雷造じいさんへの手紙
服部 剛

一月前 
長い間認知症デイサービスに通っていた 
雷造さんが88歳で天に召された 

だんだん体が動かなくなり 
だんだん独り暗い部屋に置かれる時間が多くなり 
ある日ベッドで瞳を閉じて横たわる雷造さんに 

「おはようございます・・・! 
 もう少しで春ですね 
 またみんなでお花見しましょうね 
 雷造さんを、僕は忘れてないからね」 

一声かけただけで 
雷造さんは赤ちゃんに戻り 
ベッドの上で身を震わせて 
「ひとりにしないでくれよぉ・・・」と
おいおい泣き始めた  

雷造さんの痩せた肩に 
僕は黙ってそっと手を当てた 

雷造さん、 
お葬式の日は風邪をひいて早引きしちゃって 
遺影の微笑みに別れを告げられずじまいで
ごめんね 

ゆったりと時間の流れるあの部屋で 
みんなでおやつを食べながら 
握り拳で机をたたきつつ
人生を熱く語ってくれた姿を 

よく晴れた日の芝生の庭で 
みんなで椅子に座って輪をつくり 
ボール投げをしていたら 
いきなり むくっ と立ち上がり 
若き日に活躍したバスケを思い出し 
よろつきながら楽しそうにドリブルした姿を 

5年前に僕の姪が産声を上げて 
報告したら我がことのように喜んで 
「子供は可愛いねぇ・・・」
と深く頷いていた姿を 

僕は忘れないよ

時の流れは早いものです
まだ起きれずに小さい体を揺りかごに寝かせていた姪はもう5歳 
幼稚園で男の子にまじって走り回っています

昨日夜遅く仕事から帰ると 
富山から来た姉の傍らで 
ふとんから顔を出して 
細い寝息ですやすや寝ていて 
それはもう天使の寝顔で 
上からかがんでみつめていました 

( あぁ・・・僕もきっと小さい頃は 
( 両親や他の誰かに
( こんなふうにみつめられていたのだな 

今朝目覚めたら 
昨日特養ホームに住むおばあちゃんに 
僕が出したばかりの詩集をプレゼントしたら 
ベッドの上で身を起こし
輝く瞳で食い入るように 
両手で開いた本を読んでくれていた姿を思い出し 
なんだかわけのわからぬものが 
胸の泉からあふれ出し 
僕はベッドで布団をかぶり 
朝っぱらからおいおい泣いた 

雷造さん、 
あの日一声かけただけで 
おいおい泣いた寂しい気持が 
今朝は何故かわかる気がするよ 

思えば誰もが 
青空を突き破らんばかりの 
泣声を叫びながら 
この世に生まれて来るんだね 

誰だって
独りになんか 
なりたくないんだね 

時にどうしようもなく弱虫で 
時に言葉にならないほど人恋しくて 
風に吹かれてふらふらと 
どこまでも続く人生という夢の旅路を 
出逢う人々の微笑みを探しながら
僕は歩み続けよう 

今日は日曜日 
布団から身を起こし 
窓の外を眺めると 
公園の木々は 
うっすらと桜の色を帯びはじめ 
日の光をそそがれながら
無数の蕾を開き始めていた 

階下から 
姪が元気な声を上げて廊下を駆け回る足音が 
とんとんと階段を上って来る 

朝日の射す窓辺に立つ僕は
見上げると
春の青空に透けて
目尻を下げた雷造さんの顔が 
浮かんでいた 









未詩・独白 雷造じいさんへの手紙 Copyright 服部 剛 2006-03-26 14:13:42
notebook Home 戻る