ツイン・コリドー
日雇いくん◆hiyatQ6h0c


「むうっ……」
 気がつくと俺は暗闇の中にいた。何も見えない。何も聞こえない。そして、冷凍庫の中にいるかのように寒い。まるで、地獄のようだった。
 いや、もしかしてここは地獄なのか、俺は死んでしまったのか……。
 呆然と佇んでいるしかなかった。
 と、仄かな光が見えた。
「ん、……」
 他にあてもなかったので、俺は光の方向へと足を向けた。
 すると、一人の老人が、いかにも年季の入ったとみえる燈篭を持ち、これまた黴が生えたような木の椅子に座っていた。
「あ、貴方は……?」
「フッフ、儂は、お前さん方が言うところの、あの世の入り口の、そうじゃな、門番のようなもんじゃ……」
 門? という事はこの老人の座る近くに門があるということだ。が、しかし門らしきものは見えない。そのかわりに、二つの、いつ作られたのかも定かではない、古い扉があった。一方は白く光る金属の枠に囲われ、もう一方は、オレンジ色の布のようなものに覆われていた。
「儂は、お前さんのような、地獄とも極楽ともつかぬ、さ迷える魂を導くため、この二つの扉を管理する者なのじゃ」
「む? すると俺は死んだと?」
「左様」
「で、地獄にも行けずにさ迷っていると……」
「そうじゃ。で、そういう者たちは善なのか悪なのか判別がつかぬので、どちらに行くか、自らの判断、いうなれば前世よりの因業によって行くべき道を決めるのじゃ。より善の多いものが永遠の幸福への扉を開き、そして、永遠の幸せを得るのじゃ……」
 やはり俺は死んだらしい。
 知らされてショックだったが、とりあえずは、今置かれている状況を考える事にした。
 確かにここに来る前の俺は、特別いい事もしなかったが、特別悪い事もせずに生きてきた。老人の言う事は確かに本当かもしれなかった。
 それに、どちらにしても俺は、このままでは寒さにも寂しさにも耐えられそうにない。
 とりあえず、前に進まなければならないようだった。
「納得したようじゃな」
 老人の言葉にうなづくと、言葉を発した。
「要するにおれは、どっちかの扉を選ばなきゃいけないんだな?」
「そうじゃ。で、それぞれの扉を開くと回廊を通り、そしてその回廊が導く場所に辿り着くと言うわけじゃ」
「それを、決めなければならないんだな?」
「そうじゃ。決定については、儂からは何も言えん決まりになっておる。おまえさんの意思と因業によってのみ、判断せねばならんのじゃ」
 これからの行く末を決める大事な問題だ。俺は悩んだ。
「ヒントも与えられないのか?」
「お前さんだけで、決めねばならん」
「でも、貴方はどちらに行けばどうなるか、知っているんだろう?」
「それには答えられん」
 どうやら老人は答えを知っているようだった。見たところ力もなさそうだった。俺が老人を襲って答えを強要すれば、あるいはそれを教えるかもしれなかった。
「ダメじゃ! お前さんの考えている事は、儂にはお見通しじゃ」
 そう言うと老人は燈篭を頭上に高くかざし、
「セイヤァァァー!!」
と大音声で叫んだ。たちまち燈篭から目も眩むような光が放たれ、轟くかの如き爆音が鳴り響いた。
「どうじゃ。これでも、儂に手向かおうとするか?」
 俺は、考えを修正するほかなかった。
「四の五の言わずに、選ぶのじゃ」
 老人に促され、俺は改めて二つのドアの前に立った。
 見ると、白く光る枠に囲われたドアはどことなく寒く感じ、オレンジ色のドアは、色から考えれば当然かもしれないが、暖かく感じた。
 暗く寒い中で、素直に考えてみればオレンジ色のドアだが、そこに罠が仕掛けられているような気が、した。
「選ぶのじゃ」
 思いきって俺は金属で囲われたドアを開け、中に入った。
「むうっ……!」
 吸い込まれるように入ったそこは、白い光を放つ回廊が無限と言えるほど続き、行けども行けども先が見えなかった。しかも猛烈に寒く冷える。
 俺は回廊を、転がり込むように駆け下りる。何かに導かれているかのように。
「しまったか……!」
 だが、暫くして段々と周りの温度が上がり、やがて快適な状態となった。そしてその頃には、春の野原のような光景が目の前に広がっていた。
 あまりの快適さに呆けていると、空の上の方から老人の声が聞こえた。
「フッフ……お前さん、どうやら善の因業が少しだけ強かったようじゃの。お前さんの選んだ回廊は白金回廊。最初は冷たくて寒いが、段々と暖かくなり、しかも燃料さえ買っておけばいつまでも暖かさが持続するのじゃ。」
「すると、もうひとつのは……」
「そうじゃ、使い捨て回廊じゃ。最初はすぐに暖かいが、あとは何をやっても暖かさは戻らず、そして回廊ごと捨てられていくのじゃ。お前さん、これからも善行をよく積むようにな。では」
 響き渡るような老人の声が消えると、俺は気が気じゃなくなっていた。
「ワー、早くドラッグストアに行かなきゃ!」


散文(批評随筆小説等) ツイン・コリドー Copyright 日雇いくん◆hiyatQ6h0c 2005-10-13 20:55:08
notebook Home 戻る