スイッチ
アンテ


かちっ

気持ちを伝えられる
スイッチがあればいいのに
ふと気がつくと
そう思っている自分がいて
いたたまれなくなる

やっと7000グラムの大台にのった
ミルクを200ml飲めるようになった
バイバイが時々できるようになったかわりに
看護婦さんがそばにいないと
とたんに機嫌を損ねる
鎮静剤も筋弛緩剤もいらなくなって
一時間くらいは呼吸器をはずしていられる
両足でキックキック
離乳食はあいかわらず見るのも嫌い
一人で一分以上お座りができた
今月はおねえちゃんたちに二度も逢えた

小さな喜びと
大きな哀しみ
先のことばかり考えていると苦しくなる
三ヶ月まえを思えば
毎日起きて笑っているだけでも進歩で
でも やっぱり
つかの間の今だけでは
ふと我に返ってしまう

二歳になるまでには
病室の外に出られるようになりたいね
今はまだ
呼吸器から三メートルしか離れられないけれど
手話をひとつずつ覚えて
自分の名前が判るようになって
看護婦さんや訊ねてきてくれる人たちに
ありがとうって
言えるようになれれば
でも
みんなの声は
一生聞こえないままかもしれない

かちっ

スイッチがあればいいのに
気がつくとまたそう思っている
できることをやって
できたことを精一杯褒めてあげて
卑屈にならず他人を羨まず
それくらい判っているのに
考えがもとに戻ってしまう
時間がどんどん流れて
そして二度と取り返せないかもしれないと
心のどこかで考えている
とても大切ないくつかのこと
できなければ
本当につらい想いをすること
ほんのすこしだけでも

次はなにが起こるのだろう
気持ちがいつも身構えている
スイッチがあれば
不安も感じなくなって
苦しみも感じなくなって

かちっ

本当は判っている
本当にほしいなら
自分で作ればいいってことも
みんなで作ればいいってことも

おねえちゃんたちなら
ダンボールを切り貼りして
たちまち
立派なスイッチを作り上げるだろう

かちっ

また明日

かちっ




未詩・独白 スイッチ Copyright アンテ 2004-02-07 02:41:02
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