天敵のいない八月
いとう
上手く眠れないままの空が白み始める。轟音
で走り去る獣たちもわずかで、その咆哮にも
ためらいが見える。廃墟の影に潜む小人たち
は闇が消えていくに連れ恐る恐る顔を覗かせ
覗いた顔を逆に覗かれて恐れられる、ことを
知らずに小人たちは恐れる。
空気は湿っているが澱んではいない。空は低
く、雲の影が獣たちを覆い尽くす。多くの獣
たちはやり過ごす術を知っているが、影の重
みに耐えられないものもいて、死骸がそここ
こに漂っている。小人たちが時折それを廃墟
に運んでいく。
生きるのに懸命なものはとても静かだ。小人
を捕らえて食むと磨り潰される気配がするが、
小人は鳴かない。静かな、天敵のいない八月。
獣たちの空は曇っている。声を発するのは、
生き残ったものたちだけだ。
手を伸ばすと雲に届く。雲の中で泳ぐ稚魚の
感触とは異なるものがいる。おそらくは鱗だ
と思われるその鋭利な感触で指を切る。血を
求めて、稚魚たちが群れる。意味もなくそれ
を握り潰すと、臭いにつられて稚魚たちがさ
らに群れる。
山並みの遠くに似たような姿がある。瞳はそ
の姿を映し出すが、瞳の奥には何もない。そ
の矮小な球体のレンズは見たものを反射する
のみで、何もない。
映った姿は、おまえだ。
そしてそれは、おまえだけのものだ。
瞳は鳴かない。鳴くことはない。