グレート・ノベンバー
長谷伸太

大問題が起こりました。ノベンバーがランドセルに入らなくなってしまいました。簡単に言うと、太ったのです。そりゃあ今までにも、友達にランドセルの中を見られそうになったり、おやつがあっという間に減るのをお母さんに怪しまれたり、ヒヤりとすることはありましたが、これは困ったことでした。もう学校へはいけません。
 太郎君も成長期でしたから、ノベンバーが大きくなるのは別に不思議だとは思いませんでした。仕方無いので、この日から太郎君が学校へ言っているあいだ、ノベンバーは家の押入れの中でじっとしていることになりました。太郎君は学校が終わると急いで家に帰ってきて、ノベンバーの無事を確認しました。ノベンバーはいつものようにわらいながら、じいっと待っていました。
 そんな風になってから、家で遊ぶ日が増えました。トランプのばば抜きや神経衰弱を覚えて遊びました。一緒に図鑑をながめている日もありました。
 「な、これが花、フラワーだよ!いろんな色があるだろ」
 「オー、ホー・ビューリホウ!本の中に、たくさんの窓がある・・・」
 「窓じゃないよ、写真だよ。」
 「ホホ、色がたくさん、ああ、春、花、素敵だなあ」

十二月十二日、ノベンバーは太郎君と同じくらいの大きさになっていました。押入れの中も、少しきゅうくつそうになっていました。その日も放課後秘密基地へ行きました。心なしか、ノベンバーの動きがゆっくりになってきたように思えました。でも、最初のような苦しそうな様子ではなく、さらに、穏やかに、楽しそうにわらっていました。風もなくよく晴れた日でした。作業もよく、はかどります。
 「冬は嫌いだよ、すぐ夜になるから。見ろよ、右が夜で左が夕方だよ。」
まだ遊び始めたばかりのような気がするのに、さもつまらなそうに太郎君はいいました。
 「右が、夜?左が、夕方・・・。あそこは、空ですよ・・・」
 「全然ちがうじゃないか。見ればわかるだろう?ほら、右は、星が出てるよ」
ノベンバーは、さらに不思議そうに言いました。
 「ぜんぶ同じ、一つの空が、ちがう…。じゃあ、空と、この空気、どこが違うだろう。
ああ、じゃあ真ん中は、なんなんだろう・・・?」
太郎君はいつも、一生懸命説明しますが、ノベンバーもいつもこの調子で、いつも話がかみあいません。太郎君は、ノベンバーは馬鹿なのでしかたがないと思っています。
 「だからさ、全然ちがうんだよ。昼と夜も、雨と晴れも、違うだろ。お前、理科0点だ
よ。」
 「ああ、同じなのに、違う・・・何もないところに、線をひいていくんだなあ・・・」
太郎君はもう、話にならないとおもって、急にやる気がなくなりました。
 「もう、帰ろう。本当に夜になっちゃうよ」
しかし、ノベンバーの様子がいつもと違いました。口元は、やはりいつものように笑っています。
 「わたしは、もっと、ここにいたいのですガー・・・」
こんなことを言い出したのははじめてのことでした。
 「馬鹿いうなよ、夜になっちまうよ。夜は家に帰るもんなの。帰るぞ。オレ、腹減った
よ。
太郎君はノベンバーを引っ張るようにして家に帰りました。ノベンバーは本当に、秘密基地に残っていたいようでした。

 ノベンバーはどんどん大きくなりました。太郎君の身長も抜かしたし、太っちょになって、動きもどんどんゆっくりになりました。でも、顔はやっぱり幸せそうに笑っていました。ノベンバーがあんまりゆっくり歩くので、道を歩いているあいだ太郎君は誰かに見つかるんじゃないかとハラハラしました。秘密基地へ行ってもノベンバーは太郎君をあまり手伝わず、空を眺めながら口あけっぱなしの笑顔で、ホーホーと言いながらお気に入りの杉の木の横にすわっていました。
 「おまえ、理科0点のくせに、そんなに自然が好きなのかよ」
 「・・・・・・しぜん・・・」
 「木とか、草とか、生き物とかだよ。」
いつもの会話です。少し太郎君はほっとしました。
 「ホホ、地球のことですなあー・・・」
 「違うって、地球の、自然のことだよ。木とか、生き物とか、人間がいない所とか」
 「人間のいないところが自然・・・。じゃあ、人間は生き物じゃないのです。」
 「生き物だけど、違うだろ、家とか。学校とか。自然じゃないだろ。」
 「人は生き物なのに自然じゃない・・・。ホー、同じなのに違う・・・オー・・・」

 太郎君は暗くなるまで、一人でススキを引き抜いていました。ノベンバーはやっぱり動きませんでした。
 「おい、もう帰るぞ。」
 「わたしはここに、いたいのですよー・・・。」
また、帰りたくないというノベンバーに、太郎君はいろいろ餌をつるしました。
 「今日もトランプやろう。七ならべも、教えてやるよ。コンペイトウも沢山あげるよ」
 「ヒョ、ここに、いたいのですよー・・・」
やっぱり笑っているノベンバーに、太郎君はいらいらします。
 「そんなに帰りたくないのかよ。」
 「ちがう。オー、ここに、いたいのです。それに、隠れるところもないでしょ・・・」
 「ああ、そ。オレ、帰るから。じゃ。」
太郎君はそう言うしかありませんでした。ノベンバーが本当に残っていたいということが、わかったからです。すこし寂しくなりました。
 それから二日間、ノベンバーはずっとそこにいました。太郎君は放課後になると会いに行きました。一度家に帰るのも面倒くさいし、これでよかったのだと思うようになりました。ノベンバーはずっと動かず、笑ってすわっていました。何も食べていないはずなのに、さらに大きくなっていました。土で汚れてすこし茶色っぽくなったし、触ってみると、前はすべすべしたのに今は古くなったまんじゅうのようにかたくモソモソになっていました。太郎君が行くと、首を重そうに動かしてあいさつしました。その後はただ、幸せそうにしていました。
 その次の日、太郎君はノベンバーに会いに行きませんでした。そのまた次の日に行ってみると、ノベンバーは何事もないように楽しそうに座っていました。なんとなくしゃくに障ったので、太郎君はしばらくノベンバーに会いに行くのをやめました。霜のはった日も、風の日も雨の日も、会いに行きませんでした。


散文(批評随筆小説等) グレート・ノベンバー Copyright 長谷伸太 2006-05-14 20:16:55
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