詩と散文を作る手段全般についての情報と意見交換 part2[4]
2011 05/21 00:37
鵜飼千代子

はぁい よろしくですね ☆〜(ゝ。∂*).+:。゚

>・詩を書くときに意識していること
ですか。。。

詩が降りて来るまで書かないから、困ったな。
それが、意識していることなのかな?(^_^;A

とにかく、足りない、足りない、まだ足りない、と自分を耕すというのは、
方法は違っても、皆さんおなじなのかな。

わたしは、そのとき、すっきり、単純に市民農園の畑を耕して
実際の植物や天気や虫たちに学んでいます。

ファーブル昆虫記を読んだ方が早いのかもしれないのですが、
これがわたしのやりかたで、
わたしに影響を受ける実際の人を「観察対象」にするのが、

足りないのかもしれないのですが、出来ない。
ので、そういう状況になりかねないところからは ジャンプして
実際の土いじりをしています。
畑作としてはアバウトですが、植物の育ち具合をみるのは、真剣勝負です。

なにしろ、食べ残すのが苦痛で
外で食事を出来ない時期があったので。

これって、「食われる」ことを拒否する無言のメッセージで
それが翻って「食う」ことに 対する思いなのかな。

詩については、「意識していること」と書かれているのを読んで気付いたのですが、
24時間スタンバイしているので、詩がわたしに降りて来易いように自分に刺激を
与えているのかな。

逆に、詩にならないことからは自分にとって得なお付合いでも距離をおいたりします。
ニフティーの現代詩フォーラムで洗礼を受け、「100年もつ詩をひとつ書ければ人生オッケー」
と、わたしは思ったので、他の方は他所のことをしても、わたしは、お墓もいらないたったひとつの詩を書く為に、日夜精進しています。(傍から見たら、だらだらしているだけかも)

そんな感じで、「詩を書くときに意識していること」というのは、特にないです。
詩を書く為に生きています。
って、変態ですか。

あぁ、ありました。
そういうことを、まだ、考えるとき。
日常になってしまうと、当たり前だから
自分でも忘れてしまう。

かつて、若かりし:-)さんに赤さんのオフで初めて会った頃か、その前にメールを貰っていたのか、わたしには珍しく:-)さんを信用して、メールで思いのたけをお届けしましたね。後に「水評」として、発表されることはわかりませんでしたが、メールもお手紙も発表されて困ることは書かないというのは、詩人のルールですね。

水評で、出なかった詩作時のわたしのこだわり部分。
きっぱりと、書ききる時もありますが、基本「末尾は上げる」です。

これは、自分では当たり前になっているけれど、わたしの詩作時のこだわりかな。
綺麗ごとを書く訳ではないですよ。

「詩を書くときどれくらいの時間をかけるのか」
実際言葉にするのは、おしなべて10分位
キーボードならわたしの打鍵速度、直筆ならその速度
けれど、その為にかけている時間は生きている時間全部です。
その後、読み返して推敲をしてというのは、10年前の詩でも今でもしますので
決定稿までの「時間」ということになると、ことによると一生かもしれません。
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