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 割と初めて家族の話を呟いてみたいと思います。割と、というのは以前にも家族の話をしたことはあるのだけれど、意識したのは今回が初めてだからです。今日お話することもやがては忘れていけば良いのか、判断は今の段階では出来ていません。

 私の家族構成は父、母、兄、そして私の四人から成ります。世間一般的な、ごくごく普通と呼ばれる範囲内の家庭です。家や車のローンを払いながらこつこつ働く父と、それを支えるように母がいます。私ととても仲の良い兄は成人してすぐに就職をして、実家に近いとはいえ一人暮らしをしています。私はと言えば、実家を離れ大学に進んではみたものの就職も出来ず「現代のよくある若者」の中の一人として、自由人となりました。

 自由人の私は親の脛にかぶりついたまま、脛のみならず自由さえも食い潰してきました。いえ、今も変わらず食いついたまま離そうともしていません。自虐的でも何でもない、正しい表現だと思います。

 数年前、家族を一つの出来事が押し潰そうとしました。父が病を患ったのです。病名は、癌でした。自由人の私はすぐに実家へと一時的に戻りました。そして父はすぐに手術を受けることになりました。手術は内蔵の一つである胃を全て摘出するという内容でした。私はTVドラマで見られるような、手術室前の長椅子に座って待ち続けるという体験を始めてしました。何時間にも及んだことは当然ではありましたが、あろうことか私は睡魔に何度も襲われて舟を漕ぎました。

 手術は成功でした。しかし、父の胃を蝕んだ癌細胞はすでに全身にくしゃみの飛沫のように散らばって転移していました。結果、父は病院で入院、通院、その度の薬の投与を余儀なくなれました。以前とまで違って食べ物さえろくに摂ることはできず、食べてもすぐにもどしてしまう、という難儀な身体になってしまったのです。流動食でももどしてしまう父の姿は怖いくらい今にも壊れそうで、それなのに私はもどってくる食べ物の光景を気持ち悪いとさえ思いました。

 母はそれこそ一所懸命父を支えています。励まし、時には慰め、あるいは叱咤することもありました。痩せ細り、薬の副作用で全身の毛が抜け、挙句一挙一動にさえ重くなった身体を嘆く父をそっと、力強く、ずっと。夫婦というものがこれほど凄いものなんだと、私は単純に思うばかりでした。

 兄は冷静でした。病状や経過をよく観察しながら、父にとって最も良いことを模索します。無理をさせてはいけないと思えば釘を刺し、気分転換が必要だと思えば外へ連れ出したりします。最近では桜を見に県外まで遠出したほどです。あきらめない。けれどそんな時がきてもおかしくはない。そう私に言った兄は冷酷ではありません。努めて冷静なだけです。本当は誰よりも苦労性で感情的な人です。

 私は、何もしていません。実家にも顔を出しました。何ヶ月か側にはいましたが、結局一人暮らしの地へと戻ってきました。そしてまだ就職もしていません。未だにスネカジリです。自分に出来ることは何かと考えました。一人でも生きていけることを父に見せることではないか、という結論に達しました。就職してスネカジリから脱することが一人前に証明ではないかと。父はただ、お前の好きにしなさい、それだけ言ってくれました。それなのに。

 私は失望しました。他でもない自分に。私は家族が大切です。好きです。嘘ではありません。にも関わらず、私は家族に対して恩を仇にして返すことしか出来ていません。私は自分の将来に疑問を持ったことは殆どありませんでした。きっと穏やかなな波の上をたゆたうように、いつかは島に辿り着くのだろうとあぐらをかいていたのです。しかし現実の波はそれを打ち消しました。私は選ばれた者ではなかった。私はどこにでもいる、ただの人間だった。子供から大人になってみても、私は変化することがなかった。

 私は失望しました。認めても尚変化のない自分に。それで変わるものだと思っていました。道は開けるものだと思っていました。しかし一向に気配はありません。私は私のまま、私の舟は波の上で止まったまま動いてはいません。望んだはずの世界は蜃気楼ですら見えはしなかったのです。悲劇のヒーローを気取った私にとっては当然の結果でしょう。

 何度も。何度も自分が成功する夢を見ました。その反対で何度も。何度も父は私の前からいなくなりました。頭の中で幸福と不幸がぐちゃぐちゃに混ざり合って、虚構と現実の中で私はまた何もできないままでした。私は自分が理解できなくなりました。いえ、ずっと以前からそうでした。自分のしたいことも、しなければならないことも。そうやって環境に甘えているという自覚を感じながら立ち向かっていくという意識も捨てずに、建て前と本音を今も繰り返しています。

 私は食い潰しているのです。一人で生きていかなければ。
 自由です。さっさと働け。
 やりたいことはあるはずなのです。確固たるものもないくせに。
 自虐的じゃありません。でも悲劇のヒーローみたいに振舞う。
 現実くらい知ってます。妄想は肥大するのにな。
 わかってます。でもわかっていない。

 終われない。終わらない。


散文(批評随筆小説等)Copyright db 2006-05-05 07:07:01
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