海に返す
杉菜 晃


街を歩いていると
仔猫が身をすり寄せてきて
〈子供にして下さい〉
と言った。

海岸を歩いていると
オットセイの子供が
海から這い出してきて
〈子供にして下さい〉
と言った。

近頃の動物は
みんな野性の牙を抜かれ
人間の子供ばかり野性化して
親に刃物を突きつける

そんなわけで
オットセイの子供を家に連れ帰った
別に子供にすると決めたわけじゃない
シャワーを浴びせて
砂やら泥を流してやる

私が生ビールで喉の渇きを癒していると
この家は狭いデンナ
などと言いながら傍に来て
自分にもビールを飲ませろと大口を開けるのだ
おまえは未成年だろう
未成年じゃナイッスよ
何だその口の利き方は
狭いデンナとかナイッスよとか 
おまえはどこでそんなことばを覚えたんだ
おまえとは何だよ テメエこそどこでそんなことば覚えたんだよ 
早くビール飲ませろよ テメエ何様のつもりになってんだ 
一匹だけでがぶがぶ飲みやがって

こんなものを家に置くととんでもないことになる
街の子供らに悪事を教え込まれて 
ますます凶暴になっていき 
挙句飼い主が家を追い出されることになる

新たにビールを一本開けて 
残らずオットセイの口に流し込んでやる
胃の中でピタピタと波打つような音がして
それでようなく彼は安らいできたらしく
目の充血も取れてきた

眠り込みそうにしているので
おい 散歩に行くぞ
散歩はさっきしてきたじゃん
もう言葉遣いを注意してやるどころじゃない
見捨てるとなると人は優しくなるのだ
あれは散歩じゃないんだよ 
ここに来ただけだから往路というんだ 
ここから出て行くのが復路
往路と復路があってはじめて 散歩なんだよ
オットセイちゃん
ちゃんじゃなく じゃんだっぺ
はいはい おっとせいじゃん
よし 行くとすっか
オットセイは渋々腰を上げた

海辺に着いたので
よし散歩は終ったと宣言した
オットセイは腑に落ちない顔をしていたが
眠気が襲ってきたらしく横向きになって
前脚をパタパタやると
そのまま寝てしまった

その間に私は帰ってきてしまったのだ
潮が満ちてくればそれに乗って
沖へ運ばれていくだろう
オットセイが溺れたなんて話は
聴いたことがない








未詩・独白 海に返す Copyright 杉菜 晃 2006-10-08 00:32:20
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