カワグチタケシ 2012年5月25日6時33分から2020年5月3日11時18分まで ---------------------------- [自由詩]International Klein Blue/カワグチタケシ[2012年5月25日6時33分] 俺は涙を流さない なんでもかんでも理由をつけていとおしむのはもうやめにしたんだ 夏色にかわった東京タワーの向こう側に一番きれいな月が輝くカーブで 俺を乗せたバスは大きく左に傾いた この銀行の角を曲がればきっと なんて思って いくつ曲がったのかもう忘れてしまった でもさ ハニー いとしい人 いつも君のことばかり考えていたいんだけど 君にもらった靴をはくといつもかかとが痛いんだ 俺はキーをなくしてしまった 君のいない星をさがして夜空を見上げ大きく息をする だけど そんな時でも俺はもう涙を流さない あのマシンが刻むビートも電池が切れていつのまにか止まってしまった 電光掲示板に映し出される気温のことばかり いつも気にしているのはもうやめにしたんだ だから ハニー いとしい人 俺は一本のペンで夕暮れの空に大きく飛行機雲の絵を描いて 君が見つける前に消してしまおう そしてその夕暮れの空の深海の青色に International Klein Blueと名前をつけて そのブルーで一山の使い古された言葉を染め直し その言葉を紡いで一枚の大きなカーペットを織り そして織りあがったカーペットに切手をたくさん貼りつけて 君のポストに投函しよう まっすぐなブルーの矢印を俺は つかんではたぐり寄せそして思い切り手をはなす くりかえし つかんではたぐり寄せそして思い切り手をはなす その反動で飛び出した まっすぐなブルーの矢印は高く高く天を目指し どこまでも高く天を目指し 君が軽い目眩をおぼえるまで どこまでも空高く上っていくだろう 俺は歩き出す すぐに足をとめて引き返す 君に電話をかけるために 俺は痛み 海の底をさらさらと音もたてずに流れる砂 ゼラチン質の生き物や いつまでもふるえつづける小さな水滴に International Klein Blueと名前をつけて ブルーの水 すきとおった油 いつまでもふるえていろ ブルー   ---------------------------- [自由詩]答え/カワグチタケシ[2012年6月7日0時54分] 地球は今、塵の多いエリアを通過中 その真空地帯に 宇宙塵を食べて生きる 小さな虫がすんでいる 毎年この時期、近づいてくる 惑星の大気と衝突した宇宙塵は 摩擦熱で炎になる そのあかりを僕たちは流星群と呼ぶ それはあくまで内側から見た話 真空に腐敗は似合わないから とり残された宇宙飛行士は 永遠にその姿をとどめて浮遊しつづける 誰かがときおり問いを投げると 答えのかわりに心臓が、ひとつだけコトリと打つ Contains sample from R.Bradbury ---------------------------- [自由詩]夕陽/カワグチタケシ[2012年6月9日0時38分] 双眼鏡があるのなら真昼の空を レンズをのぞいてごらん 土星の環だって見えるよ すっかり殺戮のすんだ廃墟のむこうに 海のように大きな川が流れていて 沈んだばかりの夕陽が 水平線を美しく染めている フェリーの舵をとる人がいて 家路につく人がいて、対岸には もう帰らない人を待つ人がいる 別の橋を焼き落とすこと が信じるということ だとしたら、僕たちは とてもかわいそうだ   ---------------------------- [自由詩]舗道/カワグチタケシ[2012年6月20日23時49分] 舗道に照りかえす低い陽にむかって かわいた空気のなかを僕たちは 舗道に暮らす人には気をとめずに 西陽に目をほそめて歩く 大通りのむこう側からとぎれとぎれに届く コーラスが見知らぬ誰かを祝福している 彼らは立ちどまり、歌が終わり、拍手が起こる 僕たちの想いは誰かに届くのだろうか 今、同じ時間、違う場所で ひとりで死んでいく命があって 西陽にむかって歩く僕たちがいる 世界はとてつもないスピードで回転している 時代遅れの神々の動体視力は僕たちを とらえることができない     ---------------------------- [自由詩]虹のプラットフォーム/カワグチタケシ[2012年9月22日0時12分] 湖底から水面を見上げて 湖の周囲には深い森が広がっている 白いシーツを乱すように 水面に陽光が跳ねる 森の上にだけ天気雨が降っている それは恋人の涙のようにすこし塩辛い 恋人の涙は小鼻の脇を伝わり ジェリービーンズのような口唇を浸し 細いあごのさきからテーブルに落ちる 恋人は細い指先でその水滴をすくい ジェリービーンズの口唇に再び運ぶ 僕は恋人の手をとって その指を口に運ぶ その指はかすかに塩辛い 百年前の惨事 風が吹く とは 気圧の高い場所から低い場所へ 大気が移動すること 地上の大気 そこに越えられない壁がある 月を見上げながら 月を見上げているたくさんの人を想う とその人は言う 僕は同じ頃 ひとりの人を想っている 月を見上げながら たくさんの人を想う人 数人の人を想う人 ひとりの人を想う人 誰のことも想わない人 月を見上げない人 で 世界は構成されている 続いていく未来に光が見えないとき これが最後の手紙だと思って 何通も手紙を書いた 深夜 土曜日の夜明け前 いまごろきっと恋人は 静かに寝息を立てているだろう 眠っている人に宛てて 手紙を書いている この手紙を読むとき恋人は起きている 同じ時間に 僕も起きているのだろうか やがて夜明けとともに 君の罪が僕を照らすだろう 夜明けの道はどこだろう 夜明けの道は遠いか 息苦しくなるような暑さは二週間しか続かなかった それから強い風が吹いて、気温が急激に低下した 雨はまだ降り続いて、恋人の髪や肩を濡らす 空から小さな水滴が風に揺れながら落ちてくる 僕らの再会の日まで 君が風邪をひきませんように タオルケットを喉元まで上げ 爪先を揃えて眠る人 その寝顔を夜が明けるまで見ていたい いろいろの 積み残したことを積み残したままに 眠れ 僕が眠たくなるまで 明朝の最低気温は24℃ 待ち合わせは 虹のプラットフォーム うれしいときも 飛びは跳ねるときも そのまつげは いつも 涙の色をしていた   ---------------------------- [自由詩]山と渓谷/カワグチタケシ[2012年10月19日22時39分] 二十一時 十月最後の木曜日 初夏のように澄んだ夜 湖面に映るオレンジ色の灯火は 一列に波紋にふるえ 果てしなく星へと続く道でした サクリファイス 山と渓谷 地上にて想う アスファルトを踏んで 柔らかく湿った苔におおわれた 樹海を行く サクリファイス 山と渓谷 世界の秘密を封印する 鍾乳洞 風穴/氷穴 夜の羽ばたきが響く 静寂に包まれて 清潔な数をかぞえて眠る サクリファイス 山と渓谷 ターンパイクから望む はるか地上の円錐形 はるか頭上の南十字星 オレンジ色の灯火と サクリファイス 山と渓谷 メロニィ メロンの匂いのする女 同じバス 同じ湿度の中で 揺れている人たちは 夜の傾斜面に点在する羊型は 果てしなく星へと続く道でした そして羊飼いたちは今夜も 野宿をしながら交替で 羊の群れを見守っています 神殿 柱廊 流砂 そして サクリファイス 山と渓谷 石に刻まれた眼は永遠に開く 今日が世界の終わりなら それもいいね 夕暮れから黄昏へと なだらかに終わる世界に 流れる 新しい歌を聴こう 惑星の表面積と夜の影 ゆるやかに止まる時間に 流れる 新しい歌をうたおう サクリファイス 山と渓谷 ---------------------------- [自由詩]風の生まれる場所/カワグチタケシ[2013年1月30日23時58分] はじまりがあって終わりがある 風が生まれる場所 猫がくしゃみをする 風が生まれる かもめが羽ばたく 風が生まれる 君がためいきをつく 風が生まれる 彼女がまばたきする まつげの間の小さなすきまから 風が生まれる 世界中に風の生まれる場所があって 毎日そこから風が生まれる 川の水が流れる ホタルが飛び回る 日傘を開く 野菜を吟味する 洗濯物を取り込む 夕立ち 土の匂いがする 湯を沸かす 甘い夢を見る 新しい呼び名を考える 新しい名前で呼んでみる それは最初とても照れくさい まだ君だけの呼び名 世界中に風の生まれる場所があって 毎日そこから風が生まれる 液体が沸騰する タービンが回転する 風が生まれる アルルカンが指を鳴らす 風が生まれる 世界中に風の生まれる場所があって 毎日そこから風が生まれる   ---------------------------- [自由詩]風の通り道/カワグチタケシ[2013年2月3日1時20分] 風は光にあこがれる 道が光る 海が光る 光が光る 風は光を持たない 風は色を持たない わたしたちが見ているのは 風ではなく 風の通った跡 風の通り道 風の過去の姿 それでも わたし達は風を知覚している。見て、聞いて、肌で。 時には、季節の花の開花を知ることで。 何かの仕事に引継ぎをされて、 風はわたし達に知覚される。 風は内面にあこがれる 笑う人の 不機嫌な人の 頬に 風が触れていく 駱駝の背中に 波立つ水面に 風が触れていく が 風は内面には届かない それでも わたし達は風を知覚している。 想像することによって。 かつての風の名残りが肺に届き 酸素は血液に吸収され 心臓を経由して脳に届く 風の通り道 紛争地帯を通り抜ける風が 旗をなびかせ 廃墟と化したモスクの 埃っぽい壁面に付着した 血液を乾かしていく 風の通り道 東京メトロ有楽町線豊洲駅 改札を強い風が通り抜ける 外壁を持たない 地下構造物 光が届かない この場所にも 風の通り道がある メトロの出口 視界が開ける 金木犀が香る そこに 風の通り道がある     Contains sample from N.Nemoto   ---------------------------- [自由詩]風のたどりつく先/カワグチタケシ[2013年2月25日22時54分] 朝まだき始発を待つ プラットフォームに 小さな風が吹いている ドアが開き ドアが閉じる 車内に流れ込んだ風が まだ新しいシートのうえで とまる ガラス玉がひとつ 地下鉄の車両の床を ころがる 目的地で 地下鉄を降りる プラットフォームには 小さな風が吹いている 改札のむこうで 爪先を見つめて 待っている人 彼女が顔を上げる とても早い朝 メトロの出口に 弱い陽が差し込んでいる 彼女の細い指を握るとき 肌と肌が触れ合う そのすきまに 風はたどりつく 眠たい目で 空を見上げる そのとき風がとまった 風はとまったまま存在している 人が死んでも死体が存在しているように たとえば 空のとても高いところ 大気と宇宙の境目付近で とまったまま存在している 風は つぎにまた 誰かに 息を吹きかけられて 動き出す瞬間を待っている そのとき地上には別の風が吹いている それは小さな声 それは口笛 それは歌 小さな灯火のように 耳をすます 人たちのもとへ 届く歌   ---------------------------- [自由詩]声/カワグチタケシ[2013年4月20日21時25分] * 国際宇宙ステーションが きぼうを乗せて 日没の名残を反射しながら 海峡の上空を通過していく その光を楕円のプールで 滑らかな背中をひねり 口元に笑みを浮かべて スナメリが見上げている 埠頭から二十分 寝不足の恋人たちを乗せた高速船が 海底ケーブルの上を通過する ケーブルの先端から 君の名を呼ぶ声が聞こえる その声で君は自由になる ** 彼女の声は甘く、時々 海風を含んですこし塩辛い 正確な発音でいくつかの 名前を呼んできたのだろう その晩は静かな雨が夜通し降った 枕にしみこむような雨滴の音の中で いつまでもほの白い天井に君は その声の輪郭を描こうとしていた 朝までに雨はあがって 君の失敗を朝日が照らすだろう 同じ朝日がしばらく経って 彼女の寝顔を照らすように それで許されることがあると信じて 声は名前を追いかける いつか星が砕ける日まで   Contains sample from S.Natsume   ---------------------------- [自由詩]蛍/カワグチタケシ[2013年6月29日0時06分] 夏草に息をつまらせながら とぎれとぎれのたよりない光跡を追いかける 光跡は小さな流れに出会う 同じ場所で僕たちも出会った 滝のしぶきがかかる地下道を通り抜ける時 すれちがう幸せな記憶をたよりに 僕たちも彼らも、光を 蛍を追いかけている いずれ雨期はあけるにちがいない が、まだその予兆さえなかった ただその夜だけが澄んでいた そのたよりなさゆえに これらの日々はかならず記憶されるだろう 折にふれて思い出されるだろう   ---------------------------- [自由詩]DOLPHINS/カワグチタケシ[2013年8月21日0時15分] 海岸線から見上げる丘の東屋には 大きなオレンジの実がなっていて 僕らはいつでもそこに行けるんだ 貝だらけのビーチに一人こしかけ 波にたわむれる君びしょぬれの犬 西の入り江に沈むオレンジの太陽 夕日を背に笑う僕らはいつの日か この光景を思い出すそして忘れる 多分ある確かささえ持ってそれを だんだんと色褪せていくネイビー ドルフィンズそしてドルフィンズ 闇にまぎれてく波頭の沫になって ボックスシートにふたりならんで 流れていくブルーをながめていた 夏のままでいたかったいつまでも そして別のブルー深い深いブルー パーム・ツリーの並木道を歩いて もう一度あのブルーを探しに行く   ---------------------------- [自由詩]スノードーム/カワグチタケシ[2013年11月3日0時29分] このごろは誰も彼もが この不完全な世界に嫌気がさして あるいはまだかいだことのない素敵な匂いや 見たことのない景色 ダーウィン・フィンチ 新しいリズム 韻律をさがして 親しい友にさえいつ帰るとも知らせずに 旅に出る ソルトレイクシティからアムステルダムから 届いたカードを眺めながら スノードームに雪を降らす もしも君がどこか遠い土地で 何日も続くリンゴとチーズとパンの食事で 自分をすり減らし目的を見失い道に迷ったとしたら うらぶれた土産物屋に急げ そこにはきっと見捨てられたスノードームがあるはず それが君の旅の目的になる 俺はここにいる 君の夢を見たよ 変わり映えのない世界に 無軌道な魂を抱えたまま いくつかのスノードームをたずさえて帰る 君を待っている (土曜日の午後6時 東京は雨 気温20℃) ---------------------------- [自由詩]新しい感情/カワグチタケシ[2013年11月30日2時04分] 歩きつづけていればいつも風のなかにいられるのに 立ち止まればいつも後悔ばかりあふれ出す そんな思いを振りはらいながら地下鉄の駅まで 強い日差しに照らされて歩く 明け方に見た夢のなかで傷つけたのは もう何年も会っていない古い友だち 殺してしまったいくつもの想い 不用意な言葉で、しぐさで、目つきで 夜中降った雨が上がり、とても静かな朝 胸の底に新しい感情が生まれる 翌朝、集合住宅の扉から男がひとりずつ出てくる ふらつきながら、あるいは、ちから強く それぞれの足どりで地下鉄の駅に向かう そのひとりが君だ 反対側の窓からつけっぱなしのテレビの声が 外国の暴動を知らせる 煙の匂い 新しい血液がアスファルトを覆うころ ベランダに真新しい洗濯物が干される 旅先の友だちからポストカードが届く 僕らはいとも簡単に、爪を切るような頻度で 経験というものを信じてしまう そして真実はいつも経験を裏切る たとえば、地平線の果てまで水田が広がっている 視界の左側には丘陵地帯 丘の上には空色の給水塔 それは間違いではない、そして正しくもない 夜中降った雨が上がり、とても静かな朝 胸の底に新しい感情を見つける どれだけの速さで自転車を漕ぐことができる? どれだけ正確に風の色を見分けることができる? 沼と湖の違いはなんだ? 知ることは経験なのか? 果てしないリフレインを置き去りにして チャコールグレーのワンピースで 近づいてくる美しい人 彼女は潮流に揺れる海藻のように美しい 夜中降った雨が上がり、とても静かな朝 胸の底の新しい感情を見つめる 高い空に浮かぶひつじ雲を 宇宙ステーションが見下ろしている 雲の影も偏見も暴力も殺戮も 宇宙ステーションが見下ろしている 夕暮れに草を食むひつじたち 女の子たちのスカートは西日に透けている 帰る家のある者には時刻を知らせる鐘が そうでない者には夜が降りる音が聞こえる 夜中降った雨が上がり、とても静かな朝 胸の底の新しい感情に名前をつける 思考は事実ではなく 単なる思考でしかない 空を指差して 指差した空のむこうに何もなくても 新しい市街地に小さな靴下が干される 新しい市街地が小さなつぼみをつける 夜中降った雨が上がり、とても静かな朝 胸の底に新しい感情を見つける   ---------------------------- [自由詩]月の子供/カワグチタケシ[2013年12月21日0時06分] * 朝のメトロの構内へとつづく階段で イヤマフをはずした瞬間に 流れこんでくる新鮮なノイズ 「あ、地球の音」と彼女は思う 落し物をしてかがみこむ人を よけながらホームへ降りる マスクのなかの湿った息が くちびるを潤す 彼女は月の子供 昨夜は団地の中庭で 双眼鏡を握りしめ 月を見上げていた ノイズの届かない薄い大気を 乾いた微細な砂粒を想う ** 長靴をはいて団地の中庭に立ち 月を見上げているとまるで 魚たちが回遊する 水槽に囲まれているみたい 小さな窓のひとつひとつに 灯された小さなあかりが うろこをひるがえして泳ぐ 魚群のようで眠たくなる そして未明のテレグラム 朝焼けを乱反射する天気雨 ふりかえれば虹が 西の空にかかっている Contains sample from P. Sinfield ---------------------------- [自由詩]ANGELIC CONVERSATIONS/カワグチタケシ[2014年3月14日0時09分] 大人は判ってくれない どうでもいいような深刻な悩みと 爆走するハートを抱えたまま俺たちは 夜の待つ街へといつもいつも それには理由がある 夏の朝まだ明ける前に飛び出していくフルーツたちを 追いかけて走り出したリアウインドウから 思い切り手を振る君はまるで見捨てられ雨にうたれる小犬 だから俺は笑い出したいのを必死でこらえ それでもこらえきれずにすこしだけ笑う ジーザス 大人は判ってくれない それでも文明は 文明の産み落としたハードウエアは いくつかの思いもよらない夢を叶えてくれた 朝焼けのいちご畑から 遠い土地でまだ眠っている恋人におはようの言葉をおくる どしゃ降りの雨の中から 遠く乾いた土地にいる恋人におやすみの言葉をおくる 多分君は気づいていないが その文明の磁気で君の鼓動(ハートビート)は乱される こんな気持ちうまく言えそうもない なんて思いながらやっぱりうまく言えないときや それでも黙りつづけていられないときは 一体どうしたらいい? WORDS DISOBEY ME 秒きざみで消耗していくときや 言葉は裏切り なんて 下らない繊維のことばかり気にしてみたり ハニー 大人は判ってくれない 説明のつかないぼんやりとした痛みと 爆走するハートを抱えて俺たちはいつも 自分の心拍音にばかり気をとられ 天使の会話が聞こえない 君にとって唯一幸運だったのは 俺がこの惑星に生きて存在しているということ 俺たちにとって唯一はっきりしていることは 俺たちはいつか必ず死ぬということ 俺たちがいつか必ず愛し合うように 走れ走れ走れ走れ 自らの鼓動と一体になれ そしてその時はじめて君は天使たちの声を聞く   ---------------------------- [自由詩]バースデーソング/カワグチタケシ[2014年6月21日1時59分] 1. ふたりが出会うしばらく前から 世界は始まっていた ナイトフライト 夜の音楽 夜明けのおそい 鉄色の街へ 翼に乗って君に会いに行く 雪解け水を湛えた深い森の ビリジアン色を瞳に映した ひとりの少女の影を追いかけて ジェット機は空をかける そしてふたりが出会ったあとも しばらく世界は続いていく 2. 今日も見知らぬ誰かの誕生日 惑星は公転軌道上の 去年と同じ場所に戻ってくる ハッピーバースデー 僕らの誕生日には 世界中の鳩たちが オリーブの枝をくわえて 朝日を連れてくる おめでとう 誰か おめでとう みんな おめでとう 少女兵士だった おめでとう 左利きの恋人 おめでとう 僕の好きな人 おめでとう あるいは おめでとう 一年後の僕ら 治安部隊と市民の衝突は回避された 恋人と抱き合い くちづけを交わし 次の朝には行き先も告げずに旅立つ 迷彩服の兵士たち 道路にはガラスの破片が散乱し 太陽の光を乱反射している 3. 小さな君の 小さな声より 小さな僕の声でも かならず届くものがある 小さなベルのように 笑う君の声が 回路を経由せずに 直接空気を振動させて すぐちかくで鳴る 朝の部屋 誰もいない砂浜に 静かに波が打ち寄せている 4. 僕の誕生日に欠けた月が再び満ちて 惑星は君の誕生日を迎える 日付変更線から順番に西へ 南に向いて立つ君の左側から右側へ 移ろう光に包まれる瞬間にシャッターを切り その光を 君の明るい表情を まばたきの内部に固定する 一定の条件をセットして 僕らは育てる いつかつぼみをつけ やがてほころぶ一輪の花を 永遠のすこし手前まで 二十年間枯らさぬように いくつもの正解が光を放ち 燃えつきる星のうえで   ---------------------------- [自由詩]チョコレートにとって基本的なこと/カワグチタケシ[2014年12月20日1時10分] 1. 流星群のニュースを眺めながら、キッチンテーブルにほおづえをついている人。 窓の外は曇り空。明日は雪の予報。その涙がはやく乾きますように。 映画館のロビーで、美しい少女が 父親といっしょにポップコーンを食べている やわらかくウェーブのかかった長い髪が 大きなガラス窓の外の夜へとのびていく 夜の海には無数の小さな灯りが またたいている 僕はぼんやりとその光景を眺めながら 海峡の街からの通信を待っている まるで雪の沙漠のように しんと冷えた君の街から チョコレートにとって基本的なこと 僕らは点滅する灯り 冬の声が深海をくぐって 稜線づたいに都市へと届く 電波のみだれでとぎれがちな通信は それでもたしかに人の存在を示す 小さな冬の声を その声に託された切実なひびきを 見逃さないように いつも目をあけていよう ときどき目をとじて 小さな冬の光に 耳をすまそう 意志の姿勢で 皆既月食のニュースを聞きながら、キッチンテーブルで君に手紙を書こう。 東京上空は雲におおわれている。君の暮す街は雨に打たれて、月を見上げる ことができない。フロリダから送られてくるオレンジ色の動画。その夕空に 点滅する星をひとつ、君にプレゼントしたいよ。 2. チョコレートにとって基本的なこと 風のゆくえ 多くの船がカカオを積んで碇泊している南米の港町 ママはいつからマフラーをしなくなったんだろう? 星を巡るバックパッカーの冷えた手を 握ったときの指の温度 すこし眠たい僕の手であたためて その熱で星を溶かしてしまいたい そして、夜に溶けてしまいたい 濡れない場所から雨を見ていた 日々が遠ざかる 3. 君は小鳥 僕は一粒の大麦 ついばまれ 君の内側を通過し 夜のどこかに ぽとりと落ちる その音を逃さないように 僕をさがして 君をみつける 4. そして洗いたての古いタオルのように すこしざらついた陽がのぼり あたらしい一日がすこやかに目をさます いずれ廃墟となり、瓦礫となるこの都市が あたらしい一日をむかえる まず東の海から運河の方角へ そして街路を巡り、海峡を越えて、君の暮す部屋に あたらしい一日がおとずれる あかるい朝だ! Contains samples from S.Ito, E.Dowson & Y.Tanabe   ---------------------------- [自由詩]すべて/カワグチタケシ[2014年12月20日12時11分] すべてを知りたいと 思うところから なにかが終わりながら なにかが始まる 夕陽が沈む 半袖にも 長袖にも 橙色を映して 前を歩く人の トートバッグも 紙袋も 橙色に染めて 風は西から吹いてきて 次から次へと 東の空へ抜けていく すべてを知りたいと 願う 終るなにかも 始まるなにかも 運河が満ちている 橋の上から かすかな波紋が 運河の底に沈む 何かの存在を示す その光景は記憶に浅い傷を残す 冷え過ぎた都バスの冷気をまとって 熱帯夜に歩き出す レコード屋の店先に漏れ出す 君の瞳に恋してる 君の瞳から始めて ひとつずつ すべてに至るまで 君の姿を組み立てる すべてを知りたいと 思うことは すべてを知ることができないと 知ること 郵便ポストをデスクの代わりにして アドレスを交換するふたりの少女 死んだ恋人に届かない手は 生きている友だちにも届かない すべてを知りたいと思う すべてを知りたいと願い すべてを知りたいと祈る 祈りとは届かないということ 叶えられるのは すべてが終わるとき 小さななにかを終わらせることで 僕らは 別の小さななにかを手にする すべてではない小さななにかを すべてを知りたいと 思うところから なにかが終わりながら なにかが始まる contains sample from Chimin ---------------------------- [自由詩]無重力ラボラトリー/カワグチタケシ[2015年4月15日23時51分] セダム 沙漠に咲く小さな花 極度の乾燥にも耐えうる種は 都市の上空に 正確で厳密な彼女の仕事は 成層圏を行きかう祈りと重なり いつか惑星へと届くだろう 無重力のラボラトリーで 小さなプランターを規則正しく並べ 左手に持った鉛筆で一定時間毎に 蒸散のデータを記録しながら 彼女の紅茶は徐々に冷めていく そのころ地上で彼は 漠然とした選択に迷い 小さな失敗を重ねながら 朝な夕な 地下鉄を乗り継いでいる イヤホンから流れる感傷的な旋律 その隙間に割って入る構内アナウンス 架線故障の影響で引き込み線に 遅れが生じています そして太陽が惑星の影に隠れる 彼女はラボの灯りを消して 冷えきった部屋に戻る 暖房のスイッチを入れて 彼からの通信を待つ 乗り換え駅の マクドナルドの二階で彼は ガラス窓の隅に吸盤で デバイスをセットし 成層圏に向けて アンテナをのばす 地上は午後十時 証券会社のビルディングのうえに 星がひとつまたたいている 季節はなぜ待たないのか 雑音にまぎれて彼の小さな問いが聞える 彼女が答える わたしたちには繰り返す風景が必要なの ゆっくりとそして避けがたく 僕らは星に到達するために死んでゆく なぜ 僕が育った庭の話をしたかな そこには小さな砂場があった 砂場の上には葡萄棚があって 夏の日差しから僕を守ってくれた その砂場も葡萄棚もいまはもう存在しない わたしたちの休暇の話をしましょう 再会の日には 手をつないで 草原を見下ろす丘のベンチで 雲が生れる瞬間を見つけましょう そのときふたりを結ぶ細い線を 探査衛星が横切り 銀河から沈黙が降りてくる 沈黙のあいだも 無重力のラボラトリーで 多肉植物たちが徒長しつづけている やがて通信は再開し おやすみが言いかわされる 満ち足りた気持ちで彼女は 無重力の眠りにつく 彼は踵をすり減らし 地下鉄の改札へと降りていく Contains samples from W.D.Snodgrass & V.v.Goch   ---------------------------- [自由詩]森を出る/カワグチタケシ[2015年5月23日10時53分]  雪が解けて木々がいっせいに芽吹く。地表の下は地下だ。すべてが地下だ。 湿った落葉が陽に照らされて、ゆっくりと乾燥していく。その下は陽の届かない 地下だ。   耳をすますと、小さな音が聞こえる。落葉の下で、昆虫たちが目をさまし、 眠たそうな顔で、触覚をこすりあわせる音が聞こえる。  昆虫たちは次第に覚醒し、触覚をこすりあわせる音は単位になる。音は素数。 正確に不規則に束ねられ、いくつかの歌が生まれる。  種と種のあいだで、おなじ昆虫の雄どうしで、生存を賭けた争いがはじまる。  森は昆虫たちのバトルフィールドだ。  僕らはこの森を守ることも救うこともできない。  僕らにできるのは落葉の下から聞こえてくる小さな歌に耳をすますことだけだ。  森は昆虫たちのバトルフィールドだ。 僕らの片言の思念では到達できない場所で、小さな裏切りと殺戮が絶えまなく 繰り返されている。  やがて西の方角から、陽の沈む音が聞こえてくる。陽の沈む音は徐々に形を 明らかにし、昆虫たちの争いの歌にとって代わる。そして夜が落葉の下にも 静寂を連れてくる。  森を一歩出て信号を渡ればそこは、希望と善意が乱雑に交錯する、人間と 車輪のバトルフィールドだ。  西の高層建築に半月が沈み、季節が90度回転する。                       contains sample from mayuluca   ---------------------------- [自由詩]線描画のような街/カワグチタケシ[2015年10月24日23時05分] 線描画のような街 おびただしい数の 妖精めいた小さなものが 家々の窓から わらわらと現れては 空に溶けていく 遠くから煙の匂いが流れてくる 人が消えるのは こんな夕暮れだ 背が伸びて来年には もう着られない服を纏い 妖精めいた小さなものたちが ふっと街路に現れては 地面に吸い込まれていく バスのドアが開けば つい乗ってしまいそうになる 舗道にスプレーで印されたとおりに 下水管が走っている ないものはない と書かれた横断幕のような ノイズ混じりのラジオの響き 居住地域別に犠牲者の 名前、年齢、職業が 読み上げられる それはさながら 記憶を濾過する装置 それでも 棘のように残る 不在着信 留守録音 音信不通 原稿の束を託され 忘れていても彼女は 時々思い出して苦しくなる 貧しい羊飼いの娘 その姿を想って 胸を痛める 夏の傷が乾いて かさぶたに変わる 雪が降ってきた それは とても白くて とても冷たい   ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]希望について/カワグチタケシ[2017年2月2日23時19分]  深夜2時、数枚の年賀状を投函するために郵便ポストまで歩いていった。約300メートルのアスファルトの舗道。見上げると真黒に晴れた夜空に冬の星座が輝いている。今年もあとわずかで終わる。年が明ければすぐに、観覧車の足元に水仙の花が咲く季節がまた巡ってくる。  私は観覧車の運転手。専門職といってもいいだろう。キャリアは10年。都内にある私立大学の法学部を出て地方公務員になった。決められた時間、区役所の窓口業務を淡々と正確にこなし、平日の夜と週末は小説を書いて新人賞に応募する。そんな暮らしを思い描いていた。しかし最初の配属は区立公園の管理事務所だった。  河口をはさんで国際空港の対岸にある埋立地の広大な敷地にはサッカー場とテニスコートが8面、スケートボードランプ、芝生の広場とバーベキュー場、防砂林、そして観覧車がある。  配属されて最初の半年間は複数の持ち場をローテーションして基礎的な動作を身につける。6つ目の担当が観覧車で、結局そのまま10年が経った。    観覧車の運転はきわめてシンプルだ。スタートとストップをひとつのハンドルで操作する。一周15分。難しいことはなにもない。  午前9時に出勤し、午前9時半、客を乗せる前に2周、ゴンドラを回転させる。最初は無人で、2度目は運転手を乗せて。点検のための空運転はなによりも耳を澄ますことが重要だ。軋みや異音がないか。15分間集中して聴覚を研ぎ澄ます。雨や風に機械音がかき消される朝は、支柱に耳をつけて観覧車の声を聴く。仕事を教えてくれた前任者は医療用の聴診器を使っていたが、私は冷たい支柱に直接耳たぶをつけるのが好きだ。  2周目はゴンドラの中から、地表近くでは聴きとりにくい、高い位置の音に耳を澄ます。機械油が減っていないか、ボルトに適度な弛みがあるか、慣れてくるといろいろなことがわかるようになる。最初の数回同乗した先輩には、視野の小さな変化にも集中するように言われた。    朝の点検乗車を始めて2週間が経ったころその意味が分かった。観覧車の頂点から見下ろした防砂林にいつもの朝とは違う不穏な変化を感じたのだ。  はじめそれは違和感のある小さな色彩だった。目を凝らすうちに、次第に人間のかたちをとり、やがてその足が地に着いてないことを知る。それは防砂林の松の木で首を吊った遺体だった。ゴンドラが地上に着くまでの7分半。私はその事実をひとりで抱え込まなければならなかった。  ゴンドラが最下点まで到達するかしないかのうち、ドアを内側から強く何度もノックした。ゴンドラの扉は安全のため内側からは開かない仕組みになっている。ようやく開けてもらったドアから飛び出したが、息を切らした私の報告を聞いた所長の対応は落ち着いたものだった。 「あの防砂林の樹木をよく観察してみなさい。1.5〜2.5メートルの高さの横枝は伐ってあるだろう。それでも死にたいやつは脚立持参で来る」。十数分後、警察と消防がサイレンを鳴らさずやって来て、遺体を収容して帰った。  そんなことが数か月に一度は起こる。もうすっかり慣れてしまった。公園の名前を検索すると自殺の名所と書いてあるのだ。所長は言う「自殺者には2種類いてな。誰かに死体を見つけてもらいたいやつがうちに来るんだ」。  午前10時から午後7時まで、一定のスピードでゴンドラは回転し続ける。車椅子や杖をついたご老人を乗車させるときにだけ、数十秒間回転を停める。ゴンドラ内に流すBGMもそんなときに乗客を不安にさせないツールのひとつだ(もちろん点検時には流さない)。  古い映画音楽のインストゥルメンタルカバー。たとえば「マイ・フェイバリット・シングス」「ペーパームーン」「追憶」「サウンド・オブ・サイレンス」。なかでも私のお気に入りはビー・ジーズの「メロディ・フェア」、映画『小さな恋のメロディ』の主題歌だ。「人生は雨には似ていない/メリーゴーランドみたいなもの」。人生が雨のように直線的に下降していくだけのものとしか感じられなかったら、人は生きる希望を失ってしまうだろう。希望とは戻れる場所があることだ。  メリーゴーランドもジェットコースターも観覧車も、回転する乗り物はみな、私たちにそのことを教えてくれる。 ---------------------------- [自由詩]観覧車/カワグチタケシ[2017年2月2日23時22分] * リンパのようにはりめぐらされた 首都の地下の冷えたレール そのところどころが表皮をかすめ 夜になると光る花を咲かせる 昇ってしまえばあとは降りるだけ 観覧車は僕らをどこにも 連れていってはくれない それでも僕らは切符の列に並ぶ 透明なアクリル板にあけられた 小さな穴から 上空の冷えた大気が流れ込む 首都の灯火は眠らずに ふたりの記憶にまたたきつづける 海の上にだけ闇が訪れる ** 三月、春霞を見おろして 僕らを乗せたゴンドラは熱を帯びる 孔雀の檻のとなりに ジャングルジムが見える 四月、冷たい風が花びらを散らせる 雨に濡れた新緑を朝日が照らし パイプオルガンの讃美歌が 薄く開いた窓から入ってくる 五月、雨の古都 雨音は竪琴 壁画をめぐる夜の小旅行 六月、忘れられた季節 何もない空 誰もいない街 *** 遠い時間の果てに流れるロンド 花火よりも高く 海鳴りよりも低く 葉ずれよりもかすかに 鼻声のひとも 飴細工職人も 真っ赤なフードをかぶった少女も 同じリズムでまわる 海辺のガラスドームで 観覧車を見上げて 恋人たちはパンを食べている 昇ってしまえばあとは降りるだけ 観覧車は僕らを もといた場所に連れもどす ---------------------------- [自由詩]水玉/カワグチタケシ[2017年9月21日23時25分] 夜の公園、移動手段  水から上がったばかりの濡れた髪が いつもより黒く輝いて 僕はその光りを好ましく思った かつてその人が指輪を投げた 対岸までの長い距離 指輪が不要になるとは 何かが不要になるとは どういうことか その頃の僕はちっとも 理解していなかった 七月、僕たちの頭上に 細かい雨が降る 八月、雨は激しさを増す 僕たちの頭上に こんなにも大量の氷が浮かんでいて 時折 堪えきれず 融解し 落ちる 地上に不規則な水玉模様を描いて 痛みは薄れ 痒みにかわり やがて消えるだろう 彼女は朝の 都営地下鉄の駅へと向かう もう一度生きてみようかな と 新鮮なためいきをひとつ残して   ---------------------------- [自由詩]花柄/カワグチタケシ[2017年9月21日23時25分] 花柄のキャミソールの下の  薄い胸の底で 彼女は どんな痛みも光に変える その声はまるで 強い雨の中を上昇していく一羽の水鳥 国際空港に次々着陸する旅客機が サーチライトの光を放ち 暴力的に大気を振動させる 伝えることが難しい感情を伝えるために 僕たちはいくつかの夜を眠らず過ごした 大量に消費し尽くされた僕らの言葉は 結局ひとつの別離へと収斂される いくつかの重要なエレメントを自ら手放して この先なぜ生きていかなくてはならないのか 最寄駅から自宅までの道のりは雨 電球のあかりと日常の匂いの待つ扉を開けて 彼女は雨を逃れる それはかつての僕の姿 そしていまも僕はそこに立ち返る 郵便箱を開けて 役に立たない文字を数える いずれひとつの細胞が滅びて 別の疲れた細胞に取って代わるように 僕たちは繰り返し雨が上がるのを待つ はたして再会は叶うのか 郵便は今日もある確かさをもって配達され いくつかは読まれずに捨てられ いくつかは読まれたのちに捨てられ 捨てられなかった残りのいくつかが 深く記憶に刻まれる 花柄のプリントの下の純白のキャミソール 人は人を抱く 人は人をその服ごと抱く 「直接」とはなんだろう 夕刊ほどの重さもない かつて空路によって縮められた距離を いまの僕は縮めるすべを持たない 待つことは自在に壁を作り 壁の内側で空を見上げる人は 頭上に大きな弧を描く海鳥を見つける 九月、たくさんの雨が降り 十月、雲はふたたび雨をたくわえる 涙の味のしない雨になるまで 彼方より暦を数えて 再会の日を待つ 橋の手前にはひとつの国 橋を渡れば別の国 かつて森を満たした水が両国を分断する それは歴史ではなく ひとりの人間の感情の外側で行われる 実体を伴って 分断されたふたつの国は 互いに求め合うことなく ただ人間だけがそのあいだを行き来する 橋の上には露店が並び 商人たちは輝かしい比喩を売る 会いたい人がいることが 会いたい人に会えないことが こんなにも痛みになることを 忘れていました そして繰り返される甘い過ちの数々 橋の上の露店では光る鉱石たちが商われる 壊れやすく美しい鉱石たちを僕らは 繰り返しつなぎあわせては 口を閉ざして その時を待つ   ---------------------------- [自由詩]fall into winter/カワグチタケシ[2017年11月11日0時38分] 夜はまだ浅い 通りは静寂だ ドアが開きドアが閉じる そのあいだだけ 店内の喧騒が通りに溢れる 闇が深まる 夜はまだ浅い 期待が大きい分、失望も大きくなる まだ柔らかいアスファルトに膝をついて祈る アスファルトの温かさが繊維を通して膝に伝わってくる 黒い油が膝を汚す 一度洗っただけでは落ちない汚れを 細い指で胸をさすって糸をひきだしていくような 歌声が聞こえる すべてはどこかでつながっている と、うたっている だが、彼女は知っているのだ 命の残るあいだに 決して交わらない線もある 人が指を差すから空はそこにある 悲しみのない自由な空 聞きたいのは聞いたことのない歌だ ** 閉じた窓ガラスを震わせて 目覚し時計のアラーム音が 朝の街路に漏れ響く 駅へ向かう何人かは窓に目をやるが 目覚し時計の持ち主は目覚めない カーテンを開くと まず風が、それから白い光が入ってきた。 シャツを着替えて 集めた約束の束を置いて 光の中に入っていく 十一月から十二月、 秋から冬へ 光の中へ まぶしい光の中へ 一歩を踏み出す 自分の後ろ姿を見ている 光は視界を満たし あらゆる感覚が失われ やがてすべてが光になり まぶしさの記憶だけが 痛みとなって 深く大気に刻まれる いずれ記憶さえも失われ 光だけになる contains sample from N.Uehashi & mue   ---------------------------- [自由詩]Universal Boardwalk/カワグチタケシ[2019年4月14日0時44分]   九月 僕らは歩いた ときには 手をつないで ときには 手をはなして 僕らは歩いた 夜の道を 急ぎ足で そして見たものを 見た 順番に声にしながら 夜の 運河に浮かぶ水母 海鳥の死体 船の通った跡に にじむ月を 一歩足を進めるごとに ひとつ 足は前に進む 運河に 架かる橋を渡り  見つけるために歩く 夜 目に見えないものを 風を温度を夢を砂を噛む声を 十月 陸の上にだけ夜が来る 海の上には暮れない昼がある 出来事だけが終り 時計の針は進む 私はこの三日間を糸杉の下で過ごした 真空は記憶を無傷で保存するのに適している 火の匂いのするほうへ 夜は視線を上げて 声は聞えるが 言葉が届かない 夜になると叶わない気がする夢があるから ターミナル駅で吐き出される ラッシュアワーの乗客のように 僕たちはここに集まることができない 「急に走り出したから何かと思った」 特に答えもないまま 内湾も人工海浜も五時には暗くなる 十一月 雨が降り 雨が止み ガラスドームの外は夜 大きくて重たい物が地面に落ちる音 倍音を含んだ重低音がドームに反響する そして叫び声とサイレンが追いかける 世界のどこかで誰かの血が流れるように あたたかいバルコニーで イルミネーションは瞬きつづける 夜を歩く 大きく湾曲した橋を渡り 運河沿いの食糧倉庫に沿って 手に入れた宝物を きちんと手離すことを 君たちも学ばなければならない 十二月 目の前のテーブルに置かれた 食べものを食べれば 食べたぶんだけ減る 飲みものは飲んだ分だけ減る 高さにしてわずか一メートル 距離にしてわずか五メートル 水に近づくだけで 匂いが、音が、全てが変わる 二十五日を過ぎて急速に イルミネーションの温度が下がる 五色の小さな旗(トルチョ)がたなびく ラサを想う 運河沿いの新しいボードウォークで 大量の海水を間近に感じながら 一月 冷たい雨の降る一日を 低い建築の中で過ごした 雨滴が連れてくる天上の冷気が ガラスを透して膝に爪先に染み込む キッチンシンクに置かれるときに グラスが立てる甲高い音  注意深く人生を見つめれば 死んでいく人がいるのがわかる 一番冷たく短い日に、谷底の村で 脚を交差させたまま眠る 美しい人を見た 新月の大潮 海水は運河に流れ込み 小型船の曳航が起こした波が 早朝のボードウォークを濡らす 二月 我々は物質世界に生きる物質的存在 物質は存在し、空想を補強する 時報の鳴らない街を 傘をささずに 肩先に積もる雪の重量を感じながら 午後五時半の暗転する部屋で 床板と足の裏のあいだには 常に不安定に変化しつづける ある一定の温度が存在する 通りに出て、いつもの猫に会う セロファンを震わせる乾いた風の音 夜を賭けてか夜明けに向かってか 足音にばかり気をとられ 夜の水たまりを踏まないように 光に向って進む 三月 癒しという言葉は 傷を持つ人間には麻薬のようなものだ その周辺から抜け出せなくなる それに関わってしか生きられなくなる 橋の上から見下ろすと 運河の水面に霧が流れていた 霧の途切れたところに 道のようなものが見えた 翌朝、霧が晴れた 地下鉄に乗って運河をくぐり 明るい街に出かける 埃っぽい春の国道をバスに揺られ かつて傷を負ったものたちの 声を聴きに出かける 四月 世界が愛と無関心で出来ているように ときには四月に雪が降る 荷物をまとめ山荘を出て、都市に下る 雪はやがて冷たい雨に変わる 街路、雨の夜の街灯の下を 通過するとき傘の影が頭上を覆い そして前方へと傘の影が 足音を追い越し伸びる 雨は明け方また雪に変わり 昼過ぎには晴れる 映画館に出かけ、人の声を聴く なみなみとした時間が過ぎていく 朝日が東雲を染めるとき 何をすべきかはっきりとわかる 五月 歩きづらい街だ 風が強い 歩きづらい夜だ 路面が明滅している 街路を滑る雨の音と もれてくる夜の声に耳を澄ます 細く開いた夜の窓から 湿った声が溶け出してくる かつてそこに橋が架かっていた 今はただ橋脚だけが残されて 潮の流れに洗われている 再開発エリアを抜けて旧市街へ 幾層にも折り重なる匂いの中へ 雨は通り過ぎていく 六月 都市の上空を海鳥が渡っていく (おそらく)ラファエルが指し示す方角へ 夜のアスファルトに引かれた真新しい横断歩道が 熱を冷ましている 私は暗がりで小さな木箱をのぞきこむ 私は箱のうちにあり 同時に 私の内側が直方体に切り取られる 私の内側の真新しい空間に乾いた砂が注がれる それは失われた楽園を主題とする宗教劇 言葉がそれ以上先に行けないところ そこにその硬いテーブルがある 硬いテーブルの足元のたまりに 睡蓮の花が咲いたという 二十世紀は遠くなる 人々の記憶とともに 七月 夜を歩く 風が強く吹いている ボードウォークにつづく階段を 海水が浸している 階段は運河の底へとつづき 運河の底は雲の上へと反転する 雲の上は無風 果てしない夜が拡がっている 果てしない夜の底で 存在しないはずの風が 一匹の猫の尾を追いかけている 夜を歩く 藍色に染められた 一匹の猫の尾を追いかけて 僕らは歩く、強い風に吹かれて 八月 墜落現場から四キロ離れた山小屋で 眠れぬ一夜を過ごした 膝に細く鋭い痛み 歩き過ぎたのか ウッドデッキを覆う雨の被膜 海鳥が両足の指をまっすぐに揃え 頭上を過ぎる 弾力のあるその背中はまるで 僕らの未来のように痩せている 月齢に引き上げられた潮位 夥しい数のペンが波打ち際に 打ち上げられている まだインクの残る一本をノックして 宇宙につづくボードウォークに書きとめよう 潮風が忘却を運んで来る前に 九月(reprise) 僕らは歩く ときには 手をつないで ときには 手をはなして 僕らは歩く 夜の道を 急ぎ足で そして見たものを 見た 順番に書き記す  さほど多くはない 一般的な形容詞を用いて Contains samples from H.Murakami, M.Jackson, K.Nashiki, Prince & C.Simic   ---------------------------- [自由詩]MAR November 4 2003/カワグチタケシ[2019年9月20日0時27分]    言うまでもなく、言葉は万能ではない。僕たちの言葉による意思伝達は、ほとんど奇跡と呼んでも差し支えないほどの、言葉の周囲をめぐる曖昧な了解のうえに成り立っている。もしかしたら、そんな気がしているだけで、意思伝達なんて、実はまったく成り立っていないのかもしれない。しかも、困ったことに僕は、言葉のそんな側面を偏愛している。  言葉は事物を指し示す、と思われている。人が何かを発見する。かたちあるもの、かたちなきもの。発見した何ものかに名前を付ける。そして、名前が一人歩きを始める。  一枚の絵の前に立ち、僕は途方にくれている。僕は、この一枚の平面作品を言語化して伝達しなくてはならない。  まず、そこにあるものをそのままそこにあるように言葉にすることの困難。大きく描かれているものを大きく、小さく描かれているものを小さく。言葉の量も含めて、そこに描かれたままの正確なバランスで説明したいと思う。そして、それはなかなかうまくいかない。つい細部に入りすぎてしまったり、大きく描かれたものをその大きさゆえに見逃してしまったりする。  そして、視覚的な了解の欠如を前提とした伝達。色彩を、遠近法を、抽象表現を、どのようにしたら伝えることができるのだろうか。そんな欠如を前にして、いくつかの名前は意味を失ってしまう。  たとえば「赤」。画家の自画像は、黒をバックに赤いインクで描かれている。僕はその色を、何か手に取って感じられるものに置き換えて説明しようとする。トマトジュースのような濃い赤。あるいは、赤ピーマンのような赤。冬の夕陽のような赤。どれもしっくりおさまらないうえに、そんなにいろいろ言われたら、説明される方も混乱してしまう。だいいち、トマトジュースと赤ピーマンと夕陽は同じ色ではない。そして、人は夕陽に触れることはできない。  僕が一枚の絵の前に立つとき、その平面作品から受けとる感動の正体を知りたいと思う。すくなくとも、それは絵に関する「説明」ではなかったはず。それなのに、僕には説明することしかできない。しかも相当できそこないの。「〜について」ではなく、「〜そのもの」を語ることの困難がそこにある。もしかしたら僕たちは今までずっと、「〜について」しか話してこなかったのかもしれない。それでなにかすっかり共有した気になっていただけなのかもしれない。それは、情景やマテリアルに感情を代弁させることに似て、かぎりなく空虚なことだ。  真夏、美術館の裏庭で、僕は一本の孟宗竹に右耳をつけている。竹の空洞で増幅された水音が聴こえる。竹の導管を上る地下水の音だ。僕は目を閉じる。左耳に聴こえていた蝉の声が遠ざかっていく。ごぼごぼと竹に吸い上げられる水の音が近づいてくる。   ---------------------------- [自由詩]病院船/カワグチタケシ[2020年5月3日11時18分] 光と影の中で 息を詰めている 都市と星 船は極地の上空にあり、 眼下の地球は 完璧な半球となって見えていた 昼と夜を分かつ明暗境界線を 見下ろしていた 境界線のうち、真ん中から半分は日の出を もう半分は日の入りを迎えている リムジンボートが停泊する ドックの海水は淀み 付着したフジツボに 塵芥が打ち寄せられている 病院船が入港しないので 下ろされたままの跳ね橋を まばらな人たちが 往来している 人間の事情などお構いなしに春の花が咲く たとえ人類が滅んでも この花々は咲くだろう 人間の都市計画に合わせて配置された街路樹のかたちのまま いずれ街路樹は徒長し、雑草が増え、都市のフォルムが崩れても この花々は咲くだろう ドトールコーヒーの前の満開のハナミズキ 暗渠の蓋の上の細長い公園の桜の樹の下で かつて地球と呼ばれた病院船の甲板で 人間の家族がパンを食べている Contains sample from A.C.Clarke   ---------------------------- (ファイルの終わり)