誘い文句は
人生を捨ててみないか？

もっさりとした天然パーマの頭
口ひげ
カーキ色のポケットのいっぱい着いたズボン
腰からは手ぬぐいを下げ
山から降りて来たそのままの風貌で
教室を歩き回る

マタイ受難曲
キングスシンガーズが歌うビートルズ

まだ
何のレールにも乗っていなくて
未来は霧の中だった

私はどう生きるのか
探していた

人生を捨ててみないか？

親に従って進んでいた子供だった自分
はじめての一歩はこのことばから踏み出したと言ってもいい

ある種

そのことばが
私をここに連れて来た

最後に会えるチャンスも
馬鹿な恋にうつつを抜かして
海を見に行ってしまったから
逃してしまった

そんなことは
すっかり忘れていたけれど
古い友人から聞いた訃報で
思い出す

夕暮れ時の美術室で流れていた
マタイ受難曲
キングスシンガーズが歌うビートルズ

そして
人生を捨ててみないか？

むしろ
選択しないことが
人生を捨てることになると
気付く

あれから何年経ったんだろう