詩と散文を作る手段全般についての情報と意見交換 part2[82]
2011 05/31 10:09
鵜飼千代子

>>80
>>81
リンク先の文章を読み直したのですが、矢崎節夫さんの文章は、「みすゞコスモス」について書かれた文章で、「こだまでしょうか」について書いた文章ということではないようですね。
紛らわしい紹介をしてごめんなさい。

注目すべき点は「誰でも」だと思うのですが、明治の女性の交際範囲や行動範囲、当時の情報量などを考えると「誰でも」は言い過ぎている。亡くなったのは昭和初期なので、明治生まれの大正を生きた女性という方が正確でしょうか。

その詩が現代でもコマーシャルで使えるというのは、前半の部分が、子供の話をしているのだろうと思えるからでしょうか。「わたしと小鳥とすずと」を読んでみても、「みんなちがって、みんないい。」のは、「わたし」と「小鳥」と「すず」であって、可愛いものばかりなんですね。怒る気になれない。加えて強い主張をしないので、批評とは違うのでしょうが、その詩を読んで自分が考えた「鑑賞文」が書きやすいっていうのもあるかもしれないですね。

なんとなく、返信です。^^
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