詩人の「謎」
―――城戸朱理「非鉄」を読む
杉本つばさ
2週間、毎日毎日読んでもわからなかった。これが「詩」というものか。
それでも、特別おどろいた一行がある。

「この地上に難解なものは存在しない。」
(「非鉄」より 以下の引用も同作品から)

なんということだろう。私の目の前にはこの詩という難解なものが存在するのに。「灰色の散文的事象」が地表を覆っているらしい、どうやら。散文的事象=説明臭いもの、だろう。城戸朱理は、というより作者は、容易に理解できてしまう世の中が気に入らないようだ。
 そして

「その地平に鎌首をもたげる
 蛇のごとき謎。」 

「謎」を楽しむ。「謎」は地底からやってきた、この世のものではないものだ。
ではその「謎」とは具体的にどういうものなのか。

「非鉄」では第一行目で題を否定している。

「非鉄にあらず、」

これはいろいろ検討した結果、「錆びます」ということだとわかった。

「そこでも血流に小さな <鉄の玉> は混じり、
ゆえ知らぬ感情を
 波立たせる」

血流に混じる鉄の玉。パチンコ玉が混じった人もいるのかもしれない。「水の方位」は鉄を引きつけ腐敗させ、その力が「ゆえ知らぬ感情を」つくる。これにはなんだかとても納得させられてしまう。
しかしどこが「謎」なのだろうか。わからない。だからこれは「謎」ではないのかもしれない。この詩にはほかにも謎っぽいことがでてくるのだが、私がそれを理解できないため、私にとっての「謎」で終わってしまい、とうてい作者、城戸朱理の「謎」に到達することができないのだ。

 今回、わずかだが城戸朱理の作品に触れ、そこに「詩」と「詩人」の存在を強烈に感じた。そのことを説明する時間がないのは残念です。

で、結論として、「詩人」の「謎」は難しい。高尚だ。私にはこの地上に、「非鉄」のような難解なもの、「謎」が存在し、楽しめるので、よかったと思う。










参考:現代詩文庫140城戸朱理詩集 1996年 思潮社

 
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