バリアフリーは簡単ではないけれど
渦巻二三五

 夫は足に補装具をして杖をついているので、一人で階段を昇っていると、
 「あちらにスロープがありますよ」
 と親切に声をかけてくれる人があるそうです。
 私も以前は、足の不自由な人は階段よりスロープの方が歩きやすいのだと思い込んでいました。でも、実際は必ずしもそうではないのだということを、夫が不自由な体になってから初めて知りました。夫の場合は、足首が動かせないので、坂道だとうまく歩けません。
 バリアフリー=段差がない ではないのです。

 近頃はスーパーでも入り口近くに身障者用駐車スペースのあるところがほとんどですが、あの身障者用スペースがなぜ一般の駐車スペースより幅が広いのか知っている人は意外に少ないようです。
 あれは、車椅子の乗降のためには車の扉を大きく開く必要があるためです。また、車椅子でなくても、乗り降りに介助が必要だったり、私の夫のように杖をつく広さが必要な場合もあります。
 私の夫は雨が降っていても傘をさすことができません。片手が麻痺していて、もう片方の手は杖をついているからです。車椅子を自操する人も、傘をさすのは難しいでしょう。
身障者用駐車スペースが入り口近くにあるのはありがたいことです。入り口まで屋根があればもっと嬉しいのですけれど、それは望みすぎでしょうか。

 この前の冬はとても雪が多くて大変でした。雪がたくさん積もると、「今もし何か(火事や地震)があっても逃げ出せない」と、思いました。
 長い間夫は一人でうちを出ることができませんでした。私は車椅子が通れるように家の前から駐車場の車まで毎日のように必死で雪かきをしていました。普通の人が歩ける程度の雪かきではだめなのです。
 私が泣きながら雪かきをしていると事情を知る同じアパートに住む人が手伝ってくださって、とても助かりました。
 ようやく暖かくなってきて道に雪がなくなったころ、それでも歩道にはところどころ積んだ雪が残って固まっていました。そのために普通の人が歩けばほんの5分のところにある店にも夫は出かけることができませんでした。

 夫は今、会社勤めをしています。
 天気が良い日は電動車椅子で駅まで行き、駅の駐輪場に電動車椅子を置いて電車に乗り、駅から会社まで歩いて通います。
 自宅の最寄り駅は無人駅です。駅が無人なのはちょっと心配なのですが、でも都会の電車のような満員電車ではないからこそ、夫のような人でも電車で通勤できます。人に押されて転んだら、足をふんばったり手をついたりできないので、そのまま倒れてしまって大怪我をします。
 会社の最寄り駅は大きなターミナル駅です。
 大きな駅には、ホームにエレベータがあります。でも、すべてのホームにエレベータがあるわけではありません。電車に乗る練習をと、一緒に初めて行ったときは、着いたホームにエレベータがなくて愕然としました。ホームにエレベータがあると聞いていたので、てっきり全てのホームにあるものだと思い込んでいました。
車椅子の人は駅員さんを呼んで階段を運んでもらうことになるようです。毎日通勤する場合にもそうしたサービスを受けられるのかどうか、確かめてはいないのでわかりません。でも、それはきっと駅員さんにも利用者にもとても負担なことだろうと思います。

 夫は、練習の甲斐あって、エスカレータに乗れるようになりました。電車を降りた人たちが皆いなくなってから一番最後にゆっくりタイミングをはかって乗るそうです。左手が麻痺しているので右側の手すりにつかまります。

 夫が外出するときにまず確認するのは、使えるトイレと、途中腰掛けて休む場所があるかどうかです。
 ちょっと腰掛けて休める場所、というのがありそうでいて意外に少ないのです。ターミナル駅なんか、そういうベンチがあちこちにあるイメージですが、広いわりにはなかなか見つけられません。夫は電車を一本やりすごしてやっとホームのベンチで一休みするそうです。これからますます寒くなりますし、構内のせめて風の当たらないところで休めると良いのですが。

 かつては気づかなかったこと知らなかったことがたくさんあります。
 でも、それは当たり前といえば当たり前です。障害者が外出困難な故に、私たちの身近にそうした人たちを見ることが少ないからです。そして、私たちはほとんど何も知らされず教えられずに過ごしているからです。

 それはとても不幸な悲しいことでしたが、私は知る機会を得ました。だから、未だ知らない人たちに知らせなければ、と思いました。


散文(批評随筆小説等) バリアフリーは簡単ではないけれど Copyright 渦巻二三五 2006-11-14 11:14:54
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