私に名前を授けてください
クローバー

不意に降り出した雨の、流れていく先が
足の裏に
張り付いて
ぐしゃぐしゃいいながら
それでも、ついてきた靴でした
枝ばかりの桜の枝が、葉をつけることを忘れながら
どこか、遠くを見ていました
靴は、歩くたびに、探して
生まれたころは、ベルトコンベアの上で
型に入れられたゴムでした
そのころは、かわいらしかったので
桜も、見下ろすくらいは、していたのです。

自転車の車輪は、いつも、逃げ出したくて仕方ありませんでした
力を込めると、思った以上に進むのは
彼が、形の決まらぬゴムだったころを思い出していたからで
あのころに帰りたい、とは、言いませんでしたが
温かくじっと丸まっていたかったと、どこか、遠くを見ていました。
冷たい、と、口に出してわざわざ言うほど、感情屋でもありませんでした。

靴と車輪は、ゴム時代、工場では、隣の席の気になる奴で
シャープペンの貸し借りなどをしたり、冗談を言ったりした仲でした。

枝を持ってみる雨が、親指と人差し指をつけたとき
いっそう激しくなりました。
鬱蒼と枝が風に鳴り
足元は、あいかわらず、ぐしょぐしょいってそれでも
桜は、どこか遠くを見たままでした。

車輪は、靴に、気づきもしません。靴も車輪を気にしません。
ぐちゃぐちゃいって、踏みつけられて進んでいきました。
桜は、葉っぱよりも、花が咲き、雨です。
今のゴムたちは、なんなんだろうと、首をかしげながら
それぞれの速さで、忘れたことを思い出さないように進んでいました。

しかし、本当は名前なんて無かったから、忘れてなんかいなかったのです。


未詩・独白 私に名前を授けてください Copyright クローバー 2004-04-03 21:30:27
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