城戸朱理インタビュー  聞き手 和合亮一
「詩とは何か、城戸朱理とは何か」〜城戸朱理キーワードをめぐって〜



プロレスとは詩学である




和合 世の中に詩人という存在を最も若く、強く感じさせてくださる存在として城戸朱理さんがいらっしゃいます。前線をずっと走り続けてきた方ですが、最近は電子媒体、ネットにも触手を伸ばしていらっしゃるとのこと。「いんあうと」の企画にもご登場いただくという好機を今回、得ることが出来ました。人気がある「城戸朱理のブログ」。これを仲立ちとしまして、城戸さんとネットとの融合点はどこかということをつきとめたいと思っております。城戸さんは数々の名言を残してきましたが、そのうちの一つに「世界は何で出来ているのか」というものがあります。今回は城戸朱理は何で出来ているのかということで質問していきたいと思います。あまりにも詩人として多面的な活動を展開されている方なので、全てを網羅しきれないと思うのですが、自分なりに城戸朱理キーワード集というものを考えてきました。それをふまえながらお伺いいたしたいと思います。

城戸 はい。

和合 一番先に私が書きましたのは、えーと、「プロレス」(笑)なんですが…、

城戸はい。

和合 以前、ある詩の雑誌で城戸さんの企画を中心として「プロレス」の特集を組もうとした動きもあったそうなのですが、 城戸さんにとって「プロレス」とは…。

城戸 あのー、「プロレス」とは何かという問いについてはですね。答える人の数だけ答えがあるんですよ。

和合 はい(笑)。

城戸 あ、しまった。大変なことを思い出しちゃった。「上から降ってくる」って言われているドロップキックの名手が居たんですよ、アントニオ・ロッカ。で、そのアントニオロッカのビデオを友人に借りましてね、村松友視さんにダビングして送るって約束してたんだけど、まだ送ってなかった。(会場笑い)

和合 じゃ、これからですね。

城戸 村松さんはその、プロレスというものの得体の知れなさを『私、プロレスの味方です』という名著の序文で、…北陸を旅した時に居酒屋に寄ったらば、周りの人たちが「げんげ鍋」という鍋を食っている。ぬるにくるまれた雑魚なんですって。なかなか体があったまって旨い。ひょっとしてと考える。ぬるにくるまってて、本来の形がわかんない。「げんげ」というのは、幻と化すと書くんじゃないだろうか、と…。そこにプロレスの類似点を彼は見出すんです。プロレスというものは、スポーツか? といえばスポーツでもない。格闘技かといえば格闘技でもない。プロレスっていう一つのジャンル、として接しないと絶対にわかんない。逆に言うと、読解が必要になる。

和合 なるほど。

城戸 起こっていることが一緒でも、アナウンサーが一緒だと、起こっていることが違うように見える。そのへんの面白さは絶対にあります。あの古舘伊知郎は、プロレス好きが高じてアントニオ猪木のプロレス中継がしたいばっかりに、テレビ朝日に入ったわけです。念願かなって彼がアナウンサーになった時、「新日本プロレス」はすごく面白く見えた。ジャイアント馬場の「全日本プロレス」がスローモーションに見えるわけですよ。ところが今、ビデオで見ると、やっていることあんまり、違わないのね(笑)。ところが組んだ途端に、全日本プロレスは、本当にサラリーマンのアナウンサーがここにふられたからやっているという感じで、技が終わってから「バッグドロップ」です、とか言うわけです。ところが古館伊知郎は違う。組んだとたんに、「おおーっと、バックドロップ!」とか叫ぶ。

和合 ほおー(笑)。

城戸 でね、倍速く見えんの。

和合 おー(笑)。

城戸 ということでね。極めて「言語的なメディア」だということですね。

会場 おおーっ(納得)。

城戸 とかなんとか理屈いっているけど、見ている最中はまあ、燃えるっていうかねー。

会場 (爆笑)

城戸 どこだったかな、会場忘れたけれど、スタン・ハンセンが猪木との一連の抗争を終えて、ジャイアント馬場の全日本に殴り込んだ時とかね、現場に居たわけです。ロングホーンていうバッファローの角の形でウィーッて叫ぶでしょ、スタン・ハンセンって。

和合 はい。

城戸 友だちとやってました、ウィーッて。

和合 おおーっ(感動)。

城戸 プロレスに関しては、ロランバルトの『神話作用』っていう書物が一番有名です。一つの演技として、プロレスというのをとらえている。例えばレスラーというのはやられたらば、痛いフリをしてのたうち回んなきゃなんない。バルトはそこでこう言ったんですよ。「その卑劣さのどん底そのものの中で、レスラーたちは神々である」。

和合 なるほど。

城戸 そこに神が見えるか、見えないかが、プロレス好きになるかならないかの分かれ道ですね。

和合 うーん、正しく極めて言語的な…、空間だったいうことなのですねー。

城戸 そうですね。

和合 詩とあんまり、関係ないかと思ったら、いやあ、ありましたねー。

城戸 ううん。あんま、ないと思います。

会場 (爆笑)








ラガーマン詩人



和合 高校時代はラガーマンとして有名だったということですが…

城戸 いや、有名じゃないですけど(笑)、ラグビーやってました。

和合 ラグビーしながら、詩に目覚めたという話も…。

城戸 ラグビーはねー、あれ、だまされたんですよね。

和合 ほう…。

城戸 高校入学してオリエンテーションがあるじゃないですか。で中学校の同級生で、凄いひよわな奴に、どこのクラブ入るんだって聞いたら「ラグビー部入る」。「大変だろ、あんなとこ。」って言ったら、「ラグビー部は運動部で一番、ラクだ」と言われて…

和合 あはははは。

城戸 んじゃいいな、ラクなら、俺もやってみっかラグビーと思って入って、ちなみにね、そいつは、三日目で止めました。

会場 (爆笑)

城戸 んで困ったことにねー、私の行っていた学校は盛岡一高と言って、岩手県の県庁所在地の盛岡市の中心部にあって、岩手県ってラグビー部の強い学校多いんだよね。

和合 おおーっ。

城戸 岩手県には花園の常連校が二校あるんですよ。全国大会の優勝経験校もあるわけ。盛岡工業とええと、もう一つは黒沢尻北工業。盛岡工業は同じブロックで、予選で当たるわけ。試合前が凄かったですね。キャプテンがみんなを集めてこう言うんですよ。「みんな、今日は」。そして、五秒の沈黙…。ケガしないように。

会場 (笑)。

和合 私は剣道やってたんですよ、ずっと。剣道をしている経験というのがですね、詩作とつながっているといいますか…。詩を書く時に、剣道の緊張感ってすごく感じるんですよね。

城戸 うんうんうん。

和合 何か、ありますか。詩作の下地にラグビーの経験が…。

城戸 これはプロレスよりもあるかもしれませんね。

和合 ラグビー…。寺山修司の俳句などにも良く出てきますけれども。青春を感じさせるような…。

城戸 青春…。ラグビーについては、本当に一本、詩に近い、詩的なエッセイを書いたことがあるだけで…。ミラノのデザイナーのジョルジョ・アルマーニが、若者向けにエンポーリオ・アルマーニというブランドを出していて、その広告ページに頼まれたエッセイだったんですよね…。モティーフはね、青空とフィールドっていうもので、スポーツに必要なものは青空とフィールドだけだという結論を書いたものなんです。そういうのがなんか自分のその、タックルを失敗して右手をついてしまって、捻挫してね、ショックでね、瞳孔が開いちゃったことがあるんです。立とうとすると、光が全部入ってくるから、世界が金色に見えるのね。立てない。何度もそうしようとしても、立てない。そのまま仲間に、フィールドにかつぎ出されて、その金色の光に埋めつくされた世界の向こうにやっぱりフィールドと青空があるってことを書いた。今、考えると、ホントかなって思うんだけれど…。

和合 (笑)…何か、記憶が、新しく降って湧いてきたんですね。

城戸  ま、そうかもしれないんですね(笑)。で、そのラグビー部にですねー、応援団も兼任してた奴がいるんですよ。そいつがですね、ヘンテコリンな食いモンにはまりましてねー。それがね、ジャジャ麺っていうんですけれど…。

和合 あーっ。

城戸 いわゆる、中華のジャージャー麺じゃないのね。

和合 はい。

城戸 平打ちのうどんのような麺に、肉みそがかかっているだけというヘンテコリンな盛岡特有の食べモンがあるんですよ。

和合 冷麺と違うんですか。

城戸 別。(笑)盛岡三大麺の一つ。

和合 (笑)ほおーっ。

城戸 話聞いている時に、俺はだまされているんだと思いましたもんね。平打ちの麺に肉みそがかかってて、ラー油と酢とにんにくとをまぜて、ぐちゃぐちゃにして食べる。食べ終えてから、目の前に生卵があるから割って入れると、そこにゆで汁を入れて、チータンタンという卵汁になって帰ってくる。絶対、ウソだと思った。

和合 へええええっ。

城戸 そしたら、本当にあって。しだいに有名になってきましてね。びっくりしたのは、稲川方人さんが、盛岡で偶然にその店を見つけて、人が並んでいるんで入ってみたら、はまっちゃったっていうんですよ…。で盛岡行くたんびに、稲川さんがジャジャ麺を食べに行くっていう。

和合 稲川さん…。並んでいる姿、想像出来ますね。

城戸 何が起こるか、分からなくなってきました。

和合 城戸さんのお話をうかがっていましたら、盛岡に行って、私もそこに並びたくなってきました…。








小学生で論語論?



和合 さらにうかがってみたいんですが、物を書くようになったきっかけというのは、高校時代をもっとさらにさかのぼっていったところにあるという、お話をうがったことがあるんですけれども。

城戸 みんなもの書くのって、大体、学校の宿題じゃないすか。小学校の時とか…。

和合 城戸さんの、小学校の時の感想文が、論語だったという。

城戸 ああ、書きましたねー。

和合 いつ頃ですか。

城戸 小学校五年生ぐらいかな。

和合 小学校五年生。ふつう、それぐらいだと、「大造じいさんと雁」とか「坊ちゃん」とか。

城戸 「坊ちゃん」、いいじゃないすか。ハードボイルドで。

和合 小学校五年生で論語って…。たぶん、初めて…。世界初(笑)…。

会場 (爆笑)

城戸 江戸時代はザラにあったんじゃないのか(笑)。

和合 受け取った先生はびっくりしたんじゃないですか?

城戸 その時の先生が、漢字、読めなかったんですよ。それは困りましたね。

和合 なるほど(笑)。

城戸 中国の歴史物を読むのが好きだったんですよね。お定まりで三国志と水滸伝から入るんですけれど、それで、これらの物語の背景にはどうも、論語があるということに行き当たった。じゃ、読んでみようかということで…。

和合 じゃ、子ども時代に、そのようなものに触れ合う機会がとても多かったという…。

城戸 あんまり、普通と違わないと思いますけどね…。

和合 読書体験とスポーツの下地があって、大学に進まれた時に、詩人を志されたということに…。

城戸 ユリイカに投稿して、二十歳の時に新鋭詩人に選ばれて…ですね。

和合 じゃ、初めて書いたのは?

城戸 高三の時かな…。書き始めたの、確か。それもね、だまされたんですよ。今、考えるとね。私の通っていた高校は、戦前は優秀な学校だったんですよ。今はどうってことないんですけれどね。それで高校のOBで、著名な詩人がいたんですね。石川啄木と宮澤賢治。何と言っても、岩手じゃ賢治と啄木が一番、有名なんですよ。それで、騙された…。

和合 先輩意識はありましたか…。良く読まれたんですか。

城戸 いや、あんまり。どちらかというとフランスのサンボリスムですね。高校時代に持っていたのは、粟津則雄さん訳のランボー全詩集。後はリラダン全集五巻とか。そういうのが読書体験としては最初です。でも徹底的に調べて読んだというのは、西脇順三郎ですね。

和合 それも高校時代ですか。

城戸 うん。新潮文庫。村野四郎編だったと思う。

和合 西脇順三郎を読んで、詩作へ…という流れに…。

城戸 いや、その時は何も分からないまま書いて、投稿すると載るから、面白くて書いていたんです。単純な習作期間ですね。大学(東京)に出てきてから、のことになると思いますが…。

和合 吉岡実との出会いを綴った「吉岡実の肖像」(ジャプラン)。これは主に大学時代の時間が描かれているのですか。

城戸 洗濯船という同人誌の企画で、吉岡実さんとお会いしたのが最初で、その後親しくなったんです。大学時代、入沢康夫さん、安藤元雄さん、飯島耕一さんなどが先生としていらっしゃったんですけれど、教師と生徒の関係じゃなくて生身の詩人と接するというのが吉岡さんだったような気がしますね。

和合 「吉岡実の肖像」の中で、吉岡さんとの出会いについてとても詳しく書かれていらっしゃいます。私がこの書物を読んで最も感じたのは、「反応」が常にあったという、城戸さんのお話しに必ずレスポンスを投げて下さる方が居たという…、それが吉岡実だったというように感じました。

城戸 考えてみると、信じられないことですよね。吉岡実というと当時でも伝説的な存在でしたし、こっちはまだ第一詩集も出してない…。海の者とも山の者とも知れない若造でしょ。良くお相手して下さったなと思いますけどね。

和合 師弟関係ということでもないんですよね。

城戸 師弟関係という感じではなかったですね。吉岡さんがどれだけ、若々しい精神の持ち主だったかということでしょうね。レザーのハーフコートが流行り始めたことがあったんですよ。二十代から三十代の連中の間で。である日、吉岡さんに会ったら来ているわけですよ、レザーのハーフコート。クルーネックの凄く鮮やかなパープルのセーターを着ていて、「吉岡さんいいですね、そのセーター」って言ったら、原宿の竹下通りで、気に入ったのがあったので、「あ、これ」って言って買ったっていうんですよ。ああ、この人は基本的に「若い」と思った(笑)。

和合 お人柄が良くエッセイ集では受け取られます。特に若い詩人に興味があった…

城戸 新しいことに関心を持っていましたね。どんな本を読んだか、とか、何が面白かったかとか。身を乗り出すようにして、いつも尋ねられました。

和合 草野心平さんも同じだったそうです。「若い人は自分の先生だ」とおっしゃっていたということですが、何か通ずるものがあるのかもしれません。







   伝説の同人誌「洗濯船」は酔った勢いで? いざ鎌倉!




和合 「洗濯船」という同人誌についてお伺いしたいのですが…、なんかみんなで飲んだ勢いで、とお聞きしましたが(笑)。

城戸 「洗濯船」の発端は田野倉君なんですよ。田野倉君が「ユリイカ」に投稿していて、入沢康夫さんに投稿もいいけど、詩をやっていきたいのであれば同人誌が王道だよって教えられたんです。で田野倉君が同人誌をやりたい、と。で私が別の同人誌のタイトルで考えていた「洗濯船」というタイトルを、こちらにつけたんです。

和合 同じクラスだったんですか。

城戸 そうです。

和合 後は高貝さん…。

城戸 高貝君はね、明治大学一年通っただけで、後は京都大学。年齢も下なんだよね。

和合 同じ所に、集まるもんなんですねー。

城戸 偶然ね。広瀬大志君は、日本の詩壇ジャーナリズムを相手にしないで、同人誌を日本で売らないで中国で売って、ブームになれば億単位で売れるというプランを持っていました(笑)。その発想は参りましたね。今や彼はマーケティングのプロです。その当時から才能はあったんですね(笑)。

和合 「洗濯船」同人は合評する間柄だったのですか?

城戸 合評会は全くやらなかった。

和合 どんなふうにチームワークを築いていったんですか?

城戸 一番多かったのは、みんなで、「古本屋まわり」。それで色々詩を読んだことなどを語り合うというのは、やりました。合評会はしなかった。相互に見せ合って、意見の交換はあったけれど、いかに詩を生むかということが主眼だったように思います。みんな「いかに書くか、いかに語るか」に気を取られて、つまり自己表現にばっかり傾くけど、「どう語って、どう書くか」よりは、「どう読んで、どう聞くか」のことなしでは成り立たない。聞く力が語る力を生むし、読む力が書く力を生むわけで、逆はないんですよね。

和合 つまり「聞く力、読む力」を、同人の中で高め合ったわけですね。

城戸 それぞれ読み方が違いますからね。

和合 別のお伺いをします。鎌倉に移られたのはいつぐらいですか?

城戸 鎌倉とのご縁は、20代なかばからなんですよ。世田谷の飲み屋で偶然高校の先輩と隣り合わせまして、それでその先輩が北鎌倉でお店をしているというので、それが鎌倉通いのきっかけです。やたらと頻繁に行くようになったんです。2001年に鎌倉ペンクラブの入会案内が来ました。作家の藤沢周に「どうしよう」と尋ねたら、「鎌倉在住の誰よりも、飲み屋に詳しいからいいんじゃないの」とアドバイスがあり、入会しました(笑)。転居したのは2年前です。

和合 鎌倉文士、田村隆一…。そんなイメージが浮かびます。

城戸 確かに鎌倉=田村隆一というイメージはあるけれど、例えば萩原朔太郎が長谷に半年ほど住んでいて、日夏耿之介や芥川龍之介と知り合ったり、中原中也も鎌倉で亡くなったでしょ。西脇順三郎が、鎌倉に疎開したことがあったり、川端康成が戦時中家を借りていて、するとその大家が「蒲原さん」だったということで、それで出てきたらその人があの象徴詩を完成させた「蒲原有明」で、ビックリ仰天したという逸話もあってね。結構いるんですよ、詩人も。ここしばらくは、田村隆一さんがイメージとしては大きいですね。田村さんと飲み歩いていた方から聞いた面白い話がたくさんがあってねそれをメモをとって残してあるので、いずれ面白おかしく発表しますよ(笑)。

和合 何か心境の変化はありましたか?

城戸 何が違うって、鎌倉はね…。歴史が事物としてまだはっきり目の前にあるわけですよね。鎌倉駅前の通りに若宮大路っていう通りがありますでしょ、海から鶴岡八幡宮にぶつかっているわけですよ。これが海岸まで行くとちょうど河口と一緒になっていてそこを右側と左側で材木座と由比ヶ浜に分かれる、…駅の辺りから若宮大路の真ん中、段葛って小高い道があって、段葛というのは頼朝が北条政子の安産祈願で盛り土した道なんですよ、その道がそのまま目の前に残っている、ということは時間がこう、スクラップアンドビルドで、東京みたいな都市で見ることの出来ないものがまだ見える。それと後、海にまで山が迫っている都市ですから、はっきりいって私の郷里よりも自然に恵まれています。リスがやかましく目が覚めたり、ウグイスはあちこちにたくさん居て、ありがたくもなんともない…。

和合 スズメみたいですね。

城戸 いや、スズメの方が貴重です。スズメの方が少ない。

和合 えー(笑)。なるほど…。歴史と現在が入り混じっていて、海と山が近接していて…。

城戸 自然というものの意識の仕方が変わりましたね。出掛けなくてもあるということでしょうけれど。

和合 始まりと終わりが同居しているような…。

城戸 うんうん…。







     飲んでます、遊んでます、もちろん仕事してます!



和合 城戸さんの生活ぶりをブログで拝見している方がとても多いのですが、「ああこんなに毎日飲んでいるんだ」とか、誤解を受ける言い方かもしれませんが「ああこんなに遊んでんだ」と…、いや私が言っているわけではありませんよ(笑)。その点はどうでしょうか(笑)。

城戸 仕事の話って、8時間執筆したって書いたらそれで終わりでしょ、ブログ。遊びは書くと長くなるから、そう見えるんじゃないかしら

和合 ブログ始めてどれぐらいですか。

城戸 一年、ちよっと。

和合 ブログしていて見えてきたものはありますか?

城戸 なぜブログだったかという問題がまずあるんですよ。これがヒントになったのは、ロックバンド「スマッシング・パンプキンズ」のボーカルやってたビリー・コーガンが、「ビリー・コーガン・ドットコム」というホームページを持っていたんですよ。ホームページって普通、トップページにたどりつくでしょ。ところがこのページは写真がまず出てきて、ビリーのファンのメッセージになるわけ。それがしょっちゅう更新されている。なるほど、こういうふうな早い変化が実は、見に来てくれた人には重要なんだと思ったんです。それで、ブログがいいんじゃないかと思ったわけ。

和合 すごい分量ですよね。

城戸 そう、ホントは短い方が良いんだよねー。「〜ちゃんと〜しちっゃたー、マル」ぐらいがね。どうもね、駄目なんですねー。もっと短くするように心がけます。

和合 内容が深いです、毎日毎日。続けることに関しては大変じゃないですか。

城戸 義務感が生じますね。だんだん増え始めて、訪問者数が千を超えて、アクセス数が万を超えていると…。やっても一円にもなんないのに…。それにはたと気づいた時、やっぱやめようかなと思いますね。

和合 仕事をして、ブログを書くというのは、言葉が拡散してしまうような印象はないですか?

城戸 全然違うこと書いているからいいんじゃないですか?

和合 あっという間に書けちゃうんですね、きっと。

城戸 そういうことしか書いてない(笑)。たまにまともなことを書きますよ。そういう時はちゃんと見直してからアップします。ふだんはそのまんまですね。そうだなあ。あんまり詩に関係のない女性には、料理話が人気ですねー。

和合 骨董と接してきた時間はずいぶん長いですよね。

城戸 そうですね…。もう四半世紀になります。興味があるのは、言葉と物の関係なんですよね。新しいモノは素性がはっきりしているじゃないですか。例えばこれは「スープ皿」で600円とかですね。でも骨董の場合は、それが何かが良く分からないものも多いんです。例えば、茶碗として用いられているものでも、桃山時代の米量りと言われる唐津の茶碗は、お米を計るのに使ったんじゃないかとか、いろんな説があって、本来何か分からないものに新しい名前が与えられて別のものになっていく、結局そこに関心を持ったんですね。

和合 小林秀雄とか、数々の文豪は骨董に興味を持っていますね。骨董から学ぶことがやはりありますか。

城戸 小林秀雄は「骨董をやるようになって文学が分かった」と言っているんですね。事物と言葉の関係のようなものを骨董から学んだんじゃないかと思いますね。ある文章の一節に「美しい花というものはある。花の美しさというようなものはない」があります。概念としての美を語っているうちは夢物語で、個別に美しいものに触れられるがどうかが問題なんだと語っています。これが小林秀雄の批評の根底につながるんです。ところがこれが頭デッカチの人だと「茫漠とした美」などと考えちゃう。そうじゃないものを、自分も骨董を通して学んだと思いますね。

和合 なるほど。

城戸 理屈言ってるとこうですが、煎じ詰めると、物欲ですからね。危険な道です(笑)。

和合 城戸朱理さんにおける「集める」という行為について、お聞かせ願えますか。

城戸 コレクションというのは男性的な欲望です。女性は体の中で子どもを育てることができる。自分の胎内で育み、子どもを育てることができる。それは世界を一つ、作ることです。男性はそれが出来ないから、世界の雛形を作る欲望というものをコレクションに転化させているんではないだろうか、ということですね。まあ、自分には希薄ですね。コレクションの欲望はそんなにないと思う。

和合 なるほど。

城戸 でもそれ言うとさ、ブログでウルトラマンだゴジラだ仮面ライダーだと騒いでいるネタが多いなあ。あと、なんでこんなにアイドルに詳しいんだという声もあるんだよね。

和合 特に吉岡美穂。

城戸 あれは野村(喜和夫)さんへのサービス。

会場 (爆笑)







     城戸朱理を詩が追い掛ける



和合 今駆け抜けるように城戸さんの半世紀を振り返りました。プロレスもお酒も料理も骨董もラグビーも全て、詩に関係しているということが判明しつつあります。

城戸 え? 関係してた?

会場 (笑)

和合 もうちょっとだけ聞きたいですね。城戸さんと「旅」について。

城戸 ああ、それは詩と凄く結びつきやすくて、危険だなあ。

和合 ブログで拝見していますと、何やら、全く帰宅していない日々がありますよね〜。
城戸最近ひどいね〜。この間もさ、実家に戻って、すぐ韓国行って、さらにタイ経由でミャンマー。こういう日々が続くと腰を落ち着けて仕事が出来なくなってしまうのが、悩みです。旅は好きですが、詩人に旅が必要だとは思ってません。後、昔と今の「旅」の意味は全然違っていると思うんだよね。今は、行って帰ってくるのが前提でしょ。昔…西行とか芭蕉とかは、帰ってこれるか分からないという状況で旅立っていますからね。

和合 彼らの「旅」について書かれたものには、直接的な死生観が反映していますよね。

城戸 でも、「旅」はいい…。インドの奥地とか行くと、絶対に原稿の催促とか来ないもんねー。

会場 (笑)

城戸 ミャンマーなんて、電話すら通じない(笑)。

和合 ミャンマーとかインドとか行かれている様子は、とても詳しくブログで拝見することが出来ます。なんかこれからは死海に出掛けられるという…。

城戸 ヨルダンの死海ロケが先か、エーゲ海のロケが先かはまだ決まっていないんですが…。

和合 死海に浮かびながら朗読する予定だとか…。

城戸 というのは、和合君にやってもらいます。

和合 じゃ練習します。

会場 (爆笑)

和合 さて、最後の質問です。ずばり、詩とは何か、詩人とは何か。

城戸 その問いも一番先に答えたように、答える人の数だけ答えがありますねー。

和合 人がプロレスを語ることと同じということですね(笑)。

城戸 吉岡実さんは下戸でお酒を一滴も飲めませんでした。しかし、お酒を飲む人よりも雄弁でした。ある意味で、その人なりにどういう生き方を貫いてみせるというのが肝心です。みんな誤解していることがひとつある。死んだ人間は何も喋れない。生きた人間は、喋ることができる。ところが、死者の方が生者よりも雄弁なんですよ。死んだ人間には何も問い直すことが出来ない。貫いてみせた一生というのが厳然として在る。例えば、中原中也でも萩原朔太郎でも瀧口修造でも田村隆一でも吉岡実でも、同じ生のパターンはないですよね。後世の私たちがそこに詩人の姿を見るわけです。ですから、私の場合、うん、もっとお酒を飲んでいいということですね(笑)。

和合 なるほど、説得力があります(笑)。城戸朱理という存在を、詩が追い掛けてくるということですね。詩人が自分の生きている時間を迷わず貫こうとすれば、詩が後から追い掛けてくる。今日は、本当にありがとうございました。










 
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