さくらほ



父は
生まれた時から
わたしの父であった

母は二度の流産を経験していて
私の時もずいぶん危なかったらしい
わたしは
生まれる前から
強さと弱さを持っていた

父は私をお姫様のように愛し
呼び方は
「さくらほちゃんではいけない
 さくらほちゃん様と呼ぼう」と
母を笑わせた

病気がちのわたしは
毎月
深夜の急患へゆく
母が言う
「この市の病院の夜間急患にはほとんど行ったね」

熱の塊のような私を母が胸に抱き
疲れた体の父が車を運転し
何も知らぬ私は
愛されていた
守られていた

弟が生まれた




いつ頃からか
わたしは
「お姉さん」
であり
「おんな」
であった

わたしには
しなくてはならぬ事が多く
してはならぬ事も多く
出来ぬことがいっぱいだった

それでも
その通りしなくてはならぬことが苦痛で
そう思う自分も苦痛だった


父は独立して
母はそれを手伝い
事業は面白いように波に乗った

家は忙しく動き
時間は親のペースで流れていった


わたしはいつしか
「間に合わぬもの」
であり
「かわいくないもの」
になった


許される弟と
許されぬわたし


父はやがて
わたしを怒るだけの人になった




息苦しさゆえ
父を憎んだのか

孤独ゆえ
母を恨んだのか

お決まりの反抗期は
激しく
自分でさえも自分をもてあまし
大事なものも
いけないものも
醜いものも
全てが同じになっていた

もう頼るものかと
父も母もいらぬ
何もいらぬ
何もいらぬと
泣きながら
わたしは
大人
になった



家から逃げるように
一人の男に
のめりこんでいった
学業を忘れ
友達を忘れ
家族を忘れ
「平凡な幸せ」
そんな言葉がとてもよく似合う
穏やかな日が訪れた


わたしは母になった





ふと気づくと
父はやはり父であり
母はやはり母であった

未熟な母になったわたしを
受け止め
応援し助けてくれたのは
父と母だった

母は
「あの頃は仕事が忙しくて何もしてやれなかった
 今やっとあなたを助けてあげられる」
と言い私を助けてくれる

母の優しさは
頑なな私を溶かしてゆく
お互いが
あの頃が
嘘のように
静かに穏やかに
空気が流れる


父は相変わらず頑固だけど
何かにつけ
助けてくれる

父は大人になったわたしをも
病院へ連れて行くため
車の助手席にわたしを乗せる

「2年ぐらい前にセントレアが出来たでな
 飛行機がうちの上でぐるっと方向を変えていくんだ。
 冬はな、あっちのほう行くんだけど
 夏はな、うちの上を通るんだ。
 飛行機がすごく大きく見えるんだ。」
と何度も飛行機が来るたびに教えてくれる

わたしは何度も聞いた話を
「ふーん、そうなんだ」と聞く

ああ
お父さん
もっと小さい頃から
そうやって話したかった
一緒に空を見たかった
お父さんの話
いっぱい聞きたかったよ

でも
あなたには時間がなかった
あなたが悪いわけでもなく
私が悪かったわけでもなかったんだ

今だって
顔を合わせれば
口喧嘩もするし
面白くない事もいっぱいある
それでもわたしに流れる血は
あなたたちのもの

頑固な父に
不器用な母
わたしにそのまま受け継がれ
二人の子として
わたしがいる

わたしは
あなたたちの
子供です


ああ
わたし
愛されたかったんだ
わたし
愛したかったんだ


願いは
それだけだったんだ


未詩・独白Copyright さくらほ 2006-06-08 20:59:42
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