マギー・メイ
野島せりか

ゆうべ あなたとお酒を飲んだ
ブランコ通りにあるマギー・メイというバーで
このバーに私は一度だけ来た事があった

あなたは久しぶりに来たという

長い髪を束ねたバーテンの女性
凛とした立ち姿

輪郭のきれいなあなたの鼻
少し短くなった髪
新調した眼鏡
変わらないタバコの銘柄

私は目の前のあなたを愛していた
本が書けるくらいたくさんの言葉を費やして伝えたけれど
離れ離れになった私達

ゆうべ あなたとそのバーで
久しぶりにお酒を飲んだ
スピーカーから流れるミスティ
私はブルー・ムーンを飲みながら
「仕事は忙しいの?」
と訊ねると
「おかげさまで」
と答えるあなた
そう答える時は
これ以上聞いて欲しくないのね
まだ覚えていたわ

タバコに火を点ける手
やけに正直な話

あなたは好きな女がいると言った
本が好きな女で夜中に電話をかけてきては
その話をするそうだ
あなたは彼女が話した事を気に留めては
本屋をうろついているという
本屋なんて経済誌コーナーしか
行かなかったのにね

「いいじゃない」
と私は言った
好きな人と同じものを共有するのは
きっと楽しいわ

あなたはその彼女と結婚したいという

「いいじゃない」
と私はもう一度言った
他に何が言えるだろう

私はあるピアニストのコンサートを聴いた帰りの出来事で
音楽の効用もあってか気分もよかったのね
ピアニストは何回も客席の拍手に応えては
アンコールにリストのラ・カンパネラを弾いた
そのピアニストのカンパネラは
以前に何度もライブで聴いたけれど
いつも何かが変わっている
年齢を重ねて表出されるものってあるのね

とりとめのない話をした私だけれど
私とあなたはそれぞれに
どんな時間を重ねていくのだろう

「今夜のことを詩にしてもいい?例えばデボラ・ギャリソンみないな」
と私が訊ねると
あなたはすぐに
うん、いいよと答えたけれど
デボラ・ギャリソンを
おそらく読んだことないであろうあなたは
私の空になりかけたグラスを気にしていた

ゆうべ マギー・メイというバーで



未詩・独白 マギー・メイ Copyright 野島せりか 2003-12-29 18:26:12
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