帆場蔵人 2018年11月11日14時27分から2019年1月1日2時06分まで ---------------------------- [自由詩]伝えられてきた言葉/帆場蔵人[2018年11月11日14時27分] 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来るといつか聴いた あれはだれの言葉だったのか 町を歩く人びとは明日の雨を思い 空を見上げることはないようで 誰もが今を足早に、昨日を思って 明日の天気をスマートフォンに 尋ねている 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来る 町が田辺藩と 呼ばれていた昔より さらに昔のだれかから 伝えられた言葉のひとつ 町を歩く人びとは明日の雨を思い 空を見上げることはないけれども 昨日の雨の記憶に心曇らせることがある 集落は水に浮かぶ飛び石になり 崩落が彼方此方で起きた 雨よ、静かに頂きを越えて 落花した花の傷口を 楚々と洗い流してくれ 時との旅だけがそれを 癒すのだとしても、雨よ 落花した花弁を歓びあふれる 場所まで流してくれないか 丹後富士の頂へ うろこ雲が巻き上げられていくと 明日は雨が来る、スマートフォンから 顔を挙げて空を見上げてそう呟けば 伝えられてきた 言葉はまるで祈りのように だれかの耳朶をうつ ---------------------------- [自由詩]Liar Liar/帆場蔵人[2018年11月13日22時39分] 晴れ時々嘘をつき 君も嘘つきで僕も嘘つきで嘘がドシャ降り 傘を忘れたからそれを軒先で眺めてる 君のためとか誰かのためとか 人のためだという嘘はスパイシーな隠し味で ビターな味は好きだけど 嘘のための嘘で作ったカクテルは 苦くて飲めたもんじゃないんだよ 天気予報は記録的な大嘘だと騒ぎ立てている いい加減待ちくたびれたから 嘘まみれになりながら歩いて帰ろうか どうせ嘘に塗れた人生なんだ いつか嘘が降り尽きたら 塗り潰されていた真実が 顔を出して教えてくれるだろう すぐに嘘に塗れてしまうけれど 確かな真実はあるんだと 晴れ時々優しい嘘が降る ---------------------------- [自由詩]雪の子/帆場蔵人[2018年11月13日22時45分] 日陰に隠れていた 雪の子が見つかり 陽の下に散らされ きらきらきらきら、と 子どもたちや猫たちの 軽やかな足音と踊って あの空に昇っていくよ だれもが春めくなかで ひそやかにひそやかに 春とすれ違いに 小さな雪の子は 冬を閉じていく ---------------------------- [自由詩]耳鳴りの羽音/帆場蔵人[2018年11月14日20時30分] こツン、と 硝子戸がたたかれ 暗い部屋で生き返る 耳鳴りがしていた からの一輪挿しは からのままだ 幼い頃、祖父が置いていた養蜂箱に 耳をあてたことがある、蜂たちの 羽音は忘れたけれど、何かを探していた 耳鳴りは蜂たちの羽音と重なり ひややかな硝子戸に耳をあてて 蜂になるんだ やみに耳をあて、描く、やみの先、花は 開き、一夜にして花弁は風にすくわれ 蜂は旋回しながら 行き先は知れない 妖しき宵の明星に惑い ジグザグ、ジグザグ、 風はすくわない どこ? いつかの夜に咲いた 花の手触りは、あたたかで 一層、孤独をあぶり出し 甘い蜜はより甘く、焦げた トーストみたいなぼくは いつもそれを求めていた 蜂になりたい なんのため? こころから飛び出した手、だれかの こころ、触れたい、花から花へと いくら蜜を持ち帰っても触れられない こころに触れたい、この硝子戸よりも あたたかいのだろうか、甘い蜜よりも 苦いものに、このこころを浸したいと 思えたときにはもう遅かった 一輪挿しにはまぼろしですら 花は咲かない、からの磁器は耳を吸いつけ 羽音は吸い込まれ、耳鳴りだけが返される 蜂蜜は女王蜂に捧げられるとしたら ぼくが追いかけていたのは 花ではなく女王蜂の面影だったのか 蜂に…… 朝の陽に焼かれて蜂は ベランダで死んでいた 女王蜂がいない養蜂箱は 死んでいる、耳鳴りだけの部屋 ---------------------------- [自由詩]夜道 〜19:03 応答せず〜/帆場蔵人[2018年11月15日0時48分] ガラスケースの中には 成人を迎えた晴れ着姿の女や 子どもを抱いた夫婦、百歳を 迎えた女の満面の笑み とぼとぼ、夜を歩けば 冷やかな風が問いかけてくる その顔はなぜ、俯いているのかと ひとりの男が逝ったからだ だれかの父が去ったからだ だれかの夫が息を止めたからだ だれかの息子が還ったからだ ガラスケースの中、人生はあの人が 去る前にも後にも続いていき、彼の 手がそれに触れることは、もうない とぼとぼ、夜を歩けば 冷やかな風が肩をあててくる お前はその男のことなど 昨日の今頃は気にもして いなかったじゃないかと 耳元で囁いては去ってゆく 俯くことで、否定していたかった 俯くことで、眼を逸らしていたかった 俯くことで、他人のふりをしていたかった 負け犬め、おれはあんたのようには なりはしないと叫んでいたら 違ったのか、震える携帯を 無関心に放り出したとき ひとつの生命を手放したのだ 顔は忘れても 神経質なまでに整えられた髪や 最後の着信履歴の時間だけが ふいに足にからんで、おれを 夜道にふらつかせる ガラスケースの前に留まる風はなく とぼとぼ、夜を歩いて おれはお前を心底、知らなかったのだと 告白してまわれど、応える声はなく とぼとぼ、ちいさくなり、とぼとぼと 夜風に巻かれてきりきり舞い散った ---------------------------- [自由詩]シュガー・ブルース/帆場蔵人[2018年11月16日0時00分] 命を頂いて生きている だから頂きます、というらしい けれどそれはそんなにありがたく 罪深いのだろうか 鶏が産み落とした精の無い 卵をいくつも使ったケーキは 悪徳の味がするのか 命を失った肉は血も冷たい サトウキビたちを殺して作った 砂糖のなんと甘いことか 甘さゆえに積み重ねられていく シュガー・ブルース 廃糖蜜さえ酒に変え 菓子に紅茶に仔羊に ラムをひとふり なんと罪深い シュガー・ブルース いつまで耳を塞いでるのさ 血が流れる音がしているよ 父を、母を、祖母を、兄妹を 友人を、見知らぬ人を、異国の人を 犬を、猫を、鳥を、蟻を 太陽を、星を、宇宙を 殺して、滅ぼし尽くし 路地裏で飢える人を 戦場で潰える生命を 親を亡くした子供を みつめながら歌うのさ 血が流れてるその傍らで シュガー・ブルースを歌うのさ 耳を塞いでる暇はねぇ 夢だ希望なんて玩具箱にしまって 蛇の潜む草叢に踏み出して 精のある卵を手に入れてごらん バロットを噛み砕いて血も肉も骨も 余さず食べ残さず、きみが生きる糧から 目を逸らすな、そいつもきみを観ている 互いの首を締めあうような生き方が 生きてるってことじゃないか そんな労苦のあとの 食事は美味いだろうさ、甘いだろうさ そんな時、シュガー・ブルースを歌うのさ 耳を塞いでる暇なんてないよ 歌えよ、シュガー・ブルースを 前奏は頂きますから始めようか 罪深くもありがたくもない、互いの 生命を晒しているなら、ただ断るだけ 頂きます、と否応もなくね ---------------------------- [自由詩]虎よ、虎よ/帆場蔵人[2018年11月17日1時15分] 老いた虎がいる 四肢は痩せ、臥せっている しかし、その眼からは咆哮がのぞく 虎よ、虎よ わたしはおまえになりたかった 虎よ、虎よ、おまえは 無駄や無理や、と吠え わたしの頭をねじ伏せた 庇護と否定のぬるい泥沼に 溺れさせ、虎は厳かで強かに わたしを常に砕いては 腹におさめてきたのだ 虎よ、虎よ わたしはおまえになりたかった 虎よ、虎よ 作り上げたわたしの虎は張り子 老いた虎がいる おまえには無理や、と吠えたなら わたしは虎になれるのか、なれるはずもない 張り子の虎は張り子でしかない 虎に憧れ続けるひとでしかない 虎よ、虎よ、もう一度、吠えてくれ ---------------------------- [自由詩]手/帆場蔵人[2018年11月17日14時53分] 夜風はぬるく低きを流れ あちやこちやに華が咲く そこかしこ 手が絡み合い蓮に成る ゆらりぬらりと結ばれて 愛しきものを求めるか 赦せぬものを求めるか ただただ生を求めるか 手の群れよ、手をひらく 虚しく空を掻きながら 螺旋にそって昇りゆく 月の扉を潜り抜け 境を越えて戻りゆく 甲斐なきことと 夜は泣き 月の雫は滴れり ---------------------------- [自由詩]日々/帆場蔵人[2018年11月21日14時11分] そのころの ぼくの悲しみは 保健所に連れて行かれる猫を 救えなかったことで、ぼくの絶望は その理由が彼女が猫は嫌いだからという 自分というものの無さだった ぼくの諦めはその翌日も同じように 珈琲を淹れて楽しみ美味いと感じたことで ぼくの希望は生きている ということしかなかった 色褪せたベンチに座る目やに汚れ 襤褸を着た年寄りより 若いということ ただただそれだけだった だからボートを盗んだ日 沖に出てすぐの小島のまえで、汗だくで 自分たちの限界を見せつけられたとき ぼくらが共有した波が重なりあう きらめきも、そらの深さも 忘れたくなかった、けれど 色褪せたベンチの一点へと 否応なく足は進み そうして 若き日々に感じた あらゆることを、まるで 美しい思い出として 酒のつまみに語らうことを ぼくは傷ましく思う 忘却と懐古、そんな歪な美しさを ぼくは憩う、忘れてしまった醜さを 刻みたいすべてに、まっすぐに 折れてしまうまえに それはやはり 悲しみを産むのだから 自分の尾を追いかけて ぐるぐる回る馬鹿な犬みたいだ そうして、ぼくのなかには 猫はどこにもいなかった そんなありふれた悲しみ 2001年8月の誕生日1日前 ---------------------------- [自由詩]いつものこと/帆場蔵人[2018年11月21日18時30分] わたしは悲しみを拾います だれの悲しみだろう なぜ悲しいのだろう 取り留めなくおもいます 掌で包んでみたり 耳をあててみたり 抱いて寝てみたり 机の上に置いてみたり 床に転がしてみたり 水の中や空に浮かべてみたり 地中に埋めてみたり 時には舐めてみます ひとつひとつ味も形も重さも違います 暗闇に投げ入れると輝くもの 潮騒に触れると震えだすもの 雑踏の中で人の足に絡むもの 時折、わたしはそいつらを料理しようかと 綺麗に腹わたを抜いて 出汁をとりスープにしたり すり下ろして薬味にしたり 天日に干して干物にしたり サラダスパの彩りにしたり カクテルの隠し味にしたり レシピを考えてみますが 他人の悲しみを血肉にすると 自分がわからなくなるので 食べることだけはしません ひと通りしてから わたしは落とし主を見つけて そっ、と気づかれないように 返しておきます それから黙ってそばに座ったり 笑いかけたり 離れていったりします 後はお気に召すまま 気の向くままに 時計がぼーん、と時をつげます ---------------------------- [自由詩]標本に溺れ/帆場蔵人[2018年11月22日8時56分] 父さんの部屋には 美しい蝶たちがたくさん死んでいる 父さんのお好みの姿勢でピンに止められ 埋葬もされず ひたすらあの男から愛を注がれている 父さんの部屋から 解放された死者たちが溢れ出て行く 父さんは膝をつき唖然としてピンの山に 埋没している ひたむきにその男を愛す私を見もせず 鈍色の空をあらゆる色彩が侵食して 蝶たちの羽ばたきはますます唸りをまして 音という音を飲み込み 静寂を創りだした そこにはわたしやこの男の鼓動は無い 埃を払い父さんの部屋を掃き清める 誰もが等しくピンで止められている 標本箱の中 みな片手間に夢を見る 蝶たちは羽根を広げて黙りこくっている ---------------------------- [自由詩]赫、赫と/帆場蔵人[2018年11月24日1時33分] 『赫』 赫いピラカンサス、鮮やかに燃えて 秋が尽きる前に燃えてその杯から あふれ滴る毒を孕んだ赫い果実よ あのひと粒 ひと粒 ひと粒に 過去と未来の産ぶ声が詰まっていて そこにわたしとあなたも重なり それをつぐみが啄ばみ飛び立つ 赫い味を確かめ吐き出す 噛み砕かれたそれは醜く 毒を孕んで唾液に濡れて 蠢きわたしを写している 心のなかの小さな棘が人を拒むのは ちいさな妬みや羨望を怖れるからだ 毒のような炎が無数の棘となるから あなたの瞳からは哀しみはさらずに 常に片隅に佇んで明後日を観ている つぐみは赫い実を啄ばみ わたしは赫い火をつかみ 炎はひろがる その意思に かかわらず かかわらず…… 母胎につつまれていた 遠い記憶が握り締めた こぶしから滴り落ちて わたしは 冬の大気に 静かに燃える柱になる 火の粉は無数のつぐみへと変わり そらを渡りどこまでも拓いてゆく そそがれてくる冬を懐き眠るなら また春がこの身に宿るのだろうか ピラカンサスの毒も棘も懐き眠る ---------------------------- [自由詩]過ぎゆく秋のざらつき/帆場蔵人[2018年12月10日0時50分] 銀杏の葉が 繋いだ 手 のなかにとけていくのを ひとつの幻想として編んでみるふたり 秋を数えては冬が来るのを拒むけれど 数えるほどに擦り傷だらけ、ざらつき ほどけて かなしみ が 編み込まれて 銀杏の葉は かなしみと呼ばれる そこら辺に溢れて、踏まれて それと同じように、かなしみ、は 何処かで量産されている、ラベルは 同じなのに、かなしみ、は重ならない 重ねたところしか、理解し合えないから 重ねたところでも、理解し合えないから 重ねた手のなかで、銀杏の葉を感じている そんな ざらつき が いとおしい 距たれるほど かなしみ が いとおしい ---------------------------- [自由詩]雨を降らせたくて/帆場蔵人[2018年12月10日1時00分] 動かない、くだらない 戯れ言が舌を翻弄して 降ったりやんだり、うまくない 雨みたいなもんだ、うまくない 嘘にまみれた言葉、うまくない 語りたいこと語りたくないこと 押し合い圧し合いつり合い過ぎて まったくうまくない、沈黙がふってくる アルゲリッチの演奏で沈黙を誤魔化して きみが眠ってしまったら 少しだけ雨を降らせて 朝が晴れることを もごもご、と祈りながら 朝に淹れる珈琲のことを考えている 同じくらい雨を降らせることを考えている 不揃いな珈琲豆たちを選り分けていく 貝殻みたいな豆や砕けた豆、虫喰いの豆たち 飲みたい一杯のためにお前たちを捨てる あるとき、お前たちで淹れた珈琲は そりゃぁ、美味くなかった あの味は忘れないだろう 生きる為に切り捨てた、たくさんの ものをお前たちは思い出させるから うまくない、だから忘れられない 不誠実なこの口に流し込む毒のようだ うまくない、息つぎをもごもごとして おはようとおやすみだけで生きていく そんなわけにはいかないから 口を開いて朝を呼びに行こう ---------------------------- [自由詩]椅子のいる風景/帆場蔵人[2018年12月12日1時00分] 『椅子』 もしここに椅子がなければ、 自分だけ 椅子がなければ、 どうするだろうか? 立ち尽くすのか、床に座るのか だれかの椅子を奪うのだろうか それとも黙ってその場をさるのか もし雑踏の流れにぽつりと 椅子が佇んでいたら どうするだろうか? 見て見ぬ振りをするのか 蹴り飛ばすのか、座ってやるのか どこか隅へと追いやるのか それとも黙って ふさわしい人が来るのを 寄り添い待つのだろうか それともいっそ 壊してやるのが人情か もし月夜の草原に ぽつんと 椅子が座っていたなら ともに座って 月を眺めるもんだろうさ なんでかなんて知りやしないよ ---------------------------- [自由詩]耳鳴りの羽音 version ?/帆場蔵人[2018年12月13日20時23分] こつン…… パ タ たタ …… 硝子戸がたたかれ 暗い部屋で生き返る 耳鳴りがあふれだして からの一輪挿しは からのままだ 幼い頃 祖父が置いていた 養蜂箱に 耳を あてたことが ある 蜂たちの 羽音は 忘れたけれど なにかを探していた 耳鳴りは 蜂たちの羽音と 重なり ひややかな 硝子戸に 耳をあてて 蜂 になるんだ やみに耳をあて 描く やみのさき 花は咲き 花びらは風にすくわれる 花びらが風を打つ音に さそわれ 蜂は さ迷いまわる ばかり、ちりたい 花は…… どこ? いつかの部屋に咲いていた 花の手ざわりは あたたかで 一層 孤独をあぶりだし あまい蜜はよりあまく 一輪挿しにはいつだって 花が咲いてた 枯れもせず 蜂になりたい なんのため? こころから飛び出した手 だれかのこころに 触れたい 花に? 女王蜂の蜜に 乾いた こころをひたしていた 安らかな 日々 ふたつのこころが 融けあい 生まれた ふれれば消える儚い花は耳鳴りを包みこみ ふたりの間で 静かに咲いていた あの花の名は もうわすれた 耳鳴りが蜂になり さ迷う夜に 硝子戸は祖父の 養蜂箱 にかわる 満たされていた箱と からの部屋 そして からの 一輪挿しにはまぼろしですら 花は咲かない、からの磁器は耳を吸いつけ 羽音は吸い込まれ、耳鳴りだけが返される 蜂に…… 朝の陽に焼かれて蜂は ベランダで死んでいた ---------------------------- [自由詩]花畑/帆場蔵人[2018年12月13日20時38分] 身も世もなく叫んだ男の穴という穴から色とりどりの花や艶やかな芽が 吹き出して??????????お花畑だ おや西瓜もあるぞ、美味そうだ あら綺麗ねぇ。なんて花? 人々は微笑みながら談笑し男だった物をみている その見物人からひとり、またひとりと吹き出し、町中がお花畑に成り果てた 種子はどこまでも拡がり、今日の地球はとても静かになって、とても良い日だ ---------------------------- [自由詩]村の記憶/帆場蔵人[2018年12月14日14時30分] 餌をつけた針をゆらり 次の瞬間に竿はしなり針は 川面に静かに滑り込む じいちゃんのとなりに座ってぼくはみていた それから黙って手渡された竿を手に川面を じっ、とみつめていたんだ、じいちゃんは 黙ってそんなぼくをみていた、とても静か 六畳の和室で祖父は寝ている 寝ていたかと思えば、叫びだす 祖母のなだめる声もとどかない 痛いのか、なにか嫌な夢をみたのか 腹が減ったのか、便所かもしれない 言葉にはならない、叫び 支離滅裂な言葉たち、叫び 寿司に毒が入っていると、叫び かたわらに座り 振り回される手を握れば、爪が手にくい込んで、胸に食い込んで 寂しい痛みがちかちかする 肉の削げた足をさぐると酷く冷たい あぁ、これかな やがて叫びが途絶えるころ 指に滲んだ血を舌でぬぐう 祖父は黙ってぼくを、いやぼくの 背後のなにかをみつめている ぼくも黙って変化する川面のような 瞳をみつめていた じいちゃんの手づくりの竿と針を 川に流して、きっと怒られると 歯を噛みしめていたけど、じいちゃんは縁側に座ると ぼくを隣に座らせて、村の田畑を 指さした 「あのさき、山の口のあたりな。じいちゃんがおめぇ、ぐらいのときはなぁんもなかった。じいちゃんの父ちゃんやおじさんや姉ちゃんたちが、時間かけて拡げた。その前はきっとあの辺りが畑でなかったんだろうなぁ。台風や山崩れで荒れても、また手を入れてな。やり直してきたんや。あの山な、あの山でみんな谷にかえるんや」 それから 釣り竿を黙って作りはじめた 夏の風にのってきた牛の鳴きごえ (谷にかえるよ、みんな) よくわからないけれど みんなそこにいるのだと むねに仕舞い込んだ 膝を抱えて桶のなかに祖父は置かれている 昨日はあれだけ叫んでいた人が 小さく固められて、黙っている たくさんの人々が村中や村外からも集まり、築百年のだだっ広い家にも入りきれずに、庭でざわざわと挨拶や故人のこと、まったく関係ない猿が家に入って鍋の肉じゃがを食べていた話しなんかをしながら葬いの空気を作っている。ぼくは離れの物置きで古びた釣り竿を二度、三度と振ってみた。いまだに釣りはうまくない。それから釣り竿を座棺のなかに滑り込ませた。だれもなにも言わない。ぼくのする事に怒らずにはいない父ですら、無言 やがて座棺は村の人々に担がれて葬送の列はうねりながらのびて、山のなかへと呑まれてゆく。とても天気の良い秋の日のことだった。祖父と釣りをした小川の橋を渡り、放牧された牛たちが草を食んでいる傍らを抜けて、曽祖父やその家族が切り拓いた田畑の間を通り祖父は山の墓場で土葬された。みんな谷にかえるんや、ぼくは呟いて墓のそばの桐ノ木をみあげる。それはとてもとても繁っていた。遠く牛の鳴き声が谷にこだまして、おかえり、とだれかが呟いている。とても静かに ひと粒がおちて 波紋をひろげながら みんなそこに かえるのだ ---------------------------- [自由詩]冬のしゃぼん玉/帆場蔵人[2018年12月15日15時16分] 冬のしゃぼん玉たち 雪にはじめまして やぁ、はじめまして それからさよなら ふれたら消える友だち めくばせしながら ふるりふるり のぞきこんでごらん ほら うつるよ 雪も太陽も夜もきみの瞳にうつる しゃぼん玉もきみの悲しみさんも どうぞおはいりなさい みんな みんなおはいんなさい 冬の木立ちの あたま まで いっしょにゆきましょう 冬のしゃぼん玉たち みんな抱えて 冬の息吹きを 受けながら ふるりふるり あてもなく ふれたら消える友だち おさきにゆきます 雪もゆるりと とけてゆきます みなさんまた逢いましょう ゆきましょう ほらあの雲の そのさきへ ゆきましょう ゆきましょう はじけて消えるそのさきで また逢いましょう 積もる雪 ふるりふるり ---------------------------- [自由詩]小夜時雨/帆場蔵人[2018年12月16日21時41分] 小夜時雨 雨がしとしとおしゃべりしてるよ。ぼくたちが忘れてしまった言葉で歌っているね。ぼくら魚だったころあんな風に泳いでいたのさ。雨粒は小さな海だからひと粒、ひと粒に、ほらだれか泳いでいるよ、なんてひろいのだろう。眼は滲んでぼやけて、海粒が降るよ。 七十億の雨粒の海がこんなに世界を叩いているから、きみの海だってあるだろう。うそぶくよ、ぼくら魚だったころあんな風に泳いでいたのさ。うそぶくよ、ひとりで泳いでいたいのさ。 海粒の水平線があんなに丸く滲んでいるのは、そう夜明けが近いから。火にかけたポットが鳴き始め、ぼくの海はポットの熱で弾けて煙に変わって消えた。夜明けが近いとうそぶきながら、自分で自分を煙に巻いている。そんなこんなで雨も海も魚の記憶もドリップしてしまえば、琥珀にのまれてきえていく。さぁ、眠れぬ夜に挨拶してまわろうか。雨が止むまで歩いて誰かのために傘をひとつ、置き忘れてこよう。 ---------------------------- [自由詩]Dance!Dance!Dance!/帆場蔵人[2018年12月18日20時46分] Dance!Dance!Dance! 押し寄せる刺激的なメッセージに いつの間にやら頭は痺れ 我を忘れ礼を忘れ時を忘れ 忘れた事も忘れ忘れ忘れて 誰もが誰かに踊らされてる 君も僕も踊ってやしないか ラジオでは死人が踊り出したって叫んでる まるで懐かしい映画のプロローグだよ 疑問抱く間もないね ボロボロになるまで踊らされ 気がつくと独りきり疲れ切ってる もうウンザリだと叫んで気づくのさ ポケットに捻じ込まれた処方箋 疑問5g?を朝夕一錠 我に返ります 飲みすぎにはご注意ください 今度は猜疑心が踊り出しますから ---------------------------- [自由詩]わたしに咲く薔薇/帆場蔵人[2018年12月19日19時22分] 季節外れの薔薇をみた 薔薇を吸えば棘にひりつき 裂けた咽喉に根を張り、歌う あぁ、私は美しさ故に人を傷つけても こうして許されています (なんて傲慢……) 咳は止まず、薔薇を吸えば吸うほどに 咲く悦び、わたしは待つ 冬が冷たく研いだ鎌で 薔薇を断ち切り 永遠に変えるのだ (なんて傲慢……) ---------------------------- [自由詩]冬はコートを纒い、何かを隠している/帆場蔵人[2018年12月22日2時17分] 手放したコートが風に舞い 風がコートを羽織っているようだ 見知らぬ少年がそれに目を 奪われている足元には 踏みつけられた草花が痛々しい 何も人に与えられないから たまになんでも手放してしまう 寒空に落ちていくコートは 自由に鳥とともに飛び 落ちるときには花を優しく 包んでくれるだろう 一心不乱に、祈るように 男は路上に座り込み、雑踏に背を向けている 大量の紙に線を!点を! 支離滅裂に? 文字なのか?記号なのか?地図なのか? 愛の失禁か、いや楽譜かもしれない それは 秘されている (彼なりの意味が重なり、積み上げられた紙は神殿のようだ) 誰もがみないふりをするなかでその背は あまりに真摯で、熱に満ちて、踏みつけられた 草花と同じく神秘的だ 秘された意味がある、意味を見いだすのだ わたしには意味はなくとも 地球の反対側で撃ち殺されたひとが落としたコーヒーの甘い香り、廃れていくフィジー諸島の伝統料理、酔っ払った猫はいずれ水に落ちて死んだけれど死後も愛されている、おまえを知らない人がどれだけいるのだろう、感じてほしい そんなことに意味がありますか? 手放したコートが風に舞い 風がコートを羽織っているようだ 見知らぬ少年はそれに目を奪われ 足元の踏みつけられた草花を 見つめている少女に気づかない 得難いもの、どうでもよくも得難い 秘されたものがぼくらを繋いで すぐに消えてみな、歩みさる 何も人に与えられないから たまになんでも手放してしまう 寒空に落ちていくコートは 自由に鳥とともに飛び 落ちるときには花を 優しく包んでくれるだろう それはもう間違いなく 意味などないけれど ---------------------------- [自由詩]埋み火/帆場蔵人[2018年12月23日23時34分] 老人はおまえに ものを 放りこむ 赤々とした その口へ おまえの頭上で鍋が笑っている 数限りない夕餉の匂いがおまえに 染み付いている、また酒の芳しい香りと 血の流れと涙は静かに漂っている あの庭の 一角に根付いていた木を その手で断ち割り おまえに焚べるとき 過ぎし日に小さな手で ぶら下がった 枝木の 感触が思い出されながら 焼かれていく 老人の父もその母も兄も妹も 灰のなかに 息づいている 冬の時代おまえはわけへだてなく 人をあたため、過去から今に至る たくさんの影たちが老人とともに おまえを囲んでいる おまえが抱く火は 人が絶やすことなく 受け継いできたものだ 別たれた道を辿り あゆみ去った手足がやがてまた ここに現れるときまで、おまえは老人を 見守り、老人もおまえを見守り 火は絶える ことなく ちいさな達磨ストーブは 夕餉をあたためて、灰のなかの人々とともに やがて来るだれかを待っているのだ ---------------------------- [自由詩]冬を越えるために/帆場蔵人[2018年12月24日0時28分] 冬に映える黒髪の獣の口から、あなたとの四季のため息が風に巻かれていくよ。あのシャボン玉がすべて包んで弾けたからぼくやきみの悲しみさんはもうないんだ。同じように喜びも弾けて消えるからまた悲しみさんはとなりにいる。シャボンが弾けるたびに忘れてきたものの悲鳴が、淀みなく流れる車に轢かれて弾けて消えていくよ。また1℃、冬が足をすすめて吐息を染めかえていく。 さて、それでも春に焦がれる浅ましき身としては、今年の春に拾った桜の蕾の塩漬けを白茶に浮かばせ道行く人々に振舞い、たくさんの人が春を思ってくれることを願わずにはいられないのです。ねぇ、悲しみさん、まだぼくの傍にいてくれますか。ただひとつ、ひとつだけしゃぼん玉を胸に懐いていることを許して欲しい。冬は寒いけれど、春を迎える生き方ぐらい許してくれないか。それならきっと少し優しくなれるかもしれない。獣も人らしくみえるだろう。 ---------------------------- [自由詩]まぼろしのように/帆場蔵人[2018年12月25日0時07分] "まぼろしのように" 粘性の夢はつやつやとして 汗の匂いがする、果実の匂いがする いつか異国から届いた葉書の匂い 紙の海を泳ぐとき紙の月が空にある 異邦の歌声は艶やかに過ぎて あなたを思いだす、粘性の夢を泳ぐ それは黒髪の海、白い月は面影 寝返れば願うほどにからみつく 窓を開け放つ、湿った風が汗と混じり 冷たく不快な十二月の空に 冬の虹、つやつやと冬の虹 紙ヒコーキが横切っていく "まぼろしのように" ---------------------------- [自由詩]いつかの伝言板/帆場蔵人[2018年12月26日12時44分] 古物が集積された 墓場のようなビルの前 フェンスにもたれて 剥げた手足を 褪せた顔を 晒しながら 途方に 暮れて きみは空を斜めに 見つめている いつか駅にいたきみ もうなにも書き込まれる ことなく、雨、雨、雨だ いまは雨、懐かしいきみの隣 でフェンスにもたれ、たわんだ フェンスの分だけ和らぐ気持ち いまはひとりだ、きみもひとりか 明日は廃棄か、それとも朽ちるまで ぼくと変わらないね、耳をあてると 冷たくてつめたくて ぼくらふたり 雨ざらし ポケベルも携帯もなかったから きみに暗号を託していた日々 フェンスが少しずつ二人を隔てて すっかり忘れられてしまった八月の 朝からきみに会うことは なくなった、最後の暗号 謝りたかった 待ち合わせはないから 一緒に空を見上げよう いまは雨、もう晴れた 冬の虹が滲んでるよ 放たれた鳥は帰ってはこないから もうすこしだけ空を斜めにみていよう 足元の水たまりに最後の雨粒が落ちた ---------------------------- [自由詩]冬の幻視(まぼろし)/帆場蔵人[2019年1月1日1時17分] 寒の暁には 怜悧な羽根の 蜻蛉がつぃーつぃーと 細雪に混ざりこみ わたしの心を 薄く うすく スライスして 春も夏も秋も 冬もなく 町の風景に散らばめてゆき ます、冷え切った 手は あなたの手を 足は独りで 町外れで 土筆をふみ 舌は 赤 いろ あかね色 いろいろな人の 舌に 本音を聴く耳と 柔らかな 耳たぶは雪に 触れて 冷たすぎるから 舐めてもあまり甘く ないのでしょうね 汗と潮が混ざる 匂い あなたが 入道雲を背に 走ってきます 雪いろの蜻蛉が つぃーつぃーと、寒いねと わたしに向けられた言葉に 染み入って溶けるから あぁ、やっぱり冬だよと 洩らした途端に 春に向かって 一斉に 雪いろ蜻蛉 たちは 飛び去るのです 冬を薄らうすらと 切り裂く まぼろしが 年の空に飛び交う つぃーと あなたの指さきが ?を掠って雪と すれ違いそらに流れた ---------------------------- [自由詩]小夜時雨たたずむ夜に/帆場蔵人[2019年1月1日2時04分] 小夜時雨、わたしは夜のなか 朝をしらない、昼にふれば だれもわたしを小夜時雨と よびはしないから、涙もない 夜の静寂を細いゆびでたたく あの窓明かりからのぞくひと あなたがわたしをわすれたように わたしもあなたをわすれたけれど わたしはいます、細いゆびのひと 小夜時雨、わたしは夜のなか 朝には雪に変わるでしょう ---------------------------- [自由詩]小夜時雨の街/帆場蔵人[2019年1月1日2時06分] 雨が傘に足をおろすのを聴きながら提灯を手に町へでていく。雨の日には町の水路は誰もがきづかないうちに、碧い水に満たされているんだ。ゴンドラの唄が雨に濡れて艶やかに響いてきて、水路のうえにぼお、とした灯が揺れている。やがて水路を滑るように舟の舳先がみえて、蓑笠を背負った青蛙(せいあ)のじいさんが竿立てやってきた。青蛙のじいさんは雨降りの日に鳥たちの代わりに新聞や手紙を配達してまわる。彼は唄以外では声を発しないんだ。長い年月が彼から唄以外を奪ってしまったのだろうか? しかし今日はまだ目醒めの鐘が聴こえてこない。鐘が鳴らないと朝がやって来ないから、どうやら誰も彼も息をひそめているみたいだ。 青蛙のじいさんが差し出してきた手紙を受け取って、歩きだしてからその潮の香りのする小封筒の宛名がナジム宛だと気がついた。もう青蛙のじいさんの歌声は遠ざかっていて、途方に暮れてしまう。よりによってナジム宛の手紙なんて。しかし、何の役目も持たないぼくにはお似合いのお使いかもしれない。 ナジムは遠い国から、ぼくたちの知らない町からやってきた青年だ。海を越えて(生まれてこのかた海を見たことはないけど、渡り鳥たちが言うには海水はしょっぱいらしい、信じられない!) ナジムは大概、歌っている。風や雨とともに、その身体を楽器にして潮の香りのする歌を響かせるんだ。町のみんながその歌声を愛している。でもぼくは彼が少し、いやかなり苦手だ。誰も彼もとうまくやれてしまうナジムはぼくと正反対だから。 広場には無数の柱が建ち並び、雨合羽を着た銀鼠たちが糸車を手にチャカチャカと忙しく走り回って柱に糸をかけて回っていた。彼らは生粋のアーティストで柱にかけた糸で、様々なものを編んでみせるんだ。遠くたかい空を往く鯨神や鳥たち、それからさらに高みにいる雲間からのぞく眼を喜ばせるために、毎日、昼夜を問わず動き続けているんだ。ナジムはいないかい? そう問いかけると銀鼠たちは妙ちくりんに鼻をひくひくさせて、顔を見合わせるとまた作業に戻ってしまった。仕方ないからぼくは歌い始める。ナジムはいつだって歌があるところにいるんだから。 お前は息をひそめ 鳥たちの目ざめや 太陽のあしおとに 耳を澄ませている そうして 慎ましく そっ、と 目醒めの鐘を振る それは小鳥の囀り それは白む空の色 それは海の小々波 それは潮のにおい 漁師たちの足おと わたしは間(あはい)を歩みながら お前を待っている、朝よ あさよ、朝よ、朝よ、と声は木霊してゆき押しのけられた空気の流れが風になり、ナジムが歌い始める。そうして目醒めの鐘が町をさざ波のように朝に塗り替えていく。雨粒が空に落ち始めて雨雲は口を開けて迎えている。もう傘も提灯もいらない。手放した赤い傘も吸い上げられていく。朝が来たのだ。ナジム宛の手紙、ナジム、ナジムはそう言えばぼくの名前だ。朝と夜の間だけ、ぼくは小夜時雨の町を歩く。あぁ、小夜時雨の町からぼくらは朝には帰るのだ。たくさんの傘が群れをなして空に吸い上げられていく。銀鼠たちがシシッと笑いながら、前脚を器用に振っている。手紙になんて書かれていたのか、明日は忘れずに見なければいけないね。そして現の朝はやって来る。おはよう、ナジム。 ---------------------------- (ファイルの終わり)