新染因循 2019年1月15日21時37分から2021年10月21日21時51分まで ---------------------------- [自由詩]まぼろしである/新染因循[2019年1月15日21時37分] まぼろしである しとどに濡れる街が 明滅する赤信号が 交差点にあふれた人びとが 舗装された道路の窪みが まぼろしである 底のすりへった靴が 歩道橋の一段目が つらなった改札の狭さが すすまない渋滞が まぼろしである 灰色にしずんだ空が 傘にはねかえる雨粒が その合間によどむ顔たちが 震える雑草の路地裏が まぼろしである まぼろしであるから 水溜りでわたしがゆれている 人々の雑踏がゆれている わたしというまぼろしに この時代がゆれている ---------------------------- [自由詩]永劫の蕾/新染因循[2019年2月14日0時50分] この花は永劫の畔にゆれている。 あまたのうつろいをながめ 蕾という名の一輪となって。 風よりもとうめいなあなたの声が、 水面をやわくなでている。 どことも知れずに吹いてきては。 あなたの落としていった種は 油彩のなかに秘められた 空のかなたの青色をしていた。 ああ、永劫に 枯れることもない花のあわれ! 日よ、暮れよ、 吹きすさぶような夜よ、 この花が枯れてしまうように。 手折るではなく、 ただ、日よ、暮れて枯れよ。 だがあなたは在るのだ。 この花は永劫の畔にゆれている。 あまたのうつろいをながめ 蕾という名の絵画となって。 ---------------------------- [自由詩]青空/新染因循[2019年3月17日11時59分] 青空。 あれは欠けてしまった心だ、 心の欠けらなのだ、 重力のようにわたしを惹き、 赤子の瞳のように影を呑むのだ、 どこにも行けないという幻肢痛。 慰めがたい痛みを慰めようと 冷ややかな雑踏のなかに わたしは身をうずめたのだ。 黒々としたアスファルトのうえ、 鈍い玉虫色の水溜りをまたぎ、 あらゆる影から滲みでた激流が 奔る、奔る。 からみとられる足もない もがくべき腕もないわたしは ただ溺れ流されここに在る。 ここに、在るだけ。 失くしたものも忘れて 波間にたゆたうクラゲのように、 だがクラゲは飛べはしないのだ いかに惹きつけられようと。 忘れたことに涙し 涙することを忘れるころ、 雨は降らない。 澄み切った青空だけである。 ---------------------------- [自由詩]青空(改稿)/新染因循[2019年3月19日2時07分]    青空が好きです。 青空。 あれは欠けてしまった心だ、 心の欠けらなのだ、 重力のようにわたしを惹き、 幼子の瞳のように影を呑むのだ、 どこにも行けないという幻肢痛。 慰めがたい痛みを慰めようと 冷ややかな雑踏のなかに わたしは身をうずめた。 黒々としたアスファルトのうえ、 鈍い玉虫色の水溜りをまたぎ、 あらゆる影から滲みでた激流が 奔る、奔る。 青空はやがて海になる。 亡霊にもなれなかったものたちの 忘れてしまったものたちが響く 海になる。 かつて青空の欠けらは流星群となって 夜空を切りさいて水平線になった。 星の瓶を両手で握りしめ、 夢のかなたにまで羽搏いた日々よ! かがやける海ガラスの浜辺を思いだす。 今やわたしは波打ち際にひからびた 網にからみとられた藻屑である。 電波じみた妄想にからまった藻屑である。 だれかが走っている。笑い声がある。 青空にひびきわたる笑い声よ、 おまえはだれだ、だれだ、 わたしの忘れたものだ。 からみとられる足もない もがくべき腕もないわたしは 溺れ、流され、ここに在る。 ここに生きている。 波に揺られては吐きだされる、 だれかの影を踏みしめ、踏みしめられる 赤錆びた街からのぞく朝の 変わってはくれなかった青空が眩い。 ---------------------------- [自由詩]朝を叫ぶ/新染因循[2019年3月29日23時39分] 環状につらなった日々、 一日をくぐりぬけるだけの夜は きっとぼくの忘れてしまった 大切なことの影法師たちだ。 明滅する日々に目眩いたぼく。 かつては天を仰いで待っていた。 変わらずおとずれる朝、 もたらされる朝を。 いつからあのトンネルの外に この蒼い水平が拓けていたのか、 いつからぼくはここに立ち どうやってここに来たのか。 そんなことはきっと わからないままでいい。 わかることはたった一つだ。 ここには朝がもたらされない。 流転しない夜のなかに囚われていた ぼくを越えて、越えられずに 流れた日々を越えて、 ぼくは朝を叫ぶ。 終わらない夜でもいい。 そのなかで伏すとしても。 この声こそが朝になるのだと 朝を叫べるのなら! ---------------------------- [自由詩]真珠/新染因循[2019年4月7日14時18分] メノウのような波 渚にかききえる泡たち たゆたっているのだ だきとめたかった 欠けてしまったからだを 小さく、小さく、まるめて 原石の真珠 秘められたままでいい このまま眠るから ---------------------------- [自由詩]自動欠落児童/新染因循[2019年4月13日15時52分] 僕のからだは四肢を欠如し 口だけがやたらめったら気取っていて 目にはencyclopediaが縫われている。 石の頭だけを大きくして あらゆるものを知っていると 古ぼけた紙のにおいを吸いこんだ。 欠落した五感の愉悦さえもが 文字列として脳にinputされ 僕には四肢が欠如したままだ。 ---------------------------- [自由詩]合掌/透明/新染因循[2019年5月1日21時04分] 「合掌」 時が合掌すると 測りがたき遠方の地平は白む。 赫きは天から天へ、 高く響きあふ鐘の音色。 この果てのない寺院に しかし動くものはなにひとつない。 「透明」 肉体といふ暴力に晒されると もう形もないのに壊れてしまふので 透明になった指先で 色を喪くした影にふれよう ---------------------------- [自由詩]肉体のシニフィエ/新染因循[2019年5月13日1時06分] ビルの窓に褪せた空の青さ 夜のままの側溝の饐えた臭い 音漏れしている流行曲 眩暈のするようなデジャヴ なにもかもが痛くて堪らない 肉体は暴力である 殴打された何十億光年の静寂に 雑踏や満員電車、渋滞は 時代から嘔吐されてしまったのだ だからどこにも行けないのだ 街という掃き溜めの底で シニフィアンを喪ってあなたは あなたという透明になった その指先で撫でておくれ 宇宙につけられた痣の一つを ---------------------------- [自由詩]蓮になりてえ/新染因循[2019年5月22日11時07分] おれが居たんは楽園とかいう果樹園やが アホウな鳥が啄んだあげく 雲ん上で糞ひり出したもんだから おれは泥ん中に落ちちまってよ 隣で生ってたあいつらあ 灼然な御神木だとか 世界一臭え花だとかに なったりしたのによ おれは何にもなれねえで ぺんぺん草にもなれねえで 案山子と馬鹿話んなかで健気と笑ってた 蓮を見あげて溺れるだけやわな (まあ見えもしねんだけどな) でもどうは云ってもよ おれは何にもできねえの こん汚泥から這い出すことも まして虫になって蘂穿ることも 何にもできねえからよ 夢見ることしかできねえなあ せめて蓮になりてえなあ ---------------------------- [自由詩]五月の鋭敏/新染因循[2019年6月14日23時48分] 雨と雨との距離を測りかねて 戸惑いに揺れる傘は 五月の鋭敏にやられた心です ビル街はところにより墓地のよう 予報どおりに雨は止みました 枯れかけた花束の空ですけれど 新緑が瑞々しいですね と声をかけたくなったり それを恥じて俯いてしまうのは どうしてでしょう 考えても、検索しても ツツジの蜜を啜ってみても わからないままです わからないまま 五月が終わろうとしています いつもと変わらない煌きで 夕暮れが眩しいですね ---------------------------- [自由詩]月/新染因循[2019年6月22日21時03分] どこまで漕いで行こうか こんなにも暗い夜だ 幽かに揺れている水平を 描いているのはいつの波紋か この舵だけが覚えていることだ 銀の月が爛々と眩い 溶けているのだな、おまえ うつくしく輝きを流して どこまで広がっていく だれに掬われるのだ その手はきっと白かろうな あそこまで漕いで行こう 凪の重さが心地いいな こんなにもいい夜だ あの月を砕きに行こう ---------------------------- [自由詩]月(2)/新染因循[2019年7月2日23時52分] 昏い海の波間で 人魚にもなれなかった 青白き亡霊たちは 海よりも深い森のなか 銀竜草の霧のなか 木漏れ日のような朝露から こぼれ落ちたのだ 月の投げた銀の網が のたり、と揺れている さらおうとしているのは 燃えさかる涙の欠片だ、 砂時計に反射した黄金だ 月よ、欠けたることのない月よ だからお前は沈むのだ ---------------------------- [自由詩]零度の透明/新染因循[2019年7月20日22時44分] 太陽があまりに悲しい あの永遠の寂寥のうちに 蒸発の悲鳴さえ許されないとは 風が、吹いている あらゆるものの上にある空から 火と岩と水の星へと そして冷たく聳えている街は きっと何十億年の零度に凍えた 亡霊たちの墓標なのだ 風は熱を鎮めるために吹くという どおりで向かい風が強いわけだ こんなにも強く生きているのだから わたしはかたちを脱ぎ捨て 無限遠に円環する瞳に 風を呑みほしながら透明になった これでいいじゃないか 風が、吹いているのだから もうこれだけでいいじゃないか ---------------------------- [自由詩]遠のくということ/新染因循[2019年8月2日16時08分] 遠い落日から潮騒はやってくる 零れおちた輝きは 海硝子にはなれない貝殻たち のこるものは夜光貝の 幻というかそけき冷たさ 空の螺旋のうちに響いている 遠のくということは淋しい それは砂をさらってゆく漣だ 鏤められた砂は、沈んで さようなら、と 掲げた手の隙間から 落日の遠さを測っている あの遠方からやってくるのだ こんなにも眩いというのに ---------------------------- [自由詩]おびえる/新染因循[2019年9月8日16時45分] 踏みあった影はうねりを繰りかえし 大蛇のようにわたしを睨めている これが雑踏という生物だ 身を縮めて隠れるほかない だが一歩たりとも動かぬように 語ることを好まなかった父は 静かなところへと旅立っていった 名があったかさえわからぬ山は ただ小さく葉の陰を落とすばかり 眩むような夏の暑さのなかで もはや白百合とは呼べぬ花束を掴み そっとビニール袋に隠した ぬるい風が吹いていた それは黒々とした湿りを舐めつくし 狂女の髪のようにゆれていた 昼に浮かぶ星雲のような声音で 蜉蝣のように、おんなが問う <空の青さに恥じない人生だった?> 墓標のいくらかは苔生し 太陽は無邪気に首をかしげていた 街へともどる道は急峻で、 地平は鋭利に太陽を反射している 今すぐにでもクラクションを壊してやろうと思った 街灯は羽虫の悲鳴にかげり 家は貝のように閉ざされている そこには美しく育まれる肉体がある そしてアスファルトの黒々とした窪みから 渇ききった命は手を伸ばしている だがもはや、風が吹くことなどあるまい ---------------------------- [自由詩]ブランコ/新染因循[2019年9月10日7時51分] 天体望遠鏡すら知らない宇宙の彼方からブランコは こんなちっぽけな青い星まで伸びている 一漕ぎで銀河を跨いでゆくのは もう旅立っていった人だろう ただ空を仰いで憧れるしかない 移ろうという喜びと どこにも居なくても良い寂しさに ---------------------------- [自由詩]青にやられて/新染因循[2019年9月14日23時16分] 雨上がりの午後、この街の空は どこまでも行けるように青かった アスファルトの窪みでは水たまりが 信号のいらない雲の往来を映している あそこに飛び込んでしまおうか 革靴なんか脱ぎ捨てて それから街を出ていって ガラクタ山の長靴を履いて 雲のあわいを天使と仰ごう ちっぽけな傘を踊らせて 風の色をした切符を口に咥えて 満月の裏側でスキップしよう わかっているのだ、本当は たとえあの水飛沫と戯れようと どれだけ綺麗に流れたように見えようと それが青空という嘘であることは 明日なんか欲しくはないけれど 明日という響きはあまりにも青いから まずは長靴を買いに行こう それから照る照る坊主を吊るそう ---------------------------- [自由詩]落下と膨張/新染因循[2019年9月28日20時57分] ある朝、わたしは透明になった。 世界は膝を抱えて仰いだ青空であり そこへとあらゆるものは落下していた。 それは重力という現象ではなく 存在という重心へと還っていく風景だった。 この風と岩、水だけの星をおいてけぼりにして 宇宙はどこまでも広がりつづけるという。 道ばたの雑草も、空中庭園の薔薇も 彼方へ、彼方へと伸びているのではなく 最後の息をはいて落下しているのだ。 雨と雨との距離さえ膨張している。 川の対岸に舞う蝶々、麦畑の金色の波、 夜が詰まってしまった側溝の饐えた臭い、 踏みにじられたショートホープの吸い殻、 親しんでいたものすべてが遠くにある。 とどかない呼び声に疲れた肉体と やおら閉ざした瞳のうちの景色は 四十六億年もの間ずっと はちきれないよう 力一杯に堪えつづけていた。 それでも地球は変わらずに在る。 瞳孔のかぎりをこえて膨らんだ感覚で 赫赫と燃える大地を見た。 冷たく固まる大地を見た。 そこに立つまぼろしを見た。 わたしは落下する。 あらゆるものがそうするよう わたしという一点へ向けて。 そしてまた膝を抱えて頭蓋を仰いで、 流星が降ってくるのを待っている。 ある朝、わたしは透明になる。 まぼろしだけが残っている朝だ。 それは落下しないで、己という大きさのまま 空っぽになってしまった空を仰いで あくびなんかをしている。 ---------------------------- [自由詩]下らない/新染因循[2019年10月29日0時19分] 腑を抜かれた魚の目が街を睨めている 斜視の感情は月光の行先を知らないので 真ッ黒く塗りつぶされた日々を燃やせない 虫を嘔吐する街灯はこうべを垂れて 舌下に縫いつけられた言葉に耐える 不規則に分裂した卵胞のような住宅地で 食器で遊ぶしかなかった子供が怒鳴られる 味のしない飴玉をしきりに覗いて 水に溶けていく色とりどりの砂に見惚れて 気がつけば、黒々と濡れたように美しい、鴉 美しい、という言葉はスムージーのようだ 刃が回転するたびにきざまれるものは 垢ぎれた指と、擦りきれた毛布を編むひと それらを裸婦という名のしたに隠して ガラスのコップを月光の色に磨くひと つぎの朝、側溝はてらてらと七色に黒ずみ ゴミ袋はおのれの姿に耐えかねて 虹の向こうへと旅立ってしまった 鴉と片目のつぶれた猫が魚の骨を取り合う側で まだ食べられる野菜に蛆がたかっている (下らないことだ) ---------------------------- [自由詩]ぼ石/新染因循[2020年9月21日17時55分] 墓石のあわいを這いまわった風に 肉体という温度をおもいだす 血という言葉はなまじろい蛇のように とぐろを巻いて しめつけようとしている 線香の煙を青空の雲とうかべれば どこへと行く そこをなんというのだ 砂利と汚れを酒で濯ぎ 柄杓を萎びた花束に傾けて あなたの名を 昏く輝かせてから あなたに触れた手と あなたが触れられなかった手を 結ぼうとする わたしという朱いいと ---------------------------- [自由詩]ふるえるということ/新染因循[2021年2月2日16時31分] ゆらゆらと ゆれているのは あの水平線の曲率だ タイドプールのうたかただ 存在のあいまあいまのいきつぎと あるべきように ふるえている 水面で浮かんだ小魚のひれや 銀鱗に細められたウミネコの瞳が 白んだ朝日のなかにあおく わたしはまっている 輝きのなか 黒い窓ふちが 影のひとつになるのを ---------------------------- [自由詩]海のパース/新染因循[2021年2月25日0時27分] 海よりもとおい海の 浜辺には声の真空があり 水と石だけがきざまれて在る 列島の等高線をきりおとして おんなたちは口々に あれが星の曲率なのだとささやく だがひとえに言ってしまえば 彼女らもまた 遠近法のパースの直線だ  くずれていくのはいつも  ちかい という言葉からだ  どこまでいけばいいのだろうか 時計の針はすきとおり 水泡のなかになにもかもを なげ またおんなたちがささやいている わたしは青ざめ 枯れた汗は燃え上がり 波音のふるえだけがたしかだ ---------------------------- [自由詩]断章/新染因循[2021年2月26日17時08分] トルソの夕焼けに 切断された四肢の休息を みるものはない 石理から拭きとられた水も 砂漠をこえ ひとをこえ 高低をのみほしてきた 砂時計はアシンメトリーである あらゆる風と雲の断裂も、 だが どこかに きみのすがたは在る ときおり 子午線をひいて ひとはみな美しいとたたえる そうして言葉は整えられる 白旗めいたインクのかすみが てにをはを綴りはじめる 墓という墓に名が刻まれるよう かさかさ枯葉はがなりたて 方法という方法のうらぶれる 夕焼けに わたし は静かに嘲笑する ---------------------------- [自由詩]くちづけ/新染因循[2021年3月19日2時23分] どこからも遠い、ここへ 千々の風に吹かれてたつあなた 雲のようにおおくの面影をうつす あなたへと伸ばされる わたしの影、暴きたてられた白き砂、 ああ今ここに在らざるひとよ 空はぽっかりと孔を開けたような色をして わたしたちをもつれさせ あなたをほぐしていく 白いさざなみのささやきは 担うにはかるく 放り投げてしまうにはおもい 月と手のうちの悠久という近しさを 海とよんでしまえれば そしてその泡と波をかきわけて 断崖の彼方から伸ばされた 白くほっそりとした腕を 握りしめられるのに 眠っているのだろうか あなたはその白い額をあらわにし 多くの隔てられたものたちがそうするよう 夜光貝のように夜の重みに身をまるめ そよ風の在るところを思いながら 眠っているのだろうか 波はあなたの浜辺から わたしの浜辺までをつなぎ わたしたちは互いの額を水面につけ だがここに在らざるひとよ そして波は渦を巻くレコードのように わたしたちを巡る ---------------------------- [自由詩]ストロボの夜/新染因循[2021年8月4日23時26分] 焼きついてしまった夜よ、 アオカケスが鳴きだしてしまうまえに 壊れかけのストロボからにげ 海の跡をたどる二人のすがたを 巨人のごときかいなで隠してはくれまいか。 琥珀色のひとみたちが レコードのようなさざなみにとけはじめ 焼きついてしまった夜よ、 ぼくたちはおまえに影もなく眠る。 ---------------------------- [自由詩]水の声(改)/新染因循[2021年8月8日14時44分] 水の声を聴くがいい 水面のゆらめきに影をとられ なお掴みがたきひとよ あなたもまた歴史の谷を 流れる水の影なのだ 水は石理を濡らし 戦禍をまたぎ あなたの口を潤した だがこの水も 永遠の彼方にうらぶれる 水の声を聴くがいい 声は永遠の泉から湧きあがり あなたの浜辺と彼方をつなぎ いつ枯れるとはしらぬとも この歴史の寂寞に響いている 水の声を聴くがいい わらべがサンザシを結って遊んでいる いつしかこの水面に揺れる影が 立ちあがり歴史のさざなみに 手を伸ばすもついに 忘れられるときがくる ある夕刻わらべが欠伸をした 月下香の薫りがほのかな頃 ---------------------------- [自由詩]楕円のエッチング/新染因循[2021年8月13日20時46分] かえらぬ人々の かつてかえっていった道を あるく うらぶれた街のシャッターには 等高線のかげがかかる どこよりも遠い落日にてらされて 石室めいて閉ざされた家々の 木立のなかからかすかにあらわれる おかえりなさいの声があった  かげってしまった銀色の  水盤を撫ぜる指に  エッチングされた風景がある わたしはあなたを シンクにながされた水ほどの まぼろしとしてたしかめる 風がゆるやかに楕円をえがき いまや街のすべてが しらんでいくだけだ ---------------------------- [自由詩]クロッキー帳の夜/新染因循[2021年10月13日8時50分] 不自由な直線で描かれた雨に うたれている 肉体 つまりきみは 一歩も動かないまま ふるえてある 姿という姿はめくられ 白紙というには色褪せたページが きみの瞳のなかで輪廻する 円をえがいてまわること まわりながらまわすこと まわしながらにげたこと つまりきみは 一歩も動かないまま ふるえてあった ふるえてあったから ぼくらは夜をかなでて きみのしらんだ指にわらった 落日が表紙のようにとざされ ぼくは手のひらのうえに きみという地図をたしかめる ---------------------------- [自由詩]雨時計/新染因循[2021年10月21日21時51分] 雨時計とは雨のふる街をさす 誰もが知らないふりをしたことだが 秒針は環状線のアシンメトリーに似ていた 夜、神話としての男と女が踊り出すと 点と線をむすぶようなあいまいさで ビニール傘と電波塔の鋭角が回転しだす 地層のように家々が静寂をこらえる傍ら スタンド灰皿の受け口から水面まで かききえてしまう焔がある (かすかなもの は) (なくなってしまったもの) (なくしてしまうもの) 煙草につけられた希望という名や それをふかしている皺だらけの老爺 あるいは 道ゆく人の明日の予定 横断歩道でびしょ濡れになって 雨にだけは覚えていてほしいと そう言ったきみの顔を忘れようとした 車窓にかかる雨粒をかぞえる人は 対角線によこたえたことばを 円周の定点のひとつとして観測する 煙草の煙で輪っかをつくろうとしている きみはrの発音がうまくできないから この雨もきみのついた嘘だったんだよ 簡単にならべられた偏微分方程式たちが いくら時間という変数に戸惑っても 明日もきっと、雨時計 ---------------------------- (ファイルの終わり)