壁 デッサン
前田ふむふむ
寂しい川面をゆく鳥たちが泣いている。
呼吸する都会の爛れた果実の奥で、生きる者の哀しい涙が漂っている。
世界の涙の尖塔が、青い空を突き刺している。
時間の感覚すらない。呼吸している感覚すらない。朦朧とした乾いたひかりのなかで。
越えられない高さで、内部を見られない。涙の結晶でできた頑丈な壁が聳え立っている。それを囲んだ道が円を作り、壁の内部に向かって渦巻状に進んでゆくが、無限で終わりが全くない。
僕は、絶え間なく、得体の知れぬ世界を空想して、ぬるぬるした苔類が繁茂した壁を、よじ登ると、そこでは、近代の日本画の絵のような葬儀が行われていた。
*****
僕は少し告別式の時間に遅れてきた。
涙を流してかなしい顔をしていた父さんは、今頃まで何をしていたのだ。早く席に着きなさいという。
僕は香典袋に名前を書こうとすると、父さんは自分の名前を書いてはだめだと、涙を流したこわい顔をしていう。どうしてだめなの。自分の名前でなければ、僕の気持ちはどうなるの。父さんは筆を取ると強引に、全く知らない人の名前を、書いてこれを出せという。
どうしてこれじゃ、僕が香典を出したことに、
ならないじゃないの。僕には香典を出す資格がないの。僕は悲しくなって祭壇の方にすすんだ。
でも、いったい誰の葬儀なのだろう。
そうだ、父さんはもう十年前に死んでいるのだ。母さんと妹たちが見当たらない。どこにいるのだろう。
親族の席には見慣れた人たちが座っていた。
よく見ると、みんなすでに死んだ人達だ。
暗い表情のなかに悲しみを浮かべて皆泣いている。
恐る恐る、祭壇の遺影をみると、
僕と母さんと妹たちの写真だった。
これはどういうことなの。何のまねなの。
いったい、ここはどこなの。
耳を劈くような読経が始まり、
にわかに極彩色の近代の日本画は、涙で黒く変色して、一瞬にして灰燼になった。
*****
僕の立っている壁は徐々に内部から、
激しく動揺して崩れて無くなり、
新たに二重の空虚な厚い空気の壁が
出来上がった。
朦朧とした乾いたひかりの中で、気が付いたら、
僕はその二重の層を 過去と、現在と、分けて慎重に剥がしながら、空気の壁と壁の隙間を、危うい足取りで歩いている。
*****
朦朧とした乾いたひかりの中で。
死んだ父さんが、川のむこうで母さんと妹たちと
一緒にいる。
暗闇の前にある強いひかりをめざして歩いている。
危ない、母さんが疲れて倒れそうだ。
いや、大丈夫だ。あれは父さん、父さんが泣きながら、後ろから力いっぱい支えているんだ。足元が覚束ない、生きているみんなを精一杯支えてくれているんだ。
僕も行かなくちゃ。
父さんも一緒に、行くんだ。
家族みんなであしたの未来に、行かなくちゃ。