ドア
砦希(ユキ)

?

あなたの煙草に火をつけると
一瞬
ちらちらと
睫毛が揺れる

そんな
どこにでもある光景のために
この部屋での喫煙を許すのだ

もしこの部屋にお香立さえなかったら
きっとあなたはあたしのお気に入りのマグカップでさえ
灰皿にするのだろうか


?

あたしの作ったカレーライスを
おかわりする

本当にカレーでよかったの?って訊くあたしに
こういうのがいいんだよって笑うあなたの、
あなたの恋人はあたしだけど
あなたはあたしじゃないし
あたしはあなたじゃない

あたしはだれ?


?

あたしはいつも
恋人と別れる前に髪を切る
別れてから切るのではなくて
別れを告げる前に切るのだ

あたしはもう
君のものではないんだよと
せいいっぱいの
牽制


?

幸せな日々はいつも風が吹いたみたいにあっという間に消え去って
笑い合えた思い出も抱きしめ合ったぬくもりも
嘘みたいに過去になる
過去にさえなってしまえばどんな思い出も
価値のない虚しい夢に変わる
かたちがないからいけないんだと
くすりのゆびにお互いの存在を当てはめてみても
気持ちがさめてしまえばただのがらくたに変わる
だけどそれは
ただのがらくたのくせに
いつまでもあたしを縛る


?

あなたはいつもドアにもたれかかっている
あたしはいつもベッドに寄りかかってマニュキアを落とす
そんなどこにでもある光景が
今は頭から離れない


たった一枚のドアに
あなたという存在があるだけで
あたしがどれだけ救われているのかなんて
たぶん
あなたには分かっていない


?

それでもあたしは
あなたではないし


?

この部屋にいないときにあなたが
何をやっていても多分
あたしは気にもとめない


?

だけど

傷付いていなければいいなんて

底抜けに明るいあなたの
絶えることのない笑顔を望むよ
その裏に隠れた悲しみを
知っているから

  


未詩・独白 ドア Copyright 砦希(ユキ) 2006-04-24 02:56:24
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