藤原絵理子 2015年11月13日22時29分から2017年12月24日21時09分まで ---------------------------- [自由詩]夢と知りせば/藤原絵理子[2015年11月13日22時29分] 窓ガラスに張り付いた もみじがはがゆい 暖炉に火を入れた午後 雨はやまない あなたを待っていた 知らない間にうたた寝 溝に吹き溜まった 心の破片はまだ紅い 冷たい秋の雨は 落葉を急がせて 華やかな紅は移ろい 色褪せていく ときめきに踊って 輝いた季節は ありふれた日々の暮らしに 埋もれて無色に うわの空になった あなたの瞳が 許せなくて 意地悪になった なんでもないふりをした 強がって あなたからのメールが うれしくて 開こうとした瞬間に 目が覚めた 恨めしい夢 もう起こりもしないことを 夢は ---------------------------- [自由詩]朝けの袖/藤原絵理子[2015年11月16日21時32分] 静まった水の鏡に ラムプの炎揺らめく 消え残った恋の余韻 燃えつきるまで 髪を撫でていて もう一度連れて行って きみを振り向かせて 繋ぎとめたい 夜半にふと目が醒める 夜翔ぶ鳥の声 洩れ入る月の光に浮かぶ 肌の色ほのかに紅 膝をかかえて丸くなる 失くした夢の続きを まだ覚えている 指の感触の優しさまで 夢だとわかっていたなら もっと甘えておけばよかった  抱きしめられたときの 安らぎを 落葉が冷たい風に踊る にぎわう舗道 いつもきみがいた あたしの左側 その虚空を 見知らぬ人が 軽やかにすれ違う ---------------------------- [自由詩]虚構の大義/藤原絵理子[2015年11月21日18時49分] 存在の不安を癒すはずの 名も知れず 闇から生まれ闇に去る運命の 生者よりも はるかに数多い死者を看取った 神が それを許したのか? 大好きな町が 罪のない血に染まった   夜が真の闇だった 文明のはるか前 あたしたちの血に繋がる人々が 時の彼方で 願っているものは  幻想は 亡者のひとことで かき消され 要りもしない玩具が 当たり前な顔で 寄生する 夥しい数で押し寄せて支配しようとする 水汲みの少女が泣いている 今日も 誰かの大好きなどこかの町が 無辜の血に染まっている 赤く沈む夕陽に 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もどかしさに目が覚めると 頬が冷たく 枕も濡れていた 帰らない日々への追憶に ---------------------------- [自由詩]結婚/藤原絵理子[2015年12月26日22時44分] あたしが思っているものと きみが思っているものが 違っていた すれちがい 埋められない 深い谷? 着る服の好みも 好きな映画のトーンだって ほんとは違っていたのに  嘘をついて やさしさでごまかして 橋を架けよう ふたりで きみは渡って来ないかもしれない あたしは渡って行かないかもしれない それでも こちら側とあちら側で 黙々と橋を作る 互いの姿を見て 恋の始まりの ほのかな幻に縋って ---------------------------- [自由詩]冬の池/藤原絵理子[2016年1月6日22時01分] 風が悲しいため息をつく かき曇った空に 葉を落とした大木の影黒く 烏が鳴く 惨めな輝きを目に宿して 閉ざした扉は 誰かが叩くのを待っている 開き果てた花薄は 干からびて 土の中で息づくものたちを羨む 澄んだ秋の夕照に華やいだ 記憶は薄れて 青い月の冷光に沈んでいく 色褪せて 暗い水底へ うすっぺらい飾りを落とせば 身軽な白い骨になって うつぶせに 枯野の陰に横たわれるのに 冬の扉は 乾いた憂鬱を閉じ込めて 誰かが足跡を残すこともない 落葉の小径の奥 閉ざされたまま凍って 忘れ去られる ---------------------------- [自由詩]流れる/藤原絵理子[2016年1月11日22時31分] 秋の長雨 落ち葉を濡らす 行き場のない 人知れず孤独な 悲しみの樹 痩せた枝先に 溜まる涙に宿った光 いくつも 泡沫になる 紅蓮の炎 静けさの夜に 音もなく揺らめく 穢れた肉を焼き尽くしたら 涙も乾いて 清浄な白い骨が残る 虫の音も止んだ 夜更けに ひそやかに昇る月 雲が流れる 華やかに燃えた恋の記憶は 墨絵の闇に 淀みにいくつも 雨粒が描く 流れゆく輪の重なり 紅いもみじは沈んで つがいの鴨は泳ぎ去る 未来の方角へ ---------------------------- [自由詩]冬の香/藤原絵理子[2016年1月19日22時16分] まだ蕾とも見えない 小さな突起の 春を待っていた梅の枝は 雪の重みに折れる うららかな鳥の声を聞くこともなく 清冽な香を漂わせることもなく 淀みに映った空は 日に日に冷たく 緩やかに流れる水は 風景から色を奪う 川原に流れ着いた 赤いゴムまりは 少女が大人になった時 捨てられた ひしゃげて 失くして初めて知る  あたりまえに持っていたもの 様々ながらくたや とりとめない夢 手の中に 灰色のモノトーンに際立つ 赤を置き去りにして 川も風も流れ去っていく 未来に向かって こころは膨らむこともなく その赤に寄り添って震える ---------------------------- [自由詩]つとめて/藤原絵理子[2016年1月24日22時48分] 降る雪の間に間に後姿  灰色に滲んで 小さくなる 誰も開いたことのない 図書館の古びた新刊書 端末はいつもいっぱいで 書物は忘れ去られる 早朝のバス停で  凍えながら待っている 寄る辺ない思いは 白い息を吐いて ようやく明け始めた暁の色に励まされる そんな朝は  フランス組曲のオルガンヴァージョン ライプツィヒの路面電車を思い浮かべる 川辺の土手で俯いて 淀みに映った自分を眺めて 恋をする 寒気に凍りついたホースのため息 葉を落とした樹のてっぺんで アオサギが踊る ---------------------------- [自由詩]天秤/藤原絵理子[2016年1月27日22時47分] 越えられない 許されてもいない つるんとした壁を 軽々とひと羽ばたきで 容鳥は笑顔で越えていく 見たこともない 世界へ 想像の中にしかない静かな森へ 平穏な壁の中は 灰色の焦燥に 氷に閉じ込められた魚の目がきらきらと 部屋の中には春が居座って あたたかく 身勝手な傍観者になる ぬくぬくと 天秤はひとつしかないはずなのに 別の世界を夢想しているうちに 天秤がもうひとつ 曇った夜空に現れる 心かき乱す 容鳥の羽音はそそのかす 根の生えた重い腰を 浮かせようと 囁きかける 穴を穿て その壁を壊せと ---------------------------- [自由詩]東風/藤原絵理子[2016年1月31日23時47分] 暁のうたたね 夢の中で泣いて 白くぼんやりした夜明けの部屋に ムウドだけが薄く残っている メランコリックな仕草で 髪をかきあげる オルゴオルの上で踊る 白鳥が優雅に ころんころんと輪を描いて 輝く瞳で 幼い少女が見つめている 透明な額で 世界は 綺麗なものと楽しいことで溢れた 遠い夢は回って 踊って 過ぎ去った日々の彼方に ほのかに 漂い薄らいでいく 白い梅の香りが 融け残る雪は 玉水を結んで 陽に煌いてリズムを刻む 軒下の石を穿って 永遠を願って ---------------------------- [自由詩]時雨に/藤原絵理子[2016年2月9日22時04分] 夢中になった歌集は 本棚で埃をかぶっている 覚えている言葉は もう何も動かさない 好きだった花が 色褪せて見える もともと 好きでもなかったのかもしれない 紅をさす 鏡の中にいるのは 茫洋と遠いところを眺める 見知らぬ女 せめて翳った陽射しが集まるよう 去った人を想う けなげな自己憐憫 冬枯れた庭の戸を閉ざして 積もった枯れ葉に落ちる 時雨の音を聞いていた 誰も待ってくれてはいない 誰をも待ってはいない 雨上がり 午後の陽を浴びて 諦めは坂を下っていく これでいいと呟いて 自分を偽りながら 不安は 野辺の名もない花と光の香にかき消される ---------------------------- [自由詩]春へ/藤原絵理子[2016年3月24日22時32分] 道標のない坂道は 霧の中に向かって 砕けた岩が転がっている道端に  明るい顔で タンポポが咲いている 白い羽を残して 飛び去る ゆがんだ古時計を壁にかけても もう元に戻ることはない 何も取り戻せない ほの暗い殻の中で 半透膜ごしに見る 外は平穏に 笑い声と泣き声で均衡を保っている 分かれ道で選ぶたびに 何か忘れ物をして ゆっくりしたいのに 急いでいる 大急ぎで ゆっくりしている どっちにしたって いずれ春が来て  咲くことを約束されている 娘たちの 心の奥に燃え残る 熾火が消えるのを待って ---------------------------- [自由詩]落花/藤原絵理子[2016年4月7日0時47分] 風にはぐれた椿一輪 川の流れを漂う 冬の終わりに 寄る辺なく揺られて 春咲く花は霞を湧かせて 華やかに あたしは きみの笑顔を思い出せなくなった 寒さに耐えて 守っていたものは ぬるむ水の霞に 薄らいで消えた 張りつめていた不安は はぐらかされて わかったような顔の 仮面の下に 心の底に 黒い炎を隠して 満開の花に微笑みかける 妬みと嫌悪を ひととき誤魔化して 季節はうつろいゆく 誰も皆 落ちた椿のことなど忘れ去る 気がつくと 自分より不幸な人ばかり探している ---------------------------- [自由詩]杖/藤原絵理子[2016年4月12日22時37分] またひとり 友達が逝った春 ホームの売店で香典袋を買う 無愛想な店員が差し出す 派手な化粧に 朝日が散乱する 押し頂くような仕草で受け取り 擦り切れたバッグに入れたとき 倒れた杖が転がって 降りてきた人波にのまれる 小舟は 嵐に弄ばれる からんからん 乾いた音は けたたましいアナウンスにかき消され 押し黙った行進に引きずられて 遠くへ 七十七の誕生日に 孫がくれた その杖が去っていくのを なすすべもなく 眺めるだけ 逝った人を懐かしむ目で ---------------------------- [自由詩]恋人/藤原絵理子[2016年4月17日21時35分] 夕方のショッピングモールで見かけた こげ茶のブレザーと黒いリュック 早足の後姿は あの頃と同じで リュックから にょきっと突き出て揺れているゴボウ 器用な指先を思い出す 鉛筆を削るみたいに ささがきゴボウ 茶色い削りかすは 水にさらして真っ白に あまりの白さに 目がくらんだ ふたりで坂を登っているつもりだった ひとりよがりの 不毛な涙に濡らされて 道標はかすれて 読めなくなってしまった きみの歩みに合わせて 透明な袋の中で 右に左に規則正しく いつもの土のついたままのゴボウ しあわせそう ---------------------------- [自由詩]カルチェ・ラタン/藤原絵理子[2016年6月24日22時17分] 夜のメトロ 向かい側のホームで 小さく手を振った 優しい仕草が傷つける 知らないふりで 次の列車の表示を見上げる ポケットの中に その手のぬくもり サン・ミシェルの酒場で アルジェリアを空想する 肌を刺す陽射しと 青く乾いた海 長い間ぶら下がったままの ペンキが剥げた看板 それはいつも必ず 映画館の看板 あの頃話していたことを 思い出せなくなった 部屋の隅 ベッドの下にでも 忘れられているのだろう シンデレラ城のジグソーパズルの ピースがひとつ そぼ降る雨の街角に 前脚をテーピングした猫 瞳を大きく広げて 見ているのは 濡れた石畳にひれふする 物乞いの手 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店先で見たときの笑顔を引きずっている ---------------------------- [自由詩]冷たい雨/藤原絵理子[2017年1月2日22時22分] 誰かが落としたハンカチ びしょぬれで舗道に張り付く イルミネーションを飾る 一人の部屋 ひざをかかえて待っている ポインセチアの鮮やかだった赤は 老人の干からびた腕になった 遠ざかっていく 答えられない質問を残して 過ぎていく時間の密度が薄くなって 煙は雨に打たれて落ちる 思い出は水溶液になって その土の堆積へ 無機的な形だけが残る 樹になりたいと思った 誰かが何かを伝えようとしている 反響する話し声 意味はない ---------------------------- [自由詩]病院/藤原絵理子[2017年1月9日18時40分] 悲しいほどの平和 それでも 涙は流される カラスの鳴き声は 相対的に風に流れて 歌になったり 罵声になったり 鉄の扉を閉ざして こころを磨いている 金属の鏡のように 水晶の玉のように 非常口のランプだけが緑色に 滑らかな廊下に 嫌なことを忘れ去った人は 幸せに ただ生きている その場限りの笑顔で充分やっていける 化石が好きだと言った 白骨でさえ 生々しすぎると 葬儀屋の彼の笑顔は 差し障りなく ---------------------------- [自由詩]クリスマス・イヴ/藤原絵理子[2017年12月24日20時37分] 寒い夜  今ごろ どうしてるかな 冷たい風でも吹いたら 諦められるのに やさしかった きみの指先 あたためてくれた 冷たい頬を 今でも あたしは 見知らぬ街角に たたずんだまま 丘の上の教会の 鐘の音が聞こえる気がする 遠いあの日のように ---------------------------- [短歌]初冬三首/藤原絵理子[2017年12月24日21時09分] 秋ふけて、もみぢがしとねに寄すとて もみぢ葉の落つるけしきもはかなきに 霜にきほひてつもりぬるかな 浅茅がうへに露おきぬるとてよめる 冬枯れの草葉にむすぶ夕露の 玉なすがごとあけぼのの袖 池のほとりに冬来ぬるとて ことわりと思ひ知るともわびしきは 憂きこがらしの寄するささなみ ---------------------------- (ファイルの終わり)