サウナとヤンキーにいちゃん
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 むかしの話をひとつします。
 スーツを着て朝早くに出社し、夜遅くまで仕事をしていたころの話。

 当時のおれはクルマで通勤していて、会社帰りの運転中に日付が変わる事もめずらしくなかった。
 おれの自宅はある私鉄沿線の急行が停まる駅に近く、その駅のロータリー付近にサウナが新規オープンした。
 ある晩、運転中に日付が変わり、おれは自宅に戻る前にそのサウナで汗を流す気になった。駐車場には紫色のセリカが一台のみ。セリカは車高を落し、太いタイヤを履いている。

 受付で料金を払い、ロッカーで服を脱いだおれは、ぶかぶかのサウナパンツをはいて浴室に入った。
 だれもいない。
 しかし浴槽の横のサウナ室を開けると、暴走族ふうのにいちゃんがひとり、黄色いタオルで股間を隠して座っている。
 ははーん、あの暴走族仕様のセリカはこのにいちゃんのか。
 にいちゃんは痩せていたが汗まみれで、リーゼントも鳥の巣のようにくしゃくしゃになっていた。
 暫くするとにいちゃんはサウナ室からでていった。十分ほどたち、おれもサウナ室からでて、水風呂の浴槽に浸かり身体を冷やす。
 にいちゃんはおれと入れ替わるように再びサウナ室へ入っていった。
 身体がキンキンに冷えたおれもサウナ室へ戻る。
 おれとにいちゃんとのあいだには会話なし。
 おれは基本的につっぱってるやつが嫌いだから、話しかけんじゃねーぞ、という雰囲気をつくっていたはずである。

 ところで、おれには身体中の関節を鳴らす癖がある。そのときもリラックスモードで指を鳴らし、膝の関節を鳴らした。
 膝の関節を鳴らす方法は、掌で膝頭を固定し、サッカーボールを蹴る要領で膝から下を動かす。そのときもおれの膝は良い音でなったが、つま先が濡れていたせいかにいちゃんの顔にぴちゃっと水滴がかかった。
 すまん。
 あやまろうとしたが、にいちゃんは何事もなかったように深夜番組のTV画面に見入っている。
 ま、いーか。
 兄ちゃんは浴室から出ていった。
 暫くしておれも浴室をでた。 
 ロッカーで服を着て、フロントに鍵を返し、会計を済まして外へでた。
 駐車場にはおれのクルマだけ。
 あのにいちゃんは紫色のセリカでどこに帰ったのかな。
 ぼんやり考えながら自分のクルマに近づいて吃驚。運転席側のドアミラーがぼっきり折られているではないか。ミラーは屋根の上にゴロンと放置されている。
 あの野郎! やりやがったな!
 サウナのせいか怒りのせいか、おれは目眩を覚えつつ、その場に呆然と立ち尽くした。

 翌日、ディーラーに問い合わせると、純正のドアミラーは法外に高価で発注する気が失せた。
 後付けの廉価なものがカーショップにあるだろうと踏んで、近所のオートバックスに行ってみた。
 適当な品物を選び、レジで会計を済ませ、クルマに戻る。
 何気なく駐車場に隣接する整備工場に目をやると、油で汚れた青い作業つなぎを着た若い整備士が黒いスカイラインのタイヤを替えている。
 あのやろう!
 おれはつかつかと整備士に歩み寄った。
「おい、にいちゃん、いまこれを買っちまったよ。レシート捨てちまったけど、返品OKだよな?」
 焦りまくるにいちゃん。 
 交渉に入るおれ。

 数日後、オートバックスで車検整備を受けたおれの愛車シビックは、純正のドアミラーはもちろん、ドイツ製のアルミホイールまで履いて戻ってきた。
 もちろん一銭もかからずに。


                       <了>


                                 


散文(批評随筆小説等) サウナとヤンキーにいちゃん Copyright MOJO 2005-11-03 01:37:08
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