あやしい一円玉自動はんばい機
atsuchan69


 太陽があたまの真上で燃えていた。
 学校のかえりみち、ぼくはいつもの場所でジュースを買うためにポケットの十円玉をまさぐって立ちどまる。
 あれ? 五十円しかないじゃない! セミの声がさわがしく、「百二十円、百二十円」と鳴いているように聞こえた。
 だけど、ちょっとまてよ。
「この自動はんばい機の商品はすべて一円です」
 と、書いてあるじゃないか! いつから一円になったのだろう? て、ことは、五十円だから・・・・五十本、ジュースが買える。
 さっそく機械に十円をいれた。すると、
「はーい。いらっしゃい、ゆうたくん」
 機械が声をだして話した。
「え、どうしてぼくの名前をしっているの?」
「キミをしっているだけじゃない。きみのパパはのぶろう、キミのママはよしえ」
 ぼくはすこし気味がわるくなった。
「おまえはロボットだな、それとも宇宙人が化けているんだろ?」
「ピンぶー。はんぶんせいかい、はんぶんバツ」
「じゃあ、ロボットか。でもおまえ、動けないのかい」
「ピポピポーン。動けない、でも動きたい。おうちへ帰りたい」
「おうち? おうちってどこさ」
「ずっと遠く。町はずれ・・・・山のむこうのそのまた山のむこうの工場」
 話しを聞いているだけでもアセがふきだした。
「だけど、どうやってここへ来たのさ?」
「トラックにのって・・・・きた」
「ずっと、ここにいればいいじゃないか。一円で買えるジュースの自動はんばい機、この町には必要だもの」
「ありがとう。じゃあ、考えとく。それよりキミは、ジュースを買いにここへ来たのだろ? お金もいれているし、はやく選びなさい。どれにするの?」
「あっ、そうそう。なんだかよけいのどがかわいちゃった。えーと、オレンジにグレープ、アップル、ウーロン茶・・・・」
 ぼくはレモンソーダを選んでボタンを押した。機械は、ガチャンコロンポン、とアルミのかんをはきだした。
「よく冷えているよ。あっ、すぐにフタをはずしちゃダメダメ! タンサン入りだから、ふきだすから」
 おせっかいにも、機械がそう言った。
「わかったわかった」
 おつりをポケットにしまい、ぼくはけむたい顔でこたえる。
 さて、一円のレモンソーダは、けしてまずくなかった。いや、ほんとうに、百二十円はらってもおかしくない味だった。
「どう? おいしかっただろ」
「うん」
「また来てね」
「ああ」
 つぎの日、またつぎの日もぼくは一円玉自動はんばい機でジュースを買った。そのうちジュースを買うのが目的じゃなく、一円玉自動はんばい機と話すのが目的でそこへ通うようになった。
「どうだった、テストのけっか。いい点数とれたかい」
「百点とれた、おまえが言ったとおりの問題ばかり出たぞ」
「そうかい、そりゃあよかった。――ところでゆうた、ひとつたのみがあるんだ。聞いてくれるかい」
「え?」
「きみが勉強をがんばって、いつか偉い人になったら、ワタシがおうちへ帰れるようにしてくれないかな」
 その声は、言葉よりあわれなひびきを耳にとどけた。
 この一円玉自動はんばい機、じつは誰にでも一円でジュースを売っているわけではなかった。それは、「あそこの自動はんばい機でジュースを買ったらおつりが出てこなかったぞ」とか、「このあいだ、ジュース一本が千円で売っていたぜ」とかいうウワサがぼくの耳にもとどき、わかったことだ。


 それから早まわしのように年月がながれた。
 ぼくは大学をそつぎょうし、やがて社会人となり、いまでは大会社の社長にまでなった。
「おまえ、さびついてボロボロにになっちゃったな。ジュース、いまでも一円かい?」
「ひさしぶりだね、ゆうた。ジュース、いまでも一円だよ」
「今日はおまえをおうちに帰すためにきたんだ。トラックを一台よういした。これでおまえはおうちに帰れるんだ。よかったな」
「ありがとう、ゆうた。でもワタシはもう・・・・」
 とつぜん。機械は、うごかなくなった。
「おいおい、どうした? 何か話せよ」
「・・・・」
 残念なことに、機械のじゅみょうだった。やっと約束がはたせるというときになって・・・・その直前に!
 機械をつくった工場にでんわすると、
「それはそれは。どうもわざわざ。もう古すぎてなおりません。あした機械の墓場にすてることにします」という。
 ぼくは片目で太陽をにらんだ。まぶしい光が、子供だったころの思い出をぜんぶ焼きこがしたような気がする。
「こいつ、なんのために一円でジュース売ってたんだ! それにぼくは、偉くならなくたって、いつでも君を救えたはずなんだ・・・・」


散文(批評随筆小説等) あやしい一円玉自動はんばい機 Copyright atsuchan69 2006-06-02 04:55:32
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