ファーストキス
はな 

さんざめき、少しずつきえてゆくあなたの目に映るとうめいなちずをてのひらでよむ。ほほにながれるなまえをさがすように、丁寧なしぐさで紐を解く。なまぬるい、あめ、がらすにぶつかるたび、視界をぬらしてゆく。なだらかな背をかけぬける。まだらの犬。欠伸をするたび花の零れる彼女のまつげを見ている。とどまりつづけている。はじめて浴びた雨から、ずっと。



あわ あわ
ささら  ふう




ちいちゃんの傘を店の前のみどりいろの柵にひろげてたてかける
みずべの鳥がいちわずつ 羽をかわかしている あかい傘
なべにはきょうもあげものがぐつぐつ笑っている
あわがちいさくなったら からりとあがったしゅうまいを掬う

ちいちゃんは
えぷろんのみどりいろを
すこしずつお店の空気に蕩かしている
お客さんが、ちいちゃん、きょうは何ですか、とたずねると
はあい、しゅうまいです
からりとなった衣を網におどらせ
うすずみのような風 

この右手の親指は
ときおりそっと手の平を離れていって
ある桜のころ とうとうもどらなくなり
いつからかもう
いたみを感じることもなく



しずかな店じまいの後
親指のきえた右手をほろり と投げ出して
やさしい風の鳴る
二階のへやで たたみのすきまを縫うように

むかし 尾鰭のなかった 雨の中の日々 と

すっかり乾いたかさの影が
ゆっくりとかたむいてゆくのを
ただ 
見下ろすように して


さら ら、


何度も 触れる





未詩・独白 ファーストキス Copyright はな  2005-09-06 21:27:40
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