召喚された詩人 ―城戸朱理覚書
平居 謙

城戸朱理『モンスーン気候帯』という詩集をほぼリアルタイムで買った。1991年の刊行だからもう15年も前のことになる。大岡信、吉増剛造、荒川洋治・・・とキラ☆星のごとく並ぶ著名な詩人たちの中に名を連ねる、新しい詩人の魅力の謎に挑む、みたいな気持ちで買い求めたのだったろう。だが全篇に一通り目を通しはしたものの、その醸し出す「つん」とした響きに拒絶され、城戸朱理という名前だけが僕の中に積み重なってゆくことになった。

だが、今回読み返してみて、その「つん」とした感覚に拒絶されることはなかった。それは、その後実際に本人に会ったから、ということもあるだろうが、もうひとつ別の理由が確かにある。本人に会ったといっても、詩の各種イヴェントなどに行って、聞いているのも退屈になって廊下に出、ふとバルコニーに顔を向けるとそこには必ず城戸朱理がぷかぷかとタバコをふかしたりしているのを目撃する、そのとき「お、サボってますねー」などと声をかけると、彼はにこにこ笑って何か言い訳めいたことをひとつふたつ言う。その後立ち話で幾らか話す、そんな程度の淡い出会いなのだから、「もうひとつの理由」の方が中心を占めるのだろう。それは、意外なことに「語りかけ」という感覚であった。

一度でも城戸朱理の作品を読んだ人なら容易に想像できるだろうけれども、ストレートな形で彼はメッセージを語ることはしない。ひとつの現象を繰り返し提示し、その蓄積によって読者をその世界に招き入れるという方法で彼は誘う、語りかける。詩集『モンスーン気候帯』は、詩集『召喚』の異本として為されたというだけあって、文字通り<召喚>のイメージに溢れている。つまり、何度も詩集の中で、詩に<召喚>される<私>、というシーンが繰り返されて、読者はそれを横から眺めるのだ。

構造としては完全に他人事なのであるが、<他人>が召喚されるのを見ていると、奇妙に僕はわくわくする。小学校以来、授業中に感じ続けてきた感覚と似ている。誰かが指名されて答えている、その時、「次、ひょっとして当たる?当たる?」という不安とも期待とも自負とも言い切れない興奮。衆目に晒される快感と恐怖。小学校の授業で<衆目・恐怖>は大げさだが、『モンスーン気候帯』の中で<召喚>される私は、なんだか神の前に呼び出され、一人立たされる孤独な存在者のようだ。召喚された自身の背中を見せる形で、城戸朱理は読むものに語りかける。

序詩にある「召喚は書き継がれるのだ」という一文。また、「歪んだ部屋」という作品の中の「私は呼ばれる」という冒頭からの反復。「水の記憶」の同じく冒頭にある
   (私は召喚する
   だがはるかに昔から「わたし」は召喚されている)
という詩句。これらの言葉から、僕は、個人を超えたもっと大きなものが詩を書かせているのだ、というイメージを強く持つ。
城戸朱理個人を超えたもの。脈々と受け継がれて来たひとつの精神。これらのものを古来、詩精神、ポエジーなどと人は呼び習わしてきたはずだが、そういう使い古された言葉では伝え切れないという思いが、具体的な<召喚>シーンの反復となって現れたのではないか、と想像する。

次のような言葉も、「詩なんて単にひとりひとりが自分の心の中のことを思いつくまままに書いてゆくものなんだ」というようなよくある発想と異なっていて、宝物のようなものを手渡されそれをまた後代に伝えてゆくそんな厳かな継承の儀式を思わせる。
(ある日、私は詩人と出会う
そしてその者を師と呼ぶ
師は私となった。)          (「海光」冒頭)
また一冊の詩集というものもまた、気まぐれで出されるのではなく、時の必然性、とでも呼ぶべきものによって、一人の意思を超えたところで、更新されるかのように新たなページが加えられる。そういう認識が示されている。
   何と書こうか、
   書けば一字一字が
   私を斥けていくというのに
   過剰ゆえに失墜を許す高さにある
   ことばに魅入られ恵まれていくのに(知らずに、)
   「召喚」を「召喚」によって
   更新しようと、(そう信じて)
   汚れた塩を嘗めて。          (「回峰」冒頭)

こういう、背後にある詩神とでも言うべき、スケールの大きな発想は、単に『モンスーン気候帯』『召喚』のみならず、城戸の詩観を貫くもののようで、例えば<世界>という言葉に託してそれは語られている。<世界を覆うのは沈黙である>(「逍遥遊篇」−吉岡実追悼)<南の海では/世界の創始のごとく/小さなタイフーンが生まれている>(「恙虫」最終部分)などのような詩句が、詩集『非鉄』にも散見するし、『千の名前』に至っては集中的に現れている。この延長線上に『地球創生説』というタイトルの詩集が生まれて来るのも納得がゆく。世界、を捉えようと、多くの詩人たちが果敢に挑み続けてきたと同様に城戸朱理もまた同じく正攻法で天啓を今も待ち続けている。

コモンずvoice―平居謙
■ 平居謙です。こんにちは。今回は特集「城戸朱理」ってことで、またまた関西よりの刺客軍団?「りりQ」メンバーを中心に、精鋭部隊を送り込みましたぞよ。清野無果、河上政也両氏は初登場。杉本つばさ氏は前回に引き続いての登場です。また、荒木時彦氏も、「Lyric Jungle 」のレギュラーとして、光を放つ詩人です。
■ これが出る頃にはもう終わっているけれど、今、第6回「ぽえむバザール」の準備でばたばたしています。そんな中で、城戸朱理を読むことは、とっても透明色の、静かな時間が過ごせました。ポエケットでの城戸さんの顔が懐かしく愉快に浮かんだり。また、自分のことだけでなく、詩全体、という視点を持たない限り、世界は動かないな、と感じたり。首謀者(?笑)の和合亮一に感謝。















今、<世界>の語について書いたが、ある意味戦後詩の定番であるこの語に対する、執着の度合いは、城戸朱理、すごいものがある。
田村隆一も世界。谷川俊太郎も世界!粕谷栄市も剛造剛造剛造世界!!吉増も世界!!彼らが<世界>と描いたのはいいとして、少しあとの詩人



一人の詩人を個としてだけ捉えるのではなくて、もう少し大きなスケール、つまり「世界」との関わりで




後編
城戸朱理の詩集『モンスーン気候帯』に救われたある秋の日があった。

その日僕は、仕事である地方の県民会館の会議室にほぼ缶詰状態になっていた。訪ねて来るはずの人々に業務内容を紹介し、入会を募る、といった営業だったのであるが、肝心の客が一向に来ず、完全な形態の閑古鳥が何羽も飛び交っていた。

そもそも何で、こんな仕事にアタシが選ばれねばならなかったのかという類の、上司に対する恨み辛みを同行した4人の同僚たちは開始20分の間にすでに一通り唸り終え、「たたけば幾らでも埃が出る」らしい別の同僚たちの恋バナに移行しつつあった。

こういうオバハンたちの場所からはたいてい、僕はすっと姿を消すのがフツーである。(詩の各種イヴェントなどに行って、聞いているのも退屈になって廊下に出、ふとバルコニーなどを見るとそこには必ず城戸朱理がぷかぷかとタバコをふかしたりしているのを目撃する、ちょうどその種のエスケープすする)。だが、その日は外にもどうにも出られない。目が会うと「オメーもサボってるねー」という顔でニコニコ笑いかけてくれる城戸朱理もいないわけで。

命運尽きた、と僕は思ったね。これからあと7時間半、オバハンたちの話を聞き続けると、死ぬかもしれない、と大袈裟じゃなく、ホントーに思った。僕は幸せなことにそういう体験を持ったことが一度だってなかったんだ。幸せに過ごして来たということがどんなに弱いことであるか、も知った。

ウルトラマンに変身する科学特捜隊のハヤタ隊員の乗ったジェットビートルが怪獣に撃ち落され、残骸に足を挟まれたハヤタが手探りで変身用のアイテム「  」を岩場に探すシーン。少年のころに見たテレビのワンシーンみたいに、僕の瀕死の手先も、無意識の内に「世界を変革するためのアイテム」を探したわけだ。シビレル手の先に、黒い鞄の中、いつからか僕の書架から消えて行方不明になっていた城戸朱理の詩集『モンスーン気候帯』があった。

大岡信、吉増剛造、荒川洋治・・・とキラ☆のごとく並ぶ著名な詩人たちの中に名を連ねる新人がうらやましくもあり、妖しくも感じ、書店でずっと前に買い求めたものだ。買った当時全篇に一通り目を通しはしたものの、そのかもし出す「つん」とした響きに拒絶され、城戸朱理という名前だけが僕の中に積み重なることをあせた張本人。数年後に再度読もうとして、やはり立ち止まり、そのまま書架に戻らず特別な出張の時くらいしか滅多に登場しない大きな鞄の底に置き去りにされた1冊であった。

ところが僕はその日会議室で奇妙な体験を持つことになった。「つん」という印象だと思い込んでいた詩集『モンスーン気候帯』が、妖しく暖かいのだ。噂話と買って帰るべき土産物だけが蔓延する部屋とはすなわち世間様の縮図じゃないか。雑多な喧騒と卑俗な笑い声の中で、詩のコトバが透明に感じた。どれほど「つん」としていようと、いや、そうであればあるほど、屹立していればいるほど、詩の言葉が温かい、ということを理屈を超えて知ったのであった。

城戸朱理ではなく、それが他の詩集だったら。そういう問いは意味をなさない。『モンスーン気候帯』、その原型としての『召喚』が〈現に〉そこにあったのである。

僕は詩に召喚された。そのおかげで、魔の会議室から、ものの見事に生還を果たしたのだった。



 
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