帆場蔵人 2019年3月7日14時17分から2019年5月19日19時56分まで ---------------------------- [自由詩]花の墓/帆場蔵人[2019年3月7日14時17分] 一輪挿しの花を わたし達はただ愛で やがて枯れたならば 裏の畑に埋めて 忘れてしまうでしょう なぜ、忘れてしまうのでしょう そうして人々はまたこともなく 明日の朝を、明後日の夕をむかえて 花を愛でるのです ---------------------------- [自由詩]どこへゆくのでしょうか/帆場蔵人[2019年3月15日0時01分] その手は冷え切っているから あなたが春なのか冬なのか わからなくなってしまいます つくしにふきのとは いつもの場所にいません あなたの背中をさがして 遠まわりして歩いていたら 風花が散り、春と冬が 木に吊されて代り番こ どうにもお加減が優れないようですよ、と 白梅の老木と垣根の椿が囁きあって世間話し 畑に取り残されたいっぽんの大根は あれが雪なのですね、あれが冬ですね、と はしゃぐうちにあの老婆に引き抜かれ 夕にはだれかの腹のなかでしょう とおくで誰かが春を歌っていて あなたは無情に日をめくり 三月はゴミ箱で眠っています ---------------------------- [自由詩]夜を飛ぶ鳥/帆場蔵人[2019年3月16日1時19分] 磨り硝子の向こうをよぎったのは 夜を飛ぶ鳥なのだろうか それとも 地に落ちていく誰かの魂だろうか 生れ落ちていく無垢な魂だろうか ぼくの見えぬところで はじけたり、とんだり、はねたり 午前零時は 珈琲ポットをカタカタ鳴らす 蒸気に曇り、今日なのか明日なのか 引かれた線を曖昧にとかして 磨り硝子 いちまい隔てた夜を 鳥たちがあらゆる方角に落下していく ---------------------------- [自由詩]名が無くとも/帆場蔵人[2019年3月19日21時09分] じろう、きたろう、いず、きしゅう ゆうべに、はなごしょ ごしょ、たいしゅう いろんなカタチをしております えど、ふじ、はちや、れんだいじ つるのこ、よこの、たかせ、はがくし 酸いも甘いも知っている 皆々さまにいただきました この名前 くろみ、まめがき、ほうれんぼう 甘がき 渋ガキ 呼ばれ、食べられ柿ですが 名が無くとも実はあるのです ---------------------------- [自由詩]紙のうら/帆場蔵人[2019年3月21日18時34分] 透けた文字の凹凸 まだみぬ未来の影を踏むように まだ逢えないひとの指先を数える まだまだまだ未だこない時が記されていて 凹凸に触れるゆびさきは酔い痴れる うらおもて おもてうら うらうらら なんてスリリング/光さへ超えて 相対性理論?/しりやしないけれども 紙のうらにはさらにうらがあり 凹凸が出来るほどに重ねられた 逢瀬、貴船へと歩いた道で 朝顔の蔓を指に絡めたひと 行間の川にうかぶ鏡文字の漁船たち 乱獲されたあほうどりの羽毛の散乱 故郷の町とあの街が散らばって 紙のうらにもおもてにもうらがある かみのうらおもてをなぞりうらうらら ゆきつたどりつひとはうらはら はらはらと夜がとけてゆく 射しんだ光が照らした 一文 ゆびさきのゆくえは しれず ---------------------------- [自由詩]循環/帆場蔵人[2019年3月23日21時47分] 誰かが正しいという循環から外れても 心臓は打ち、もの思わぬことはない 放たれない言葉の流れが澱み わたしはわたしから溢れ 低きに流れて見上げるのも 疲れるから地底湖になっている とてもとてもつめたくひんやりと さいぼうをふるわせておとをだす ことばにならぬげんしのささやき それから、それから、それから、わたしは コインランドリーで乾燥機の回転に 眼をゆだねる青年の唸り、真夜中に 配管を流れる液体のうねり、薬液が 血管に注がれていく末端から心臓へ わたしはわたしの中を循環し続ける 誰かが正しいという循環から外れても 心臓は打ち、もの思わぬことはない それでいい、震えよ、言葉になれ 祈りのように、ただ、そうあれかし ---------------------------- [自由詩]目蓋の裏のみな底/帆場蔵人[2019年3月25日1時45分] とじた目蓋の裏に海がさざめいていて 丸めた背中の上を野生の馬たちが疾る 寝息を受けて帆船が遠くへ遠くへ あなたの存在そのものが夢のよう そんなふうに思えたことがあった ひとりでない、なんて夢のようなまぼろし いつの夜だったか 真夜中の坂を行進して 朝とともに転げ落ちた やはりひとり、で 丸まって眠る子ども達の 抜け殻を見下ろしている 見上げれば星の群れが ひとつひとつ、違う速度で 羽ばたき、電線が波うつ 海はなく、野生の馬たちの嘶きも遠く ふたりの抜け殻は 帆船の一室で 手を繋いだまま 遠く 遠くへ 目蓋の裏 みな底へと沈み 坂の下から 朝の方角へ 歩みさるひとびと ---------------------------- [自由詩]壁の焼跡/帆場蔵人[2019年3月26日22時27分] 長方形の焼跡は億年の時を経て 掘れば首長竜の化石が眠っていて あなたの声も眠っているだろう 倦んだ日々に 燃え尽きていった 古い絵葉書 切り抜きの地図 杭州西湖へと 引かれた 朱墨の線上の 指紋の顔も忘れて 座標を失い 突き立てられた ピンは 壁に 刺さったままで 春の陽を待ち 浴びている わたしは ピン 冬を刺繍された蛹 長方形の焼跡からのびゆく 春の葉脈に根をはる蛹 その根元にはさざめきながら いつかの 声の化石が 瑞々しく 崩れている ---------------------------- [自由詩]夜を飛ぶ鳥・改稿版/帆場蔵人[2019年3月27日20時25分] 磨り硝子の向こうをよぎったのは 夜を飛ぶ鳥なのだろうか 地に落ちていく誰かの魂だろうか 生れ落ちていく無垢な魂だろうか それとも夜に自由を得る地を這う 人々の束の間の歓喜の夢かもしれない 窓の片隅にある灯台のひかり もし夜を飛ぶ鳥がいるとしたら あのひかりを目印にするだろう 或いは遠い故郷の火を胸に灯し ぼくの見えぬところでとんだり はねたり はじけたり ぼくも行かなければならない とんで はねて 鳥にはなれないだろう けれど地を這い地を耕して 海から沢山の恵を受け取り 生きる人々のなかを歩む ぼくは自分の灯台を 時折振り返りながら いつかはじけていく そのときこの泥に塗れた魂も 夜を飛ぶ鳥になるのかもしれない 磨り硝子 いちまい隔てた夜を 鳥たちがあらゆる方角に落下していく ---------------------------- [自由詩]風、風、風よ/帆場蔵人[2019年3月30日23時29分] 丸い小窓を抜けたなら まぁるい形になるだろか 四角い小窓を抜けたなら しかくい形になるだろか まぁるくしかくくなりながら 眠る赤児のくちをぬければ どんな形になるだろか そこにいるともいないとも 風はこたえはしませんが 柳が頭をさげてます 猫の尻尾のゆらゆらは 風と踊っているのでしょうか 遠い砂漠の砂つぶも 風と踊っているのでしょうか ---------------------------- [自由詩]私の国/帆場蔵人[2019年4月3日3時02分] ここは私の国ではないから わたしの言葉は通じません 何を言われているのか言っているのか 水の中で互いにぶくぶくしながら ただただ息苦しくてしがみついてたから 爪は剥がれ肉も削げて皮膚のしたには 鱗がきらきら、いつの間にやら鰓呼吸 澱んだ海に棲むものになってしまいました 海面へ遠ざかっていくあなたは とても正しい発音で話している でもそこも私の国ではありません さよなら、に 白紙の手紙だけ残して さらに深く深くどこまで いけばいいのでしょうか あなたの言葉を創造して あなたもわたしの言葉を 創造して背中合わせで 生活のふりをしていた こしあんだとか つぶあんだとか そんなつまらなさ 泡になってきえて 私は私の国を編んで たくさんの貝たちに 息を吹きこみ 痩せて尖った 剥き出しの骨は 魚たちが 密やかに啄み 段々と丸くなり 今ではもう優しい眼をした 鯨だって描けるのです ここは私の国、わたしが わたしの言葉で編んだみな底 歩き続けていつか陸へと戻る 陽の光が息を吐く場所で こしあんを食べようが 粒あんを食べようが 自由なんだ でも私はうぐいす餡が好きなんだよ 知ってた? ---------------------------- [自由詩]茅葺きの郷/帆場蔵人[2019年4月3日13時35分] 茅葺き屋根に鳥が舞っております 舞い降りてくるのは雲雀でしょうか 春を尾に引く雲雀でしょうか 茅葺き屋根に陽が舞っております 待っているならススメと云います 陽は待たずススメば夜が来ますので 夜来る前にあの子のもとへ ススメとスズメが鳴きましょう 茅葺き屋根には時がふり あの子もこの子も口をあけ 時を飲み飲み眠るでしょう 茅葺き屋根にはたくさんのお客さま みんな口あけ春の暁に眠っております ---------------------------- [自由詩]アスパラ/帆場蔵人[2019年4月5日4時43分] 太鼓の皮を破るような 驟雨が駆け足で通り過ぎていった 恐る恐る顔を軒に突き出して ほっ、とする、お天道さんと 顔を突き合わせて 軒下で菜園の土を破り アスパラガスの夏芽が にんまり笑っていて はっ、とする 臆病なわたしの顔をみたのだろう だがな おまえさんの秘密も知っているぞ おまえさん、オランダキジカクシと 本名は言うそうじゃないか どこにキジを隠したのだ 黙っているから、わたしが 臆病だと誰にも言わないでくれたまえ それから キジを少し分けてくれんかね それとも 今夜の食卓にあがるかね おまえさんは大層、美味そうだ 雨に洗われて、なんて瑞々しいのだろう ---------------------------- [自由詩]日暮れをゆく/帆場蔵人[2019年4月8日20時43分] もう 陽がくれる とつとつと 西へ西へと歩んでいくと 孤影は東へ歩み去り すれちがうのは ひとつ、ふたつの足音と みっつ、よっつの息づかい いつつ、むっつのさみしさよ もう陽が くれた ---------------------------- [自由詩]唯一の友だち/帆場蔵人[2019年4月9日15時08分] 忘れ去られ、蔦が這い 色褪せくすみ、ねむったまま 死んでいく、そんな佇まい そんな救いのような光景を 横目に朝夕を、行き帰る 遠くのタバコ屋の廃屋まえ どんどんとカメラが引いて行き エンドロールが遠く聴こえる そんな空間にいたはずの そんな物が国道沿線沿いに 移され、あまりにも綺麗に彩色されて 泣いていた 声を押し殺し 口を真一文字に引き結び 静かに泣いている ポストが 夕陽に濡れて赤々と 泣いている、葉書の一枚も 一通の手紙も与えられず 無用の長物と化した姿を晒されて 一層、赤く、流れない涙に滲んで *** 初めて泣いたのは いつだったろう? 多分、産まれたときだろう なんで泣いていたのかは わかるはずもない まだ言葉を知らないから 叫んだのかもしれない ただ言葉にならないものを 叫んだのかもしれない もう、言葉にならない詩を 叫んだのかもしれない 産み落とされた苦しみを *** あなたへの手紙を朝に夕に、書き殴り そうして、なんとか、行き帰る ポストは変わらず待っていて 腹を空かせて待っていて 銀の唇には蜘蛛の巣 それをゆっくり ひき裂いて 手紙がなかへ、なかへと 舞い落ちて、虚ろを満たしていくと わたしは軽やかな器になっていく ---------------------------- [自由詩]ゆきてはかえり/帆場蔵人[2019年4月10日23時55分] さよなら、が瞬いては消えて こころに小々波もおきない からだの輪郭はどこかに消えて 狭い部屋でちいさな湖になって 水源へ染み入ってゆく くらいくらいばしょ ひかりしかないばしょ ただいまもさよならも めぐっていく、すべてあらいながされて わたしは杉林をうつ雨、水車を廻す流れ 山から湧きあがるしみず、?をつたう流れ そしていつかの水路で近寄っては離れる さくらの花びらもやがて色をうしない 別たれていく、わかっていながら 手を伸ばしてはさよならが瞬く わたしはちいさな湖になり 水源へと染み入っていく くらいくらいばしょ ひかりしかないばしょ わたしはわたしに還って はじめましてただいまさよなら 今年もちゃんと桜が散っているよ 狭い部屋でひとり、ポットのなか 水は沸き立ちながら鳴いている ---------------------------- [自由詩]わたしがミイラ男だったころ/帆場蔵人[2019年4月12日14時36分] ミイラ男だったころ 身体は包帯を巻いてひっかけるための ものでしかありませんでした 歩けば犬が吠え、親は子どもを隠します 皮膚が引き攣るのでよたよた、していると 見知らぬ人たちが不幸だ、不幸だと騒ぐ そんなことは知らない 痛みと熱、痒み、この爛れた皮膚 さらにぐるぐると巻けば包帯はすべて 遮ってくれる殻、蛹になりたい ひととせふたとせ待っても 羽化もしない 身体を捨てたくなって 墓を暴く盗人みたいな 手つきで 包帯をといていけば そこには何もない 空っぽ、あぁ、みんな包帯をみていたのか 包帯が風にさらわれていくなかで 何もないのに熱と痛みと痒みが 生きている、と訴えていた ---------------------------- [自由詩]泥の月/帆場蔵人[2019年4月17日14時49分] 水面の月を一掬い 啜ると泥の味がした こいつは幻想で幾ら美しくても 血は通っていない偽物だ 僕らは二十歳の頃どぶ鼠だった 灰ねず色の作業着で這いずり回り 朝も昼もなく溺れるように仕掛けられ 最後は遠心分離機にかけられて 心身が別たれ工場に棲んでる どぶ鼠にされた あいつも どぶ鼠の一匹でとにかく何処でも歌っていた 車の中や薄暗い倉庫の奥 真夜中の駐車場や食堂の片隅で 水面に映る月みたいに 儚く美しく生きたい なんて叫んでいた 僕がどぶ鼠の皮を脱ぎ脱走してからも あいつはあの工場を這いずり朝陽に 溺れて歌っていたらしい 二年ほどして訃報が届いた 僕はあいつと友達だったのか 葬式にも行かず香典も包まず あいつが叫んだ歌手の名も思い出せない 違ったのだろう軽蔑すらしていた 偽物に憧れていたあいつを 水面の月を啜り泥の味を覚え 水面の月を叩き割り僕も偽物で この泥の月を描きたいと感じたとき 初めてあいつと通じたのかもしれない 偶に僕はあいつの抜け皮を被る ---------------------------- [自由詩]葉桜の季節に/帆場蔵人[2019年4月22日18時11分] 忘れられない事を 確かめるためだけに 息継ぎを繰り返すのだろう (葉桜は永遠に葉桜やったわ) 灰に塗れ肺は汚れて骨肉はさらされ血の流れは遠く故郷のくすんだ川面のような在り方しか出来ない、ただおはようを繰り返して、朝の光に溶け入ることすら出来ずに不透明に透けて濁るしかない、生きているから倒れることもあって、天上には青が置かれてあり、そこには瑞々しい緑と掠れた紅いろが浮かんでいて、つかの間、止まる呼吸、凪いだ湖に映る景色をみおろしているよう…… (葉桜は、永遠に、葉桜やったわ) と息を吐きこぼして こんな瞬間を今、い、き、て、い、る、よ、とつぶやいていけば葉桜は永遠に葉桜に変わって、散りゆく花弁の表裏と指先は決して触れ合うことはないのだ、夏に身を進めたのだから、まだぼくは夢に溺れられない、やがて雲が舟のようにあらわれ、空の青さをふたつに割いていく、いつか二人が観た故郷の湖の水面のように ---------------------------- [自由詩]花の墓 (改稿版)/帆場蔵人[2019年4月25日22時13分] 一輪挿しの花を わたし達はただ愛で やがて枯れたならば 裏の畑に埋めて 忘れてしまうでしょう なぜ、忘れてしまうのでしょう そうして人々はまたこともなく 明日の朝を、明後日の夕をむかえて (忘れるというのは   癒されていくことだもの     そうかしら、そうかもしれないね)   花を愛でるのです ---------------------------- [自由詩]ある夜のともし火/帆場蔵人[2019年4月26日0時44分] 灯台の灯りで煙草に火をつける まるで灯台がチリチリと燃えるよう 灯台を吸い尽くしたら 波濤を彷徨う船たちも みな底に攫われた悲しみも どうやって帰ってくるのか 煙草の火をグルグルとまわして 沖に向かって叫び続ける おぉぉぃ、 はやく、はやく、帰ってこぉい あぁ、もう火が消える やがて沖へ沖へと 朝が夜をひいてゆく *** あまりにたくさんの人が悲しみで 海を埋め立ててきたのです 水平線があんなに滲むのは 埋めた物が流れ出したから 海風が吹き荒れて湿っているのも サイレンが、海鳴りが止めどなく 痛ましく不安を駆り立てるのも そのせいですが私には解りません やがて津波で悲しみは 帰ってくるでしょうから 私は高台にいき眺めます あそこの防波堤の突端でまわる 小さな灯り、誰かの悲しみに 呼びかけているのでしょうか あゝ、もう火がきえた ---------------------------- [自由詩]憧れ/帆場蔵人[2019年4月26日20時19分] 虎がいます 胸の中に虎がいます 人喰い虎か、人良い虎か、人良い虎は寅さんかい ほら、見なよ、あんな虎になりてぇんだ けれどこいつは張り子の虎です 淋しがりやで強がりで 涙を飲み込み 痩せ我慢 張り子の虎が意地を張る ねぇ、あんた そうして笑って見せるんですよ 痩せても枯れても虎は虎 あなたが笑ってくれたらば 滑稽でも上等です ---------------------------- [自由詩]ミイラ男は泳げない /帆場蔵人[2019年4月27日1時44分] たくちゃんやアーくんはとても 綺麗なフォームでクロールするんだ 彼らのように泳ぎたいわけじゃない 水と愛撫し合う幸せを知りたいだけ 包帯が水を吸って絡みつく 誰もお前は認めない、という声 ただ重く、体が沈んでいく ねぇ、なぜぼくを こんな風に産んだのですか? 泡にしかならない 人魚姫のような 言葉たちの悲鳴 たくちゃんやアーくんはとても 綺麗なフォームでクロールするんだ みな底の水はぼくを認めてはくれない 絡みつく包帯は歪みきった愛情 海藻みたいにゆらめき、みな底に根を張り 光る水面を見上げる日々、泳ぎたい 包帯を解けば泡になって消えてしまうのよ みな底の水が囁いてくる、けれど…… 包帯を振りほどき 不恰好に手足を伸ばせば ぼくという輪郭が泡となり 失われていく、包帯は哀しげに みな底でゆらめき嘆くばかり 泡と消えるまえに出会った、あなた 赤毛の水を抱きしめてぼくという輪郭は 取り戻されていく、さぁ、どこに行けばいい わからない、けれどその迷いすら 愛しい水に抱かれながら不恰好に泳げば 幸いでしかなかった、さよなら、包帯 さよなら、始めて愛してくれたひと ---------------------------- [自由詩]そらの椅子/帆場蔵人[2019年4月29日2時27分] その椅子はどこにあるのですか? 木製のベンチに根ざしたみたいな ひょろ長い老人にたずねると そら、にとぽつり言葉を置いて 眼球をぐるり、と回して黙りこむ そら、空、いや宇宙だろうか その椅子に誰が座るのだろう とても永いあいだ空だという その椅子にいったい 誰が座っていたというのだろう ひょろ長い老人の微笑む皺のなか その誰かがひょい、と顔をだす 老人の愛した誰かだろうか? あるいは憎んだ誰かだろうか? それとも、それとも、それとも…… 話してないことも話したことも あの皺には刻まれているだろう その数だけ椅子があらゆる形や大きさ 重さでふわふわと漂っていて、やがて そこにはぼくもひょろ長い老人もいて 椅子は椅子としてあらゆるものを 受け入れながら雲のように形を変えて 皆んな誰かの記憶のなか そらの椅子に腰かけ漂っている ---------------------------- [自由詩]天球儀/帆場蔵人[2019年4月30日1時39分] 静寂のなか温められた器から 咲いたジャスミンの香りが 夜の輪をまわしていく ぼくらは天球儀のなかにいて ジャスミンが咲き誇り、てまねく 月よ、おいで、星よ、おいで 憂いに喉を腫らしたきみも、おいで…… 儚く透けた静脈がいつか枯れ果てるとしても つかの間、天球のなか とめどなくまるくまるく ジャスミンとまざりあい 天球にひとつ、またひとつと 星が産み落とされ星座という 物語をぼくらは飲みほして 夜の輪がしゃなりしゃなりと 憂いに腫れた喉をうるおし また朝のなかへと放たれて 精いっぱいに歌えばいい ---------------------------- [自由詩]孤独な生命/帆場蔵人[2019年5月1日13時49分] 銛が 心臓を 一度でなく 二度つけば か細い悲鳴の糸 玉が転がっていく からからと瞳が空回り その色は失われて 緑のなかを 流れる赤と 銛の重たさ 森のなか 人はひとり ---------------------------- [自由詩]追憶を燃やす匂い/帆場蔵人[2019年5月8日22時19分] 夏の夜に眼を閉じて世間を遠ざける 蚊取り線香の燃えていく匂い いえ、あれは父が煙草を吸い尽くす音 いえ、あれは兄が穴を掘る遠い音 いえ、あれは舟に乗せた人にふる音 どこに行けばいいの?と尋ねても 背中でしか語らない人たち 祖母に手をひかれて歩きながら あかい椿を口から出して ハンカチにくるんだ道は 前へとゆく今日と同じ道 しろい肌に包まれて 果ててゆく道の端にもう どうしようもないぐらいに 違ってしまったいつかの 毛並みの悪い子の瞳が 転がっているのです あの人と同じ 形のよい 爪 背にあかい朱をひいて 癒えてはまた傷つけあう 赤児がないた 眼をあければ 爪の形のよさを 燃やしてしまいたい けれど蚊取り線香は 燃えつきて匂いだけが 悲しそうに去ってゆく 煙草はやめて家をでて 私を知らない土地の川で 舟を流す、それは海へ続き あの日と繋がりながら よく似た横顔で流れてゆく あかい椿の刺繍のハンカチ ふたり、ゆびを絡めあえる 家へと帰る道をたどろう ---------------------------- [自由詩]とうもろこし畑/帆場蔵人[2019年5月10日0時20分] 案山子の首はぶぅらぶら 揺れているのは首だか、風だか ちいさな呟きが繰り返されて とうもろこし畑から風がくる とうもろこし畑から盆の東風 だれかくる来るようにおもう 木の葉を撫でて 水たまりをまたいで だれかくる来るようにおもう 夕暮れが落ちてくる とうもろこし畑から だれかくる来るようにおもう あれはだれ、だれの歌声 振り返れば山からも夕暮れ 夕暮れと夕暮れがぶつかって 瞬きのうちに夜が来て 玉蜀黍の髭をぬいていくのはだれでしょう ---------------------------- [自由詩]季節を探して/帆場蔵人[2019年5月12日15時09分] 夏を探して 蝉の声に踊れば 踊れば夏でした 七日の後に声は枯れ 日めくり秋にちかづけば 鳴いているのは蝉でなく あれは鹿の子の笛の音 いいえ、それも夏でしょう では秋はどこ、どこでしょう? ちりちりと視線がもえる 鹿の背に乗った紅葉に 仄かにはえる 秋のうぶ毛を撫ぜる風 ---------------------------- [自由詩]遠い火をみつめて/帆場蔵人[2019年5月19日19時56分] 遠い火をみつめている どこにいても遥か彼方で ゆらぐこともなく燃えている あそこを目指していたはずなのだ 臍の下あたりで、眼球のうしろで わたしのいつ果てるかわからない 火が求めている、高くも低くもない わたしの先に常にあり 水の中にも夢の中にも泥の中にも 遠い火はたしかにあるのだ ある時はオリオン座であり ある時は街頭の歌うたいの喉の震え ある時はゴミ捨て場の壊れた人形 ある時は父であったり母であったり 兄であったりする、時に憎しみさえ 抱くというのに愛して止まないのだ 病床に伏してみる天井の先の先の空を 飛ぶ鳥の羽根の一枚に宿る火をみつめ 身の内にある火が燃え盛る夜に熱い息を 吐き出す、火が逆巻く、痛みが、泣いて いる、死に向かっていく細胞の燃焼が 遠い火を求めている、灰になっていく しかし、遠い火をみつめて のばした手は静かに震えて まだ灰にならない爪先が 夜明けを指差していた ---------------------------- (ファイルの終わり)