ラムネ瓶の夢
三州生桑

「ちょっとお聞きしますが・・・」
生まれて初めて職務質問を受けた。
近所にある、簡易郵便局に寄った帰りのことである。
先日、防災用のごく小さな貯水池で、子供が溺れて死んだのだと言ふ。まだ、事件か事故か分からないのだと言ふ。
水曜日の夕方ごろ、そこら辺を通らなかったか、何か見なかったかと訊かれたので、私は何も知らないと答へた。

その水曜日の夕方ごろ、私は例の簡易郵便局に行ってゐた。
郵便局での用を済ませた帰り道、小学校の側にある駄菓子屋に寄り、私はラムネを一本買ったのだった。
もう暦の上では冬だといふのに、歩けば少し汗ばむほど暖かな陽気だった。
くだんの貯水池は、その小学校の敷地内にあり、錆びた、低い鉄柵で囲んである。
池の大きさは一坪ほどだらうか。濃緑色のドロリとした水が淀んでゐて、底は見えない。

ラムネなんて何年ぶりだらう?
今の子どもたちは、ラムネなんて飲んでるのかな。
缶切りで缶を開けられない子が増えてゐるといふから、ラムネの栓の抜き方を知らない子もゐるんだらうな。
飲み終へたラムネの空き瓶を、夕陽にかざす。
瓶の中のビー玉がカランと鳴る。
何ともノスタルジックな色と音だった。

いつの間にか、可愛らしい男の子が私を見てゐるのに気付く。
小学一年か・・・まだ年長さんかも知れない。
その子は、私が手にしてゐるラムネ瓶を、じっと見つめてゐるのだった。
私は、その子に向かって、ラムネ瓶を振ってみせる。
カランカラン、カラカラカラカラ、カラン・・・。
好奇心にあふれた、キラキラとした瞳!

周囲には、誰もゐなかった。
駄菓子屋の婆さんでさへ、家の中に引っ込んでゐる。
ふと、私は悪戯心を起こし、ラムネ瓶を夕空高く放り投げる。
魔法のラムネ瓶は、ゆっくりと放物線を描きながら―――男の子は息を飲んでラムネ瓶の軌跡を目で追ってゐる―――ほの暗い貯水池に落ちる。

そして、私は家路についた。


その夜、男の子はラムネ瓶の夢を見たのだらうか。
不思議な、ほの暗い、ラムネ瓶の夢を。

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未詩・独白 ラムネ瓶の夢 Copyright 三州生桑 2006-11-25 17:41:52
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