩、じゃねぇぇ 僕は非常階段から建物のなかに戻ってきた。ちょっと休憩に煙草を吸いに出たのだけれど、変なオッさんの声が路地の暗やみから聴こえてきたからだ。何を言っているのかわからなかったが、バイト先の先輩によるとこのビルで投身自殺があったそうだ。まぁ、路地まで降りなければ害はないらしい。そう言えば、今日はジャン・プの発売日。呪術海鮮は海老マヨ・シャケが熱い、あ!ハンターの二乗さん再開したんだ。僕はジャン・プを路地に投げ込んでみた。だけど、ハンターの二乗さんは翌週、予想通りに休載していたからポエム好きおじさんはまだあの路地で遺書を推敲している。 ---------------------------- (ファイルの終わり)