彼女という人は
Monk



彼女という人は
詩人とかそういう類の人みたいで
ときどき僕を近所のファミレスに呼び出しては
伏目勝ちにちょっと小難しいことをしゃべり
左手に持ったフォークでグリーンサラダにやつあたりします。
僕にはメタファーなんて言われてもよくわからないので
目の前のあわれな野菜たちに同情していることが多いのですが。


ある日曜日には彼女はベージュのカーディガンを着ていて
「あたしはもう、あたし自身のことしか書きたくないの」と言いました。
「それでいいと思うよ」と僕は言いました。


次の日曜日には彼女は真っ赤なくちべにをつけていて
「あたしはもう、恋愛のことしか書きたくないの」と言いました。
「それでいいと思うよ」と僕は言いました。


その次の週とさらに次の週には彼女の呼び出しはありませんでした。
僕は返してほしい本があったので何度か電話してみたのですが
一度もその電話はつながることがなく、少し残念な気もしましたが
彼女にもいろいろあるんだろうな、と思いました。


雨降りの日曜日
彼女はいつもまとめている髪をすっかりほどいてしまい
「あたしはもう、何も書きたくないの」と言いました。
僕には何も言えませんでした。
彼女の左手のフォークにはいつもの勢いもなくて
レタスやトマトもなんだか気の抜けたように見えました。
そしてその週はずっとゆるやかな雨が続きました。


久しぶりに晴れの日曜日
彼女はおそろしく短いスカートをはいていて
「あたしはもう、食欲と性欲と睡眠欲のことしか書きたくないの」と言いました。
僕はびっくりしてしまい、また何も言えませんでした。
ともかく彼女は眉間にしわを寄せてまた小難しいことをしゃべりながら
元気よくその左手のフォークで野菜たちを虐殺しています。


彼女という人は
詩人とかそういう類の人みたいで
それはそれでいろいろあるんだろうな、と思うのです。



自由詩 彼女という人は Copyright Monk 2005-09-18 20:36:01
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