古書肆 新月堂[10]
2004 12/25 20:40
吉岡孝次

  小さい手帖から

一日中燃えさかつた真夏の陽の余燼は
まだかがやく赤さで
高く野の梢にひらめいてゐる
けれど築地と家のかげはいつかひろがり
沈静した空気の中に白や黄の花々が
次第にめいめいの姿をたしかなものにしながら
地を飾る
こんなとき野を眺めるひとは
音楽のように明らかな
静穏の美感に眼底をひたされつつ
この情緒はなになのかと自身に問ふ
わが肉体をつらぬいて激しく鳴り響いた
光のこれは終曲か
それともやうやく深まる生の智恵の予感か
めざめと眠りの
どちらに誘ふものかを
誰がをしへてくれることが出来るのだらう
──そしてこの情緒が
智的なひびきをなして
あゝわが生涯のうたにつねに伴へばいい


#小川和佑『伊東静雄 孤高の抒情詩人』(講談社現代新書)より引用
#もちろん作者は伊東静雄
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