異食同源

 おいしそうなピザの表面には、とろけるチーズがアメーバのように触手を伸ばし、その際限無く広がり続ける指先は僅かに残っているトマトソースの海にまで注がれ、いびつに輪切られたピーマンの輪郭が、かろうじてそれを阻止しているに過ぎない。しかし、そんなピーマンの輪郭など存ぜぬ顔で彼等は乗り越えて来る。このグリーンラインこそがトマトソースの生命線であるにも、かかわらずに、だ。

 留まることを知らないフロンティア精神に満ち満ちた食欲は、堰を切らんばかりに膨張し、膨張する欲求はチーズの甘くとろける食感の為になら何の躊躇も無くトマトソースの海を呑み込んだ、筈だった。だがしかし、味のバランスと食材の共存共栄を世界は望み、トマトソースもふつふつと自身をたぎらせ、時には赤レンガの釜戸の中で熱に弾けチーズの上に散り、繰り返し繰り返し味の自己主張を欠かさなかった。


 そもそも何故このような問題が起きたのか。この店では、生地にトマトソースを塗って食べる人、チーズをとろけさせて頬張る人、2種類の人種が、たまたま同じ生地を食していたのだった。すべてはそこに、イギリス産まれイギリス育ちのコックが訪れたことから始まった。彼の国の料理と言えば、サンドウィッチ。別々に食べるよりも、まとめて食べればいい。下地にはトマトソース、そこにチーズをざんざか振り撒いた。こんなの一緒だよ。きっと、もっと、旨くなるんじゃないの?


 チーズとトマトソースは、釜の中で熱せられて融合する。どろりと溶けて、広がって行く。最初はそれでも良かった(のかも、知れない)。問題は、その先にあった。あまりにも高温で熱せられ続けたチーズは、あちこちで焦げ始め、乾燥し始め、とろける力を失いつつあった。大地もまた、端っこはカリカリのきつね色。いよいよ釜から出さなければ、にっちもさっちも行かなくなってしまう。

 職人は釜に大きなヘラを突っ込むと、一気に引き出した。それは三日月にも似た、民族のピザ。いきなり、食欲旺盛な白人男性が、おもむろにピザカッターを振り上げた。それは狂喜にも似た表情で、滴る涎を拭い切ることなど、きっと、出来やしないに違いない。俺は、とにかくチーズを食べるんだ、食べるんだ!強引な指裁きは、生地を上からジグザグに切り進もうとする。美味しいピーマンを強引に取り込んで、まさかマッシュルームまでも、一人占めしようというのだろうか!!




 ・・・事態は時の変遷を経て、ここまで進んでいる。ここから先は、スローモーション。事態そのものは、この店の歴史のほんの一端に過ぎないかもしれないが、それこそが、複雑に作用し未来を如何様にも変え兼ねない。幸いなことにピザカッターは、その先端を確実に食い込ますまでには至っていない。香ばしく焼きあがった生地はパリッと充分の歯ごたえで、1ロールくらいの刻みでは切れそうにない。果たして彼が見事に切り分けて頬張ってしまうのか。その独占を誰が阻止できるだろう?当のコックは作りっ放し、世界はその三日月の形状と渾然一体の味の調和に恋をし、切り刻まれることを強く非難する。


 「もう、ピッツァBrandenburgの二の舞は、沢山だ!!」





 この店には色々な民族や人種が顔を出す。あなたも、実は常連のひとり。目の前に広がるは、仁義無きピザ争いの波。偶然という名の必然を目の当たりに、握りしめた万札の奥、指の隙間。じわりと変な汗が湿気を含んで鼓動を揺らす。それは、終わりの見えない問いかけ。ピザの本来の食べ方について。最も美味しく召し上がるには?誰もが納得の行く、三日月のピザの頬張り合い方とは?

 ・・・白人男性の前には、褐色の肌に髭を生やしたターバンが、じっとそれを睨み佇んでいる。彼は許さないだろう。トマトの風味を汚した、チーズの都合勝手な旨味を。










 ・・・ねえ、チーズ君。
 ・・・なぁに?トマトソース君。

 僕ら、出会わなければ良かったのかな?
 出会わなければ、きっと、こんなこと・・・。





自由詩 異食同源 Copyright  2004-02-16 23:10:47
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