速度
ならぢゅん(矮猫亭)

その女はいつの間にか現れて、いつも私の前を足早に歩いてゆく。私はその速度に魅せられる。彼女を追わずにはいられないのだ。

しかし追跡は十五分も続けばましなほうだ。信号機や人混みが邪魔をする。女の汗の匂いにさえ私はついに届かない。

その日も私は女を見失った。諦めて地下鉄に乗りこむ。ガラス窓に思い浮かぶ女の後姿。その向う側にコンクリートの壁が続く。

モーターの唸り。レールの継ぎ目を踏む車輪の音。くぐもった響きの隙間から聞きなれた女の足音が軽やかに降り始める。

鉄路の西の果て、見なれた工業団地に降り立つ。足音は未だやまない。信号を渡っても、工場の門をくぐっても、足音はついて来る。それとも私が追っているのか。見えない女を。

薄暗い事務棟の廊下に速さが充満してゆく。私と女は際限のない追跡を無言で共謀する。そして逃走する。やまない雨の中へ。


自由詩 速度 Copyright ならぢゅん(矮猫亭) 2004-01-30 19:53:24縦
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