ハァモニィベル 2018年4月27日10時17分から2020年6月15日18時04分まで ---------------------------- [自由詩]  渦 /ハァモニィベル[2018年4月27日10時17分]  花はみずからを  最もか弱い葉であると思って散り  多くの葉は我が身こそ    逞しい花であると思いつつ繁る  樹はそれを黙って哀しみながら  春が花を愛で 秋が葉を罰する  時間(とき)の渦を全身に巻きながら樹つ 《蝶としゃぼん玉/2018.4.27》 ---------------------------- [自由詩]祈りある人へ/ハァモニィベル[2018年5月10日2時47分]  祈りは、行為の種だという  伸び出た行為の葉陰には きっと    きみの祈りの花が咲いている  祈りが 行為の種 ならば    行為が 祈りの花 だから   ――《蝶としゃぼん玉 2018.5.10》より ---------------------------- [自由詩]悪魔の舌/ハァモニィベル[2018年5月12日20時31分] 孤独な指先を そっと浸すように 冷え冷えとした土の中から 上に向かって堕ちてきた それは 生えだした  うねり しなやかに燃えて 落ちていく曲線のむこうに 求めてやまなかった影がある 廃れ果てたような 泥だらけの根もとから 夏の陽射しへへと 今はただ、伸びてゆくだけの ただそれだけの命もいつか 肉と骨に別たれ 灰色に整頓される日までの とても美しい ともすれば 一度たりとも 咲くことの叶わない花 《蝶としゃぼん玉  2018.5.12 企画−「悪魔の舌」》より ---------------------------- [自由詩]『悪魔の舌 PART2』/ハァモニィベル[2018年5月14日15時20分] 『悪魔の舌 PART2』 五月始めの或晴れた午後のことであった。 3時を少し回った頃、私はただ何となく 空を見上げて、ぼぉっとしたまま、無心な 状態でいたと思う。突然、スマートフォン が鳴り、ハッと我に返ると Line の通知が 来ていた。 見ると次の数句が記されてあつた、 「<羽の消失がもたらす花の喪失について>という題で、 是非とも貴方様に講演をお願いしたい 301人類」。 交通費、宿泊費など全額もつから、何としても ××県 △△市の○○まで来てくれという内容が確認できた。 くれぐれも独りで来るようにと念を押してある。 (コレは何だろう? この301人類と云ふのは)実に妙である。 知らない相手だし、人物の名にしては奇異であった。詩人的な 謎であろうか?私は考へ始めた。 発信時刻は 3:24。瞬間睡眠から覚めたように必死に考えてみ たが、どう考へても解らない。兎に角、××県△△市の、その あまり馴染みのない地方都市までこうなったら、行って見る事 にした。 そこは、温泉地であった。 私は、そこで、脳を食べる温泉につかった。 「鼻から入りますから、どうぞご注意を」 そう言って私に近づいてきたのは、パブロフの蚊であった。 向学心旺盛なパブロフの蚊は、さすがに、細くて長い口を尖らせて 私に訊いた。 「貴方のような人が、何をしにこちらへ?」 「ええ、不思議な伝言をもらいましてね。この街で  <羽の消失がもたらす花の喪失について>講演をしに来たのです」 私がそう答えると、パブロフの蚊の全身に一瞬恐怖がはしったのが こちらにはっきり伝わってきた。 「そうですか、それはそれは。特にわたくしに取りましては、Kissは重罪になります」 そう言ったきり、パブロフの蚊は、悲痛なほど、暗く俯いて黙り込んだ。 一言もしゃべらなくなったパブロフの蚊をそこに残し 脳をすべて食べられないうちに、私は、脳を食べる温泉の湯から出ようとした。 すると、そのとき、 パブロフの蚊は、突然、私を引き止めて、こう言った。 「いいですか、気をつけて下さい。この街で・・・、この街では、  一言たりとも、美しいものを美しいと言ってはいけません。  美しいものを美しいと言った途端、あなたは死にます。いいですか  くれぐれも、注意なさって下さい。くれぐれも・・・・」 私は、その夜、もっとも美しい夢を見た。 ---------------------------- [自由詩]羽撃く唇/ハァモニィベル[2018年5月19日2時57分] 唇が羽ばたいて美しい言葉を吐くとき 肺が搾る情熱の泡(あぶく)は音をかき鳴らす 心臓の歯車が描(か)きなぐる視界のそのずっと奥まで 背中を押し続ける真実が、今キリキリと君に発火する 目を開ければ、浮上する君と僕だけの風に 足下に沈んでゆく硬くなった生命の声が 喉を詰まらせた咆哮を遠く微かに震わせる 目蓋の裏で溺れ続ける幾つもの 血塗れな機械仕掛けの存在の声すら 片手に勁く握られた炎の重みに加わってゆく 血を流しても 肉を甦らせることがない永遠の街が 掌を返した冷たい底に 後頭部ばかりを撒き散らしている ※ Note:/ (本作は、フォーラム内の某スレの企画の趣旨に沿って、下記リンクの作品を受けて創作した作品です。 https://po-m.com/forum/thres.php?did=196983&did2=168 ---------------------------- [自由詩]花でもなく/ハァモニィベル[2018年5月24日20時29分] 花でもない なんでもない 碧き苔 土に落ち  ひっそりと咲く 世に咲く何ものであっても わずかに命をたたえ 一瞬の音が残される 今朝は雨だった 乙女のような爪の軒先に   蜜の曲線が  降る 大和絵の糸を しっとり垂らして しならせて  ソノ役を 果たそうとして 降る 落ちた今生に 未だ眠り半ばのまま  心のまま 宿した意識の視界から 外(そ)れて 外(はず)れて じっと 隠されて 秘密の  花芯の音だけが ここでない場所にだけ 半ば目覚めて そっと、残されて 降る 参考:【書き換え連詩】 (たこさんの作品>)https://po-m.com/forum/thres.php?did=196983&did2=172 ---------------------------- [自由詩]視えない場所へ/ハァモニィベル[2018年11月2日20時36分] 何モ言ワナイデイルわけでもないのに アナタはまだ聞き慣れてもクレナイ ヤサしくてヤワらかくて  包まれて火傷する 陽射しのような眼が照らす ワタシの奥の冬を イマを失った あの辺りに 絡み合イ呼吸シ続ける 愚かなムカシムカシの樹々が 重ナリ合って 数え切れぬ葉と華とトモニ 大地へとカエし続ける  《視えないこの場所》へ ドコ迄も、   この 胸の鼓動を辿って来て欲しい ソレナノニ 何モ言ワナイデイルわけでもないのに アナタはまだ聞き慣れてもクレナイ ---------------------------- [自由詩]冬の夜の/ハァモニィベル[2018年12月20日17時38分] * それでもいい 遠い足音の偬しみも かわした言葉のすべてが いつか跡形もなくても。 ぼくらの中にだけ積もってゆく   ただ、それだけ、であっても。 純度の高いまだ誰も見たことのない心を映した面持ちで あのときのまだ、夜の 子供時代の燥いだ冬の夜の 鼻腔に残る安らぎも 耳を塞いだ古い旋律のような不安も   やがて皆んな ともに辿り着く星の下で 虚しく凍った舌を慄わし 手も足も冷たくなりながら ただ、それだけのために 他の誰にも届かない心ばかり積もらせても。 * ---------------------------- [自由詩]標/ハァモニィベル[2018年12月28日22時11分] * 果てしない一群の墓標が ここに夢を綴じている 今、私に見つめられたそれらも かつては何かを、彼ら自身が見つめていただろう たった二つの 魂のかけらめいた瞳のなかに そのなかには沈黙の言葉が在ったであろう。  捻転し連鎖を繰り返し 輪廻し続けた言葉の渦とともに 魂にされた物質は、ひたすらに、遥かな実在の刻(うみ)を泳いでいき 目を開けることもできず、息継ぎもままならぬ幼い日から いま、ずっと遥かな過去へと辿り着いた 彼らはけして刻印された史実に成り果てたわけじゃない 一人一人、皆、不可知である筈の 一群の偉大なる《魂の過去》である * ---------------------------- [自由詩]ことば・うた・ひと/ハァモニィベル[2019年4月30日15時30分] 表情という「ことば」の 固有の複雑さ というのは 空のように標準語でありながら 流れる無限の 雲模様に訛った 文学に見える。 曖昧という顎ヒゲを剃って 鉄塔のように嘲笑ふ それは、軽蔑でも愚弄でもなく ただの燃える串焼き それは、憤怒でもない 傘もささずに旅立った 「人」は―、きょうも その 発した言葉の軒先に雨宿りしている。 . ---------------------------- [自由詩]まるで愛のように/ハァモニィベル[2019年5月3日3時21分] * 黝(くろず)んだ緑色の風景が錆(さ)びてゆく 流れる光の寂しい故郷(ふるさと)の未来は 今だけ微(かす)かにほんのりと盛り上がって けれども 断えず推移していく 賑(にぎ)やかな星の暗い森林(モリ)に眠り続ける 差し伸べた小枝の戯れにも似た仕草(しぐさ)は 何の影響も持たない意識の記憶となって けれども 眺めては過ぎ去っていく  いつも  そうなっていく現実を けれども そうなっていく現実を  嗤(わら)う 烈(はげ)しく意味を忍ぶ言葉のように 熟知の叶(かな)わぬ地図を広げては、また閉じて まるで愛のように 網に指を絡め 首に針金を巻きつけ 球の上で数億の眼が睨(にら)み合う まるで愛のように * ---------------------------- [自由詩]カリメラ/ハァモニィベル[2019年5月3日19時05分] カリメラ 刻一刻、思いさだめて遂げる 深い一筋の刻み目 カリメラ 酒臭い沈黙のなかで酔いかけては醒める カリメラ 旗の切れ端は、雑巾のように今は静かに濡れている たまたま眠ったりすれば いろいろな夢を見勝ちになり 炭酸が喉に散らかって 針金の葉が生い茂るのを掻き分ける カリメラ 満月が死んだように隅の椅子に腰掛けて、 カリメラ 湯気を立てたストーヴで肢を燃やす子猫が、 あゝカリメラ そこでうっとりと喉を鳴らすと、 痩せこけて骨と皮ばかりのニンフはその子猫を撫でながら 尽きることのない白い湯気を頬ばっている カリメラ カタチのない孤独が、後悔を同封し 風の声のように甲高い冬を恋するわけもないまま 斜めに突き出された着実な根の上に寝転んだまま 少しずつ少しずつ暮らしている カリメラ 初夏の朝は 白く 重い陶器の皿の上にある * ---------------------------- [自由詩]《 火影 》/ハァモニィベル[2019年5月17日18時13分] 消えてしまった記憶のように 星が、炎に話しかける 小さく小さく話しかける キラキラと明るく 寿命のある指先に乗った鮮かな痛みのように 炎は首をはげしく振って いやいやをしながら 重い影をふりまく 真紅の虹は メラメラと 黒い砂になって その影が ようやく何かを わたしに語りかける * ---------------------------- [自由詩]《砂の羽音》/ハァモニィベル[2019年5月18日0時21分] 細い細い砂山は  伸びでた一頭の獣の首 蹲ることもできず 枯れ果てし茅芒(カヤススキ)の 散りゆく波打ち際 耳を澄ます月が 寂しさに馴れた門のように 開かずにいた薄眼を 今そっと開く時 にぶく響かせた最期の羽音のように 水煙りのなかへ、突如急激に 傾斜して消えた感情の片影 * ---------------------------- [自由詩]《暗闇の果実》/ハァモニィベル[2019年5月18日0時21分] 嘘をつけない君が いま溺れかけてる なのに、泳げるフリをして 「いつも踊ってるだけ  こんな風にいつも こうやって」             ソウ言ッテ 道のない道のうえに 明日を描いて I don’t throw myself. How can I show you ・・・? They’re trying to tell me how to feel・・・ 膝を擦りむいたヒーローが 目を腫らして 無意味じゃない今日を信じてる * ----「歌詞を書きましょう」企画に書いたモノ------ ---------------------------- [自由詩]《 DEBUGGER 》/ハァモニィベル[2019年5月19日0時37分]  赤き太陽虫よ どこ迄も   登れ 黒き斑紋を背負って  蜘蛛や 喙(クチバシ)を 震わし  幸運を這わす 半球体の聖母よ  一際目立つ気高き苦さで * ---------------------------- [自由詩]The END/ハァモニィベル[2019年5月28日6時26分] * ・・・・・・・、・・・・・・・、・・・・ ・・・・、・・・・・。 ・・・・・・・・ ・・・・・ ・・・、・・ いいえ 堕ちたのは君たちです 堕ちてしまったから脳を損傷したのです 記憶にないのでしょうね  ああ お気の毒 その傷口を 華と間違え ずっと介抱していたのは 一羽の蝶でした 春から来た蝶でした 千切られて 雪のようにふりそそぎ みずからを 眠らせたという孤独な蝶でした 暗冷の極まる虚(うつろ)を背に  それは、 泡のように舞いながら 哀しみのあまり空で裂け、、、 春に還った蝶でした おわり。 * ---------------------------- [自由詩]《繭》/ハァモニィベル[2019年6月6日19時06分] . 掌のうちに、唇の奥に、自分を殺したきみ、ぐしゃぐしゃになって、ギイギイと揺れ始めてからもずっと……、ずっと、ずっと、沸き起こる渦のなかを飛行するわたし、刻と刻を繋いでいく刺の先にだけ在る希望が、畝る海のように幾重にも畳まれたまま、深層の匂いの中で、また蛹のように絹の柩に包まれている 掌のうちに、唇の奥に、 自分を殺したきみ ぐしゃぐしゃになって、 ギイギイと揺れ始めてからもずっと……、   ずうっと、ずっと、沸き起こる渦のなかを 飛行する私   刻(とき) と 刻(トキ) を 繋いでいく刺(とげ)の先にダケ在る希望が、 畝(うね)る海のように 幾重(いくえ)にも畳まれたまま、   深層の匂いの中で、また 蛹(サナギ)のように  絹の柩(ひつぎ)に  包(くる)まれている 掌のうちに、唇の奥に、……… . ---------------------------- [自由詩] 『メロス』/ハァモニィベル[2019年6月10日20時47分] 生みの親たちと暮らした四歳の頃 そこに火と薪があった。 生贄の仔羊の姿は わたしには何処にも見当たらず 何も知らないわたしは両親の踊りを、ただ見ていた 何を与えられても、低く笑うしかなかったあの頃。 義父の葬式を終えてからわたしは やっと 何かを求めてもいいのだと知った わたしが持つものはただ一つの太陽だけだ 人の数だけ世界を隔てる分厚い画布の上 その太陽の眼は射し込んでゆく どんなに 塗り潰されても その上に 輝きをやめない眼だ 見渡せば 厚く塗り固められて 褐色になった あの 叫ぶような絵の具の下には もうあの 飛び去った麦わら帽子は 跡形もなく もう何処にも 見えない でも尚、 わたしのことを待っていてくれる あの帽子を手にした シラクサの街の石工だけは、けして裏切りたくない。 . ---------------------------- [自由詩]季節ノ詩/ハァモニィベル[2019年6月11日20時37分] 季節はいつの間にか 窓の景色として生まれて来る わたしは、 季節を食べることもできる 触れることもできるし ときには、憎むことさえできるのに 馬車のように疾走る季節を  掴まえることは出來ない 季節に追いつけないまま ようやく季節というのを 芯から愛し始めた頃 《死という季節》がわたしを掴まえに来る ――――《季節ノ詩》というテーマで書いた作品。 ---------------------------- [自由詩]雨と弓/ハァモニィベル[2019年6月13日22時06分]   * * * * * * * 灰色の部屋の中で ボールペンが、白い紙を見つめたまま下を向いている 公園では 樹々が空に向かって上を見上げている 夏が もうすぐそこに落下する   * * * * * * * 街を通過する透明な雨が、 何かを隈なく探しているようだ 国道沿いの自販機の辺りを、とくに入念に探しながら   * * * * * * * ほんとうは、「早く消えてしまいたい」 雨は そう思い そして、 そう叫ぶように 足音を、もっと烈しく響かせる   * * * * * * どれほど探してみても、何ひとつ見つからなかった様子は、 やがて、大股で通り過ぎる雨脚の 足取りの哀しみから 余韻のように 伝わってくる   * * * * *  悩み続けるボールペンよりも、公園の樹々たちの方だったかも知れない 雨のあと、 棒グラフの街の上空にも、 二重丸のような淡い虹を観たのは ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]『架空日記抄』/ハァモニィベル[2019年6月14日4時52分] (――さて、今此処にお見せするのは、「私が不眠に襲われる時、それは必ず夢を見ている時なのだ」という独特な名言で知られた或る人物の、長らく存在しないとされてきた仮構日記のうち、奇跡的に残存していた幻の一部であります。お読みになれば判る通り、これはまさしく『架空日記』でありますから、あくまでも仮構であること、その事をまずは読者各位 皆様にくれぐれもお断りしておきます。)  『或る架空日記』(抄) ○月 □日  或夜、とつぜん知らない人の書斎に案内されて、その人が生前書き残したものを読んでいる夢をみた。その夢は、あまりにもリアルだったので、正直いまもまだその夢から醒めずにいるような気すらしている。書斎の机の一番大きな抽き出しの中に、一冊の黒革の日記帳だけがひっそりと重く入れられているのを偶然見つけてしまい、ともかくも、私はまずそれから読み始めた・・・・・・。恋を知らずに死んだと言うその人は、どうやら、毎日誰かからの手紙をずっと待っていたようだった。そこには郵便箱の記述が何度も出てくるのだ・・・・・・ ○月 □日  今日も、ポストを開けてみた。すると、今日はアルマジロトカゲが入っていた。何なのだろうこれは。悪戯だろうか・・・。普通の人であれば驚くに違いない。でも、私はものに動じない性質(たち)だから、「コンニチハ、元気?」と挨拶してみた。しかし、其奴(そいつ)は、自分の尻尾を咥えたまま、憤怒の形相で動かない。コレはこれで、誰か、かなり苦悩している人の手紙なのであろう、きっと。 ○月 □日   朝、ベッドの中でいつまでも起きられず、顔を洗ったときには、時計は8時を過ぎていたが、昨夜、なにか夢を見たような気がして、しきりに思い出してみたが、いっこうに思い出せなかった。私は、見た夢のことをまったく覚えていられない性質(たち)なのだ。ただ、何となくだが、骨相学についてアリストテレスと議論して彼を号泣させてしまったような気もする。    (――筆者註)    ◇ 骨相学というのは、19世紀、西洋で大流行した、言わば、頭蓋骨で人間を測る占いである。なので世紀後半には、科学から排除された。だが「能力」論の系譜を古代ギリシアから辿ったりする場合に興味深い。    ◇ 「此の時、アリストレスが骨相学を擁護したので、私が風呂敷からデカルトの頭蓋骨を差し出して見せると、彼は突然号泣した」と、この時の記憶を後日の日記に書いているが、「それは多分、眠る前に『デカルトの骨 死後の伝記』という本を読んだせいに違いない」とも小さく記されている。 ○月 □日   休日。本屋をハシゴして歩く。古書店も見て歩く。本から本へと飛び歩く蝶のようで、自分が莊子だったか蝴蝶だったか分からなくなるが、結局、小知など捨ててしまえというわけで、上質な蜜を、二、三冊買って帰るだけである。ところが帰り道、なぜか、《統計によると世界では、年間に航空機事故で死亡する人よりも驢馬に殺される人の数のが多い》といった変なTriviaまでが、花粉団子の如く脳に沢山こびり着いてしまっているのが、まったくもって無用の用だ。 ○月 □日  『日記論』という大著を書き上げたので、ぜひ読みに来い、と言われたので、ああ『土佐日記』とか『更級日記』とかその辺の研究ですかと訊くと、全然違うもっと面白いものだと言うので出かけてみた。しかし、考えたら私は相手の住所を知らなかった。そこで、行く宛てもなくぶらぶらと暫く歩いていると、庭で日記を燃やしている和服の女性を見つけた。「墓を暴かれないように、闇から闇へ」と女性は微笑みを見せながら、歌うように、頁を破り取っては、火の中に投じていた。私は一瞬でその頁を読んで、美しい名文に舌を巻いた。私はそれを強く惜しんだが、最後は、その女性自身が燃えてしまった。 .――――<「架空日記」という企画テーマで書いてみた作品> ---------------------------- [自由詩]果てしなきCrawl/ハァモニィベル[2019年6月17日21時35分] 僕の前で、夜が眠っている 永遠にどこまでも続きそうな橋の真ん中に 巨体をぐっすりと横たえたまま 乗客が僕だけの列車は先に進むことができず 夜の鼾のような発車のベルが響くなかに停止している たくさんの夢が空から頬に落ちてくる そして足元が砂で埋もれ出す 非常ボタンを押して、非常扉の向こうへ抜けると 僕の両脚は巨大な砂漠の中にめり込んだ。僕は腰まで砂に埋もれた。 夜は、那由多の埃が積り積もった砂漠になって「お帰りなさい」 と、僕に声をかける。 僕は胸まで砂に飲まれた。 乾ききった海の上を、冷酷な風だけが泳いでいった・・・。 そこから はじめて ほんとうの 人世の朝が、ほんとうに 始まる . ---------------------------- [自由詩]暗闇と明かり/ハァモニィベル[2019年6月23日0時28分] その日、暗闇はすべてを覆い尽くした、と思っていた あらゆるモノが皆、暗闇を背負い その中で暗闇の底を探すのだ、と。 しかし、静寂は無限だった。 暗闇は、その静寂に無限に包まれていた 或日、暗闇の底に、雨が降っていた 闇を縫う祭のように 真夜中に 長く 烈しく 降臨した。 静寂は、やがて、その後に来た 月が一つ静かに見ていた 見開いた明かりは、何処までもただ静寂だった 静寂の数を換算(かぞ)えてみた 百年は数え切れない長さだった 蓄音機がCDになりUSB、SDに変わる 何万年か前、凍った河に沿って歩いた 樹や草も凍っていた 何もかもが、大理石よりも固く凍っていた 真実もすべてを一瞬で凍りつかせることがある 温もりがそれをふたたび一瞬で融かす日まで  遠方から来る友のように、太陽が雲を朝の色に染める 隠れん坊でしゃがんでいる場所を鬼が次々に暴くように 朝、ひとは、見つかった子供のように目ざめる 上半身を起こして つべこべと果てしない現実を生きていく 海のような欲望にのって 寂しさを満開にした花が幾重にも闇の中で凍りつき 哀しみの結ぶ実が陽射しに融ける日を待っている ひとひねりに捻り殺されるのが救いである程の 短い蝋燭の、過酷な夢の中でさえ まるで生きているような、 光の濃度が増してゆく 閑(し ず )かな灯りでせめてありたい ---------------------------- [自由詩]いつの間にか歴史/ハァモニィベル[2019年10月8日14時50分] 息を吐くまでには3秒もかかるまい。 産みおとすのに比べれば、猶更たやすい。 ただ、 しかし その両方ともが、生きていく自然である。 理不尽なほどの イキ込みも 不条理なまでの ため息も いずれも同様に、 不自然なもの などではない。 ただ、  いつの間にか歴史 ただそれだけの事でしかない大事件ばかり が 平凡な表情の奥で、  いつも  いまも、さっきも  かつても、  やがてそのうちにも  何処ででも 《誰か》の中に起きていた。 歴史になる前の 3秒の繰り返し その自然のなかを ならば、 爽やかな息に接して生きていきたい。 それが歴史になるなら。 息を吐くには3秒もかからない、から。 いつの間にか長い歴史となるにしても * ---------------------------- [自由詩]I' m from ・・・/ハァモニィベル[2019年10月24日8時34分] 風に叱られた旅人が 背を向けた空は どこまでも追いかけてくる遠ざかる空 色の無い窓めがけて 覗くように聴こえてきた音と音と音と、 その音達の、遠き想い出 いつしか、 ひっそり ひとり、 夜を解りかけたのに・・・  朝は来て 朝と知り合う暇もなく  一切は昼となり 夕焼と星空の街並みが やがて燃えつきて消える今も 今も、 静かに づっと 小さく道に佇み 引き返す道程(みちのり)も遠い 『わたし』は、 落葉の漂う  水たまり * ---------------------------- [自由詩]情熱/ハァモニィベル[2020年4月9日12時52分] 日々という受難の中でさえ 絶望と希望の扉を開ける旅はつづく 夢と現実の鍵束を探して……  なのに、過去と未来と どちらが大きいのか それすら、まだわからない その鍵を見つけるまで 旅はまだ  続くのだろう 大地を飛ぶか 空を駆けるか 大切なのはどちらだろう どっちの悲鳴が大きいのだろう 和解するまでの長い旅が、 永遠に歩き続け……  真夜中を過ぎて、明け方に近づく  その時 一日が息絶える瞬間 疑問符が一斉に空へと飛翔する朝がくる * ---------------------------- [自由詩]日々の華/ハァモニィベル[2020年5月6日16時39分] * 寂しさの大きな翳り 小さな歓びの光が、 きみの声になって ごく淡い華のように咲く日々 そんな日々を…、 夢見る。 清冽なきみが、昼間 雑巾がけした廊下のあとに きみの可憐さがずっと光になって落ちている夜 見つめ合うと、瞳が四つある ぼくたちは、二つずつを 毎日を何度も見直しては、見つめ合い 日々を何度か見返すときにも、また見つめ合う。 「あっ、またやっちゃった」  小さなその声も、華になって咲く日々を…… * ---------------------------- [自由詩]無限多面体 /ハァモニィベル[2020年6月15日17時28分] 喉から言葉を産む衝動 呪われた排泄行為 絶望は飢餓をなし 無意味を孕ませ 腹を裂く 沈黙が澄み渡り 凍らせた純真に コンクリートが樹神(こだま)する レインコートを着た存在の影が 雨の裂け目の中に姿を隠す 足跡の黒い温もりを蹴って 濡れながら彷徨う影が 遠い呼吸の彼方に漂う いつも季節のなかに潜り込み 録音された夢を聴く 欲深き産声のような 歌う骨壺を抱えて歩く 爪先のある魂が悶える 風に飛ばされてゆく真っ白な帽子は 真っ青な画布のなかを奔り去る 砂上を媚びるように運んでいく疼きは果てしない 朝が照らしだす時間のなかを 虫が時計のように這う 景色を脱ぎ捨てるたびに舞い落ちる箱庭 溢れ出し、堆積する 言葉の塔だけが、もう遥か彼方に 瞼の向こう側に広がって聳えていた それが消え落ちる いま溶け落ちるように頬を伝いながら *** 〔――メビウスリングの終了の際、記念に書いた詩〕 ---------------------------- [自由詩]距離とマスクの時代/ハァモニィベル[2020年6月15日18時04分] 世界中に生まれ、世界中に生きたという か弱い幸せが、 いつも、その時は抱えきれない。 選んだ筈の 幸せに 飛び込んだ 神聖なカップルの か弱いまぼろしみたいに 世界中に生まれ、世界中に今も生きる 抱えきれない痛み レモンを頬張る 金魚のように 皆んなが口をうごかして 水槽の中を 生きてみたら たくさんのすべてが 歪んでた 熱のある額は まだ死んでない理由だと思いたい 世界はもっともっとトロピカルな 息継ぎの苦しい、濃厚接触に鞭打たれた街 ---------------------------- (ファイルの終わり)