See you later, Refrigerator
山田せばすちゃん

死期を知る傷病兵の夜が来て台所にて冷蔵庫唸る

瓶詰の白アスパラガス身を寄せて標本のごとひっそりとあり

乾きつつあれど鯖の眼の色は捕らまえられた日の空のあを

家々の軒先飾るべく斬らる鰯の首より血のしたたりつ

孤児院の大部屋なりやしらす干し白きトレイに折り重なりぬ

れいあん所にて保管さる鶏肉はグラム78円の特売

遙けくも来つるものかなデンマーク産の豚バラスライス(解凍)

閉ざされし蓋が再び開けられる日を希う海苔の佃煮

主なき薬あるいは金印山葵、ウナギのたれに穢さる

力なきものの怒りを現わして深夜に放熱する冷蔵庫

半切れの檸檬は遂に破裂せず干からびしそを基次郎に捧ぐ

冷凍のさぬきうどんにしんしんと霜降り積もる夜半もありけり

冷凍の海老ドリアらに挟まれし「寺山修司青春歌集」

約束を守れたことはないけれど See you later, Refrigerator

「蟹入り」と書かれし文字が蟹足でない事を告ぐカニカマボコよ

睦みあうしか術もなく絡まれり近親相姦納豆パック

小雪舞う伏見稲荷の沿道の七味唐辛子のような侘しさ

玉葱のスライス水に晒されて解剖学教室の水槽

芽吹くことなきじゃがいもが澱粉の骸になって転がってゐる

ノンフロン冷却回路よ観覧車よ阿蘭陀風車よ地球よまわれ

萎れたる春菊一把佇んで小さき声で唄う賛美歌

一億の希望も夢も唐辛子色に染めらる明太子なり

人知れず怒りに満ちた牛乳は紙パックの内荒れ狂いたる

艶やかなデスマスクなりピーマンの眉間に深き皺刻まれて

かつてこれは茄子でありしか、ビニールの袋の中に濁りたる液

土産にと買い求めたる祖父すでに三回忌なり野沢菜茶漬け

奇妙な果実(すとれんじふるーつ)」揺れる造物主(かみ)は今不在につき伝言をどうぞ

待ちくたびれた無精卵の哀しみ賞味期限の切れた哀しみ

椎茸の木乃伊静かに眠りゐる野菜の部屋に封印をする

明日などないのは知っているけれどSee you later, Refrigerator


短歌 See you later, Refrigerator Copyright 山田せばすちゃん 2006-06-28 23:28:05
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