富の物語
アンテ


                                 (喪失の物語)


彼女は朝から晩まで身を粉にして働き
一生食べて暮らせるだけの蓄えを得た
そこでだれにも奪われないように
大金を払って強固な金庫を手に入れた
ひとたび扉を閉じると
複雑な錠を決まった順序と時間で解かなければ
その者を傷つけるようになっていて
人を雇って実験をくり返し
だれも開けられないという確証を得た
錠を解く鍵を複製されては元も子もないので
金庫職人の両腕を相応の額で買い取り
二度と鍵を作れないよう潰してしまった
しばらくは平穏な日々が続いたが
次第に不安がつのり
彼女は更に蓄えの一部を使って
だれも金庫に近づけないよう家を迷路仕立てにした
それでも日がたつにつれて心配になったので
窓や扉に毒針や刃物を取り付けたり
認証機を設けたりトラップを仕掛けたりと
思いつく限りの策を講じて
そのたび職人たちに代価を払って
腕や目や記憶を奪い取った
ようやく気持ちが落ち着いて
静かに暮らせるようになったが
蓄えの大半を費やしたせいで
一生暮らすには到底足りないことに気がついた
仕方なく彼女は仕事を見つけて
身を粉にして働き
まとまった蓄えを再び手にしたので
さっそく金庫に大切に仕舞おうとした
けれどしばらく仕事に注力していたせいで
彼女は仕掛けや迷路を解く方法を忘れてしまい
傷つきながらも満身創痍ですべてを乗り越え
ようやく金庫にたどり着いた
ところがかんじんの鍵が見あたらず
開け方も思い出せなかったので
無理やり錠を解こうとして
更に全身に傷を負い
挙げ句の果てに錠を壊してしまった
もとの金庫職人は腕を潰したせいで役に立たず
手当たり次第職人を呼び寄せたが
だれも解くことはできなかった
そうするうちに手元の蓄えは目減りして
身体の傷はますます悪化して肉や骨を蝕み
毒が身体じゅうに回って
いよいよ命もあと僅かとなった
せめて金庫をだれにも渡さないように
庭に埋めてしまおうと身体に鞭打って穴を掘ると
古い金庫が地中から見つかった
その錠もやっぱり壊れていたが
朽ちているせいで蓋が容易に開き
中から少なからぬ金品が姿を見せた
彼女は腹をかかえて笑い
激痛に身をよじらせて
涙を流して
それでも笑いつづけた
穴の底から見あげた空はとても遠く
彼女はたくさんのことを想い
傷つけた人たちのことを想った
手を伸ばしても届かなかった
どこにも届かなかった





自由詩 富の物語 Copyright アンテ 2006-02-09 02:13:46
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