60歳のラブレター
逢坂桜
結婚して32年、初めて手紙を書きます。
何回かお見合いしたけれど、あなたと結婚するとは思っていませんでした。
私のほうが4歳も年上で、あなたは結婚を約束した人がいましたね。
知っていました。
けれど、あなたは私を選んでくれた。
駆け落ち同然で家を出て、式も写真もない、二人のはじまりでした。
あれから、もう32年がたったなんて、笑ってしまいます。
いろんなことがありましたね。
ひとつずつ、二人で乗り越えてきて、あなたは忘れてしまったかもしれないけれど、いつも私を慰めてくれたものが、たったひとつだけ、残ってるんです。
恥ずかしいけれど、書いてしまいます。
二人で借りたせまいアパートに入った最初の日、あなたと二人並んで座って、あなたは白いハンカチを私の頭に広げてくれた。
それが、私の花嫁衣裳でした。
白かったハンカチが黄ばみがかってきましたが、いまも折に触れて、鏡台の抽斗から取り出します。
涙を拭いたことも、いっそ捨ててしまおうか、と思ったこともありました。
気の強い二人で、喧嘩が過ぎることもありましたね。
可愛げのない女でごめんなさい。
不出来な妻ですみません。
だけど、あなたの妻がつとまるのは、きっと、私だけでしょう。
割れ鍋に綴じ蓋の私たち。
どうぞ、これからも末永く、よろしくお願いいたします。
最愛のあなたへ。
あなただけの愚妻より。