初心者向けポエトリー・リーディング[39]
2004 10/27 12:39
大村 浩一

 …と、続きを書こうと思って、ここの昔のログを読み返したら。
汰介さんや、にいみやしおりさんが面白いコトを書いていました。
(汰介さんってTASKEさんとは違いますよね? 失礼なコト聞いて
申し訳ないンだけど、ミキさんが投票してるので一寸気になって)
>25
>23
 にいみやさんは、草野心平とツェランの、詩人による朗読の引力
について。汰介さんは、朗読で詩のイメージが変わる事について。

 朗読に限らずステージパフォーマンスってのは、印象が強い分、
作品のイメージを強く規定してしまう。それは結果として、読者が
文字だけで詩に接する場合より、詩のイメージの広がり方を限定し
てしまう事もある。
 例えばある手紙を、書いた本人の声で聞いてしまったら、以降は
その人の書き文字がその人の声だけで「聞こえる」様になってしま
う。…そんな経験が皆にもあるのでは。

 だから朗読ってのはある意味、自分の顔に泥を塗る様なブチコワ
シをやってるって面があるのね。折角格好イイ詩書いているのに、
声の質とかキャラがゼンゼン合わない本人が演じると、読者として
は「損した」様に思える、なんて時もあるのじゃないかと。
 そうならない様にボイストレーニングとか練習とかするんだけど。

 でもそのいっぽうで、それでも「身を人目に晒す」という事が、
やはり意味のある事だ、という思いが、私にゃあるのね。強いて言
えば、本人が読むという事による免罪符みたいなモノが、ステージ
パフォーマンスにはあるんじゃないかって事が。あるいは聴衆を巻
き込む危険の引き替えに、責任所在を明らかにできる、みたいな。

 もう一つ言えば、下手なショーアップするよりも、ローファイの
もろ出しの方が表情豊かだし、面白くて手っ取り早いって事もある
と思う。役者や声優の朗読って、どこか面一な所があって面白くな
いと思うし、実際、繊細な発声に対する問題もあるようです。我田
引水すれば、T−THEATERでも「演劇とは違う発声」というのが意識
される場面はしばしばありました。

 ですます調とだである調がいつにもまして一緒くたになってます
が。(笑)また続きを書くぞ。どこまで書けるかポエム王子。
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