グレート・ノベンバー おわり
長谷伸太
十二月二十三日、太郎君はノベンバーに会いに行きました。クマみたいに大きくなって、幸せそうに座っていました。ノベンバーの体の表面にヒビがはいっているのが見えました。太郎君が近付くと、ゆっくりそっちを向いて、にっこり笑いました。
「あー、こんにちはー。今日はいいお天気ですヨー」
「うん、そうだね」
太郎君はノベンバーに話すことが何もありませんでした。ついこの前までいったい何をしゃべっていたのか思い出せません。鳥が飛んできてノベンバーの頭にとまりました。鳥の乗ったところが崩れて、太郎君にぱらぱら降ってきました。それは土でした。太郎君はあわてて鳥を追い払いました。
「おまえ、来るな、あっち行け、死ねよ」
しかしノベンバーはいたって穏やかです。
「ああ、いいんですよー」
「よくないよ、おまえ、崩れるじゃないか」
「たいしたことではないのである」
太郎君はだんだん悲しくなってきました。だいたい、ノベンバーが帰ってこなくなってからというもの、太郎君は悲しくてしかたがないのです。
「ここは、とてもいい所なのでたいへん幸せでありますよー。」
ノベンバーはやっぱり見当違いのことしか言いません。太郎君がいい返します。
「だって、でも、遊べないじゃないか。つまんないよ。」
「わたしはここに、来て、よかったですよー。太郎君に会いましたよー・・・」
冬はやっぱり日の暮れるのが早くって、もう空がほんのり赤くなってきました。冷たい風がしゅーと吹いて、空をみがいているようでした。
「なあ、帰ろうよう。どうやったら帰れるの?明日はクリスマスイヴだよ。コンペイト
ウたくさん買ってくるよ。」
「あー、わたしは、ここにいて本当に幸せなのですよー・・・。ここに、地球に来るま
えは全部だめだった・・・全部ですよ・・・それが、偶然ここに来ました。・・・偶然?
運命?・・・偶然・・・」
「どっちでもいいよ、そんなこと」
日はどんどん沈んでいきます。もう少ししたら星も出てくるでしょう。ノベンバーはいよいよ動きづらそうになって、しゃべるたんびに、ぱらぱら土を降らせました。それでもノベンバーはわらいながらしゃべります。
「はい。どっちでもいいことです。幸せなんです。今」
「でも、おまえもう、動けないじゃないか。」
「ヒョ、動けません・・・。わたしは、ここで土になって、そこからきれいな、いろん
な花が咲くのでしょー。いろんな色、におい、わたしは、地球になるのですよー」
ノベンバーは、少し、遠くのほうを見ました。
「クリスマスにお菓子食べようって、年越しそばも、初日の出も、約束したじゃないか」
「そうです・・・。ああ、それだけは本当に残念だ・・・とても、素敵なんだろうな。
ホントに・・・。わたし、日の出、ここで十回見ましたよー・・・。朝も夜も晴れも
雨も・・・。同じだけど違うもの・・・初日の出。新しい年。素敵なんだろうな。あ
あ、グレート、グレート・ハッピーニューイヤー・・・。」
ノベンバーはそういって大きく笑いましたが、それがいけませんでした。笑ったところから大きくひびが入って、一気に崩れました。気がつくと太郎君は胸まで土に埋まっていました。やわらかくてあったかい、しっとりした土でした。
さようなら、さようなら、グレート・ノベンバー。この土から、木や花や、虫や、いろんな生き物がこれから育っていきます。だから、ノベンバーは死んだのとは違うのかもしれない。そう、太郎君は思ったりもしました。でも、やっぱり、いっしょに遊んだりご飯を食べたりできないのは寂しくて、別れはつらいとも思いました。太郎君はその日、全身の土の汚れのためにお母さんからこっぴどくしかられました。
そして今日は、一月一日の早朝です。太郎君は秘密基地に行きました。もちろん、一人でです。
「まだ、全然夜だ。日の出前って、こんなに寒いんだ」
寒いのは冬だからです。日の出直前、もうすぐ朝だというのにあたりの景色はまるっきり夜でした。それから数分後、廃棄された車のあいだから日が昇ってきました。コップの水が溢れるみたいに、それまで暗いだけだった景色にみるみる色がついていきました。木の色、土の色、草の色、あの白い太陽の光は一体どんなしかけの絵の具なのでしょう。後ろを見ると、まだ星が出ていました。前は朝、後ろは夜、真上を見ても、境界線はありませんでした。そのあいまいな世界から、たしかに前と違う、新しい年の新しい朝がやってきたのでした。
太郎君は家に帰って、庭を少し整理しました。そして、秘密基地からノベンバーだった土を半分はこびました。これから、庭にも、秘密基地にも。木や花いろいろ育っていくでしょう。あ、咲いた花はね、きっとノベンバーのお陰ではなくて、太郎君ががんばって咲かすんですよ。でも僕は、その花を見ることはできません。
長いこと、おひきとめしてごめんなさいでした。お別れの時間です。僕は生まれてから今日まで名前を持つこともなく抜け落ちて消えていきます。一本一本違う髪の毛だけど、そのことを気にする人はいません。どうでもいいからです。こんなに長いこと、話をすると、あなたと仲良くなったような気がして、なごりおしいです。でも最後まで、グレートノベンバーの話しができてよかった、あっという間の一ヶ月だったのに話すと思ったより長いものでした。もうちょっと、ていねいに洗って欲しかったな。それじゃ、ゆっくりやすんでください。さよなら。