古書肆 新月堂[12]
2005 01/16 12:09
吉岡孝次

 帰路
                  伊東静雄

わが歩みにつれてゆれながら
懐中電燈の黄色いちひさな光の輪が
荒れた街道の石ころのうへをにぶくてらす
よるの家路のしんみりした伴侶よと私は思ふ
夜ぢゆう風が目覚めて動いてゐる野を
かうしてお前にみちびかれるとき
いつかあはれなわが視力は
やさしくお前の輪の内に囚はれて
もどかしい周囲の闇につぶやくのだ
──この手の中のともしびは
  あゝ僕らの「詩」にそつくりだ
  自問にたいして自答して……それつきりの……
光の輪のなかにうかぶ轍は
昼まより一層かげ深くきざまれてあり
妖精めくあざやかな緑いろして
草むらの色はわが通行をささやきあつた


#桑原武夫・富士正晴編『伊東静雄詩集』(彌生書房)より
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