一枚の葉に浮かぶ顔
服部 剛

暗闇に咲く白い花は風に散り ちょうの羽となり

  ゆるやかに宙を舞い

残された葉の一枚も一本の細い茎を離れ

  ひらひらと

豪雨の過ぎた激しい川の流れに飲み込まれてゆく

無力な者はあらがいを知らず
何処へ流されてゆくのだろう

暗い洞窟どうくつの中で独り
瞳を閉じて明日の死を待つ男の額に滲む

  血の 汗の 滴 

自分を裏切る者さえも許す
犠牲を愛と呼ぶならば
暗闇に光は射すのだろうか

明日、男は重い十字架を背負い
民衆にあざけられながらよたついた足どりで
ゴルゴダの丘へとのぼってゆく

地上の王となる為ではなく
時を超えて手を差しのべる人の胸に住む者となる為に
草木一つ無い裸の坂道を這うように
汚れた二本の細い足は上ってゆく

薄い胸の内に宿る
透明の魂から流れる
一筋ひとすじの赤い血はぶどう酒となり
哀しみに過ちを犯してうなだれた者が
差し出す盃を満たすだろう

抗いを知らぬ従順な緑の葉が一枚
一本の細い茎を離れ

  ひらひらと

激しい川の流れに飲み込まれ危うく揺れる小舟になる

やがて沈黙の潮騒を響かせる夜の海に辿り着いた一枚の葉は
満月に見守られて凪いだ黒塗りの海の上に浮かび
そそがれる月の光で小舟の内を満たすだろう

盃のぶどう酒を飲んだ者の
胸の内にうっすらと輪郭を現し始める

  光をびた一枚の葉

こうべを垂れて瞳を閉じる独りの柔和な顔が浮かんでいる


  
    * 自家版詩集「明け方のあお」(01年)より 





自由詩 一枚の葉に浮かぶ顔 Copyright 服部 剛 2005-10-14 20:19:48
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