帆場蔵人 2018年10月31日22時32分から2018年11月11日13時18分まで ---------------------------- [自由詩]一粒の麦よ/帆場蔵人[2018年10月31日22時32分] 埋もれた一粒の麦のことを 考えている 踏み固められた大地から 顔も出せず 根をはることもなく 暗澹とした深い眠りのなかで 郷愁の念を抱いているのか 夏天に輝く手を伸ばし 希望の歌がこぼれんばかりに 大地を豊穣の海へと変えた あのころを 冬天の下、霜枯れていく山里よ 幼き日に友たちと駆けた 黄金色の迷い路の夢も枯れて またひとり、またひとりと人々は去り 整然と均された荒野と鬱蒼と茂る緑が ただ広がっている 農夫よ何処に行ったのだ? わたしはかえりみる 縁側で眠るように座していた あの年老いた農夫を 節くれた傷だらけの手の厚みを あの埋もれた一粒の麦の声に その耳を傾けていたのか わたしには聴こえない どこで間違えたのか あの黄金も希望の歌も忘れてしまった 失くしてしまった わたしは農夫になれなかった無能もの 真実を求め麦酒を飲み 言葉のなかで一粒の麦をさがして 酔いつぶれていくのだ ---------------------------- [自由詩]触れ合う/帆場蔵人[2018年11月1日20時15分] 右の頬を叩かれ 左の頬も叩かれ まったく叩かれてばかりだ 女に叩かれ振られ 男に目つきが悪いと叩かれ ふらふらして肩がぶつかり叩かれ まったく叩かれてばかりの人生だが ぼくだって毎日地球を叩いている 歩いて、走り、たまに密やかに 人知れず踊ってみたりする そうすると地球が叩き返してきて 鼓動は高鳴り、どこまでも飛べそう しかし雨だ、雨が降ってきて 百万回は叩かれて ふらふら 肩がぶつかり叩かれる あぁ、まったく上手く出来ている ひとは大地を耕し、牛馬が草を食む 工場地帯の黒雲はいつか嵐を孕むだろう 生命は叩き叩かれ、どんどんと草木の芽は 息吹いてゆき、密かに交わされる密談が マンホールの蓋を揺らして、ひとが落ちる まったく上手く出来ている ふらふらしてたら だれかにそっ、と抱擁されて鼓動が 打ちあい、心臓の歌が聴こえた 下水道やそこに生きるどぶネズミの糞 街かどでだれかが無造作に咀嚼するパン 死にゆくひとの吐息から 指さきにふっ、と止まる 秋茜のように ちろちろ、萌えて掠れて ひゅるりら、ひゅるりら、流れ 流れ、流れて、雪崩れ、泣かれて 心臓はなる、歌え心臓、耳を地に落とし あまり無造作に地球を 抉らないでくれ、奪わないでくれ 垂直に地球を見下している ぼくらが言うことなのか あぁ、わかっている同罪なんだ なんもしてねぇ、からさ だから、せめて優しく叩いて 叩き返されよう、それは抱擁になるのか? 昔の偉い方が 右の頬を叩かれたら、左の頬を 差し出しなさい、などと言われたので 叩かれてばかりなのである そんなわけでぼくはちぃ、と ばかし馬鹿になってしまい 馬鹿だから、とりあえず悪賢い考えも 浮かばない、人畜無害なやつに なってしまえたら、どんなに幸せだろうか 優しく頬を叩きたい、叩かれたい いつだってそっ、と差し出すのだ ---------------------------- [自由詩]呟き/帆場蔵人[2018年11月4日23時35分] 誰に語るということもない 老いた人の呟き、そこに何があるのか そこに道がある、人の来た道がある ふたりの兄は死んだ、戦さで死んだ だから戦地に送られなかった 兄たちは勉強が出来た、友人が多かった わしは頭が不出来で、友人も少ない でも生きている、その呟き 誰に語るということもない 人の呟き、ひとりの部屋で 朝に呟き、またしまい込み 昼に呟き、それを放り出す 夕に呟き、ただ黙りこんで でも生きている、呟きは生きている 雨ざらしになり、軒に吊り下げられた 洗濯物の下でそれを見上げている 誰に語るということもない 老いた人の呟き、そこに道がある 人の来た道がある その呟きを拾えば その息吹が道を示す まだ道は続いていく ---------------------------- [自由詩]一膳の箸へのオード/帆場蔵人[2018年11月5日1時07分] 箸よ、おまえは美しい 未熟な身体で生まれ 生死の境を漂っていたわたしが ようよう生にしがみつき お食い初めをしたという 小さな塗り箸よ 遺品整理をした そのときに うやうやしく 箪笥の奥に 仕舞われていた 一膳の箸よ おまえは 記憶にもない 祖母との 絆の証しだ わたしはおまえで 祖母の骨を拾ったのだ 箸よ、おまえは美しい なにものよりも美しい ---------------------------- [自由詩]生命/帆場蔵人[2018年11月7日8時20分] 白鷺が 橋の欄干に立つ 切り取られた わたしの 瞳のひかり 羽ばたきが心を さらいゆく 橋の上の肉体は ただわたしを見上げて 心ここに在らず 遠く遠く浮遊する 時すらも置き去り 風が生命を運んでゆく わたしの哀しみも喜びも 抱擁するように あの人の墓に供えられた花を 生まれたての赤子の声を 祭りの喧騒のひとつひとつを 抱擁するように 枷はなく飛翔する 抱擁できなかった生命を わたしは今、抱いている ---------------------------- [自由詩]波の子/帆場蔵人[2018年11月8日1時54分] 常夏の陽が波にとけ 波の子生まれ遥々と この島国へ流れ流れて 夏を運んで、春を流して 波の子ゆすら ゆすら、すら 鰯の群れや鯨の髭を 気ままにゆらし ゆすらすら 浜辺に埋めた悲しみを 夏の波の子、あやします 寄せては返し、ゆすらすら 口を閉ざした貝たちも 唄いはじめる、ゆすらすら 浜辺に埋めた悲しみも 遠い海へと運ばれて いつしか波に還ります ---------------------------- [自由詩]小春日和/帆場蔵人[2018年11月8日1時56分] 枯れ葉がからから 秋の子どもたちの 足音、からからと 町ゆくひとの足を いたずらに撫でて 風のような笑い声 枯れ葉を燃やせば 秋の子どもたちは 舞い上がりおどり それを見たひとは 懐かしい日を想い 憂いの衣をまとう からからと笑って 秋の子どもたちは そらにふわり遊ぶ ---------------------------- [自由詩]孫兵衛の顔/帆場蔵人[2018年11月10日0時14分] 怒れば父に似ていると言われ 黙っていれば父の父に似ていると言われ 笑っていると母に似ていると言われる 母方の田舎には老人ばかりで 外を歩けば何処のもんやと わらわらと集まってきて ほお、ほお、ほお…… なんとも孫兵衛の顔じゃ そうだ孫兵衛顔だと母の父に 似ているとうろ覚えの祖父の顔を 押し付けてくる、その顔たちが ひどく安心しているから ぼくは何も言わず笑う そんな顔がひどく孫兵衛らしい 孫兵衛の家は祖母で終わる 跡継ぎの叔父は早くに死んだ 怒れば父に似ていると言われ 黙っていれば父の父に似ていると言われ 笑っていると母に似ていると言われ そういえば、泣き顔は誰に似てるのか 自分ではわからない、やはり孫兵衛の顔か 孫兵衛の孫は孫兵衛の顔らしい ひとり、山の茶畑にのぼり ごとん、と斜面に居座る岩に腰をおろす この茶畑は百年も前に 何代目かの孫兵衛が植えたものらしい その茶葉を幾らか摘んで 春は新茶、秋は番茶を 楽しんできた ある画家が この谷の土を喰い この谷の風に吹かれて生きたい、と言った 彼はぼくにとっては栃餅をくれるおじさんで 絵がうまい人だった いつだったか、幼い頃に田舎で飼っていた クロという黒猫の後を追っていると 遠くでおじさんが手を振っていた 自宅の廊下に飾られている おじさんが描いた田舎の風景に 黒猫と馳ける少年がいる あれは孫兵衛の孫だろうか 画家はこの谷で死んだ この谷の風に吹かれて生きて この谷の土を喰い、やがて死んだ この岩に座って 風の音を聴いて 村を眺めていると それも悪くないと ほんの少し、この地に根を張ろうと 心が動くのだけれど、数時間後には 祖母に見送られ谷を出て行く 町ではだれもぼくを 孫兵衛とは呼ばない ---------------------------- [自由詩]鳩/帆場蔵人[2018年11月11日13時18分] 一羽の鳩は飛びゆき 一羽の鳩は堕ちゆく 空を見上げる子らは 羽ばたきしか知らず 星のかがやきに浮かれ 草葉の陰に横たわるものは 人知れず退場するだろう さめざめと僕はたたずみ 見知らぬ子の笑い声は遠ざかる ---------------------------- (ファイルの終わり)