気持ちの物語
アンテ


                           (喪失の物語)


特別な出来事や心の高ぶりが生じるたび
これこそが本物に違いないと確信して
彼女は自分の胸のなかから気持ちを慎重に取り出して
瓶に入れて窓辺に飾った
それは遠い昔に大切な人からもらった思い出の瓶で
なにを入れるべきか答えが見つかったのは
その人と遠く離れてしまったあとだった
瓶に入れた気持ちは
最初こそ鮮やかな色や形を保っていたが
時とともに色あせて形が崩れ
無惨な姿に変わり果ててしまったので
彼女は泣く泣く残骸を処分して
また別の気持ちが心に宿るのを待ちつづけた
そんなくり返しの末に
永遠に変わらない気持ちなんて所詮夢なのだろうか
と諦めかけた頃
本当に素晴らしい気持ちで胸がいっぱいになった
今度こそはと
胸のなかから取り出して瓶に入れて
彼女は窓辺に肘をついて
朝から晩まで瓶のなかの気持ちを眺めて過ごした
どれだけ時間がたっても気持ちは色あせず
綺麗な形を保ったままだったので
しばらくは満足な気分でいられたが
ふと気がつくと瓶の方が変色をはじめていて
形もしだいに歪んでいった
彼女は仕方なく気持ちを瓶から取り出して
代わりの入れ物がないかと家じゅうを探したが
ちょうど良いものはどこにもなく
そうする間に素晴らしい気持ちが痛みはじめたので
悩んだ末に
気持ちを材料にして小さな入れ物を作りあげた
大切な人の瓶はすっかり形が変わってしまったが
この時のために自分のもとへ届けられたのだと
自分に言いきかせると諦めがついた
気持ちの入れ物はそれ以来色あせることなく
素晴らしい色を保ちつづけていて
しばらくは
なにを入れようかとあれこれ思い悩んだが
ある時気がついてからは
いつか大切な人のもとへ届ける日まで
窓辺に仲良く並んだ瓶と入れ物を
そっと指でなでることから
今日もまた
新しい一日がはじまる





自由詩 気持ちの物語 Copyright アンテ 2006-05-09 00:52:34
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