第一次発掘報告の未発表草稿
たりぽん(大理 奔)

ネパールとインドの国境付近は深い密林に閉ざされている。失われれば二度と手に入らない暗闇をはらんだ命の混沌。それがジョグ・アレースの森だ。かつてサファルの月、南下したモンゴル軍が侵攻したときにも、この森はあまりの深さに焼き払うこともできず迂回せざるを得なかったという。 現在も毛派ゲリラの訓練村があるとされ治安情勢の不安定な地域だ。

その森の奥。地球資源衛星の写真解析からひとつの遺跡が発見された。四方を4キロの堀のようなもので囲まれた年代不明の都市の遺構だ。数年前から日本の大学研究機関を中心とする世界遺産財団・国際発掘チームが非公開で現地に入り、その一部を発掘調査をおこなった。トレンチは10カ所に掘られ、乾期の調査は2ヶ月間に渡った。

発掘の結果遺跡の概要が明らかになる。それはかつてこの地域を支配した未知の国家があり、なんらかの理由でごく短期間にこの都市は放棄されたのであろういうこと。道路と思われる遺構からいろいろな年齢の男女の骨が発見された。埋葬されたあとも、戦闘による傷なども発見されなかった。(それを根拠に、なんらかの熱帯性伝染病の流行がこの都市の放棄の原因ではないかと研究者の一人は仮説を立てている。)

さて、問題の石碑は比較的大きな建造物の遺構と思われる場所に掘られたトレンチから発見された。黒色の変成岩にぎっしりと300文字あまりの文字が線刻されている。文字は未発見のもので、その独自性から線文字A(アレース頭文字から)と呼ばれ、文面は現在まで解析が続けられていた。

研究チームは石はその材質からネパール、マチャプチャレ峰の麓から運ばれた物と断定し、重要なメッセージの記された石碑であると考えるに至った。石碑はアメリカの研究施設に持ち込まれ、読み取られた文字はスーパーコンピューターを動員して解析が進められた。解析には相当な時間がかかると思われた。他に類する文字がないため、データベースに納められた言語と数千に及ぶ文字体系に照らし合わせるだけで相当な時間がかかるからだ。

しかし、この1年の間に事態は大きく変化した。量子コンピューターの実用化である。アメリカ軍は民間利用にも使うことをアピールしそれを早期に導入する予算を獲得するために、この碑文の分析に協力することにした。かくして、この碑文の研究は飛躍的に前進する。

量子コンピューターは見事に仕事をこなした。しかし、量子コンピューターはなかなか最終結果をアウトプットしてこない。コンピューターはあまりに処理能力が高いため擬似的な人格を持ってしまい、納得のいかない答えの出力を拒否しているようであった。そして、データベースの不備を訴えるメッセージが示された。研究チームはデータベースを強化するため古今東西のありとあらゆる言語の文・歴史書・小説・そして詩にいたるまで、石碑に書き連ねられた崇高であろうメッセージに必要と思われるデータをインプットしていたというのに。

いったいなにが足りないのか。



研究チームのメンバーが途方に暮れるある日。一人の研究員が自作の詩をブログにアップしようとして、研究室のLAN端子からアクセスした時あやまって量子コンピューターへの回路も接続してしまった。(伊藤園の「おーいお茶」のラベルを読んでいたための不注意らしい) そして奇跡が起こったのだ。ネットにあふれる文章に、コンピューターは碑文の解析データを重ね合わせ検証を再開したのであった。

今日発表された碑文はその結果アウトプットされた内容である。なお□□□□の部分は文字が欠落しているため判読できなかった部分である。




「過去への思い」

僕のいったい何が、あなたを引きつけていたのでしょうか?
僕は変わっちゃいましたね
ずっと大人になっちゃいましたね

あやまらなくちゃだめだね
□□□□
僕は、僕でいられなくなっちゃった
ちょっと背伸びして□□くて

変わったのは僕だけど
あとは何も変わらなかった
でも□□□□は
どこかに行ってしまった

こんな手紙読みたくないだろうね
僕も見つけたくなかった

あれから月は三回も欠けて満ちたけど
僕が目を閉じると
そこに立っているのは
悔しいけど
あなたなのです□□

今夜はいつ会えるのでしょう
いつか□□□□
いつか

いつかまた
二人きりで
とりとめのないはなし
してみたい
□□□□でも、いいから

もう、僕のこと□□ですか?



この分析結果。この文章を作ったのがこの都市の支配者なのか、豪商、あるいは富豪の趣味で作られたものなのか。あるいは、宗教上の重要な意味を持つものなのか。それは、他にも発見されている碑文の解析と重ね合わせて、新たに解析に加わった文学研究者らと十分な時間と口泡を飛ばしながら検討されなければならないだろう。




この作品に登場する地名・国名その他はフィクションです。
実在しても関係ありませんので許してね。





未詩・独白 第一次発掘報告の未発表草稿 Copyright たりぽん(大理 奔) 2006-05-27 12:58:13
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